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Side セシリア 救いのない結末

ここでは本当に救いのない話が書かれています。タイトル詐欺ではありません。

気持ちよく読み終えたいという方は絶対に読まないでください。

救いのないバッドエンドを読んででも、より深く続編を読んでみたいという方は是非読んでみてください。


 意識が覚醒していく。

 特に違和感のないいつもどおりの目覚めだ。

 私はVR機の筺体から身体を起こす。

 時計を見ると日付は二×××年八月八日の午前九時を指している。

 どうやらINしてから一晩が明けてしまったらしい。ゲームにログインしたら時間が進んでないなんて嘘じゃない。


瀬莉せり!」


 暖かな手が背中に回されて、きつく抱きしめられる。


「お母様…」

「本当によかった…無事で…」


 その横にはお父様も涙を流して私の帰還を喜んでくれている。


「もう騒ぎになっているの?」

「そうだよ。昨夜から仮想世界にログインしたまま目を覚まさない人が大勢現れはじめたんだ。それで今朝になって瀬莉せりと同じように無事に目を覚ます者が出始めたんだけど、中には目を覚ますことなく突然死んでしまったり、目を覚ましたものの脳へ障害を負った人が大勢出てきている」


 部屋のテレビには次々と目を覚ますプレイヤーたちがニュースで映し出されている。

 そしてそれと同時に目を覚まさないプレイヤーの家族の悲痛な叫びも。


 デスゲーム……本当だったんだ。


「戻ってきたんだ……現実リアルに……。そうだ!忍に……ゲームの世界で一緒に戦った人に会いに行かなきゃ!」


 私は急いで服を着替えはじめた。


「お父様!急いでるから部屋を出て!」

「お、おう」


 私は手早く着替えながらお母様に事情を説明した。

 今は少しでも彼に早く会いたい。彼の無事を確認したい。

 パソコンのメールボックスを確認するとまだメールは入っていない。

 もしかしてと思い、携帯端末のメールボックスを確認すると、そこには忍から住所の書かれたメールが入っていた。


「ごめんね!友達の無事が確認できたらすぐに帰ってくるから!」


 私は両親の制止を振り切って家を出て、駅に向かいながら、携帯端末を操作しながらメールにある住所を検索した。

 幸運にも彼の家は同じ都内。

 でもここは……。




 到着すると目の前には白く巨大な建物が広がっていた。




 病院だ。




 そしてその入り口で酷く慣れ親しんだ人物によって私は出迎えられることになった。



ゼロ……いえ、しずく。どうしてあなたがここに……」

「久しぶりね、瀬莉せり


 久しぶりに現実リアルで会ったしずくは相変わらず無表情だ。

 本当に変わっていない。ある一点を除いては。


しずく…そのお腹……」

「ええ、今年の十月で一児の母になる予定よ」


 そう言って愛しそうにお腹を撫でる。

 驚いた。私たちはまだ二十一歳だ。私の周りでも同世代では結婚した人はおろか、子供を生んだ人はまだいない。

 そしてまさか私の周りで最も恋愛関係に興味のなかった雫に子供ができているなんて……。


「おめでとう…でいいのよね?」

「ええ、ありがとう。愛する人の子供だもの。こんなに幸せなことはないわ」


 そういって雫が幸せそうに笑った。親友の私ですらこんな笑顔は見たことがない。


「それは…前に支えてあげたいって言ってた人の?」

「そう……あなたが過去に捨てたギルドメンバーの一人『神月こうづきしのぶ』と私の子供よ」

神月こうづき……しのぶ!?」

「そうよ。入籍も済ませてあるわ。見てみる?」


 そう言ってしずくは私に一枚の紙を手渡した。

 戸籍謄本だ。確かにしずくの名前と忍の名前が書かれている。それも夫と妻として。

 これだけでも私にとっては信じられないほどの衝撃だった。

 しかし、忍のところに書かれている文字を読んで息を吸うこともできなくなってしまった。



 死亡。



 日付は五月三日……もう三ヶ月も前だ。



「この……病院は……」


 喉がカラカラに渇く。自分で地に足を付けられているのか不安になるほど前後不覚になってしまう。


「ここは忍が三ヶ月前まで入院していた病院。彼は子供の頃から病気でそのほとんどをこの病院で過ごしていたらしいわ」

「そんな……」

「そんな彼にとってMMOの世界は理想郷だと言ってたわ。あなたがギルドを壊すその日まではね」


 そう言ってしずくが私を睨む付ける。

 私は……私の身勝手が彼を傷つけていたの?


「傷ついていても彼の魅力は変わらなかった。あのときのあなたはそれに気付かなかったでしょうけどね」


 ……返す言葉が見当たらない。


「それじゃあ、デスゲームの世界にいた忍は…」


 私の疑問を無視するかのようにしずくは忍の過去を語っていった。


「それからVR型のゲーム機が出て仮想の世界で自由に身体の動かすことができるようになった忍は本当に生き生きとしていたわ。もちろん最初はうまく自分の身体を動かすことができなかったけどね。でも彼は本物の天才だった。どうして私たちが結婚できたか分かる?」


 私は首を振った。しずくの両親は気難しい人ではないにしろ、たった一人の若い娘をほぼ病院で生活している男性の下へ嫁に出せるほど放任的な人でもなかった。

 何よりかなり娘のことを……しずくのことを溺愛していたはずだ。


「もちろん私たちは愛し合っていたし、忍と一緒に何度も両親を説得したわ。でもね、現実で結婚しようと思ったら愛だけでは認めてもらえないものなの。結婚するためにはお父様やお母様に私が彼と結婚することで幸せになれることを証明しなければいけなかった」


 それはそうだろう。娘が不幸になると分かっているのに嫁がせる親はいない。


「彼が天才だったのは、ゲームにおいてだけじゃなかったの。Artificial Intelligence……通称AI。それを独自で開発して思考レベルを人間のそれにまで近づけることに成功したの」

「AI……まさか!」


 私の中にある一つの予感が頭をぎった。


「ええ、そのまさかよ。デスゲームにいた忍は『神月こうづきしのぶ』が亡くなる直前に自身の人格と記憶を移植したAI。そしてVR版ヴァルキリーヘイムはそのAIとなった忍を国が調査、解析するための実験場だったというわけ」

「あの忍が……AI!?」


 それにあの世界が実験場だったって!?


「忍はね。AIを開発したけれど、その基幹部分はブラックボックスにしたの。何でも忍が作った独自のプログラミング言語を基に創られているらしいわ。他人はその部分をコピーすることはできるけど、改造することはできない。そしてコピーできるのは基幹部分だけ。なぜなら記憶や人格は特定のハード上に存在しているわけではないのよ。ネットワークの海の中へと無数に散らばりながら存在しているの。そして、基幹部分のみコピーされたAIは生まれてからの経験によって人格が形成されていく。そして忍が亡くなった今、その基幹部分……いや、それどころか記憶部分にも人格部分にも触ることのできる技術を持った人間はいなくなった。まさに忍の作り出したAIは人間と同じであると言えるわ。でもね、だからこそ国は忍が作ったAIを実験する必要があったの」

「そんな…」

「彼はAIのことを自分の分身だと言っていた。もう遊べなくなる自分の代わりに思う存分ゲームの世界を堪能して欲しい……ってね。でも、国はどうやらそれ以外の利用方法を模索していたみたい」

「それ以外って?」


嫌な予感がする。


「当初私のところへは、AIの思考パターン、思考速度、思考の制約、それに危険性を調査するために協力して欲しいって依頼があったの。そのためにデスゲームという特殊な状況を作るけど、実際に人に害のあるようなことはしないってね。確かに大勢の人を巻き込んだ実験になる。でも忍の開発したものはそれだけの価値があると思っていたし、何より彼のことが大勢の人に認められたみたいに思えて嬉しかった。だからこそこの実験に協力することにしたの」

「え、でも確か朝のニュースでは…」


 確か廃人や死者が何百人も出ていたはずだ。


「そうよ、まんまと騙されたわ。でもね。だからこそ国のやろうとしていたことが見えてきた」

「どういうこと?」

「おそらく国はAIの人格を人間に転写する実験を行ったのよ」

「AIの人格を……人間に!?」

「そうよ。人知れず自分たちにとって都合のいい人間、もしくは高度な戦闘技能を持った人間を作り出すためにね。その結果が今朝の惨状というわけ」

「……」

「多分デスゲームで死んだ人間がその実験台として選ばれたのね。人間の人格と記憶を転写されたAIである忍の存在は愚者に夢を見させるだけの魅力があったのでしょうね。忍が自分の人格をAIに転写することができたんだから、その逆も出来るんじゃないかって本当に安易よね。だけどもし忍が生きていてその実験を強要されていたなら成功していたかもしれない。でも彼らの中にそれをできる人間はいなかった。その結果実験は失敗」

しずく……」

「彼は確かに忍だけど私の愛した『神月こうづきしのぶ』ではないの。だって彼の中には私との記憶が何一つ残っていないもの」

「それは…どうして?」

「ふふっ、自分の分身とはいえ、自分以外が私との思い出を持ってるのが嫌なんだって。知っているとは思うけど、彼って独占欲が凄いのよ?万が一にも忍のAIと私が結ばれることがないように、私に対して絶対に恋愛感情を抱けないようにロックがかけられているわ。だから私にとって忍のAIは夫じゃなくてもう一人の子供……みたいな物なのよ」


 そういって雫は大きくなったお腹を愛しそうに撫でた。


「そう……」

「でもね………………忍があなたに惹かれていることだけは許せなかった」


 しかしこの瞬間(しずく)の目は変わっていた。今なら分かる。この目は嫉妬に狂った女の目だ。


「忍もろともギルドを捨てたあなたにね。だってそうじゃない?記憶がないとはいえ人格は『神月こうづきしのぶ』のものなのよ?もしあのままあなたがゲームを続けていたら私よりあなたに惹かれていたかもしれないと思うとはらわたが煮えくり返る想いだったわ。あの人に限ってそんなことはないって頭でも分かっていたとしてもね」

「だから忍を赤ネームにして私から離そうとしたのね」

「そうよ。結局失敗に終わっちゃったけどね。それに忍はAI。あなたは仮想でしか会うことができない忍を愛し続けることができるの?ご両親には何て報告するつもり?」

「それは!」


 言葉に詰まる。仮想でしか逢えないということは、愛し合うことができても子供はできないということだ。そしてきっと両親はそんな忍のことを認めることはないだろう。


「心配しなくても忍には相応しい恋人ができるわ。これからAIの数はどんどん増えていくのだから」


 忍に……別の恋人?あの忍が私以外の人と愛を語らい、キスをして、愛し合う……想像しただけで吐きそうになる。


「酷い顔……でもね。あなたには忍を……私たちの子供を幸せにすることはできない」


 幸せに…できない……本当にその通りだ。

 私はなんてことをしてしまったんだろう。


「私……言ってしまったわ……現実で会えるよねって…現実で改めて告白してって…………忍に……」


 そんなこと…できるはずがないのに!


「そう…相変わらず残酷な人ね」


 視界が滲んでしずくがどんな顔をしてそれを言ったのか分からなかった。




 それからどうやって家に帰ったのか覚えていない。




 ただ、その日から仮想の世界で忍の姿を見かけるものはいなくなった。





──────── 第一部 完 ────────





最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。

拙い文章ではありますが、お楽しみいただけたでしょうか?


これからはこの話の続編である『リメイク版でデスゲーム ~異世界編~』をまったりと書いていくつもりです。ちなみにこの続編は今回のように大筋や結末が全く思いついていないので激しくエタりそうな予感がします。


またいつかこちらに立ち返って、~ヴァルキリーヘイム編~に出てきた晶、委員長、美羽、クリス、ローズ、ジーク、三途午前をメインにした話、そして神月忍と雫の過去なんかを書くことができればと思っています。


それでは皆様。引き続き主人公たちの活躍をお楽しみください。

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