第二話 賊徒襲来
そう時間もかからずして、無事に日雇い労働を見つける事が出来ました。内容は大工仕事の手伝い。いわゆる工事現場のアルバイト作業員みたいなもの。筋骨隆々とした大工さんたちが木材を肩に担いでのしのし歩いている。かなりの肉体労働ですが、やはりその分稼ぎは良い。
武術に連なる体力や肉体改造に重きを置いた両親の教育方針? には、こんな時に感謝です。まあその分、学の方が若干疎かになったものの、そこは前世の知識である程度補完が効きます。まあ、流石に字の読み書きに関しては苦労しましたが。漢文とはかくも恐ろしいのかと、当時はそれはもう酷く戦慄しました。
文武両道の道は険しいものなのだと、改めて実感したものです。
そんな訳で、今も適当に脳内で兵法を思い浮かべたりしながら資材運びをしていたりする。脳内歌のリピートの代わりとしては些か物騒な気もしますが、結構気は紛れるので重宝しています。転生した今でも、やはり自分の根柢の部分には戦に関わっていた時の闘争本能みたいなものが根付いているらしい。
しかしそれは今の自分には不必要なもの。ゆえに自分はそれを抑える必要がある。自分は戦のための力を振るう事はしないと決めたのだから。
「う~む、お前さんウチで働く気は無いか?」
そんな事を思いながら仕事を進めていると、大工の親方が声を掛けてくる。就職の誘いはありがたいですが、生憎と自分は大工になるつもりはない。これでも一応、見聞を広めるために旅に出ている身。最初にも言ったように、これは一時のアルバイトに過ぎない。
まあ……もし就職するとしたら、なかなかに良い職場ではあるのですけど。
「いえ、自分は旅の最中ですから」
「そうか、それは残念だ」
そう応えると、親方は本当に残念そうな顔をする。そんなこんなで時間は過ぎ、日が沈み始めた頃に仕事を終えさせてもらった。予定より仕事が早く進んだためか、アルバイト代の方は結構色を付けてもらいました。
親方、マジでありがとうございます。
◇ ◇ ◇
旅費の調達は済み、迎えた翌日。今日は日も高くて空は快晴。爆睡もとい寝坊したため、外は気持ちの良いお昼時。こうして見ると、乱世とは言え案外世の中は平和な所がある。今ここは、こうして平和な時間が流れているのだから。
でも、この平和はかりそめのもの。一時に過ぎない儚い平和。何時まで続くかもわからない、そんな夢幻の様な時間。
それを強調するかのように、最近町に情報収集に出ると、賊の話をよく聞くようになりました。黄色い布を体の何処かに巻いた賊たちの話。
自分の前世の知識にもある……いわゆる、黄巾党の話。
時代が後漢末期と知った時から、何時かこの日が来るとは思っていた。自分の持つこの時代の知識は、多少のズレ、違いがあったとしても、結構役に立つ事は判明している。
もちろん、それは誰にも言ってはいない。言ったところで誰も信じないだろうし、第一そんな突拍子もない話は気味悪がられるだけだから。無論、両親にも話していない。正直、両親に隠し事をしている事実はかなりつらいところがありますが、それでも隠し通すと決めた。今でもそれが、間違っているとは思わない。知らない方が、幸せと言う事もある。
いや、結局は俺が両親に気味悪がられるかもしれない事に、恐怖しているだけなのかもしれない。全く、情けない事です。
それはまあ、ともかくとして。さっきから何やら町が急に騒がしくなってきている様ですか、何かあったのでしょうか?
「賊だー! 賊の大群が、町に向かって来てるぞー!」
一人の町民が大きな声で叫びながら町の中を走りぬける。それと同時に巻き起こる町人の混乱の嵐。恋人連れや子供連れ、町民たちが皆一様に恐慌し、我先にと逃げ出していく。
何か起こっているとは思っていましたが、にしてもまさか賊襲来とは。今日の運勢は昨日と一転して星一つらしい。いや、もしかしたら無しかもしれない。
「もし、そこの人。その賊とはどれくらいの規模なので?」
とりあえず、道の真ん中でオロオロしている男性を捕まえて問いかける。情報収集は何時どんな時代でも大切。例えそこが地獄の一町目でも。
「見た限りだと三百はいた! けど、ここの自警団は百人もいない。早く逃げないと皆殺しにされちまうぞ!」
ふむふむ、戦力差は三倍。なるほど、それくらいなら何とかなるかもしれない。
「もう一つ、その自警団の拠点は何処でしょうか?」
「この通りを真っすぐ行った所だ。あんたも早く逃げろよ!」
そう言うと脱兎のごとく走っていく男性……って、もう町の角まで。足、凄く速いんですね。
「はい、ありがとうございます」
聞こえてはいないでしょうけど、混乱の中に消えた男性にお礼を言っておく。さて、それではその自警団の様子を見に行きますか。
言われた通りに歩を進めると、そう時間もかからずに自警団の拠点に到着する。貧弱ではあるものの、一応それらしい装備を纏った人がひい、ふう、みい……ざっと八十人。とりあえず、いないよりははるかにましです。
「くそっ! このままじゃ賊に村を奪われて終わりだ!」
「洛陽には救援の早馬を出したが、ここは郊外よりも外れにある村だ。間に合うかどうか……」
「隊長! どうするのですか!」
隊員達の怒声が通りのこちら側にまで聞こえてくる。どうやら随分と揉めているらしい。にしても、そうですか……洛陽には既に救援要請を出したんですね。隊長殿は良い判断ができる人物の様です。
「くそっ……ん? おい、そこの男!」
「はい、何でしょう」
言い争いの中、目ざとく自分を見つけた隊長殿が声を掛けてくる。正直嫌な予感しかしないのですが、無視するのもおかしな話。とりあえず、応えるだけはしておく。
「お前、旅の者か? 腕は立つか?」
「ええ、そうですが。腕の方は……まぁ、それなりに」
ぶっちゃけ、ここにいる団員たちよりは強い自信はある。しかしそれを正直に言うのは、状況が状況なだけに気が引ける。単身で突撃してきてくれなどと言われては、たまったものではない。
「ですが、それが何か?」
「すまんが、力を貸してほしい。あんたも知ってるだろが、今この村に賊が迫ってる。応戦するためには戦力は少しでも多い方が良い。頼む!」
そう言って頭を下げる隊長殿。まあ、手助けするのは正直に言って構わない。たったの数日の間とは言え、世話になった村なのだし、自分も目前の悲劇を黙って見過ごすほど情を捨てた訳じゃない。でもそれは、あくまで自分の手で何とか出来る範囲での話。大軍から村を守ってくれなどと頼まれたら、自分は即刻その場から逃げだすでしょう。もしその場に守りたい存在がいたなら、その者たちだけを守って逃げ出す。
死にゆく者達には悪いですが、自分の中には明確な命の優先順位がある。その中で、他人の命は親しい者の命に、あるいは自分の命に優越しない。それでも今回、自分が手を貸そうと思うのは、今回の敵は現状でどうにかなりそうな敵だから。ただ、それだけの事です。
「分かりました。それでは早速」
自警団の人たちをかき分けて、広げてある地図の前へ移動する。地図の内容はこの村の見取り図。村は周囲を簡易の堀と高塀で囲まれ、若干ながらも要塞化している。この町への侵入経路は、現状では北と南の門のみ。塀を破壊するなりすれば話は別ですが、攻城兵器も何もない三百程度の規模でそれをするのは、些か無理が過ぎるはず。水の溜まった堀を越え、人力で大地に深く打ち込まれた塀を破壊する。そんな事をすれば、例え成功しても体力が付きるのがオチです。
ならばどうする? 恐らくは正面突破で賊たちは攻め入ってくるでしょう。とすれば、取るべき方法は一つ。
「自警団の皆さん。自分に一つ作戦があるのですが、聞いてもらえますか?」
自警団の隊員たちが驚いた顔をする。でもこの戦い、〝負けない〟だけならいくらでも方法はある。要は賊達となるべく交戦を控えるようにすればいい。
「この村は小さいながらも堀と簡易の砦を備えた防御力のある村です。村の入り口は南北の二つ。入り口は全て堀の上に掛けられた橋を使って出入りします。間違いありませんね?」
自分の言葉に、隊長殿が頷く。
「ああ。だがそれが一体、どのように賊に勝つ方法に関係しているんだ?」
「いえ、ここで重要なのは、自分たちの目的が賊に勝つのではなく、賊に負けない事です」
「賊に負けない?」
隊長殿が首を傾げる。まあ、普通は負けない事は即ち勝つ事っていうのが普通だろうし、不思議がられても仕方がない。
「そうです。先程、隊長殿は洛陽に救援要請の早馬を出したと言ってましたね。それでですが、洛陽太守は必ず救援に来てくれますか?」
「それは間違いない。董卓様は民たちの事をよく考えてくださっているからな」
いや、ちょっと待て。今この人は、洛陽の太守を董卓と言いましたか? いやでも……そんな、まさかこんな事が。
「……失礼ですが、本当にその太守様は救援に来てくださいますか?」
「勿論、必ず来てくれる! 董卓様ならば必ず!」
「そ、それならば良いのですが」
ここまで自信満々に言われてしまってはどうしようもない。仕方がない、もしもの時は最悪自分が前に出る事も覚悟しておきましょう。門の前に陣取れば多数を同時に相手する事も無い。自警団の援護もあれば、まず負ける事は無いでしょうし。まあ、これは本当に最後の手段ですが。
「洛陽からの救援が来てくれるのならば、自分たちは救援が来るまでただひたすら守りに徹すれば良いだけです。そうすれば勝つ事はできなくても、負ける事はありません。しかし門が二つあってはただでさえ少ない人員を北と南に割かれてしまう。なのでこの際……南の、洛陽方面の門を残し、北門焼いて落としましょう」
「なるほどな。それで敵を一か所に集中させる事が出来れば、こっちも総力を挙げて対応できる。よし、その作戦でいこう」
隊長を筆頭に、自警団の隊員たちが一様にして頷く。
「この中で大工の奴らは優先して北門に回ってくれ。目と弓の腕に自信のある奴は南門だ。急げ、時間はあまりないぞ!」
庶民は言えそれなりに訓練を積んでいるのか、慌ただしくも自警団の隊員たちは隊長の指示通り的確に行動を開始する。隊長の指示に従うのならば、とりあえず自分は南門に向かうべきでしょう。自分はそこまで力仕事に特化している訳でもありませんし。
村の倉庫から運ばれてきた弓矢を自分も自警団員から受け取る。弦の張り具合を確認してみるも、特に問題は無し。十分使用に耐え得る性能はある。満杯の矢筒を1セット受け取り腰に下げる。ずっしりとした重みを感じながら南門に向かう。敵の規模を確認しようと見張り櫓に登らせてもらうと、東の地平線に並ぶ黒い一団が見て取れた。
「なるほど。確かに三百はいそうですね」
「はい。真っ向からぶつかったらとても太刀打ちでません。籠城も何時までもつか」
「援軍が来るまで耐えられれば結構ですよ」
とは言え、その援軍が到着するのにどれだけの時間が掛かるかで、この村が生き残れるかどうかが決まる。この村の戦力からして耐えて三日。それも自警団員達の体力と気力に左右される不安定な予想でしかない。一番の方法は村を捨てて逃げる事ですが、こうして残っている以上その気は無いと見るべきでしょうね。
「すみませんが、手拭いと麻縄を持ってきてもらえませんか?」
「手拭いと麻縄ですか? 分かりました」
見張り番の隊員にお願いし、自分も櫓を降りて地面を見て回る。目についた拳程度の大きさの石を幾つか拾って集めてから櫓に戻ると、丁度頼み事をした隊員が注文の品を携えて戻ってきた。
「これで良いですか?」
「はい、ありがとうございます」
「構いません。ですが、一体何に使うんですか?」
「見てれば分かります。さて、と」
腰から剣を引き抜き、持ってきてもらった麻縄を2メートル程の長さに切る。それをさらに半分に切り、片方には指が通るくらいの輪をこしらえる。そして二つ折りにして厚くした手拭いの真ん中の部分に切れ込みを入れ、その手拭いの端を先程の麻布で縛れば、
「簡易投石機の完成です」
「これは……?」
怪訝な顔をする隊員を尻目に、先程集めてきた石を手拭いの中央に乗せて包む。包んだ石は上手く手拭いの切れ込みに角がはまり安定した。
「射程的には……まだ少し遠いですね」
目測からして賊の一団と村との間の距離は400メートルほどでしょう。急ごしらえの投石機では届く距離ではない。なら、今の内に弾丸をどっさりと用意する事にしましょう。
「重ねてすみませんが、こぶし大の大きさの石を集めてもらえますか?」
「なるほど、手投げ用にですね。わかりました」
意図をいち早く理解したのか、周りの仲間たちも引き連れて隊員が石を集めに行く。確かに、よくよく考えれば投石機なんか無くても手投げで十分に威力の出せる時代でしたね、ここは。ましてや相手は装備も十分でない賊の一団。投石機など必要ありませんでしたか。
右手にぶら下がる投石機を見下ろしながら、自分は小さくため息を吐いた。