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魔法使いにとって、最も回避しなければならない事態がある。
言うまでもなく、魔力切れだが。
魔法があれば軍隊と渡り合える魔法使いだからこそ、魔法が使えなくなった時、
魔法使いは並みの人間以下にしかなれない。
常日頃から自身の魔力量を把握し、管理しなければならないのだが……
ここで一つ問題。
把握、管理する必要もない程に魔力が少ない場合、どう魔力切れを回避すればいいの
か。
答えは簡単だ。改めて考える必要もない。
単に魔法の魔力消費量を減らせばいい。あるいは、他から魔力を補給すればいい。
『言うのは簡単』の典型の一つでもある。
だが、それでも、咲耶はこの問いに対する答えを概ね出している。
何せ、咲耶にとっては死活問題なのだから。
上空から降下し、固定化した足場に降り立つ――と同時に膝をつき、荒い息を繰り返す。
その間に背中に展開した飛翔魔法【竜翼】を解除し、不要な魔力消費を抑える。
いくら軽量化しても、流石に大魔法級の魔法は消費が激しい。それを抜きにしたとし
ても、たった数発でガス欠状態。嫌になる。
『主よ、コアの回収が終了した。他に使えそうな物も回収したが、内訳を報告するか?』
脳裏に響く声に立ち上がり、息を整える。
「……お願い。コアの方は……どう?」
『うむ。我等が探している物ではないな。分っていた事ではあるが。
ちなみにコアはステルス発動機だ。魔導装甲に特定魔力を流してステルス性を高める様
だ』
報告に得心がいった。すぐに見付からなかったのはそのせいだったのだろう。
動いた事で発見できたのは、多分、装甲が砂に擦れて魔力の流れが乱れたからだろう。
とことん場所にそぐわない機能である。
『その他の回収物は、一つは動力炉だ。物質変換魔導炉だな。あの巨体を動かしていた
だけの事はある。変換効率が優秀だ』
物質変換魔導炉。読んで字の如く、物質を魔力に変換して出力する動力炉だ。
その変換効率が良ければ、当然出力も良くなる。
恐らく大量の砂を飲み込んで魔力に変換し、動力として使っていたのだろう。もっと
も、砂はほぼ無限にあるのだから、変換効率はあまり関係なさそうだが。
それでも、その動力炉は使い道がありそうだ。
『二つ目は魔導装甲だ。これは、あって困る物でもないだろう?』
「……そうね」
確かに、必要な時にないよりは、余分にあってもいいだろう。特に装甲等は良く使う
物でもある。
(……確か……色々、足りなくなってたはずだし)
以前、開発部の者が漏らしていたのを思い出す。
『以上を本家へと転送する。構わないか?』
「……ん……」
許可を出した途端、体から何かが抜かれるような感覚と、倦怠感に襲われる。
普通は味わえない、魔力を吸い取られる、慣れた感覚。
『転送を完了した。主よ、大丈夫か?』
「おかげ様で……魔力がカラに……なったわ……」
事情を知らなければ首を傾げる会話。
当然の事ではあるが、普通、魔法行使の為の魔力は術者本人が消費する。
だが、咲耶の場合は、その魔力消費の大部分、およそ九割九分を飛竜機が肩代わりし
ている。
残りの一分は、言うなれば認証用か。
魔法を使うための術式の組み立ては咲耶も飛竜機も出来る。が、飛竜機が魔法を使う
場合、発動の為に微量でも咲耶の魔力が必要なのだ。探査や補助の魔法はその限りでは
ないが。
もちろん、全ての消費を飛竜機任せにする事も出来る。だが……それはしてはいけな
い事だ。
それをした瞬間、咲耶は『魔法使い』ではなくなってしまう。
飛竜機はあくまで道具であり、サポーターであり、魔力タンクだ。
限りなく人間に近い人工知能を備え、大量の魔力を持ち、膨大な知識を貯め込んでは
いるが、道具は道具。『主体』になってはいけない。
『だが、主ならば二、三時間で全快するだろう』
砂面を突き破り、飛竜機が姿を現した。
その周囲で砂が球面に沿って流れ落ちていく。
一応、飛竜機には防塵処理も施されてはいるが、砂中に潜るとなれば防御魔法で自身
を囲った方が安全だ。ついでに、潜る際には球体の方が効率的でもある。
「そうね……魔力が少ない利点は……そのくらいだし……」
「いや、そんなつもりで言った訳ではないのだが……気を悪くしたのなら謝罪しよう」
やはりこの人工知能は、端々で人間臭い。
構わないと、手を振り、足場に横になる。
あと二、三時間、魔力の回復を待たなければならない。ついでに疲労も回復しようか
と目を閉じた。
――不意に、違和感を感じた。
「…………?」
起き上がり、周囲を見回す。
しかし、目に映るのは果てのない地平線。視界を遮る物は何一つとして存在しない。
戦闘や風によって作られた砂の波はあるが、何かが隠れる様な高さもない。
分っている。だが、何かがおかしい。何かが違う。
「……主も気付いたか」
飛竜機が声を上げた。見れば、機械の竜は首を傾げている。
「我も気付いたのは今さっきだ。これは……極々希薄な魔力塊の様だな。探査すれば吹
き消してしまう程、薄い」
「……どこ……?」
「主の真後ろ。10m程の場所に」
振り向く。相変わらず地平線まで視線は真っすぐ突き抜けて行くが、相手が魔力の塊
ならばそれも当然。代わりに気配を探る。
「…………」
確かに、言われてみればそこにある……気がする。
「魔力紋の検出に成功した。……ふむ……主でも我のでもない、あの機械ワームの物で
もない魔力紋、か」
魔力紋。それは指紋と同じ様なものだ。個人によって魔力の『紋様』が違い、同じ物
は一つとしてないと言う。もっとも、それによって何が変わると言う訳ではないのだが。
魔法使いの間では、指紋等よりこちらを個人認証に使っている。何せ複製出来ないい、
複製の仕方も分っていないのだから。
しかもこの魔力紋は、魔法以外で体外に放出した場合、即座にその紋を失うと言う特
性まである。
それはつまり――
「なんだこれは?ただあそこに魔力塊を配置するだけの魔法か?意味が分らない。あん
な薄さでは何も出来ないぞ?」
つまり魔法で魔力を配置し、さらに維持し続けていると言う事。
「……維持魔力の……送信元は……?」
「ダメだ。先も言った通り、探査魔法を使えば吹き消してしまう。逆探知は不可能だ。
主よ、どうする?」
「…………」
しばし考える。最悪、こちらの動きを見られていたかとも思ったが、そもそも得た情
報を送る魔力すら備えていなさそうだ。破壊的なものに変化したとしても、高が知れて
いる。
明らかに無害。無視しても問題ない。
「……消して」
だが、咲耶はそう言った。
「良いのか?放置しても問題なさそうだが」
飛竜機の問いに、ゆるりと首を振る。
「……気になって……眠れない」
「…………そうか」