第55話 攻略ギルドの誇り
「今ので襲撃がバレているはずだ。スパイは赤いマスクをしているから手を出すなよ。急ぐぞ」
「了解」
((『ステルス迷彩』))
俺たちは再び姿を消すと、洞窟の奥へと入っていった。
洞窟といってもそれほど広さはなく、幅五メートルくらいの廊下がずっと続いている感じだ。
そして奥に辿り着くとドーム型の部屋が広がっていた。
中には14人の犯罪者プレイヤーたち。赤いマスクをしているプレイヤーは…………いた。お、女キャラだったのか!?
その事実に少しだけ救われた気がする。
「やはり来たな。見えているぞ」
次の瞬間俺と零のステルスが暴かれ、姿を現すことになってしまった。
どうやら、『ディテクトイリュージョン』のスキルを使って部屋の入り口を見張られていたらしい。
「やはり狂刃か。最近必死になって俺たちの邪魔をしようとしてくれていたらしいな」
軽装備をしたドラゴンハーフの男が話しかけてくる。こいつがリーダーか?
視線を向けてターゲットすると名前が浮かび上がってきた。
レッドラム……赤ネームだ。
確かMurderの逆さ読みがRedrumだっけ?典型的過ぎる。どうやらこいつが『マーダーライセンス』のギルドマスターと見て間違いないだろう。
「邪魔?邪魔をしているのはお前たちだろ?おかげで攻略は停滞……お前たちは外に出たくないのか?」
「ああ、出たいなんて考えたこともないな。この世界で死んだら現実でも死ぬ。だったらここと現実の違いはなんだ?腐った現実に戻る意味がどこにある!」
「今の発言でお前がリア充でないことだけは分かった」
「ぬかせ。ここなら力さえあれば全てが手に入る。金も…女も…」
「お前まさか!?」
「世の中には死ぬよりも身体を差し出すほうがいいっていう女もいる」
「きさま!」
許せない。そんな女の尊厳をふみにじ…。
「尤も、そんな女を相手にしなくても金さえあれば町中で女は買えるがな」
「まじで!?」
「危険な狩りをせずに金を得ようなんて考える奴は意外と多い」
「ちょ、それどこ?教えてくれない?」
「忍…」
「お兄様…」
零とニーフェの冷たい目が突き刺さる。でもそんなものでこの迸る欲望は…。
「その女がネカマだったらどうするんだ」
「ウホッですね」
しぼんでいった。
「はっ!どうせそんなことだろうと思った!ネットゲーマーほどのディープなゲーマーが初対面の女をレイプなんて大逸れたことできるわけがないからせこせことお金稼いでネカマ買い!しかも現実だともてないし、お金がなくてそういうお店に行けないからずっとこの世界にいたいっていうだけなんだろう!」
「お兄様……その発言は色々とブーメランです……そんなに自虐しなくても…」
「いや、俺の話じゃないからね!」
(※注 『ブーメラン』とは自分の発言が自分に返ってくる現象のことです)
「…一例を挙げただけで勝手に俺の行動を断定するな。お前に合わせたこの世界の楽しみ方っていうのをレクチャーしてやっただけだ」
「そこまで言うなら参考にさせてもらおう」
「忍…」
チクッ。
零がいい加減にしろとばかりに背後から斧槍を突きつけてくる。
「い、いや、冗談だって」
うぅ、せっかくのチャンスだったのに…。
「……それにしても大したものだ。お前がPKと思われるように仕向けたのは俺たちだが、それがまさか立派なPKになって俺たちの前に姿を現すとは」
零の言った通り俺がPKと思われるように仕向けたのはマーダーライセンスだったのか。
だが…。
「俺は……PKじゃない……」
「PKじゃないだって?現に入り口を見張っていたプレイヤーを殺したんだろう?もう人殺しに罪悪感はないんじゃないか?」
「…………」
「ははっ!俺たちと同じ立派な殺人鬼じゃないか。どうだ、俺たちと組んで思う存分この世界を楽しまないか?」
「………がう」
「…何だって?」
「俺はお前たちとは違う!」
認めない。認められない。俺が、俺たちがこんな奴らと同じだなんて。
「きっとお前たちにとってはPKは特別なことなんだろう…」
「そうだ。PKは特別だ。俺たちのように人を殺す覚悟を持つことができる特別な人間にしかデスゲームでPKをすることはできない」
今分かった。こいつらにとってはPKが唯一のアイデンティティー。PKをすることでしか自分の存在価値を確かめることができないんだ。
確信を持っていえる。やはり俺たちはこんな奴らとは違う!
「俺が……俺たち攻略ギルドがどれだけ長い間死と隣り合わせで戦い続けてきたと思っているんだ!来る日も来る日も安全マージンも置かずに覚悟を持って最前線の戦場で戦い続けてきた!毎日のように自分の命を削って戦ってきたんだ!」
そんな俺が、俺たちがこんな奴らと同じだと?巫山戯るな!
「罪悪感?そんなものは当の昔に戦いの中へ捨ててきた!殺さなければ殺される。俺たちはずっとそういう環境に身を置いてきたんだ!…だがそれでも俺たちは理性を捨てない。畜生に堕ちることはない!なぜなら俺たちは、仲間のために戦っているからだ!」
そうだ。俺たちは仲間がいるからこそ戦い続けることができる。
俺たちにとって仲間とは……ギルドとはそういうものなんだ!
「忍……」
「お兄様……」
「ははっ!あははははははははははははははははははっ!笑わせてくれる!大したご高説だな。いいだろう。殺す覚悟を持った者と殺される覚悟を持った者、どちらが強いか今この場で試してやる!トラップスキル発動『シャドードア』」
背後から聞こえた異音に振り返ると、部屋の入り口が半透明の黒い膜で覆われていた。
「『シャドードア』か。どうやら閉じ込められたらしいな。しかし、これではどちらが袋の鼠か分かったものではない」
「ほざけ。トラップスキル発動『ポイズンミスト』」
レッドラムが再びスキルを発動すると部屋中を緑色の霧が覆った。
そしてレッドラムたちを中心に重装備のタンカーが周囲を丸く囲い込むように防衛陣を敷いていく。
「考えたな。DOT(持続)ダメージを利用して時間を稼いでHPの低い忍から殺すつもりというわけか」
「解毒薬は?」
「使ってもまたすぐに毒にかかるから意味がない。使うならヒーリングポーションだが…」
「トラップスキル発動『アイテムディセーブル』」
「だろうな。これでこのエリアでアイテムが使えなくなったというわけだ」
厄介だな……これが罠スキルというものなのか。
まさか部屋全体に作用するようなものだっとは。
「つまりHPがゼロになる前にレッドラムを倒さないといけないわけだな」
「「「『ファランクス』」」」
敵のタンカーが盾による防御スキルを発動して完全に守りに入った。
話している間にもHPが徐々に減っている。
どうやら、ゆっくり話をしている暇はないらしい。
「そうだ。確かに俺たちのようにHPが低く回復手段を持たない者を相手にするのに適した策だと言える」
『ダッシュ』を発動して壁に向かって駆け出した。
「『八艘飛び!』」
壁を駆け上がってタンカーの頭上を越え、敵防衛陣の真っ只中へ向かって天井を蹴る。
「尤も……敵対しているプレイヤーが忍でなければの話だが」
「『アースウェイブ!』」
スキルを発動すると落下する速度にシステムアシストが加わり、着地する勢いを乗せて地面に剣が突き刺さる。
そして突き立った地点を中心に大きく地面が波打ち、周囲に衝撃波が走った。
離れていた零はそれをジャンプで回避するが、周りにいるマーダーライセンスのギルドメンバーたちは衝撃波の直撃を受け、頭の上に星が散るエフェクトが表示される。
『アースウェイブ』はダメージがない代わりに敵を一定時間スタンさせて行動不能にする範囲スキルだ。
スパイさんに当たらないように回転斬りで魔剣を大きくなぎ払うと、身動きが取れずに密集していた敵がノックバックして散らばっていった。
「三次元戦闘が可能な忍に防衛陣は悪手だろう」
零がこちらを見て哂っている。
俺はダッシュで一歩大きく踏み出して、ノックバックしたタンカーの背中を袈裟懸けに斬り裂く。
「ダッシュスラッシュ…フィニッシュ!」
そして返し刀で首の付け根を断ち切るとクリティカル判定が発生し、赤いエフェクトを咲かせながら一人が消滅していった。
「『スカルインペイル!』」
零の方もスキルを使用して敵タンカーの頭を串刺しにしている。
「なっ!クソッ!『アローレイン!』」
動揺した敵の一人が弓の範囲攻撃スキルである『アローレイン』を発動した。
「やめろ!」
レッドラムが仲間の行動を止めようとするが既に遅い。『アローレイン』が発動し、俺たちに向かって矢の雨が降り注いでくる。
「『スキルリッパー!』」




