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 長い廊下だ。無駄に、長い廊下だ。

 毎度の事ながら、毎回思う。

 緩く湾曲しているため先は見えず、やや下り坂なために微妙に疲れる。

 少し進むと引き返すのも億劫になる。変わり映えしない風景に飽きる。距離感が狂う。

時間感覚すらなくなる。

 何らかの考えがあっての長さなのか。全くない長さなのか。

 どちらにせよ、この廊下を作った設計者は、性格が悪い。

 それはつまるところ、この廊下の先に居座る人物になる訳だが。

「……めんどくせぇ……」

 つぶやく。

 廊下に入って数分、早くも自身の行動を後悔した。

 いや、今から引き返せば、来た時と同じ時間をかければこの廊下を脱する事が出来る。

かもしれない。

 それでも足は前に進む。

 この廊下の『造り』を知っているだけに、進むしかない。

「呼び出し受けたからってなー。なんで大事な物忘れっかな。やっぱ焦りは禁物だぁな」

 ガシガシ頭を掻くが、今更、仕方がない。


 これから30分、進み続けなければならない。


「やっぱ作業後に動くもんじゃねーな。うん、頭が働いてねぇ」

 何か糖分ないかなと袖の下を探る。が、出てくる訳がない。

 多少のがっかり感を溜息一つで払い落し、腕を振る。


 青いウインドウが宙に開いた。


 どうせ30分も歩き続けなければならないのなら、ただ歩くだけと言うのも勿体ない。

 簡単に終わる頼まれ事を済ませてしまおう。そうすれば、頭も動き出すかも知れない。

 そんな事を思い付いたのだ。

 リストアップされた『頼まれ事』の中から一つ選び、指でタッチする。

 もう一枚、比較的大きなウインドウが眼前に展開された。

 選んだのは少し前に引き受けたもの。片手間に魔法を作ってみたからミスがないか見

てほしい、との事だ。片手間に作った物だからチェックも片手間で構わない、とも言わ

れている。

 まさに今するのにぴったりだ。

 ウインドウに表示されているのは無数の文字列。

 緻密に、図形を描きながら書き込まれたそれを、魔法使いは術式と呼ぶ。

 これを外に転写し、魔力を通す事で魔法が発動する。所謂魔方陣だ。

 魔法に必須な物。最低、これを自力で組み立てられないと、一人前の魔法使いとは言

えない。


 少なくとも、ここ、『教会』では。


「あー……やりたい事は分った。けど……コンボに挟むには消費多いだろ、これ」

 和服の裾を揺らしながら歩き、漏らす。

 一通り見た感想である。

 一見、術式自体にミスはない。が、目的にそぐわない魔力消費と言うのは、重大なミ

スではなかろうか。

 直してやっても良いが、それはそれで相手の為にもならない。

 やり直し、と言う事で突き返してやろうかと真面目に考え始めた時。


 視界を、上から下へ、何かが縦断した。


 次いで、カシャリと金属音。

 見れば、足元に黒い輪が二つ連なった物が落ちていた。

「…………」

 拾い上げる。

 先の落下音と、持ち上げた際の音はまさしく金属。手に伝わる冷たさも、大きさの割

に手にかかる重さも、それを物語っている。

 しかし、果たして金属は、蛸の吸盤の様に肌に吸いつく感触があるだろうか。

 目の前に持ってきても平面にしか見えない程に艶のない漆黒。

 見ているだけで魂までも吸い取られそうな、深い黒

 それに見覚えがあった。

 黒い二連の輪、詰まる所、鎖の最小単位。

「……とっとと来いって訳か」

 目の前でぷらぷら揺れる鎖から目を離し、正面を向く。

 先程まであった呆れる程に変わらない廊下が途切れ、木製の、両開きの扉が姿を現し

ていた。

 当初30分かかると予定していたが、それからまだ10分と経っていない。


 それもそのはず、つい今しがた『通行証』を手に入れたのだから。


 黒い鎖。これをただ持って居るだけで、この廊下に仕掛けられた【有限回廊】と言う

魔導を解除する。

 ここで言う魔導とは、魔法以外の事象を操る事だと思えば相違ない。

【有限回廊】許可なく廊下に入った者を延々歩かせる。そんな魔導だ。

 何故【無限回廊】ではないのか。それはそのまま、有限が設定されているからに他な

らない。

 条件さえ達成すればその有限、つまりは終着点である扉が現れる。

 その条件は

【30分間休まず歩き続ける】

【通行証を持っている】

 の二つ。

 もう十分歩いたから、鎖を持った瞬間魔導が解除され、扉が現れた。と言う事だ。

「そういや、急ぎだっつってたな」

 白髪を掻きながら思い出す。

 すぐに来いと通信が来たので言われた通りすぐに向かい――結果、あらかじめ貰ってい

た通行証を忘れた。

 情けない話だ。

 が、まぁいいやとあっさりと流し、扉を押し開く。


 まず視界に入ったのは本棚である。


 100m四方程の部屋に、所狭しと並べられた本棚の数々。

 収められているのは分厚いファイル―――パイプファイルと言う種類の物だ――だが、

背表紙に何も書かれていないので何が閉じられているのかは分らない。

 もっとも、中を覗き見たら、一生安心して眠れなくなるだろう。


 そんな場所なのだ、ここは。


 次いで目に入るのは、部屋の中央に置かれた執務机だ。

 木目の美しいミズナラ製の執務机が、独特の存在感を持って鎮座している。

 決して華美ではないが、自然が育てた木目や、それを利用、或いは損なわない様施さ

れた彫刻は見事の一言。

 その上の紙束の山さえなければ、この部屋の雰囲気を上等なものに出来たはず。そう

思わせるに足る、高級品だ。

 そして、その高級感を台無しにする紙束に埋もれる様に、机に向かっていた女性が顔

を上げた。


「お早いお着きで。和樹さん」


 その言葉に彼――黒稜和樹は思いっきり顔をしかめた。

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