第52話 ステルススキル
防衛戦を終える俺はすぐに巡回へと戻った。
「うおおおおおおおおおおおお!!!!(『鬼神化!』)」
見張りが転移門で俺の巡回場所を見張っている可能性があるため、捜索場所の変更は迅速に行わなければ相手に対してプレッシャーをかけることができない可能性がある。だから俺は『鬼神化』を発動し、SP消費を無くした上で、『ダッシュ』と『ソニックドライブ』を駆使して素早く各地を駆け回った。
そして捜索を続けていたらおかしな点に気が付いた。
『心眼』を発動していると、脳内レーダー上にプレイヤー又はMOBの存在情報が点として表示されるようになっている。
味方は青色。NPCや一般プレイヤーは緑色。ノンアクティブMOBは白色。そしてアクティブMOB、赤ネームプレイヤー、敵対プレイヤーは赤色の点で表示されることとなる。
さらに赤色の点が自分にある程度近づくと、一瞬脳内で警鐘が鳴ようになっているため、不意打ちを受けるようなことはほとんどなくなるのだ。
そしてフィールドを走り回っていると、敵対存在である赤い点が突然消えることがあった。
しかし当然ながらそれは別におかしな話ではない。
プレイヤーがアクティブモンスターを倒せば赤い点が消えるのだから。
周囲にプレイヤーがいたとしたらの話だが。
そう、周囲にプレイヤーもいないのに突然姿を消すのだ。明らかに怪しい。
そう思ってその周辺を捜索するも、何もない。
「これはどういうことだ?」
「恐らくステルススキルを発動しているんだと思います」
「ステルススキルを発動していたとしたら、俺からはどう見えるんだ?」
「基本的にステルススキルを使っているプレイヤーはかなり近づかないことと見ることはできません。しかしお兄様は心眼をもっていますから、そのレベル分だけ遠くからでも見えるようになっています。つまりお兄様の心眼と相手のステルスのレベルによって視界に捕らえることができる距離が決まるんです」
「ということは、高レベルのステルススキル持ちにはかなり近づかないと見つけることができない可能性があるのか」
「そういうことになります」
なるほど、だとしたら闇雲に走って見つけ出すのは難しいかもしれない。恐らく相手も索敵スキルで以って俺の接近を探知してからステルスを使って視認範囲外に逃げているという可能性もある。
「まいったな。そんなのどうやって探せばいいんだ」
「ステルスも万能じゃないですよ。攻撃とかスキルみたいなアクティブ行動を取ればステルス効果は切れますし、性能が高い分再使用時間も長めに設定されています。ただ、それを使って逃げにまわられると見つけるのが非常に困難になります」
そうだよな。こっちからは見えないのに相手からは見えるんだから。
相手からは……見える?
もしかして……。
「それって俺がステルス使ったら相手に見つからないんじゃないか?」
「それはそうですが、走っただけでステルス効果は切れてしまいますよ」
「そんなに制約の厳しいスキルなのか」
「はい。何と言っても相手に気付かれずに背中を取ることができるスキルですからね。扱いは非常にピーキーで玄人さん用のスキルになっています」
「なるほどなぁ。ちなみにステルスの最上位スキルにどんな技スキルがあるんだ?」
「お兄様、私は眼鏡キャラではなく解説キャラですよ?」
「え?」
「つまりは知らないということです」
「ちょっと待て、解説キャラなのに何で解説できないんだ?」
「何を言っていますかお兄様。解説キャラにできるのは理由や事象の解説だけ。攻略本に載っているようなことまで知っているのは眼鏡キャラですよ」
「なるほど、つまりこれから眼鏡を買いに行けばいいんだな」
「お兄様の子供を授かることができれば私の職業が『勇者の母』に変わって眼鏡を装備できるようになるかもしれませんね。うふ」
俺は手早くシステムウィンドウを操作して姫にコールする。
「何をしていますかお兄様」
「姫にステルスのことを聞こうと思って」
「うぅ、私の一体何がダメだと言うんですか……」
だから爬虫類なところだって。
とぅるるるるん。とぅるるるるん。がちゃ。
「どうしたの?」
「姫、実は……」
姫に先ほどの事情を説明して、ステルススキルについて聞いてみた。
「というわけで、ステルススキルについて詳しいことが知りたいんだけど分かるかな?」
「ステルススキルって攻略向きじゃないからうちのギルドでも持ってる人はほとんどいないと思うわよ」
「そうなの?じゃあ分からないか」
「いえ、多分分かると思うわ。忍が持ってる『心眼』を売ってくれたスキルトレーナーの話を覚えてる?」
「ああ、確か非戦闘用スキルを育ててる人がいるんだってね。あ、もしかして…」
「そう、その人がステルススキルを育てていた可能性もあるわ。私から連絡を入れておくから、直接話を聞いてきなさい」
「了解。ありがとう」
「いいわよこのくらい。また後で連絡するわ。巡回の方頑張ってね」
「おう!」
頑張ってね…か、くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!こりゃあ頑張るしかないな!
それでPK問題を解決して姫に……でへ。
「お兄様。何を考えているのか分からなくもありませんが、顔が朽ちていますよ」
「そこは崩れていると言ってくれ…」
それから程なくして再び姫から連絡があった。
何でもそのスキルトレーナーの名前は『撃沈ひとり(本人)』という名前らしい。
昔似たような名前の漫才芸人がいたような気がするのはきっと気のせいだろう。
そして『撃沈ひとり(本人)』さんとはニヴルヘイムの酒場で落ち合うこととなった。
指定された時間に酒場の前まで行くと、重装備を着込んだライカンスロープの男がこちらをちらりと見た。
その男にターゲットを合わせると『撃沈ひとり(本人)』の名前が頭の上に表示される。
間違いない。この人だ。
「初めまして。イージスの忍です」
「どうも…。スキルトレーナーの撃沈ひとりです…」
くらっ!ライカンスロープで見た目は重装備の狼なのになぜか痩せ型で雰囲気が暗い過ぎる。
「噂どおりすごい格好…」
「え……」
「自分の趣味…?」
「あ、ああ、個人的には最高の出来だと思ってるんだけど、周りの同意がもらえなくて……やっぱりダメかな?」
両手を広げて自分の姿を見ながら聞いてみた。
「センスいい…。羨ましい…」
「まじで!?そう思う!?」
「個性的で格好いいと思う…」
「だよな!マイノリティ万歳っていうか、他人と違うところが中二病を刺激されるっていうか、変わってるって言われるほど心の中じゃにんまりしちゃうんだよなぁ」
「分かる…。僕ももっとプレイヤースキルがあったら性能より見た目重視にしたかったから…」
変な名前だけどいい奴だな!こいつとはうまい酒が飲めそうだ。
「デスゲームじゃなかったらなぁ」
「PK怖くてフィールドに出られない…」
「あれ?でも非戦闘スキル育てるだけなら街中でも出来るんじゃないか?」
「スキルトレーナーは金策…。僕だってレベル上げて強くなりたい…」
「そうなのか?」
「装備が強くなればレベル上げが凄く楽…」
なるほど、確かにこのゲームの装備には筋力や魔力などのステータス制限はあっても、レベル制限はない。
装備が強ければ強いほど適正レベルでのレベル上げも楽になるのだろう。
「それでスキルトレーナーやってるのか」
「うん…。忍さんがPK問題を解決するの…?」
「おう!何と言っても姫に期待されてるからな」
「お兄様はあの年増騎士に利用されているだけです」
失礼な。姫は俺を利用しているんじゃなくて、俺しか頼れる人がいないから仕方なく俺を頼ってくれてるんだ。…あれ?
「龍が…しゃべった…」
「ああ、こいつのことは無視していいから」
「酷いですお兄様!いつもベッドを共にしているときみたいに優しくしてください!」
「ちょ……何その誤解を招く言い回し。誤解しないでくれ。このNPCが勝手にベッドの中へ潜り込んでくるだけだから!」
「ふふ…、仲がいいんだね…」
「いや、全然。全く。これっぽっちも」
「うぅ……でもそんなつれないお兄様にニーフェは濡れてしまいました」
日々こいつの変態さに磨きがかかっているのは気のせいだろうか……。
「こいつは放っておいて、とりあえず中に入ろうか」
そういうと撃沈ひとりはこくりと頷いた。
「そんな…『中に入る』だなんてワイルド過ぎますお兄様。でもでも、ニーフェにはそんなお兄様を受け入れる準備はいつでも…」
「お前も大概だな……」
「お兄様の妹ですから」
「俺でもそこまで酷くないぞ」
「くぷぷっ、今のギャグは最高でしたよ。きっと画面の前ではお兄様の勘違いっぷりに爆笑の嵐です。大・爆・笑。まさに最近流行している『勘違いもの』と言うニーズを満たしていますね」
画面の前とか言うなよ…。そもそも勘違いものってのは自分が凄くないって勘違いしているジャンルであって、馬鹿な勘違い野郎が出る話じゃないから。
……もちろん俺は馬鹿な勘違い野郎じゃないからな。
それから俺たちは撃沈ひとりと共に酒場のインスタントエリアを借りて席に付き、それぞれが飲み物を注文した。ちなみに俺はグレープフルーツジュースで、ニーフェはりんごジュースで、撃沈ひとり(本人)はトマトジュースだ。
「何を知りたいの…?」
「ステルススキルって育てたことあるか?」
「うん…」
「ステルススキルの最上位スキルについて教えてくれないか?」
「『神隠れ』…」
「神隠れって名前なのか」
「うん…。『神隠れ』になるまでに覚える技スキルは全部で3つ…」
そこから撃沈ひとりはたんたんとスキルについて語ってくれた。
まず覚える技スキルが『ハイドインシャドー』。これは敵対存在の視界に入っていない状態でないと発動できないらしい。そして発動するとプレイヤーから見えなくなり、走ったりドアを開けたりするだけで効果が切れる。
次に覚えるのが『インビジビリティ』。これは敵対存在の視界に入っている状態でも発動できるらしい。これも走ったりドアを開けたりすると効果が切れる。
そしてレベル100で覚えるのが『ステルス迷彩』。これは『ハイドインシャドー』と同じく敵対存在の視界に入っていない状態でないと発動できないが、敵対存在の視界の外で攻撃以外のアクティブ行動を取っても効果が切れない。特にダンボールを利用されたら『心眼』を以ってしても発見は非常に困難となるらしい。
ダンボールを使ったステルスってまさか……いや、これ以上考えるのはやめよう。
この思考は危険すぎる。
そしてこれら三つのスキルは効果時間一分、再使用時間一分であるが、再使用時間がステルススキル全体で共有されるため、途中で『ステルス迷彩』が切れたからと言ってすぐに『インビジビリティ』を使ったりはできないということだ。
「なるほどな。どおりでPKが見つからないわけだ。『ステルス』には弱点とかないのか?」
「ある…。『心眼』の技スキル『ディテクトイリュージョン』を使うことで対象の『ステルス』スキルを無効化できる…」
「ディテクトイリュージョン?……何だっけそれ」
「お兄様…」
ニーフェが呆れたように声をあげる。
「いや、あの、まだ『心眼』覚えたばっかりだから……」
「思ったんですけど、お兄様って説得力のない言い訳が得意ですよね。もしかしてエクストラスキルに『二枚舌(破損)』でも付いているんじゃないですか?」
「な・い・よ!」
説得力のないってこれでも一生懸命考えているのに!
そりゃあ言い訳は言い訳だけど………………言い訳多いの自重しよう…。
「と、とにかくどういうスキルなんだ?」
「使ってみるとよく分かる…」
そうなのか。じゃあ、さっそく。
「『ディテクトイリュゥゥゥゥゥゥジョン』マジック!」
スキルを発動した直後、世界が緑色に染め上げられ、視野が二分の一くらいまで狭まってしまった。
「うお!なんだこれ!」
撃沈ひとりに目を向けると、まるでナメクジ星人のようだ。
目が痛い。そして視界がめちゃくちゃ狭い。これは弱化魔法か?
「その状態で『ステルス』使っているキャラクターを視界に捕らえると相手の『ステルス』効果が切れる…」
「すげぇ……でも戦いにくい……」
「任意で解除もできる…」
「『ディテクトイリュージョン・キャンセル!』」
視界に色が戻り、視野も元通りへと広がった。普通に見えるって素晴らしい…。
「もちろん敵のスキルレベルと忍さんのスキルレベルで見破ることのできる距離が変化する…」
「つまり高レベルのステルス持ちには効果が薄いかもしれないのか。ところで『ひとり』が育てた『神隠れ』っていうのは誰かに売れたりしたのか?」
「うん…。今まで二回『神隠れ』まで育てたけど、もしかして……」
「ああ、もしかするとそれを買った奴がPKの可能性もある」
「そんな…じゃあ僕のせいで…」
さすがにそれは言いすぎだろう。
「『マーダーライセンス』は小さなギルドじゃない。『ひとり』が作った『神隠れ』が『マーダーライセンス』の手に渡っていたとしてもそれがPKの直接原因になっていることは考えられない。『神隠れ』は奴らの取っている手段の一つに過ぎないだろうからな」
「そうかな…」
「ああ、だから気にするな。それで『神隠れ』を購入した奴ってのは誰だか覚えているのか?」
「うん…状況が状況だから忍さんになら教えてもいい…」
「それは助かる。それで『神隠れ』を買ったのは誰なんだ?」
「一人は『レジェンド』のギルドマスター『黒猫大使』…。もう一人が『ゼロディバイド』のギルドマスター『零』…」
…………は?
「零だって!?」
「知ってるの…?」
「ああ。知ってるのも何も俺が赤ネームになるようにハメたのが多分その零だ」
「そんな人だったなんて…」
「零が……PKをしているのか?」
なぜだ?
確かにギルドクエストをやっていたときに零たちは襲い掛かってきた。
しかし、それは俺がPKだと勘違いしたからじゃなかったのか?
俺が殺してしまった男の目……あれは確かに俺を怨んでいる目をしていた。
それが今や『マーダーライセンス』としてPKに成り下がってしまったというのか?
確かにあれから数ヶ月は経過している。その間何があったとしてもおかしくはない。
それとももしかして完全に今回の件とは無関係なのか?
分からない……。
零……お前は今一体どこで何をやっているんだ。
「『レジェンド』の方も聞いたことがある。確か俺たち神話同盟とは別の攻略ギルドだったはずだ」
「お兄様。ですが、現状神話同盟の攻略速度に付いて来られている攻略ギルドはありませんよ。なので恐らくそこのギルドはミッドガルドを中心に活動しているはずです」
「そうなのか。でもさすがに攻略ギルドがPKなんてしてたら目立って仕方がないだろう」
「ですがお兄様。その零って人は連絡の取りようがありませんし」
「そうだな。今はレジェンドのことしか分かっていないし、ダメ元で訪ねてみるか」
『ひとり』の方へを向きなおして俺は改めてお礼を言った。
「ありがとう。できるだけ早くPK問題が解決できるように頑張ってみるよ」
「うん…。影ながら応援してる…」
なんだろう。影に隠れて『撃沈ひとり』がこっちを見ている様子が目に浮かんできてちょっと怖い。




