第37話 ギルドクエスト
「さてと、それじゃあ遅刻してきた人がいるから改めて説明するけど、今回のギルドクエストのクリア条件は『封印された宝珠』の入手。『封印された宝珠』をザイール遺跡にある『失われた祭壇』から持ち帰り、NPCであるハイエロファント『ヨルハン』に封印を解除してもらったらクエスト達成よ。ヨルハンから聞いた話では、まずギルド全員でザイール遺跡に入り、1PTが封印の間へ、残りのメンバーは試練の間へと向かい、それぞれの広間で古の英霊に力を示す必要がある。ここで注意しないといけないのが、封印の間へは1PTしか入っていけないという点。もし仮に1PT以外のメンバーが入ってくるようなことがあれば、英霊の怒りを買うことになるらしいわ。事前情報によると、封印の間ではボス戦、試練の間では雑魚の殲滅戦が予想されるから、それを想定してPTを編成しましょう」
姫がそこまで説明を終えると続いて師匠がPT編成について説明を始めた。
「封印の間には対ボス戦を想定して、セシリア(ロードナイト)・忍(ソードマスター)・アリスクイーン(アークメイジ)・おはぎ(スナイパー)・シノ(ハイプリースト)・美月(アクセラレータ)で行ってもらう」
そして試練の間一斑には師匠が、二班には美羽が入り、さらに三班までが構成され、全24人で今回のクエストに挑むことになるという話だ。
美羽とは別PTになるのか。
確かに一班に二人もタンカーを付けられるような余裕はうちのギルドにはないから当然と言えば当然だが、いつも組んでいるメンバーがいなくなることにどことなく不安を覚える。
それだけ俺は美羽のことを信頼しているんだろうな。
「あーあ、今回は別々になっちゃったね」
「そうだな。でも姫よりお前の方が対多数戦に向いているんだから仕方がない」
「冷たいなぁ。お前と一緒にいられなくて淋しいよ……くらい言っても罰は当たらないと思うよ?」
「ふっふっふ、美羽さん。残念ながら私がいる限りお兄様に淋しいなんて感情が芽生えることなんてありえません」
「そうだよね。忍ってば巨乳好きだからマスターやお姉ちゃんがいればそれで満足だもんね」
失礼な。俺は微乳も好きだぞ?
しかし胸とは実に不思議なものである。どんなに大きくても関取の胸には微塵も感じるものがないというのに、どんなに小さくてもそれが女の子に憑いているというだけでこの世のどんな宝石よりも魅力的に感じてしまう。
それが世界の選択か……!ラ・ヨダソウ・スティアーナ。
余談ではあるがニーフェの胸は関取の胸とイコールで結ぶことができる。
「それは私に対する挑戦ですか?これでも脱いだら凄いんですよ?」
お前それ脱いだら筋肉が剥き出しになるだけなんじゃないか?いや、それとも実は背中にチャックがあって正体不明の生物でも中に入っているとか……。
さすがにそれは考えすぎか。チャックなんてなかったし。
そんなことを考えているとニーフェがこちらを向いて不敵な笑みを浮かべた。
何だその思わせぶりな笑いは。どうせ何もないくせに、がっかりドラゴンめ。
「ほら、無駄話してないで出るわよ」
「イエス、マム!」
俺は無駄話を止め、姫に敬礼するとギルドホールを出て行こうとする姫の後ろを三歩下がってついていった。
「さすがですお兄様。完璧に調教済みとは」
「あはっ、餌を見るとすぐに暴走しちゃうけどね」
それから俺たちは雑魚を倒しながら雪原を進み、中まで完全に凍りついている『ザイール遺跡』へと足を踏み入れた。
見ただけで相当に寒そうな遺跡であるが、ギルドマントの効果により寒さを感じることはなかった。
耐寒装備とはいえ、ギルドマントは身体を覆い包んでいるわけではないので、耐寒効果は魔法アイテムとしての特殊効果なのだろう。
そしてザイール遺跡を大所帯で奥へ奥へと進んで良くと、ついに封印の間と試練の間の分岐点にまで辿り着いた。
「それじゃあそっちも頑張れよ」
「そっちこそ失敗しないでよね」
「俺を誰だと思ってるんだ。イージスの特攻隊長だぞ」
「あはっ、勢い余って剣聖殺しちゃったけどね」
「ま、まぁ、そんなことがあったような気がすることを認めるのもやぶさかではない可能性もあるかもしれないな」
「そっちのメンバーならボスも楽勝だろう。さっさと片付けて楽させてくれよ」
「ははっ、ソニックドライブで一刀両断してやりますよ!」
「それはただの自殺じゃないか?」
「「「……」」」
「……なーんちゃって。ウィットに富んだジョークってやつです」
「絶対本気だったろう……。まぁいい、油断するなよ」
「イエッサー!」
美羽や師匠と挨拶もそこそこに別れ、俺たちのPTは封印の間を目指して進み続けた。
ここのダンジョン自体それほど高レベルの敵が出るわけじゃないので特に苦もなく封印の間へと辿り着いた。
部屋に入るとここだけ氷が全く張っておらず、異質な匂いがぷんぷんする。
壁から天井にかけて赤く彩られ、今までのような角ばった意匠から丸みを帯びた生物的な意匠へと変わり、中央には如何にも何か起きそうな祭壇があからさまに立てられている。
部屋の広さは小さな体育館ほどあり、天井も十分高いため戦う分には問題なさそうだ。
「ここか……」
「そうよ。大丈夫、私たちなら問題なく勝てるはずだわ」
俺たちは祭壇の手前で陣取った。
「ちょっと待ってて。晶とプライベートコールを繋いでそのまま進行するわ」
姫の手がシステムウィンドウを操作しはじめる。
プライベートコールは戦闘状態に入っても、操作して切らない限りは接続が切れるようなことはない。
「晶、聞こえるかしら?」
とは言え、大勢で同時に接続すると多くの声にまぎれて大事な指示が聞き取れない可能性もあるので、今回は向こうとこっちの指揮官である姫と師匠だけを繋いだ状態で進行するらしい。
「こちらは準備完了。いつでも開始できるわ。……そう、そっちも準備できてるのね。それならクエストを進めるわね。みんな備えて」
そう言って俺たちの方がいつでも戦闘状態に入れる状態であることを確認すると、俺たちに背を向け、祭壇の前へ立った。
すると部屋全体を薄い霧が包み込みはじめ、それとともに祭壇の上に騎士の姿をした青白いゴーストが姿を現した。
「数多なる縁により縛られし者よ。汝の盟友、信じるに足るか?」
ゴーストの問いかけに姫は一呼吸終えて静かに、そして次第に力強くはっきりと言い放った。
「今まで命を預けてきた仲間たち……一人としてその信頼と力を疑う者はいないわ!」
「姫……」
例えクエスト進行のための返事であったとしても、きっとその言葉は本心だろう。
そう感じられるだけの力強い瞳を姫は宿している。
「ならば示すがいい。汝のもつ絆の力を」
ゴーストはそれだけ言うと激しく燃え上がりやがて消えていった。
「……試練の間で戦闘が始まったようね。そしてその戦闘は私たちがボスを倒すまで続けられるわ。みんな!来るわよ!」
姫の声に合わせて俺たちは武器を構えた。
次の瞬間祭壇から地面まで亀裂が走り、激しく破砕音を上げて砕け散る。
そして床の割れ目を押し広げるように巨大なスケルトンが地中から這い上がってきた。
俺たちの二倍はありそうなその巨大なスケルトンは、次第に青い光を帯びはじめ、やがてその光が骸骨を覆う霊気の鎧、そして巨大な霊気の剣へと姿を変えていく。
「弱者に用はない。力を……示せ!!!」
低く濁った声が俺たちの頭の中へと直接響いてきた。
恐らく目の前のスケルトンナイト……『古の英霊アルダーベン』によるものだろう。
「『かかってきなさい!』」
姫が開幕に『挑発』を発動し、英霊の狙いを取る。
「『オーバードライブ!』」
俺は開始から5秒間じっと力を貯め続けた。
「委員長!」
「はい!」
『ダッシュ』を発動してボスに向かって突撃する。
「『オーガパワー!』」「『換装!』」
俺たちはもうたった一声掛け合うだけでお互いのタイミングを計れるようにまでなっていた。
断罪のエクスキューションが暴虐のドラゴンデストロイへと姿を変えていく。
暴虐のドラゴンデストロイは銀のドラゴンデストロイと剣の長さはそれほど変わらないが、片刃がまるでフランベルジュのように波うち、光の反射がその鋭さを物語っているのに対し、反対側はギロチンのように刃が内側に反り返り、そして何より剣の太さが前より一回りほど太くなっている。
どちらで攻撃しても攻撃力は変わらないのだが、俺は主にギロチンの方を好んで使っている。
理由は簡単。ごつくて強そうだから。
「破っ!」
俺は姫の横を通りすぎるところで『ムーンウォーク』を発動し、ボスとすれ違った瞬間にシステムアシストを利用して体を半回転させボスを背中から横一文字に切りつけた。
そこでボスの狙いが俺へと切り替わるが……。
「『ヘイトバインド!』」
姫による自分への敵愾値を10秒間強制的に最大にするヘイトスキル『ヘイトバインド』が発動し、再びボスの狙いが姫に向いた。
俺は『ダッシュ』による慣性により後ろを向いたままボスから離されてしまったが、再び『ダッシュ』を発動してボスの背中に向かって斬り付けた。
「ブレイクッ!!!はっ!たぁっ!『サイクロンスラッシュ』!!!」
袈裟懸けダッシュスラッシュから切り上げ、薙ぎ払いへと繋ぎ、薙ぎ払った勢いと『ムーンウォーク』による回転力と利用して多段ヒットの範囲スキル『サイクロンスラッシュ』を発動した。
極大まで強化された攻撃力による多段ヒットによりボスのHPがガリガリと削られていく。
ボスのHPはこれで半分まで削りきった。
よしっ!いけるっ!
しかし次の瞬間委員長が焦ったような声をあげる。
「皆さん!封印の間に高速で近づいてくるパーティーがいます!」
「何ですって!」
そんな……今俺たち以外の誰かが部屋に入ってきたら大変なことになるんじゃないのか?!
「私が外へ出て説明してきます!」
アークメイジであるアリスクイーンが慌てて外へ出ようとするが、姫がそれを制止した。
「ダメよ!このタイミングにこんなところへPTが来るなんておかしいわ!全員PKだと思って備えなさい!」
姫はボスの攻撃を受けつつも横へと回り込み、入り口から入ってくるだろう侵入者へと警戒した。
確かにこのダンジョンはドロップも経験値も悪く、クエストで来る以外に用がない。
さらに言えば、入り口から奥にかけて敵が変わらないため、狩りが目的ならば入り口で済ませているはずだ。
「ハッ、笑わせてくれる。PKなのは貴様たちだろう?」
声と共に6人のプレイヤーたちが封印の間へと入り込んできた。
そして先頭に立つ斧槍を持った男……ダークエルフの騎士が言葉を続ける。
「セシリア、そして狂刃の忍!」
「あなたは……零!?」




