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第38話 罠

 ゼロ……その名前には聞き覚えがあった。


ゼロってもしかしてナイトマスターのゼロか!?」

「……」


 いや、聞き覚えなんてレベルじゃない。

 もしこのダークエルフが俺の知っているゼロならば、旧作のギルドにいた古参メンバーの一人にしてギルド最強のプレイヤーだった『あの』ゼロだ。

 当時俺と彼とのレベル差は凄まじかったのだが、なぜか彼とは妙にうまが合った。

 一番お世話になったのが師匠で一番憧れていたのが姫だとすれば、一番仲がよかったのはゼロだ。

 姫がゲームをやめて、ギルドのみんなが散り散りになっていく中、俺と共に最後までゲームに残ってくれたのも彼だった。


 そして俺は彼と…………、彼と……?


 ……どうしたんだ?


 思い出せない……ゲームを辞めるとき彼は……。


「試練を冒涜するものに死を!」


 突如その言葉が頭に鳴り響くと、古の英霊の全身から赤いオーラがたちのぼった。

英霊の剣が姫へと振り下ろされる。

 姫は侵入者に気を取られながら何とか攻撃を防ぐものの大きなダメージを受けてHPを半分以下まで減らされた。

 凄い攻撃力だ。さっきと比べて凄まじく強化されている!

 これがPTメンバー以外が部屋に入ってきたときのペナルティーというわけか。


「『グレーターヒール』!」


 しかしすぐさま委員長が回復魔法を使い、HPを三分の二にまで回復する。


「余所見をする暇もなさそうだな?お前たち、ヒーラーに魔法を使わせるな。アタッカーは放置でいい。俺たちはセシリアを殺す」


 ゼロが指示を出すと、委員長とハイプリーストのシノに侵入者が二人ずつ襲い掛かった。


「なっ!どうしてゼロがそんなことを!」

「忍!彼はもう以前の彼じゃないわ!気をしっかり持って!全員逃げられる者は逃げろ!」


 回復のために攻撃用武器を持っていない委員長とシノは多勢に無勢で侵入者たちに捕まってしまうと、魔法が唱えられないように布で口を塞がれていく。

 アタッカーのアリスクイーンとおはぎはプレイヤーに対して攻撃することを恐れて何もできずに戸惑っている。


「お兄様!早く助けないと!」


 横からニーフェの声が聞こえてきた。

 そうだ、このままじゃみんなが危ない!


「『換装』!」


 俺の手に断罪のエクスキューションが戻り、重量ペナルティが消えた。

 ボスの攻撃は耐えられるものじゃない。まず俺が英霊の狙い(タゲ)を取らないと!


「はっ!せいっ!せいっ!はぁっ!」


 既に姫の『ヘイトバインド』は切れているはずだ。

 俺は英霊に対してひたすら斬りつけていく。幸運にも英霊の防御力やHPには変化がないらしく、何とかダメージを与えることはできた。


「『デスインパクト』」


 しかし、次の攻撃……しかもスキルが姫に向かって発動し、脳天向かって剣が振り下ろされた。


「『ファランクス!』」


 姫はガードスキル『ファランクス』を使ってそれに対応したが、英霊の一撃により残りHPを三分の一にまで減らしていた。

 危なかった。もしまともに食らっていたら死んでいたかもしれない。

 背中を嫌な汗が一筋流れる。


「いい加減こっちを向きやがれ!」


 渾身の力を込めて相手の背中を袈裟懸けに切り裂くとようやく英霊の狙い(タゲ)が俺へと移った。

 しかしどうすればいい?!ヒーラーは拘束され英霊はまだ生きている。これじゃあ逃げるに逃げられない。


 ゼロとその横の奴は白ネームだが、ヒーラーを拘束している四人は一般プレイヤーに対して敵対行動を取ったためイエローネーム(一時的な赤ネーム状態)になっているから例え倒したとしてもペナルティーは受けない。

 だが、俺にプレイヤーを殺せるのか?


「アタッカーの二人は逃げて!忍、私たちはヒーラーの拘束を解くわよ!」

「了解!」


 俺は英霊の攻撃を回避しながら返事をした。


「むざむざ行かせると思っているのか?お前たちにはここで死んでもらう」


 ゼロともう一人のプレイヤーが俺たちの前に立ちはだかった。

 その一人はでかい斧をもったオークのアタッカーで、攻撃力も防御力もかなり高そうだ。


「死ね!『ヘビークラッシュ!』」


 オークのプレイヤーが姫に向かってスキルを発動する。

 させてたまるか!


「『スキルクラッシュ!』」


 俺は姫の横からオークのプレイヤーがもつ斧に向かって剣で斬り付けた。

 剣に重い衝撃が走るが、俺の攻撃力が競り勝ち『スキルクラッシュ』のノックバック性能により相手の巨体を斧ごと弾き飛ばした。

 そこで俺は信じられないものを目にすることとなる。

 交戦状態に入ってようやく表示されたオークのプレイヤーのHPが見えた瞬間ゼロになったのだ。


「ざまぁみろ……この人殺し野郎……エリーのかたきだ……」


 オークのプレイヤーは勝ち誇ったような目をして俺を睨みつけ、まるで呪詛のように怨嗟えんさを吐き捨てると赤い死亡エフェクトを撒き散らせながら消えていった。

そしてオークのプレイヤーが死亡した場所には5分間復活を待つための青い魂がぼんやりと淡い光を放っていた。

 一体…何が起こったというんだ……。


「どうして忍が赤ネームになっているの!?」


 姫の悲鳴のような声が広間に響き渡る。

 自分の名前を確認すると確かに『忍』の文字が真っ赤に染め上がっていた。

 どういうことだ?姫を攻撃しようとした時点でオークのプレイヤーはイエローネーム(一時的な赤ネーム状態)になっていたはずだ。例え俺が彼を殺したとしてもペナルティーはないはず……。殺した……俺が…殺したのか……。


「セシリア、お前こそ何を言っているんだ?忍が殺した『バレル』は『瀕死の状態』にも関わらず『お前の後ろにいる英霊』に対してスキルを発動しただけだ。そんな善良なプレイヤーを殺しておいて赤ネームにならないとでも思ったのか?」

「なっ!?忍をハメたのね!」


 俺を、ハメるために?命を捨ててまで……?なんで……なんでそんなことを!?


「余所見をしている暇があるのか?その忍が今にも死にそうだぞ?」

「っ!?危ない!『シールドバッシュ!』」


 姫が俺の方へと踏み込んで楯で殴りつける。

 スキルによる衝撃を受けた俺は後ろへと大きくノックバックした。

 え、何で?

 そう思った瞬間俺の元いた場所……つまり今姫が立っている場所に向かって巨大な剣が振り下ろされた。


「ぐっ!」


 英霊による直撃を受けた姫は身体が崩れ落ちながらも俺の方を見る。

 そしてHPが見る間に減少していき……。


「立ち止まることはこの私が許さない」


 0になった。


「忍……全員生きてクリアするわよ……」


 次の瞬間紅い死亡エフェクトを身体中から咲き散らせながら姫のキャラクターは消えていった。

 復活を待つ魂をぽつんと一つだけ残して。

 …………。

 俺は素早くシステムウィンドウを操作して称号を『修羅の』に変えようとしたところで、新たな称号を手に入れていることに気付いた。



修羅道に堕ちた 攻撃速度50%UP 被ダメージ50%UP

取得条件

 称号『修羅の』を獲得する。

 プレイヤーを一人以上殺害する。

 赤ネームになる。


《称号を『修羅道に堕ちた』にしますか?(Y/N)》



 俺はすぐさま『修羅道に堕ちた』へと称号を切り替えた。

 英霊が再び俺へ向かって剣を振り下ろそうとしている。


「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 俺は雄たけびをあげながら英霊を脇腹を払い抜けた。

 そこから英霊の身体をあらゆる方向から切り刻んでいく。

 少しでも早く。少しでも効率的に。

 その想いが俺の極意のルーティーンをより効率的なものへと組み換え、昇華していく。

 攻撃はより鋭さを増し、斬撃と回避が徐々に混ざり合い完全に融和されていった。


「作戦は完了した!このままこの場に留まるの必要はもうない。速やかに全員退避する!」


 ゼロと侵入者たちがヒーラーの拘束を解き、封印の間から撤退していく。

 やはり、俺と姫以外に直接手を出すつもりはなかったのか。

 逃げるなら逃げろ。その方が俺にとっても好都合だ。

 今の攻撃速度と集中力があれば、できるかもしれない。

 英霊こいつを一気に片付けさせてもらう!


「『ソニックドライブ!』」


 それは『ソニックドライブ』の発動による払い抜け。

 『ソニックドライブ』を使っても流れる景色が確かに見えている!

 そして英霊とすれ違う瞬間に確かな手ごたえが手に伝わってきた。

 そのまま払い斬りの勢いと『ムーンウォーク』を併用し、身体が百八十度回ったところで『ソニックドライブ』が今までと逆方向に発動して急制動をかける。

 距離にして10メートル。

 後ろから斬撃エフェクトが俺を追いかけるようについてきて、英霊が切り裂き、そのHPを0にして、消えていく。

 HPを0にした英霊は白い光に包まれると、まるで灰にでもなるかのように頭の先から崩れ去っていった。

 ボスを倒したところでみんなが駆け寄ってくる。


「みんな無事だったか」

「忍さん…マスターが……早くローズさんに連絡を取ってリザレクションを……」


 委員長が酷く狼狽している。いつもなら絶対にこんなこと言わないはずなのに……。


「無理だ。今からここへ呼んだとしても5分でここまで辿り着けるわけがない」

「でも!」

「冷静になれ!!!」

「!?」

「いいか。俺たちが今しなければいけないのは師匠たちと連絡を取って生きて合流することだ。そしてそれが姫の願いでもある」

「分かり……ました。私が連絡を取ります」


 委員長も頭ではデスゲームなんてありえないと判断していたが、もしかすると心の方がそれについていっていないのかもしれない。

 委員長はシステムウィンドウを操作すると、師匠にプライベートコールを送った。


「晶さん?美月です。そちらの状況はどうなっていますか?…………聞こえていたかもしれませんがこちらは先ほどPKたちの襲撃を受けました。……では、先ほど別れた分岐点から少し封印の間へと進んだところに広がっているところがあるのでそこで合流しましょう。……はい、十分にお気をつけて」


 コールを切ると俺のたちの方へと振り返った。


「晶さんたちの方は何ごともなかったそうです。そしてさっきの騒ぎを聞きつけてこちらへと向かっているところらしいのですぐに合流できそうです。私たちも来た道を引き返して行きましょう」

「分かった」


 俺たちは師匠たちと合流すべく、封印の間を出た。

 振り返ると封印の間の中では青い光が二つぼんやりと淡い光を放って佇んでいた。

 苦い想いが心を満たしていく。これがデスゲームなのか……。

 それから俺たちは警戒しながら師匠たちの待つ合流ポイントへと向かった。

 そしてそこに辿り着くと、誰一人として欠けることなくギルドクエストに参加したギルドメンバーが集まっていた。姫を除いては。


「姫はどうした」

「俺を庇って……死にました」

「そうか、よく生きて戻ってきてくれた。お前たち」

「責めないんですか…俺を」

「姫は最期に何て言った?」

「全員……生きて……クリアしようって……」

「ああ、俺のほうにも聞こえてきた。笑っていただろう?」

「はい……」


 そう、姫はあのとき確かに笑っていた。

 そしてその力強い瞳から姫の言葉が確かに伝わってきたんだ。だから俺は戦えた。



私が死んでもあなたが生き返らせればいい


あなたが死んだら私が生き返らせてあげる


だから今は私の代わりに生きてこの場を切り抜けなさい


これはあなたにしかできないこと


あなただからこそできること


忍、全員生きてクリアするわよ



「よく……帰ってきてくれた」

「はいっ……」


 俺は師匠にすがり付いて声を殺すように涙を流した。

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