第35話 助けて!お兄様!
数手打ち合ってみて分かったが、敵の動きは完璧すぎる。
高レベルAIと言っていたが、俺と同様キャラクターの能力をフルに発揮し、まるで機械のような精密な動きで危なげなく攻撃を防いでいる。
おいおい反則だろう。そんな超弾幕シューティングをコマ送りにしてプレイして倍速再生したような動き人間にはできないぞ。
これがAIの本気ってわけか。面白いじゃないか。
ならば攻撃はどこまでできる?
俺は構えたまま左手の手のひらを上に向けて差し出し、くいくいっと手招きをした。
「さぁこい!次はお前の番だ」
俺の言葉に反応して再びドッペルゲンガーが至近距離で『ダッシュ』を発動させ、袈裟懸けに斬りこんでくる。
『ダッシュ』レベルが高いせいで、その斬撃は目で捉えるのも困難なほどだ。
これで移動速度にペナルティがかかっているっていうんだから、本来のダッシュスラッシュの何と理不尽なことか。
とは言え、俺の極意をもってすれば攻撃を目で捉える必要は無い。
来るタイミングが分かっている攻撃なんていくら速かろうが無駄無駄無駄のザ・世界だ。
ドッペルゲンガーの初撃をひらりと避けるが、そこから即座に斬り返してくる。まさに理想的な太刀筋と言える。
対モンスターなら素晴らしいダメージ効率を叩きだせるだろうが、こんな分かりやすい攻撃俺には……。
「ぬるすぎるぜ!」
二撃目を剣で弾くが即斬り返してくる。速い!
それを身体を捻って再び避ける。そして弾く、避ける、弾く、避ける、弾く、避けるをひたすら繰り返す。
相手の手が止まる気配は全くといっていいほどない。
この僅かでもミスをすれば負けてしまう緊張感が際限なく俺の集中力を高めていく。
ギリギリの戦闘はいつだって最高のエンターテインメント。はっ!今夜はうまい酒が飲めそうだ。
集中力に合わせてどんどん気持ちも昂ぶっていく。
対人戦でしか味わえないボス狩りとはまた違った面白さ。今この瞬間が最高に楽しい。
いや、あえて楽しかったと言い替えさせてもらおう。
「その単調な攻撃には飽きてきたぞ!そろそろ締めさせてもらう!」
上級者同士のPvPで最も重要となるのは敵の癖を見抜くこと。
もうこいつの行動パターンは読めている!
相手の剣を右上に弾いて袈裟懸斬りを誘導する。
そしてこちらの思惑通り袈裟懸に剣を振り下ろそしてきたところに、『ダッシュ』を発動して相手の脇腹を通り抜けながら『ターンステップ』と剣技スキルを同時に発動した。
「『月輪!』」
『月輪』の言葉により、自分の周囲を満月状に斬り裂く両手剣スキル『満月斬り』が発動する。
同じような範囲攻撃である『サイクロンスラッシュ』と違うのは、多段ヒットしない分一発の威力が高く(とはいえ、範囲攻撃なので単体攻撃より威力は低い)、技の出る速度が速いことである。
自分の周囲を斬り裂くモーションにシステムアシストが加わり、結果的に通常攻撃と同じ速度で攻撃することができる。
そこに『ターンステップ』のシステムアシストも加わるため、さらに素早い攻撃が可能となる。
剣を止めて『ガードインパクト』を発動しても、俺のキャラクターのステータスではもう間に合わない完璧なタイミング。
敵を斬り裂く感触が手に伝わり、剣先がエフェクトを迸らせながら真ん丸い満月を描く。
スキルを使い終えた俺は剣を振り切った姿勢のまま敵を背に一秒間の硬直に入った。
斬心……とでも言えるこの技後硬直は戦闘中では大きな隙にしかならないが、俺は嫌いじゃない。
確かに技後硬直は致命的な隙になることも多いが、そんなことを恐れていては手数が狭まり消極的な戦いしかできなくなってしまう。
それに技後硬直のあるスキルは強力なノックバック性能を持っていることが多い。だからガードや回避さえされなければ、1対1の対人戦においてそれは隙ではなくなるのだ。
尤も『鮮血のコロッセウム』をプレイしていた頃は、キャラクターの性能差がありすぎて技後硬直スキルを使える場面なんてほとんどなかった。
技後硬直が解け、後ろに振り返ると黒い霧が今にも消えようとしていた。
さすが俺のキャラクターをコピーだけあってHPがめちゃくちゃ低いな。いくら俺の攻撃力が高いからって威力の低い範囲攻撃で即死とは……これから気を付けよう
「凄いです!さすがお兄様!」
ブラックドラゴン(小)が意味不明なことを言いながらパタパタと翼を羽ばたかせながら寄ってくる。
「お兄様?俺はトカゲに兄呼ばわれされる憶えはないんだが……」
「トカゲなんて酷いです!これでも立派なブラックドラゴンなんですよ!」
「あ、やっぱりそうなんだ?」
「大丈夫でしたか?!忍さん」
黒い結界が解け、委員長たちも駆け寄ってくる。
「ああ、なんとかな」
「あらかじめどこを攻撃するか打合せでもしてるんじゃないかって思うくらい凄い戦いだったよ。ほんとよく勝てたもんだね」
クリスもコクコクと頷いて同意する。
「凄かったのです」
「ははっ、だよな。自分でもリプレイ撮っておきたかったくらいだ」
「もう……死ぬかもしれなかったのに能天気なことを…」
あれ?もしかして心配されてる?口では色々言いつつもやっぱり気にかけて……やばい、嬉しいかも。
「あれ、でも委員長ってデスゲームを信じてないんじゃなかったっけ?」
「忍さんがいなくなったら一体どれだけゲームクリアが伸びると思っているんですか。それに借金もまだ返してもらってないのに今死なれたら困ります」
え……それって心配……してくれてるんだよね?あるぇ?
「みんな何を言っているんですか!お兄様があんな紛い物に負けるわけがありません!」
ブラックドラゴン(小)がバタバタと翼を羽ばたかせながらわめき立てる。
いや、だから爬虫類の妹をもった憶えはないんだって。
なぜ妹だと判断したかというと声が女の子だから。
こんな爬虫類にまで声を入れて、声優様お疲れ様でございます!
そんなことを考えていると委員長たちがこちらを見てひそひそ話をはじめた。
「忍さんついに爬虫類に手を……ヒソヒソ」
「雌だったら人型じゃなくても……ヒソヒソ」
「いきなりお兄様なんて呼ばせるなんて……ヒソヒソ」
「おいいいいいいい!!!違うから!何か勝手にそう言ってきてるだけだから!というかお前!なんで俺をお兄様なんて呼ぶんだ?!」
ビシッっとブラックドラゴン(小)を指差す。
「なぜってそういう設定だからですけど?」
そうか。設定か。設定なら仕方ないな、うん。
「って納得するわけないだろう!何でNPCが自分で設定とか言っちゃってるの?!世界観ぶち壊しじゃね?!」
「あ、じゃあこういうのはどうですか?実は生き別れになった妹っていう設定で」
「お前……もしかして鈴音か?」
「そうです!やっと思い出してもらえましたか!お兄様!」
「ってんなわけねぇ!俺には妹も義妹もいないし、兄なんて慕ってくれる従妹も友達もいねぇよ!」
ちなみに鈴音っていうのは昔やったエロゲの妹キャラの名前である。
あれ、なんだろう。目から汗が……。
「さすがですお兄様!ナイスノリツッコミ!」
「はぁ……もういいよ。助けてやったんだからこれからは強く生きろよ」
「何を言っていますかお兄様。これからはお兄様の後ろを三歩下がってついていきますよ」
「いや、それは妹じゃなくて嫁だから。そして委員長は俺の嫁」
「孤独死したいんですか?」
「調子に乗ってごめんなさい……」
孤独死とか、元ぼっちの俺にその脅しはリアルすぎて怖すぎる……。
「それでえっと、ブラックドラゴンさん?がクエスト達成報酬としてついてくることに?」
「私のことはニーズヘッグのニーフェちゃんとでも気軽に呼んでください。そして後者の質問はその通りです」
「ニーズヘッグ……確か別名『嘲笑する虐殺者』とも呼ばれる北欧神話に出てくる黒竜だっはずなのであります」
「物騒な名前だなおい。それが一緒に戦ってくれるのか?」
「いいえ戦いません。というか戦えません」
「おい……」
「私には戦闘機能は備わっていませんから。もしそんなものが備わっていたら今頃ドッペルゲンガーなんてちょちょいのちょいの粉微塵です」
「だったら何の役に立つっていうんだ?凄いアイテムの在り処を教えてくれるとか、次のクエストの発生条件になってるとか、成長したら俺たちを乗せて飛べるようになるとかか?」
「そんな設定は微塵もありませんが、独りで淋しい夜を過ごすお兄様のために話を聞いてあげたり添い寝してあげたりできますよ?」
「もしかしてよくあるパターンで人型の女の子の姿になれるとか?」
「いえありえません」
「お前にはがっかりだ!」
「酷い!蜥蜴ごころが傷つきました!」
「ぶっちゃけ、いらないという」
「ぶっちゃけすぎです!」
「声は可愛いのに……、よしお前のことはこれから残念ドラゴンと呼ぶことにしよう」
「お兄ちゃん」
「何だ?」
「残念なのはお兄ちゃんの発言とその絶望的なネーミングセンスだと思うよ」
マジか……確かに自分でもちょっとどうかと思ったけど。
「うん、ニーフェだな。分かった」
ということで俺はなかったことにした。
「さすがお兄様!変わり身の早さまで神速です!」
うるさいよ。
「それにしてもさすが忍さんですね。安定の気持ち悪さです」
「うぐっ」
いや、だって漢なら誰でも動物が擬人化して可愛い女の子になって来てくれることを心のどこかで望んでいると思うんですよ。
そう、コーラを飲んだらゲップが出るくらい確実に。
「はぁ……こんなの連れて歩いたら子連れ狼ならぬ子竜連れ狼だ」
「狼は狼でも一匹狼ですけどね、お兄様は!」
ニーフェよ……なぜお前がそのことを知っている……。
「というか、まずそのお兄様っていうのをやめてくれ」
「無理です」
「設定だから?」
「さすがはお兄様、理解が早くて助かります!」
「このまま街に帰ったらまた俺変態扱いされるぢゃないか……」
「その心配はないと思いますよ?」
「何でだよ」
「掲示板で確認しましたが、お兄様の評価はこれ以上下がりようがありません。もしお兄様が幼い女の子を10人や20人連れて罵倒されながらにやにや顔で歩いていたとしてもみんな『あぁ、やっぱりな』くらいにしか思わないところまで来ています」
「どんだけだよ、俺の評判」
というかお前掲示板見れたのな。
「詳しく聞きたいですか?」
「聞きたくないです」
真実は時として人を傷つけるということを俺は知っている。
「それではお兄様ともどもこれからよろしくお願いしますね」
「何しれっと妹のように振舞ってるんだよ」
黒竜(小)にお兄様って言われても冗談にしか思えない。
「はい、こちらこそお願いします。ニーフェさん」
「あはっ、よろしくね」
「よろしくなのであります」
「え?何?みんなそんなに簡単に認めちゃうの?」
「はい、忍さんの話相手をするのは重要な役割ですから」
あの、それ暗に俺と話をするのが苦痛だって言ってないですか……。
「そうと決まればシステムウィンドウでNoを押してください。間違ってYesでも押してしまったらドッペルゲンガーVer1と戦うことになってしまいますよ。ちょっとした腕自慢くらいだとけちょんけちょんにやられてしまいます」
「そうですか。例えばこれを他の人が受注してクリアすることができたら別のニーフェさんがその人に取り憑くんですか?」
「いえそうはなりません。これはユニーククエストだから最初の一人しかクエスト報酬は貰えませんよ」
「クエスト報酬(笑)」
「む、何か言いたいことでもあるんですかお兄様?」
「どっちかって言うとトラップカード発動!みたいな感じじゃないか?」
「どうして私にはそんなことばっかり言うんですか!あれですか!好きな蜥蜴には意地悪したくなるという思春期特有のあれですか!私も委員長さんたちみたいにマザーボードにCPUを入れるかの如く繊細に扱って欲しいです!」
また微妙な例えだな……。
「そんなことを言ってはいけませんよ、ニーフェさん。私たちの扱いが繊細だなんて言ってたら、繊細という言葉の方がびっくりして逃げ出してしまいます」
「それもそうですね。てへぺろ」
……どうやら俺の味方はいないらしい。
「私はいつだってお兄様の味方です!」
「心を読むな!」
言っていることは可愛い。外見が禍々しい黒竜の子供でさえなければ……はぁ……まじはぁ。




