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 刻一刻と、砂の波が形を変えていく。

 風に煽られ、或いは自重を支えきれずに崩れ、波は消えていく。

 人の目には遅々とした動きで。だが、世界からすれば、目まぐるしく。


 ここは砂に支配された世界。


 表面を見ただけでは分かりにくいが、ここでは水を湛えた海の代わりに砂の海が広が

っている。

 地下数千メートルに至るまで全てが粒子の細かい砂。

 いくら陸地に見えても、大地ではない。その上にある物を支えられない。物を乗せれ

ば、自重で砂を掻き分けてしまう。沈めば沈む程、自身にかかる砂の重さは増えて行く。

 必需とも言える水分は元より、空気すらその砂の中にあるのか疑問である。

 だが、そんな環境でも、生命は存在する。

 抵抗を減らすための流線形。砂を掻き分けて進むためのヒレ。砂の摩擦から身を守る

甲殻。

 それは砂魚(すなうお)とでも呼べるような生き物だ。

 勿論正式名称ではない。

 それ以前に、この世界にはこれ等の生物を観察し、記録する生物がいない。

 そこまで進化が進んでいない――否、進まないのだ。ここには、進化を促す温床も、

危機も、変化すらないのだから。


 だが、それでもイレギュラーはある。


 それは砂の上に立っていた。

 前述の通り、この世界の砂は水とほぼ同義だ。この中を泳ぐ事は出来ても、立つ事は

出来ない。

 おまけにその姿は、この世界には不向きな――有り体に言えば無駄の多い形をしていた。

 凹凸ばかりの形。ヒレの類いもなく、身を守るのはヒラヒラとした頼りないモノ。し

かもそれは全身を覆っている訳でもない。

 砂の中を泳ぐには適しているとは言い難い。

 もっとも、ここの砂の上に立てるのであれば、泳ぐ必要もないだろうが。

 それは確かにイレギュラーだった。

 何故なら、それは明らかに人間なのだから。

 竜造児咲耶(りゅうぞうじさくや)

 それが人間の名前だった。

 十を越えて少し時を経た様な少女だ。

 着ている物はごく普通のYシャツに紅いチェックのスカート。更にはきっちりとネク

タイ――スカートに合わせて紅いチェック柄だ――まで絞めている。

 来ている服の印象か、歳の割りに落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 だが、それ以上に子供らしくない特徴があった。

 この年頃ならばコロコロ変わるはずの表情が、彼女にはない。

 眠たげに、気だるげに――或いは睨むように半ば下ろされた瞼。

 それ以外、いや、それでも彼女の感情を読み取る事が出来ない。

 訪れる風にその白髪を遊ばれても無表情を保ち、近くで砂魚が跳ねても視線すら動か

さない。

 何をする訳でもなく、ただただ水平線――いや、地平線か――の向こうへとその黒瞳を向

けている。

 ボンヤリとしているように見えて、しかし微かに緊張している。自然体だが、すぐ動

けるように全身に緩く力が入っている。


 ――再び砂魚が跳ねた。


 咲耶の視線が動く。

 細かい砂の飛沫を上げて砂中に戻る砂魚を見送り、彼女は視線を鋭くした。

「……飛竜機」

 ハスキーな呟き。ここにはいない誰かへ声を投げる。

『どうした、主よ』

 脳裏に響く返答。

「……見付けた」

『やっとか――うむ、こちらの探査にも引っ掛かった。静止時のステルス性能は素晴らし

いが、それだけのようだ』

 姿無き声からの報告を聞きながら、咲耶は眼前で軽く手を振るう。

 何もない中空に、青いウィンドウが現れる。表示されているのは、無数の小さな白い

点と、大きな赤い点が一つ。

 その赤い点が少しづつウィンドウの中心――こちらへと移動している。

 それが、対象。

『今攻撃を受けているが、回避する必要がない程狙いが定まっていないな。ステルス性

能は良いが、それ以外はお粗末極まる』

 報告に顔を上げると、地平線に砂埃が上がっているのが見えた。

「……こっちへ」

『向かっている。用意は』

「とっくに……」

 短いやり取り。

 その間にも一匹また一匹と、大小様々な砂魚が跳ね、咲耶を通り過ぎて行く。

 逃げているのだ。咲耶の視線の先にいる何かから。

『体長30m、体高5mのワーム型だ。行けるな?』

「……愚問」

 確認に絶対の自信を返し、咲耶は構えをとる。

 構えとは言っても、足を肩幅に広げただけだが。

「其は竜の吐息・紅蓮伴う・苛烈なる息」

 朗々と詠うように口ずさむ咲耶。

 彼女の見る先では徐々に砂煙が大きくなっていく。


 ――近づいている。砂魚達が逃げ出すようなものが。


 その砂煙の中に、陽光を反射する物があった。

 小さな光も近づいてくる。砂煙を先導するように。

「森羅焼き尽くし・万象灰塵に帰す」

 瞬間、咲耶の眼前に白い円が現れた。

 現れただけではなく、円からは白い線が伸び、分かれ、交わり、複雑な紋様を形作っ

ていく。

『有効範囲に入った。サポートする』

 姿無き声に頷き返し、咲耶は腕を掲げる。

 それは何かを宣誓するようにも見えた。

「今・我が声に応え・その威を現せ・暴虐の王!」

 言い終わると同時、彼女は腕を振り下ろす。

 眼前の白い紋様の中心でピタリと腕を止めた。途端――


 深紅が辺り一面を染めた。


 紋様から吹き出した火炎が砂煙を飲み込み、更にその周囲をも巻き込んで燃え上がっ

たのだ。

 それは明らかに人の領域を超えた技。悪魔の技術。

 いわゆる、魔法と呼ばれるもの。

『巻き込まれるかと思ったぞ』

 再び、声。今度は脳裏ではなく、直接耳に届いた。

 いつの間にか咲耶の隣に、その声の主が飛んでいる。

 その姿はドラゴンと言われて誰もが思い浮かべるような形をしていた。

 咲耶の頭大の小さな竜。堅い鱗に覆われ、翼を持ち、角があり、鋭角的。

 伝説と違う点は、大きさと機械仕掛けと言う点位だろう。

「……私のサポートしてたなら……何をするか分かってたでしょう……?」

 ちらりと鋼の竜を見やり、何を今更と咲耶は言う。

『うむ、だからこそ巻き込まれずに済んだのだからな』

 小さく溜め息。気を取り直すように咲耶は燃え盛る炎に目を向けた。

「……反応は……?」

『ある。だが、動きはないな』

「…………」

 炎を見つめる。始めこそ業火と呼べる勢いだったそれは、燃える物のない今、かなり

弱くなっている。

 だが、それでも敵の姿が見えない。

「…………」

 違和感。

 あそこまで炎の勢いが衰えたのなら、姿が見えてもいいはず。

 軽く首を傾げ、足元に視線を落とした。

 常に流れているはずの砂が彼女の足元だけ微動だにしていない。

 当然、これも魔法の効果だ。

 砂を固着させ、砂の海に浮かべる。それだけのものだ。

 激しい波がないため、本当に、それだけで十分。

「……我は得る・竜の翼」

『主?』

 突然透明な翼を展開し、飛び上がった咲耶に並び、小さな竜が疑問符を浮かべる。

 だが咲耶は答えず、ちらりと炎へ視線を向けた。

 そこにあるのは、砂に沈みかかった、融けかけた金属片の群れ。

『装甲をパージして攻撃から逃れたか!』

「……砂中を索敵……深さ1km……範囲は……適当に……」

『承知!我は得る・竜の知覚!』

 キンッと、甲高い音が響いた。

 同時に青い半透明のウィンドウが竜を取り囲み、索敵の結果を表示する。

 敵は、すぐに見付かった。

『いた!地下八百m……いや、高速で浮上中だ。このままではここまで飛び上がってく

るぞ?』

「……ん……迎撃する……ドラゴニックカノン用意」

 言って、咲耶は素早く宙に指を走らせる。その軌跡は光の線となり、魔法陣を描き出

していく。

『心得た。補正術式挿入。呪文環設置、順次詠唱を始める。』

 咲耶を中心に三重の輪が現れ、回転を始めた。

 その輪をよくよく見れば、数え切れないほどの文字が集まって形作っていると知れる。

 三つの輪が回転を始める頃、咲耶はすでに魔法陣を三つ、描き終えていた。

 それぞれを三角形の頂点に配置し、傍らの竜を見る。

『照準補正、オート

 反動、30%カット

 威力補正、倍率1.5倍

 疑似詠唱完了

 ――主よ、こちらの準備は終わったぞ』

「……ん……」

 後はトリガーを引くのみ。

 咲耶は魔法陣が作る三角形の中心に手を置き──力を込める。

 途端、独立していた魔法陣から更に線が伸び、それぞれを結び付け、一つの大きな魔

法陣になる。

 それを、彼女は真下へと向ける。

『対象、地表到達まであと五秒。主、詠唱を』

「…………」

 大きく盛り上がる砂を睨み、左手を右腕に添える。

「……我・竜造児咲耶の名において行使する・其は竜威の片鱗・

 純粋なる・破壊の意志・立ちはだかる者よ・恐れよ・我こそ──」

 刹那、砂面を突き破り、対象が姿を現した。

 それは、強いて言うならばミミズだった。ただし、全長十mは下らない、機械のミミ

ズだが。

 人工筋肉の間にフレームが覗くその姿は、先の攻撃をやり過ごすために己の皮膚たる

装甲を取り外したからだろう。そのせいか、所々が溶けていたり、火花を散らしたりし

ている。

 砂中を泳いだダメージだ。

 高速で砂中を動いたため、摩擦で溶け、断線したのだろう。

 しかしそれよりも、その頭部に目が行く。

 頭部に開いた口。口に沿って幾重にも並ぶ歯。その歯の列がそれぞれ回転している様

は、まるで削岩機だ。

 あの中に入ったらただでは済まない。そう思わせるには充分過ぎる。

 それでも咲耶は怯まない。表情を変えない。

「――我こそ・竜の代行者なり!」

 トリガーが引かれた。

 魔法陣が眩く光った、次の瞬間。

 光の柱が砂海に突き刺さった。機械ワームを飲み込みながら。

 抵抗するようにのた打つワームは、しかし虚しく空を叩き、光に飲み込まれ、徐々に

その輪郭を失っていく。


 そして、爆発。


 数度に渡り爆音を轟かせ、ワームは完膚なきまでに破壊される。

 爆風を受けながら、咲耶は腕を振って魔法陣を消した。

『簡易版とは言え、さすがの威力だな』

「……元の威力の……半分も……出てないのに……?」

『充分だと思うがな。事実、威力過多だった』

 威力補正をしておいて何を言う。

 爆散する破片を見送りながら、溜息をもらす。

『それにしても、よく地下に潜っているのが分かったな』

「……砂が……動いていたから……」

『砂?』

 曰く、固定していた足場の上に積もった砂が、微かに振動していたのだと言う。

 それは足場に使った砂と自然に降り積もった砂を見分けたと言う事だ。

 やろうと思えばやれない事はないだろうが……状況を考えると難しい。

 だが、それを一目でやってのけたのだ、彼女は。

「……コアの探索と……回収……お願い……」

 激しい砂埃を立てつつ落下した残骸を見下ろし、咲耶は特に感慨もなさそうに言う。

 応の返事と共に滑るように残骸へ飛ぶ鋼の竜を見送り、咲耶は空を見上げた。

 まるで雲と言う概念がないかのように晴れ渡る空。

 小憎たらしい程清々しい青をその黒瞳に写し、彼女は、一つ息を吐いた。


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