第44話 残念回
「し、忍だーーーーーーー!!!」
「きゃーーーーーーーー!!!」
なんだろうこの状況は……。
一言で言えば阿鼻叫喚?
街に近づくごとに少しずつ一般プレイヤーが増えていき、俺を追う黎明も2PTへとその数を増やしていた。
2PTと言えば少ないように聞こえるかもしれないが、プレイヤーが12人もいると結構多いような気がする。
そして黎明以外のプレイヤーは6割が全力で逃げ出し、3割5分が遠巻きにこちらを見てきて、残りの5分が黎明と同じように攻撃してきている。
そして当然のことながら俺に近接戦闘を挑んでくる者はおらず、俺の周囲には弓と魔法が飛び交っている。
当然のことながら遠距離攻撃は、相手の攻撃タイミングと狙いがここからでも分かるため避けるのは簡単だし、例え見えなくても今の俺なら見てからでも十分避けられる。
もし範囲攻撃されたら『スキルクラッシュ』で防いだら多分勢い余って殺しちゃいそうだから『ソニックドライブ』でダメージ判定が起きる前に範囲外へ退避する必要がある。
だから範囲魔法の発生する予兆を見過ごさないように周囲へと気を配るのに非常に集中力を要することとなった。
しかし、幸いなことに今のところ範囲魔法を使ってくる気配が無い。
向こうも『スキルクラッシュ』を恐れてか、最大火力の単発スキルで攻めてくる方針のようだ。
そんなこんなで俺の周りには50人ほどの人が襲ってきたり、遠巻きに見たり、逃げ惑ったりしている。
「お兄様、そろそろいいのでは?」
「そうだな……」
ニーフェの考えた作戦を決行するためには、一瞬でもいいから周囲を静める必要があった。
だから俺は攻撃を回避しながら『あの』スキルを発動した。
そう、魔犬ガルムから手に入れた『ヘルブレス』を。
「『はああああああああああああああ!!!』」
俺の口から魔犬が使っていたのと同じ雷を纏った炎が吐き出される。
それも地面に向かって。
「きゃああああーーーーーー!!!」
「うわああーーーーーーーー!」
そして地面の雪を一瞬で蒸発させて、地面を跳ね返りまるで俺を包み込むように炎と雷が舞い上がっていく。
これは予想以上に視覚効果がありそうだ。
水蒸気が霧になり、その中では思った以上に激しく燃え上がった俺がいる。もちろん自分へダメージが入ることは仕様上ありえない。
そしてブレスを吐いている間俺のMPはゴリゴリと減っていく。
どうやら周りの攻撃も止んだようだしこのくらいで十分だろう。
俺は最後に周囲に俟っている水蒸気を散らせるようにブレスを吐き、スキルの発動を終えた。
周りを見るとみんなの腰が引けているように見える。
そして静かだ。
どうやら『ヘルブレス』は予想以上の効果を現してくれたらしい。
とはいえ、ここまでは作戦のための前座だ。
俺は左腕を右腕で押さえつけ、呻くような声で叫んだ。
「っぐわ!…くそ!…また暴れだしやがった……」
「「「「………………………………………………」」」」
「が…あ…離れろ…死にたくなかったら早く俺から離れろ!!!」
「「「「………………………………………………」」」」
「…っは…し、静まれ…俺の腕よ…怒りを静めろ!」
「「「「………………………………………………」」」」
周囲がすっかり静まり返ってしまっている。
空気が非常に痛い。
俺は恐る恐る小声でニーフェに話しかけてみた。
「なぁ、ニーフェ」
「何ですかお兄様?」
「これは成功しているのか?」
ニーフェは無念そうに首を振る。
そうか……。
「どうやって収拾つければいいんだ?」
「アレですお兄様」
「アレか…」
仕方がない……。俺はすぅっと息を吸い込むと空を睨み付けて大きな声をあげた。
「くっ……今ので機関の連中に気付かれたか!こんな時にまでしつこい奴等だ……」
そして周りに剣を向けてそのままゆっくりと見渡し言葉を続ける。
「深遠なる闇に穢れし黒き獣を追う罪深き狩人たちよ!我が名は絶望の拷問人形!……ゆめゆめ忘れることのなきよう。それではここで幕引きとさせてもらう、さらばだ!フゥーッハッハッハッハッハッハッハ!」
俺は笑い声だけ残してこの場を足早に立ち去っていった。
そのときなぜかその場で俺を追いかけて来るものも居らず、俺が立ち去るまでみんなじっと固まってしまっていた。
みんなが見えなくなったところで相棒に声をかける。
「なぁ、ニーフェ」
「何ですかお兄様?」
「今のって罰ゲームか?」
ニーフェは無念そうに首を縦に振る。
そうか……。
この日俺は心に深刻な傷を負ってしまった。
もう二度と俺はこの日のことを思い出すことはないだろう。
そしてなぜか次の日から俺を追う懸賞金目当てのプレイヤーが増大することになった。
物陰から突然遠距離攻撃が飛んできたり、雪の中に落とし穴がしかけられていたり、その落とし穴の中に人が潜んでいたり、次第に俺を狙う方法が巧妙なものへと変わっていった。
その中でも一番性質が悪かったのが……。
「ん?何か声が聞こえないか?」
「聞こえますね」
「警戒しながら近づいてみよう」
俺たちは雪の積もった森の中を歩いていた。
声のするほうへと近づくと、何だか霧のようなものが出ている気がする。
これはもしかして……。
「あはは、やだー」
「そんなこと言ったってシエンの肌すっごくすべすべじゃない、ほらほら」
「ちょ、くすぐったいってば、あははっ。もう!やり返してやる!」
「あっ、そこはダメだって!て、手つきがいやらしいわよ!」
「いいでわないかいいでわないか」
「ダメだって、あははっ!」
温泉回キタァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!
「お、お兄様!どう考えても罠です!」
「大丈夫だって。ほら、俺も見た目は女だから」
「ちょ、会話が成立していませんよ!」
「っ!?」
俺は思わずしゃがみ込んだ。一瞬下着のような物が足元にあったような気がしたからだ。
しかし……
「なんだ、雪がパンツの形をしていただけか。思わず保護してしまうところだった」
その瞬間、風の音を立てて頭上を何かが通りすぎ、暖かい風が顔を煽った。
「うわっ。ぷっ。なんだ?」
長い髪が風に煽られて口の中に入ってくる。
一体何が起こったんだ?
顔を上げると、メイジらしい女の人が杖を構えてこちらを向いていた。
「チッ!」
し、舌打ち!?
「みんな、奇襲は失敗よ!『イグニッション!』」
炎の槍が真っ直ぐに飛んでくる。
「くっ!」
俺は『ムーンウォーク』を発動して後ろ歩きでその攻撃を回避する。
すると先ほどまで声の聞こえてきてた方向から騎士や弓兵の姿をした女の子がぞろぞろと姿を現した。
これは……。
「服を着ている……だと……!」
「噂は本当だったようね!」
「噂……噂ってどんな噂だ?」
「スケベでドエムで変態で童貞だっていう噂よ!」
「残念ながらお兄様は既に非童貞であらせられます」
いや、あの、童貞なんだけど……。
「そ、そうなの…?くっ、それで勝ったと思わないことね!」
「お兄様、こちらの方々は皆様処女だそうです」
「マジで!?」
ニーフェの言葉についつい食いついてしまうのも漢の性というものだろう。
思わず女の子たちの顔を見回すと、後から出てきた方の娘たちが悲しそうに目を伏せて言った。
「実は経験がないのはリーダーだけで……」
「あ、ああああ、あなたたち!」
なるほど、最初に魔法を放ってきたのがリーダーというわけか。
「悲観することはないですよ、リーダーさん。男の童貞はただのバッドステータスですが、女の処女はユニークアイテムにも代えられない価値があります。多分」
うぐ……なんだろう。グサグサと傷口を抉られているような気がする。
「そ、そんな……私は男の人だって…その…ぅ…ぃ…の人の方が誠実だと思うし、初めて同士の方が安心できるっていうか……」
と、顔を赤らめながらリーダーの声は徐々に声が小さくなっていった。
天使だ、天使がいるぞ!
「まさかこんなところで天使に巡り合えるなんて……。この娘は俺たち童貞の希望の星だ……、国を挙げて保護すべき対象だ!」
「スケベで変態な人は嫌いだけど」
まさか心臓を一突きだ。
「と、とにかく!スケベな人は浄化します!大人しく私たちのために3Mになってください!」
そう言って杖を振りかざすと、全員から一斉に攻撃が飛んできた。
とはいえ、この距離からなら狙いがはっきり見えているからいくら打たれたとしても当たる気はしない。
『ムーンウォーク』を駆使して最小限の動きでその場に留まるように回避しながら話かける。
「ちょっとまってくれ!確かに俺は赤ネームかもしれないが、あんたたちはたった3Mのために人殺しの業を背負って生きていけるのか!」
「うっ!」
俺が問いかけると攻撃がパタッと止んだ。思った通り普通の人間なら相手が犯罪者だったとしてもそう簡単に殺す覚悟を持てるものじゃない。なぜなら殺人という行為は取り返しの効かない行為だからだ。
「で、でも、あなたを殺すことできっと将来あなたに殺されるかもしれない100人を助けることができるかもしれないじゃない!」
リーダーはそう言って自分を正当化しようとする。しかしもう完全に攻撃の手は止まってしまっている。これは話せば分かってもらえるかもしれない。
「今赤ネームになってるのは嵌められたからなんだ!俺はこれまでも、そしてこれからも自分からPKなんてしない!」
「そんなの信じられないわ!現に一人死人が出ているのよ!それに……3Mもあれば私たちも攻略ギルドに入って役に立つことができるかもしれない!私たちは早くこの世界から出たいのよ!」
そう……なのか。
「お兄様、いい事を思い付きました」
「え、何だ?こんなときに」
振り返るとニーフェが凄く悪そうな顔をしていた。
「この人たちを利用してしまいましょう」




