第48話 暗雲の兆し
姫が復活してから数日、俺たちは攻略を進めながらも零たちの情報を集めようとした。
不思議なことに姫を生き返らせるための一週間、零たちは何の行動も起こさなかったらしい。
それがなぜだか分からないが、そこで零たちの消息が途絶えることとなる。
俺たちは零たちの襲撃に警戒しながらも攻略を進めていった。
魔犬ガルムのいた奥にあった『グニパヘリル洞窟』は明らかに敵のレベルが高かったため、まだ攻略に入る時期ではないということで、他の場所から攻略していく方針となった。
姫が復活してから一ヶ月が経過し、ニヴルヘイムから再び地上であるミッドガルドへと至る道が発見されることとなる。
この頃から攻略ギルドの中にはローズさん以外にも蘇生魔法リザレクションの魔法を使えるものが少しずつ増えて来るようになる。
ローズさんの覚えているリザレクションもそうだったが、魔法スクロール『リザレクション』は現在ボスのドロップからしか確認されていない。
そしてこのデスゲームの世界では、一度死んだボスはいくら時間が経過しても復活することがないため、定期的にボスを倒してアイテムや貢献度を稼ぐといった方法を取ることができない。
その所為かどんなボスであろうとも、まるで設定されているアイテムが全てドロップされているかのようなドロップ率となっているらしい。
そのため、ボスを狩り続けることができた俺たち神話同盟は徐々に攻略ギルドの中でも突出した存在となっていく。
しかしボス狩りによってリザレクションを使えるものが増え、装備が強化されていった俺たちの安全度が飛躍的に高まる一方で、その攻略ペースについて来ることのできるギルドが激減し、結果的に攻略のペースが一気に落ちていくこととなってしまった。
リザレクションを独占したい……というわけではなかったが、さすがに仲間の危険を少しでも減らせることのできる魔法をギルド外にまで回せる余裕が俺たちにもなかったからだ。
その結果、最前線の攻略について来られなくなったギルドやパーティーは中レベル帯を拠点に活動するようになるか、解散して俺たちの神話同盟の中のギルドの一つに加入を希望してくるか、自身による攻略を諦め、街から出ることをやめてしまうかのどれかに分かれていった。
当然神話同盟にも他ギルドから加入要請はあったが、それは一切認められなかった。
ネームレスさん曰くこれはボスの独占等が理由ではなく、これ以上頭が増えた場合迅速な行動や、変則的な動きが取りにくくなるからとのことだ。
例えば、もし神話同盟が5つ以上のギルドから組織されていたとしたら、姫が死んだときに俺が再び攻略へと戻ってこれるようにすぐさま行動へと移せない可能性もあったらしい。
数が多くなればなるほど事情に通じない人が増え、また、思い切った行動を取ることができない人も増えてくるため、意見の取りまとめに時間がかかってしまいがちになる。
だから今の3ギルド体制というのが、1つのギルドによる暴走を抑えながらも大胆に動くことができる理想的な状態なんだそうだ。
一方で、ギルドは派閥で割れるようなことがない限り人数はいくら増えても問題ないということになっている。そしてギルド内に派閥ができないように、同盟会談にはギルドマスター又はギルドマスターが任命した代理のみしか参加できないことになる。
同盟会談ではギルドの総意としてギルドマスターがギルド内の意見を取りまとめるが、当然ギルド内でも意見の対立が起こりえるわけで、もし同盟会談で決定されたことに従えない人がいたとしても、ギルドを辞めてもらっても構わないという強気のスタンスを貫いていくらしい。
例え反対意見がギルドの大多数を占めていたとしても、だ。
そして今のところ不満が出てくるようなことはない。それもひとえにギルドマスターたちの手腕なのかもしれない。
結果的にイージスも俺が入った当初の倍以上……70人規模にまで膨れ上がってきた。
ただイージスの場合、他のギルドと違って最前線の攻略メンバー以外も受け入れているため、実質最前線で戦えるのは40名ほどとなっている。
そしてもちろん温泉回をぶちこ、いや、零の一件で情報操作を手伝ってくれた『みっちー』たちもイージスに迎え入れられていった。
基本的に女性プレイヤーの少ないMMORPGでは、一般的な女性プレイヤーの存在はある意味レアドロップより貴重だ。しかも濃くもなく薄くもなく『普通』だった彼女たちに、イージスの男衆は大いに沸き立ち、俺が何か言うまでもなくみんなでクエストの手伝いや美味しい狩場情報など様々な面でサポートしてあげていった。
口が裂けても姫たちの前じゃ言えないが……何でも今までいた最前線に立っていた女性プレイヤーは個性的な人が多くて、『普通』である彼女たちにはとても癒されるらしい。
師匠曰く、男は女に対して幻想を抱く生き物で、きっと『普通』である彼女たちを見て幻想を取り戻しているんだろうとのことだった。
それって今までイージスにいた女性プレイヤーが女に対する幻想をぶち壊し……いや、考えるのはやめよう。
その言葉を聞いた次の日、ズタボロになっていた師匠を見て俺はそう固く心に誓った。
そして姫が復活して以来とても困った状況になっている。
それは何と俺にファンクラブができてしまったことだ。それも二つも。
何でも姫のために黎明の集中砲火を切り抜け、空を駆け抜けて街に辿り着いた俺の姿に見惚れてしまったということらしい。
最初それを聞いた姫や委員長は驚愕の眼差しで俺を見ていた。全く失礼な。
正直に言ってしまうと自分でも自分のキャラクターは見惚れてしまうほど完璧な外見をしていると思っている。
あれ、これってナルシストって言うんだろうか?
でも、現実の自分の姿を見てもそうは思わないんだからどうなんだろう。どっちかっていうと自分のキャラクターは自分の子供みたいな感じだから親馬鹿?
うーん、よく分からないな。
まぁ、これだけ聞けば思わずひゃっほうと叫んでムーンウォークの一つでもするところなのだが、ファンクラブの中身が問題だった。
一つが忍LOVERS。忍だったら中身が男でも全然構わないとかいう意味不明な変態集団。
中には誰かさんのように男キャラクターを使う女性プレイヤーもいるという話だが、男キャラクターとどうこうなるところは想像したくないので、目下全力で逃走中である。
そしてもう一つが絶望の拷問人形イズマイン。その名前を聞くたびに当時の俺を殺したくなる……。
それはさておき、こちらの会員は全員が女性プレイヤーで構成されているらしく、ときどき顔を赤らめながらお兄様って呼んでいいですか、なんて聞かれたりしたもんだから俺も調子に乗って今だけだぞなんて言いながら頭を撫でてやったりしていた。
何で女の子っていい匂いがするんだろう。
自分の匂いは全く分からないというのに……。
そのときニーフェが何やら喚いていたが、正直よく覚えていない。
そしてそういった娘たちから、ファンクラブの活動として俺や姫を数式で例えて話をしたり、そういった薄い本を製作スキルで製作したりしてるんだって話を聞くことがあった。
その話を聞いたときには、なんて素晴らしいものを作っているんだ!と思って一度だけ本を手にしたことがある。
しかし、なぜか生えていたんだ。俺も姫も。
誰・得・だよ!
気がついたら俺は手の中の本を握り潰していた。筋力30の力でもって全力で。
そのときの騙された感といったら、机の中に入っていたバレンタインチョコの宛名が隣の席の奴の名前だったとき以上だ。
ちくしょう……。
このとき俺は悟ったよ。どうやら世界は俺を敵として認識したらしい…と。
そんなこともあり、俺は両ファンクラブ?から逃げるようになっていた。
そしてミッドガルドの攻略が始まって四ヶ月が経過した頃、オーディンの住むアース神族の国アースガルドへの唯一の道とされる虹の架け橋がついに発見されることとなる。
この情報が駆け巡ることで、ついに攻略も終わりに近づいていることを誰もが予感した。
しかし虹の架け橋の門番であった光の神『ヘイムダル』を倒すことで状況が一変する。
それはあるアナウンスが全プレイヤーに向けて流れたからだ。
《アースガルドへの道『虹の架け橋』が開放されたことにより、主神オーディンの命を受けたニヴルヘイムの女神『ヘル』が、ヘルヘイムより侵攻を開始します。それに伴い、安全のため全てのプレイヤーが街へと強制帰還されます。全ての街がヘルにより支配されるとプレイヤーの敗北となってしまいますのでご注意ください》
まさか敵の方から攻めてくることがあるなんて思いもしなかった。だが、思い返して見ればヴァルキリーヘイムは戦争ゲームだ。
いくら嘆いたところで何も始まらない。
俺たちは町へ強制帰還されると、転移門を使ってすぐにニヴルヘイムへと飛んだ。
すると、すでに街の近くにまで来ていたヘルの軍勢とすぐに戦闘が開始された。
ヘルの軍勢は、リビングデッドやスケルトンナイト、そして魔法を使うレイスにより構成され、その数は俺たちプレイヤーよりも多くかなりの苦戦を強いられた。
原因は前衛不足によるものだ。
ボス戦などは、二人や三人の強い前衛がいれば何とかなるが、集団戦ともなると、20人程度の前衛ではとてもじゃないが敵を押しとどめることはできなかった。
俺も委員長からオーガパワーをかけてもらい、範囲攻撃を打ちまくって多くの敵を殲滅したが、それだけでは全く足りなかった。
そのため、俺たちは少なくない死者を出すことになってしまう。
幸運にもリザレクションを使える者が増えていたため、実際に5分が経過して戦死者リストにその名前が刻まれるようなことはなかったが、それがトラウマとなって戦えなくなる者も出てきた。
そしてその日から毎日のように、いや、多いときには一日に三回以上もの侵攻が繰り返された。
集団戦において最も役に立ったのがパラディン、いや四次転職を果たして『キャバリエ』となった美羽たちのクラススキル『血盟の盾』だ。
『血盟の盾』とは『絆の盾』がさらに強化されたスキルで、パーティーメンバー全員へのダメージを70%肩代わりするトリガースキルだ。
また『血盟の盾』は『絆の盾』と同様、転嫁するダメージは食らった仲間の防御力が適用された後さらに自分の防御力も適用される。
このスキルのおかげで、後衛がまるで前衛のような硬さを発揮できるようになり、『キャバリエ』のいるパーティーには前衛としての能力が低くても、『ヘイト』スキルをもたせることで、擬似的に前衛を作り出すことができた。
これを利用することにより、前衛不足がある程度解消され、防衛の際に出る死者の数が激減することとなる。
とはいえ俺たちは防衛するだけで精一杯となり、完全に硬直状態になってしまった。
この頃から少しずつ不穏な噂が流れ始める。
俺たちが防衛に掛かりきりになっていることを知ったPKプレイヤーたちの活動が少しずつ活性化していったのだ。
それもニヴルヘイムから離れた場所で。
俺たちも常に防衛しているわけじゃないが、いつヘルヘイムからの侵攻があるか分かったものじゃないからすぐに戻れないような場所へは行くことができなかった。
だから俺たちには不用意にフィールドへ出ないように呼びかけるくらいしかできなかった。
とはいえ、全員が全員俺たちの言う通りにすることはなく、被害は増える一方であった。
なぜならPKというのは今までにもいなかったわけではないからだ。
そして俺たちが防衛を始めて、半月が経つ頃には戦死者数が百人を超え、ついには以前まで俺たちと同じように最前線で攻略を行っていた攻略ギルドの者たちにまで魔の手が伸びたという情報まで入ってきた。
このまま神話同盟にまで手を出してくることはないだろうが、俺たちの同盟にPKを許容できる者などいるはずがなかった。
そしてイージスのメンバーは姫から呼び出しを受けて、全員がギルドホールへと集まることとなった。




