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第58話 繰り返される結末

 いきなりの攻略はさすがに無理であったが、俺たちは少しずつ力を付けていき、一ヶ月ほどでニヴルヘイムの女神『ヘル』を打ち倒すことに成功した。

 また、マーダーライセンスを壊滅させたことによりPK騒ぎは集束を見せ、その後新たにPKギルドが発生するようなこともなかった。

 大手PKギルドが壊滅したというのもあるが、もしかするとクリスたちに作ってもらったオブジェが抑止力を発揮したのかもしれない。


 俺はあのときクリスに渡した装備の数々でマーダーライセンスを討ち取ったことが分かる『石碑のようなもの』を作って欲しいとお願いしたのだ。

 すると出来上がったものは何と俺の彫像。それも鬼のような形相で怯えるPKに止めを刺す様子が的確に表現されているものであった。

 そして台座にはあの日、俺たちに殺されたPK全員の名前が入り、全ての名前が横線で消されている。日付つきで。

 その下には『次はお前だ』の血文字。

 そんなものが街のど真ん中に配置されているのだから、それを見て今更PKになろうと思う人間はそうそういないだろう。


 そして後顧の憂いを断った俺たちは再びミッドガルドへと戻り、ビフレストを攻略し、遂には神々の住む大地『アースガルド』へと足を踏み入れることに成功した。


 しかしここから俺たちは攻略速度を緩め、ひたすらレベル上げや装備の更新に勤しむこととなる。

 アースガルドに入ってから敵が格段に強くなったというのも理由の一つではあるが、最大の理由は俺たちの攻略速度が速すぎたからだ。

 アースガルドに到着した時点でまだ一年と少し。最短での攻略を目指せば、一年半くらいでゲームクリアしてしまえるかもしれない。

 だがそれでは誰かを生き返らしたいという人いた場合に、間に合わない可能性が出てくる。

 だから神話同盟は二年半が経過するまで攻略速度を緩め、じっくりと確実にオーディンの住まう宮殿『ヴァーラスキャルヴ』を目指すことを表明した。


 そして二年を過ぎた辺りから次々と掲示板上で復活報告が上がってくることとなる。

 攻略組ではないプレイヤーたちも二年目にしてようやく貢献度が貯まってきたようだ。

 やがて約束の二年半が来る頃には俺たちは残すところ主神オーディンの住まうヴァーラスキャルヴ宮殿にまで辿り着いていた。

 本来であれば敗北条件である三年になるギリギリのところまで待つべきだったのだろうが、もしかすると女神『ヘル』が侵攻してきたときのようなアクシデントが起こらないとも限らない。だから日数に余裕を見て、デスゲームに囚われてから二年半の節目である912日目にヴァーラスキャルヴ宮殿への攻略が開始された。


 ひたすらレベルを上げ続け、プレイヤースキルも磨き抜かれた俺たちからしてみれば、ヴァーラスキャルヴ宮殿は決して無理なところではなかった。

 一ヶ月をかけて雷神トール、狡知の神ロキ、そしてオーディンの妻であり愛と豊穣を司る最高位の女神フリッグを倒しながら、ついに俺たちはオーディンのいる『主神の座する天上の間』へと辿り着いた。


 しかしオーディンとのラストバトルは熾烈しれつを極めることとなる。

 非常に攻撃力の高いグングニルと呼ばれる神槍による物理攻撃と、今までるいを見なかった次元を操る魔法はまさに物語のラストを飾るに相応しい強さを秘めていた。

 だが俺たちの連携は、この二年半という長い年月によって恐ろしいまでに噛み合うようになっており、死人を出しながらも冷静に復活させつつ、陣形を保ち続けることができた。

 そして俺たちは長い戦いを経て、遂にはオーディンを打ち果たすことに成功したのである。

 俺の持つオリハルコンによって強化された魔剣が、オーディンの身体を貫き、最後の抵抗を見せていたオーディンのHPがようやくその役目を終えた。


「はぁ……はぁ……はぁ……終わった……」


「終わった……のね」


 オーディンの身体から光が立ち上り、身体を維持できずに少しずつ崩れていく。


 誰も何も言わない。


 言葉に出さなくてもみんなの想いが伝わってくる。


 俺たちは……やり遂げたんだ!


 誰を見ても満足そうな表情を浮かべている。


 姫も、師匠も、委員長も、美羽も、ギルドのみんなも、同盟のみんなも。


 俺たちは遂にこのデスゲームに打ち勝ったんだ。





 オーディンが光に包まれやがて……





 崩れていった身体が巻き戻しの映像でも見ているかのように再生されていく。

 そしてオーディンのHPが瞬く間にマックスになり、俺たちの周りの景色が流れはじめる。

 まるで入ってきた道のりを遡るかのように。

 時間にするとほんの十分。

 たったの十分で俺たちは討伐に出る直前の状態……街でパーティー編成が完了した状態にまで戻ってきた。


「…………い、一体何が……」

「エンディング……ではないようだな」


 何が起こったのか分からない。

 ギルドのみんな、いや、神話同盟全員が今の状況に混乱している。


「これはまさか……巻き戻ったっていうの?」


 姫が慌ててシステムウィンドウを操作し、ステータスを確認し始めた。


「ま、巻き戻り?」


 俺は続いてステータスを確認する。



名前 忍

種族 ダークエルフ

性別 女

職業 神を殺せしベルセルクLv302

 HP 2668/2668

 SP 2668/2668

 MP 3366/3366

 筋力 23(+15)

 体力 6(+1)

 器用 11

 敏捷 14(+4)

 魔力 13

 精神 12

 魅力 5

スキル 覇王剣Lv305 轟脚Lv294 スキルリッパーLv287 戦舞いくさまいLv308 ダッシュLv331 Exチェンジウェポン Cs鬼神化

ストックスキル Ex死を司る女神の慟哭 Exヘルブレス 回復魔法Lv4 心眼Lv120 神隠れLv120

装備

 両手1 魔剣ダインスレイヴ [攻撃力253闇攻撃力50耐久力1240/1240必要筋力38]

 両手2 ワールドデストロイ [攻撃力444耐久2100/2100必要筋力65]

 頭 漆黒のダマスカスサークレット [防御力43耐久度40/40]

 シャツ 雷神の襯衣しんい [防御力10耐久度60/60筋力+3雷耐性+30]

 体 漆黒のダマスカスブレストプレート [防御力72耐久度40/40]

 腕 漆黒のダマスカスライトガントレット [防御力48耐久度40/40]

 足 漆黒のダマスカスライトプレートブーツ [防御力48耐久度40/40雪上移動可能]

 マント ギルドマント [防御力6耐久度40/40防寒]

 リング 闘神のリング [筋力+3敏捷+2]

 リング 雷神のリング [筋力+3体力+1雷攻撃・耐性+20%]

 イヤリング 闘神のイヤリング [筋力+3敏捷+2]

 ネックレス 煉獄のネックレス [筋力+3炎攻撃・耐性+20%]

 ファッションアバター1 海賊の眼帯

 ファッションアバター2 漆黒のガーターベルト

 ファッションアバター3 煉獄の剣気

 ファッションアバター4 死神の装身具

 ファッションアバター5 大悪魔の角

 ファッションアバター6 真紅の魔眼

 ファッションアバター7 地獄の足枷

 ファッションアバター8 堕天使の翼

 ファッションアバター9 呪印の刺青

所持金 71,645,821G

貢献ポイント 27653P

所持アイテム

 最上級キャンプセット

 エリクシール×18

 フルスタミナポーション×63

 万能薬×29



 レベルもスキルレベルも道中で上がった時のままだ。消耗品もオーディン戦で使った数だけ減っている。

 どうやらステータスまで巻き戻っているわけではなさそうだ。


「ステータスはボスを倒した状態のままだ。もしかしてボスを倒したって結果だけ巻き戻ったのか?」

「GMコールもできないし……とりあえずこのまま待ちましょう」


 俺たちは不安に駆られながらもその日一日町の広場で待機した。

 しかし、その結果何も起きることがなかった。


 掲示板を覗いてみたが、ワールド中で巻き戻しが発生していたらしく、混乱するばかりで実のある情報は得られなかった。

 だから俺たちは姫たちが行っている神話会議の結果をただ待ち続けた。

 そして神話会議の結果もう一度だけオーディンに挑んでみようという結果になった。

 既にオーディンの行動パターンを把握している俺たちは、確実に前回よりも楽に倒すことができた。


 しかしそれでも結果が変わることはなかった。

 やはり町中まで巻き戻ってしまう。

 こうなってくると嫌でも自覚させられる。もしこれがバグでないとすれば運営は俺たちをこの世界から出すつもりがないということだ。

 そして運営からの連絡は全くない。


 その事実に途方にくれていた俺のところへ思わぬ人物から連絡が入ってきた。



《『零』があなたにプライベートコールの申請をしています。承諾しますか?(Y/N)》



 零?こんなときに一体何の用だろう。

 いや、こんなときだからこそ今の状況を詳しく知りたいのかもしれない。

 イエスの文字に触れると、零と通話状態になった。


「掲示板を見た。『巻き戻り』はこちらでも確認されている。オーディンを倒してもエンディングを迎えないという話は本当なのか?」

「ああ。そっか、ヴァルキリーヘイムのワールド中で『巻き戻り』が起こっているんだったな」

「そうだ。だが大凡おおよその理由は検討がついているんだろう?」


 零は冷静な声で聞いてきた。


「……同盟では何らかの理由があって俺たちをここから外に出したくないんじゃないか…という話になっている」

「恐らくそれで間違いはない」

「やっぱりそうなのか……って何かその口ぶり俺よりも詳しくないか?」

「そうだな…お前たちより少しは現状を把握しているかもしれない」

「本当か!?」


 てっきり今の状況が知りたくてコールしてきたのかと思ってたけど、そうじゃなかったのか…。


「じゃあ、もしかして……打開策も分かってるのか?」


「俺が打開策を持っているわけではないが、恐らくヒントを与えることができるだろう」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!どうせならその話みんなの前でしてくれないか?」


 何かの方法があったとしてもさすがに俺の意見だけで同盟を動かすのは難しい。


「前に言ったはずだ。俺が力を貸すのはお前個人だと」


 そういえばそうだった。でも今回はさすがに事情が事情だ。


「頼む!さすがに俺だけで聞くには荷が重過ぎる!」


 こうなったら拝み倒すしかない!

 ……………………………………交渉?すること三十分。


「仕方がないな……だが大勢で押しかけて来るのは勘弁してくれ」

「だったら神話同盟のギルドマスターにだけに声をかけるってのはダメか?」

「セシリアが入っているのが気に食わないが……この際文句を言っている場合でもないだろう。分かった、そっちの都合のいいように手配してくれ」


 それから俺は姫に声をかけてアースガルドにあるヴァルハラの街でギルドホールを借り受け、黎明のネームレスさん(ギルドマスターではない)、そしてローゼンクロイツのローズさんを集めて零を呼んだ。

 姫はもちろんではあるが、ネームレスさんもローズさんも現状を打開する方法が見つからず途方に暮れていたため、今回の話を聞いて是非にと来てくれた。


「零……」

「君が零か。話には聞いている。初めまして、だね?」


 ネームレスさんは零に握手を求めたが、零はそれを無視して話を始めた。


「お前たちと馴れ合うつもりはない。今回忍に頼まれたからここへ来ただけだ」


 おいおい、初対面の相手に何でそんなにツンツンなの?


「あらら、振られちゃった」


 だがそんな零の態度を気にもとめず、ネームレスさんは両手を広げておどけてみせた。


「それで……あなたは一体何を知っているとおっしゃるのかしら?」


 ローズさんが単刀直入に零へと尋ねた。


「現状……といったところだ」

「現状ならわたくしたちも理解していますわ」

「…果たしてそうかな?」

わたくしたちが現状を理解していないとでも?」

「ではまず、なぜ『巻き戻り』が起こっているか分かるか?」

「それは……運営がわたくしたちをここから出すつもりがないから『巻き戻り』を起こしてクリアを阻止しているのでしょう?」

「そうだ。運営が意図的に『巻き戻り』を引き起こしているという前提を頭に入れてくれ」

「ああ」

「『巻き戻り』と一口に言っても巻き戻っているものはなんだ?」

「ボスを倒したっていう結果…いや、ボスに限らずモンスターを倒したという結果と…位置情報か?」

「そうだ。キャラクター情報やプレイヤーの記憶などプレイヤーとリンクされている情報は巻き戻らない。いや、巻き戻すことができないんだ」

「なぜだ?記憶はともかく、キャラクター情報は普通に書き換えれば済む話じゃないのか?」

「それはできない。このゲームにおけるレベルはただの数値じゃない。一つ一つの行動の積み重ねの結果が数値として表されているだけなんだ」


 それって一体何の違いがあるんだ?


「それはつまり……自分の取った行動が全て記録されていて、常にその記録から再計算が行われているってことなのかしら?でもちょっと待ってもらえる?全てのプレイヤーの行動記録なんて膨大なデータをサーバーに保存できるものなの?」

「無理だな。保存されているのはサーバーじゃない。俺たちのここだ」


 そう言って零は自分の頭を指さした。


「脳……記憶!?」

「そうだ。無意識下に保存されたゲーム内の記憶からキャラクターデータが随時再計算されている。だから運営はキャラクターデータを弄る事ができないし、この世界ではチートも不可能となっている。記憶は嘘をつけないからな」

「それは……すごいですわね。でもそれと『巻き戻り』を阻止することにどういう関係が?」

「このことと『巻き戻り』を阻止することに直接的な関係はない。ただ、巻き戻しを阻止するためにはもう一度オーディンを倒す必要があり、そのための力を失うことがないということを理解してもらえればいい」

「それで……どうすれば『巻き戻り』を阻止できるんだい?」

「まず『巻き戻り』はワールド規模で発生している。これがどれだけサーバーに負荷をかけているか想像が付くか?本来であれば、クリア前にステータスや位置情報のバックアップのみを取り、そのデータで以って上書きすれば済むだけの作業……それをマイクロ秒毎に全ての事象記録及びプログラム群を遡らせている。恐らくスーパーコンピューターを使っても簡単にいく作業ではないだろう。つまりその遡っている時間、その時間だけはサーバーが限りなく無防備な状態に近いということだ」

「もしかしてその時間にゲーム内からハッキングでもしろっていうのか?」

「その通りだ」

「無理よ…ゲーム内からどうやってサーバーにアクセスするっていうの?」

「忍……お前ならできるだろう?」

「お、俺!?」


 いきなり話を振られて動転してしまった。

 何でそこでいきなり俺の話になるんだ?


「そうだ。お前だ。よく自分の記憶を辿ってみるんだ。お前にはそれだけの技能、技術があるはずだ」


 自分の記憶って言われても、俺引篭もりだし、仕事とかしてないし、得意なことと言えばゲームとコンピューター……コンピューター?そういえばゲームばっかりしてて忘れてたけど、プログラミングとか結構得意だった気がする。いや、ちょっと待てそれ以上に大事なことを…。


「そんな……いくら忍でも企業のサーバーにゲーム内からアクセスするなんてそんなこと…」

「できる。忍ならできる。いや、忍にしかできない。いいか、思い出せ。現実から目を背けるな。今日は……俺たちがこのゲームにログインしたのは二×××年八月七日だ」



 八月……七日……?


 ……おかしい。この日付は明らかにおかしい。なんで俺は……?




俺は確か……………………そうか……。



 ははっ、ゲームに夢中でそんなことにも気づかなかったなんてな。



 確かに俺ならアクセスできる。



「…できる」

「え?」

「アクセス…できるよ。全部…分かったから、でもどうして零がそのことを知っているんだ?零のことだけが分からないんだけど」

「それが仕様というものだ」


 「仕様です」ってお前は運営かよ!

 仕様って言えば全てが許されるわけじゃないんですよ?


「とはいえ恐らく次は、今までのように簡単にオーディンを倒すことはできないだろう」

「どういうことですの?わたくしたちは既に二度オーディンを倒していますのよ?」

「運営が今俺たちの会話を見て対策を取っている……ということだね。確かに普通のMMOなら運営はプレイヤーの会話を聞くことができるし、そのログも保存されているはずだ」

「だが幸いにも、サーバーを動かしながらMOBのステータスを変更することはできない。だから恐らくオーディンにはAI面の強化と補助魔法またはアイテムによる強化が為されていることだろう」

「ボスに補助魔法か……反則だな」

「そうだ。攻撃力、防御力、スピード、そして自然回復速度が上昇していることだろう」

「そうすると忍君がスキルリッパーを使っても範囲攻撃を防げない可能性が高いな…。他の敵を大量に召喚してくる可能性は?」

「それは恐らくないだろう。各フィールドは最大ポップ数が設定されている。そしてオーディンのいる『主神の座する天上の間』のポップ数は1だったはずだ。この辺りは開発者の拘りだろうな」

「そうなのか?俺たちをここから出したくないのなら、ラスボスの部屋にポップ数に制限なんて設けないと思うんだけど」

「ゲーム開発者と俺たちを閉じ込めている奴は別……ということだ」

「どうしてそんなことまで知っているんだ?もしかして零は開発者の一人なのか?」

「いや……俺は少し開発者と話す機会があっただけの一プレイヤーに過ぎない」

「なるほど。これだけプレイヤーがいたらそんな人も何人かいるんだろうな」

「話を整理すると、『巻き戻り』が発生すれば忍君がサーバーにハッキングすることができる。そして『巻き戻り』を発生させるためには、発生せざるを得ない状況……つまりオーディンを倒してエンディングへとゲームを進ませる必要がある。その状況で『巻き戻り』が起こされなかったとしてもこのゲームはエンディングを迎え、全員解放される。こういうことでいいのかな?」

「でも、今の話を全部信じて大丈夫なのかしら?」

「私は……忍の言うことは信じられる。忍ができるって言うならきっとできる」


 ここにきて姫が初めて口を開いた。


「姫……ありがとう」

「そうだね。忍君は今までずっと共に戦ってきた仲間だ。なら最後くらい信じてみるのもいいかもしれないね」


 今まで信じてなかったのかよ!


わたくしも忍様のことなら信じられますわ」


 うぅ……ローズさんの信頼が胸に染みる。

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