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第46話 激闘ネームレス

 それから俺たちは委員長や美羽と連絡を取りながらも昼はひたすら逃げ回り、夜は隠れて眠りにつくという生活を送っていった。

 追跡者は日を跨ぐごとにその数を増やし、最終的には常に人を振り切りながら逃げても追跡者が途切れることがないほどにまでなっていた。

 そしてついに約束の日、朝の九時に師匠からメールが届いた。



From:晶

タイトル:準備は整った

内容:おはよう、忍。今までよく頑張った。忍がうまく動いてくれたおかげでこちらの準備は既に完成している。今日、忍が姫を生き返らせるために街へ帰ってくることは黎明を含め、ほとんどのプレイヤーの知るところとなった。

そのため、街の入り口は黎明を含めた有志により固められている。もちろん彼らの目的は忍、お前の殺害だ。

確かに英雄には障害が付き物だ。だが姫と結ばれるという大イベントを前にしては、それすらも前座にすらならないだろう。

街に入りさえすれば赤ネームとはいえダメージは入らない。

ギルド全員で忍を出迎える準備は完了している。

黎明の守りを正面から堂々と潜り抜け、華々しく凱旋を果たすことで忍と姫のための一大イベントを大いに盛り上げてくれ。



「とうとうこの時が来たというわけか。そう!俺が姫と結ばれる日が!」


 森の中に俺の声が響き渡っていく。なんて清々しい朝なんだろう!


「お兄様騙されています……、がっつり騙されていますよ……」


 ニーフェが何やらぶつぶつと独り言を言っている。一体どうしたというんだ?情緒不安定にでもなっているのだろうか。


「ふっふっふ、こんなこともあろうかと俺は幼少の頃より『禁書 愛の技巧(Love・Claft)』に最高に格好いいプロポーズの言葉を書き綴っていたのだ!残念ながら原書は現実リアルに置いてきたが、写本は脳内にインプット済みである!」

「いきなりプロポーズとか頭大丈夫ですか?そしてそれは今すぐ焚書することをお勧めします。お兄様の尊厳を守るために」

「何を訳の分からないことを言っているんだ?最も相手に誠意を伝えられる言葉……それがプロポーズじゃないか!」

「駄目だこいつ…早くなんとかしないと…」


 またニーフェが独りぶつぶつと言い始めた。本当に大丈夫なのか、こいつ?

 これから重大なイベントが始まると言うのに体調不良はよろしくない。というか、NPCが風邪を引いたりするんだろうか?


「大丈夫か?具合でも悪いのか?」

「お兄様……私のことを心配していただけるなんて……、今すぐお兄様との有精卵を産ませてください!」


 そう言って顔に向かって飛び掛ってきたので、首を傾けてそれを避ける。


「さぁ、出発するか」

「ああ、そんなつれないお兄様も素敵です…」


 どうやら脳の病気だったようだ。全く始末に悪いことこの上ない。

 それから俺たちは森を出てニヴルヘイムの街へと向かった。いつもならこの時間帯は既に人々が狩りを始めていて、発見されるたびに襲撃を受けていたところなのだが、街へ向かう道中人っ子一人見かけることなく安全に歩みを進めることが出来た。

 しかし、それは嵐の前の静けさであったのかもしれない。

 街を目の前にして俺はそう考えずにはいられなかった。

 街の入り口で守りを固めているプレイヤー群。それはさながらヴァルキリーヘイムで戦争のときに敷かれる城を守るための防衛線のようであった。

 そこから一人のプレイヤーがこちらへと歩み出てきた。


「ついに来たな!イージスの盾最強にして最悪の犯罪者プレイヤー忍!」


 静まり返ったこの場に一人の男の声が響き渡る。この声…そしてローブを着たその姿……間違いない。ネームレスさんだ。


「それは誤解だ!俺たちは嵌められただけなんだ!頼むからそこを退いてくれ!俺はこれから姫を生き返らせに行かなきゃいけないんだ!」


 俺は精一杯嘆願した。


「仮にお前の言うことが真実だとしても我々攻略ギルドは赤ネームを許容することはできない!いな、してはいけないんだ!分かるか?もし例外を認めてしまえばPKという行為に対する抑止力を失うことになる!怨むなら自らの不注意を怨むことだな!」

「そんな!……それなら姫を生き返らせたら後、俺は街で監禁されても構わない!だから頼む!そこをあけてくれ!」

「愚かな考えだ……心の底までネットゲーマーであるお前なら分かっているはずだ。この世界で何かを手に入れようとするなら必要なものは唯一つ!」

「力……か……」

「そうだ!我々は力でもってお前を殺し、この世界の秩序を手に入れる!お前も手に入れたいものがあるならその力でもってもぎ取って見せろ!アタッカー全班!ターゲット忍!」

「俺は……姫を生き返らせて見せる!例えこの世界の全てを犠牲にしたとしても!」


 俺は攻撃に備えて剣を構えた。


「最大火力で殲滅せよ!攻撃……開始!!!」


 ネームレスさんが杖を掲げると、後ろに控えていた弓職、魔法職の人たちから俺に向かって次々と攻撃が放たれていく。

 補助魔法によって強化された遠距離攻撃は強力で、俺が回避してもその攻撃は地面へと突き刺さり、雪を舞い上げるほどの爆発を起こしていく。

 攻撃してくる敵の数は軽く見ても40人以上。攻撃の嵐と言っても過言ではない。

 同じ場所に留まっていたら爆風で敵の攻撃が視認できなくなってしまう。俺は『ムーンウォーク』を駆使して矢と魔法の隙間を縫うようにして走り抜けていく。少しでも入り口へと近づくように。

 攻撃は熾烈さを増すばかりで、一向に収まる気配を見せない。しかしそんな中俺は少しずつではあるが、攻撃を避けながらも確実に街へと近づいていく。


「やはりこの程度では仕留め切れないか……マーメイド部隊!前へ!」

「「「はい!」」」


 ネームレスの呼びかけに十人ほどの女性たちが前へと進み出てくる。

 じっくり観察する暇はないが、ローブを着ているところから魔法職のようにも見える。


「忍!ここにいるのはお前のために用意した女性たちだ!存分に楽しむがいい!」


 俺のために?一体どういうことだ……まさか!


「「「『フレイムストーム!』」」」

「『ソニックドライブ!』」


 俺は女の子たちの魔法の発動に合わせて『ソニックドライブ』を発動し、一気に後ろへと駆け抜けた。

 すると俺がさっきいたところの周囲から入り口にかけて魔法による炎の嵐が暴れ狂った。

 ネームレスさん、なんて卑怯な!

 万が一にも俺が『スキルクラッシュ』で反撃できないように女の子たちに範囲魔法を使わせるなんて!外道すぎだろ!


 俺は何とか打開策を考えながらもグレートスタミナポーションを取り出し、飲み干した。

 どうやらここまで来ると範囲魔法による追撃はなさそうだ。

 単発魔法に比べて範囲魔法は射程が短く、威力が低いのが特徴だ。とはいえ、俺がまともに食らったらかなり削られることだろう。

 範囲魔法の射程外では弓や単発魔法による高火力攻撃、そしてそれを回避しながら中へと入っていけば範囲魔法による広範囲攻撃が襲い掛かかってくる。

 俺は何度も近づこうと試みたが、そのつど外へと追い出されてしまう。

 例え『ソニックドライブ』を使ったとしても、タイミングを合わされてしまえば範囲攻撃に巻き込まれてしまうかもしれない。

 なんて厄介な……。


「お兄様!どうするんですか!?」

「どうするもこうするも、あちらさんは本気みたいだし、こっちも本気で行くしかないだろう!」

「お兄様まさか!?」

「ああ、そのまさかだ。ネームレスさん!悪いが次で抜けさせてもらう!」

「なに!?」


 俺は攻撃の雨を避けながら再び範囲攻撃の届く範囲へと足を踏み入れていく。

 もう後ろへ引くことはない。


「「「『アースグレイブ!』」」」


 マーメイド部隊から範囲魔法が放たれ、地面から俺を串刺しにしようと先の尖った岩が空を穿つように突き立てられていく。


「『八艘飛やそうとび!』」


 俺はスキルを発動して突き上げてくる岩に右足を掛け、思い切り蹴りつけて空中に舞い上がる。

 そして重力に惹かれるまま地面へと近づく俺に発動中の範囲魔法が再び襲い掛かってくる。

 しかしそれに左足を掛けて再び蹴りつけ、空中へと舞い戻っていく。

 そう、俺は範囲攻撃を踏み台にして空中を駆け抜けているのだ。

 そして攻撃を踏み台にするごとに俺の身体は加速していく。

 ここまでで六歩。


「いけないっ!!!『ハイドロエクスプロージョン!』」


 ネームレスさんが俺の正面に範囲魔法を発動した。

 これは以前に見たことがある。水玉が弾けて周囲に衝撃を撒き散らすリザードマンボスの使っていた範囲魔法だ。


 俺は七歩目で大きく飛び上がり、水玉が弾ける前に水玉の上に回りこみ、水玉が弾けるとともにその衝撃に左足を掛けてさらにスキルを発動した。


「『ソニックドライブ!』」


 水玉の衝撃を踏み台にし、さらに『ソニックドライブ』で加速した俺は、遥か上空へと舞い上がり、みんなの頭上を駆け抜けて、ニヴルヘイムの町の中、セーフティーゾーンへと足を舞い降りていった。


 するとそこはなぜか見知らぬプレイヤーで埋め尽くされており、耳をつんざくほどの歓声と拍手が辺り一面を支配した。


 見渡す限りひとひとひと。


 な、なんだこの状況は!?


 よく分からず戸惑っていると、街中へと入ってきたネームレスさんが声をかけてきた。


「忍君。君は自らが圧倒的強者であることをここにいる全てのプレイヤーに示した。それも我々に対し、一切の攻撃を行わずにだ。もう君のことを犯罪者プレイヤーと思うものはいないだろう。きっとここにいるプレイヤーはみんな君がこのゲームをクリアしてくれることを期待している。ほら、何か声をかけてやったらどうだい?」

「俺が……このゲームを……」


 そうなのか?

 こんな俺にみんなが期待を……?

 今まで俺が人からこんな風に何かを期待されたことなんてあっただろうか…。

 次第に嬉しさが胸の中へと込み上げてくる。


「………………分かった」


 ゆっくり周りを見渡していくと、次第に歓声止んでいき、まるで俺の言葉に耳を澄ませているかのように当たりは静まり返っていった。

 それを確認した俺は剣を頭上へと掲げてみんなに向かって言い放った。


「俺は姫のため、そして囚われし全てのプレイヤーのために、このデスゲーム(糞ったれな世界)から人々を解き放つ剣とならんことをここに誓う!」

「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 俺が誓いを立てると、この場を割れんばかりの大歓声が響き渡った。


 みんなの期待が高まっていくのを感じる。


 会場のボルテージは最高潮に達しているといえるだろう。


 ここでの誓いを守るためにも、早く姫を生き返らせないといけない。


 俺はこの大人数の中をイージスのギルドメンバーがいないか目を皿のようにして探していると、一人の女性のところでふっと視線が止まった。


 そしてその女性が僅かに口を開く。



「何ですかこの茶番は……」

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