第56話 巡り往く業
降り注ぐ矢を『スキルリッパー』で切り裂くと、余剰ダメージが相手へと跳ね返り、また一人消滅していった。
これでスパイを引いて残り十人。いや、九人か。
スパイがタンカーの首元に短刀を突き立てている。すると短刀の刺さった箇所からまるで血が飛び散るかのように赤いエフェクトが噴出し、まだ半分以上残っていたタンカーのHPが一瞬でゼロになった。
もしかしてこれが噂の『暗殺』スキルか。
あの一瞬で俺の『アースウェイブ』を避けて、ステルススキルを発動させた上でタンカーを葬り去る腕前……かなりできそうだ。
「三途、貴様!」
「やはりあなたたちでは忍様には役不足。見苦しいので早々に退場してくださいまし…」
そう言って、スパイはマスクを外すと黒く美しい髪が重力に従って腰元まですとんと落ちていった。
前髪と横髪が真っ直ぐに揃えられており、まさに和風美人という感じである。
種族は人間……だけど肌が雪のように白い。
しかしそんな純和風な女性が禍々しく血塗れた短刀に紅を塗ったような唇を這わせるしぐさは和製ホラー以外の何者でもない。
ちなみにヴァルキリーヘイムでは敵を切っても血は付かないので、元々血が付いているデザインの武器を使っているものと思われる。
なかなかにいい趣味だ。
そんなことを考えているとスパイは再び姿を消した。
なっ!馬鹿なっ!ステルススキルは一分間に一回しか使えないんじゃなかったのか!
俺が驚愕に目を見開いていると、首元にすうっと冷たい感触が走った。
人の手だ。
「技スキルの再使用時間が共有されるステルススキル……しかしそれも重複して装備することで連続使用が可能になります。気を付けてくださいまし、忍様」
そう言って、俺の首元へ舌を這わされる。
「ん……ちゅぱ……実に甘露…」
うひゃっ!ヤ、ヤバイ!
今までで出会ったプレイヤーの中で一番ヤバイ匂いがする。
「『残影』」
「あら?」
スパイの手が俺の身体をすり抜けていく。そしてその瞬間俺はスパイの背後へと回り込んでいた。
『残影』スキル様様である。
しかし今のやり取りをしている間に敵は完全に立ち直ってしまった。
「『グレーターヒールオール!』」
敵ヒーラーが全員に回復魔法をかけて、さっき与えたダメージを回復してしまったのだ。
「奴らのHPは既に半分を切っているぞ!このまま守りきれ!」
レッドラムが味方に指示を出す……が。
「くすくす…今のどこが守りだったのでございましょう」
スパイが口元に手を当て、それを小馬鹿にするように哂った。
「黙れ裏切り者!お前一人殺すくらいは訳がないんだぞ!ガースト、グレイス、三途を殺せ!」
その様子に怒りを顕にしたレッドラムが味方に向かって指示を下す。
スパイの名前はどうやら三途というらしい。
「分かった」
「おう……」
「「『イグニッション』」」
レッドラムの指示により二人のメイジの魔法を発動させると、炎の槍が二本、スパイに目掛けて飛んでいく。
危ない!?
俺は咄嗟にスパイの方へと跳び、腰を右手で抱き上げ、イグニッションを踏み台にして零のいるところまで下がった。
これで八歩、八艘跳びの効果が切れる。
俺はスパイをゆっくりと地面に降ろした。
「そう簡単に俺の仲間を殺せると思うなよ!」
レッドラムに向かってそう言い放つと、レッドラムは顔がますます怒りに染まる。
「粋がるなよ!」
「忍様、今日のことは一生忘れはしません…」
そう言ってスパイが頬を染めて潤んだ瞳で俺の方を見上げる。
ここだけ見たら実に素直で可愛い人なんだが…。
「貴方様を殺めた後でさえも…」
こえぇよ!
しかしそんなことに構っている時間はない。HPゲージはどんどん減っていっているのだから。
俺は零たちを背後に置いてスキルを発動する。
「『オーバードライブ!』」
『オーバードライブ』が発動すると、肩に担ぐように持っている剣が赤い輝きを放ち始める。
「溜めさせるな!妨害しろ!」
レッドラムが仲間に向かって命令を下すが、誰も攻撃してくる者はいない。
それはそうだろう。今スキルリッパーで反撃されれば、確実に死が待っているのだから。
しかし攻撃しなかったところで結果は変わらない。
「我流神滅奥義!『ソードテンペスタ』『ソニックドライブ』」
『ソードテンペスタ』とは、凄まじい突き技により剣先から衝撃波が発生するという覇王剣の技スキルである。
衝撃波は剣先を中心に円錐状に走るため、第三者から見ると風のドリルが突撃しているように見えるらしい。
このスキルを使うと、剣が直撃した相手に非常に高いダメージを与えることができる上、衝撃波が掠めた相手にも低くはないダメージを与えることができる。
そして突き攻撃最大の特徴として、突撃スピードによるダメージ補正が非常に高いことが上げられる。
『ソードテンペスタ』のみ発動してもシステムアシストによりかなり突進力があるが、そこへさらに『ソニックドライブ』のスピードが加わることで飛躍的に攻撃力を上昇させることができる。
スキルによって発生した突きにより敵タンカーを盾ごと貫き、その後ろにいたメイジとヒーラーを串刺しにしたまま魔剣が壁に突き刺さったところでようやく止まった。
串刺しにされた犯罪者プレイヤーたちが驚愕の表情を浮かべ、先頭の突き刺さった男と目があった。
恐怖に歪み、慈悲に縋ろうとする目。だが何もかもが既に遅い。
そして次の瞬間部屋中に赤い死亡エフェクトが舞い散り、何人ものプレイヤーがその命を終えていった。
狭い部屋であったことが災いし、スキルの直撃を受けなかったプレイヤーも衝撃波を受けて吹き飛び、壁に叩きつけられて、地形ダメージ食らってしまったのだ。
幸運にも生き残った者が何名かいるようだが、残りHPも少なく、零とスパイの手によってあっという間に命が刈り取られていった。
両手で壁からゆっくりと剣を引き抜くと、そこには串刺しにされた三人の青い魂が静かに佇んでいた。
部屋を見渡して数を数える。
四……五……六……七……八……九……十……十一……十二……
おかしい。全部で十四人いたはずだ。
ならばスパイを引いて十三個魂がなければいけない。
「一人足りない!?」
「恐らくレッドラムが逃げ出したんだろう」
そうなのか。あの一瞬の間に一体どこから……。
もしここで逃げられたら再起を図られる可能性が出てくる。
「は、早く追わないと!」
「それなら大丈夫だ。既に手は打ってある」
マジで?
手際が良過ぎないか?
「それより早くこの部屋から出るぞ。うかうかしているとこいつ等の仲間入りだ」
こいつ等…ってこの魂たちか?
もしかして……。
恐る恐る自分のHPを確認してみると残り三分の一くらいになっていた。
「うわっ!って言ってもどこから出るんだ?!」
入り口は未だ黒い膜に覆われているし、レッドラムが逃げた通路は見当たらない。
「決まっているだろう。力尽くでだ」
そう言って零はにやりと笑った。
「はぁ…はぁ……っ畜生!どうしてこうなった!一体なんなんだあの化け物は!」
抜け道を駆け抜けながら毒づいた。
あれは本当に人間なのか?
何だったんだあの悪夢は。
いくらレベル差が開いているとはいえ、それだけなら負けるはずがなかった。
奴のプレイヤースキルが跳びぬけているのも知っていた。
だがあれは何だ?
プレイヤースキルなどというレベルを超越している。
なぜ誰も疑問を抱かない。
あれではまるで……
「大将の言うとおりだったな」
通路の先から声が聞こえてくる。
くそっ!待ち伏せされていたのか!
「やっと復讐をする絶好の機会が訪れたね」
男と女の声…どうやら相手は二人以上いるようだ。
近づいてくると壁に掛けられたランタンの灯りに照らされ、ようやく見えてきた。
オークとエルフ……見覚えがないプレイヤーだ。
「あなたはいちいち覚えていないんだろうね。PKしたプレイヤーのことなんて」
「……」
過去に俺に殺された奴が、貢献度を使って生き返らせてもらったのか。
「エリー。悪いがここは俺に任せてくねぇか」
「どうして?殺されたのは私なのよ?」
「守ってやれなかったのは俺の所為だ。頼む、頼れる兄に戻るチャンスをくれ」
「……もう、仕方ないないなぁ。分かったよ。私は『見てる』からね」
どうやら相手は一人で来るらしい。
愚かなことだ。
しかしこんな奴らを相手にしている暇はない。
(『インビジビリティ』)
ステルススキルが発動…………しない!?
女の方に目をやると、可笑しそうに笑っている。
まさか……くそっ!あの女がディテクトイリュージョンを使っているのか!
「『|うおおおおおおおおお!!!《ウォークライ》』」
オークが雄叫びを上げると身体が竦んで動けなくなってしまった。
これはスキルか!?不味い!
「両手斧ってのは『スタンクラッシュ!』」
無防備な状態ままオークに斧で殴りつけられ、意識が飛びそうになる。
くっ!スタンスキルか!
「相手を行動不能にするスキルが多くてな『インパクトブロウ!』」
斧が大きくなぎ払われ、身体が後ろへ吹き飛ばされる。
今度は強ノックバックか!これ以上は不味い!
「お前を確実に倒すために死に物狂いで鍛えたんだぜ?『ガイアクラッシャー!』」
オークの振り上げた斧が強い輝きを放ちはじめる。
くそっ!こんな……こんな死にぞこない共にやられてたまるか!
「『デッドリーブロウ!』」
俺は今まで数多くのプレイヤーを葬り去ってきた短剣スキル『デッドリーブロウ』を発動した。
短剣が紅いエフェクトを纏いはじめる。
俺がこんなところでは死ぬわけがない!俺は…………プレイヤーキラー『レッドラム』だ!!!
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