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第34話 救出クエスト

 それから俺たちは雪原フィールドへと出発した。

 街の周辺にはスノーウルフやブラウンベアーなどといった動物系モンスターが生息しており、トロールに比べてLvが低く設定されているみたいで、既に多くのプレイヤーが狩りにいそしんでいた。


「これは俺たちの分はなさそうだな」

「そうですね。まだ周辺の情報も全く分かっていない状況ですから、地図を見ながら散策しましょう」


 道具屋には地図が売っていて、それを購入することで自分の現在地とおおよその地名を示したマップを視界内に表示することができるようになる。

 俺たちはニヴルヘイムの街で既にそれを購入していた。


「それならこのフヴェルゲルミルの泉ってところに行ってみない?」

「ふべるげるみる?」


 ああ、これか。街のかなり西の方にある泉みたいだな。そこを源泉としていくつも川が枝分かれしているように見える。


「確かにこんなところにポツンと泉があるなんて、如何いかにも何かありますって感じだよな」

「北欧神話に出てくる世界樹の木ユグドラシルの根元にある3つの泉のうちの一つなのであります。前作では確かここには何もなかったのであります」

「クリスも前作出身者だったのか」

「はいなのであります」

「俺も俺も」

「その割には眼帯のおねーさん何も知らなさ過ぎなのであります」

「ぐはっ、痛いところを……」

「確かに前作から引き継いだ部分もあるようですが、クエストやモンスターの配置なんかは一新されているようですから、ここには何かある可能性はあります」

「もしかするともの凄いお宝が眠ってたりなんかしてね」

「よし!俺たちで一番乗りしよう!」

「現金なものなのです」


 相談が終わると俺たちはフヴェルゲルミルの泉に向かって歩き始めた。

 かんじきを装備しているとはいえ、まだ20%の移動速度ペナルティーが残っていたため、普段のようにずんずんと進んでいくことはできない。

 街周辺のわんがうエリアを抜けてからは一切の敵を見ることはなくなった。

 フヴェルゲルミルの泉は雪に覆われた深い森の中にあり、森に入ってからは周囲を警戒しながらも進んでいくが、敵ともプレイヤーともすれ違うことはなかった。


「今のところ周囲に生体反応はありません。私の索敵レベルを遥かに超えるステルススキルを持っているものがいれば分かりませんが」

「そうか、このまま警戒しながら進んでいこう」


 それにしても本当に静かだ。動物の鳴き声一つしない。

 あまりにも命を感じないこの森からは不気味さすら感じられる。

 俺たちはそんな不安を打ち消すかのように声を掛け合いながら歩き続けた。


「少し霧が出てきたね」


 もう森に入って二時間は歩いているだろうか。

 美羽の言うとおり少し霧が出てきた気がする。

 マップで確認すると泉までもうそろそろのようだ。


「もしかすると泉から霧が出ているのかもしれませんね」

「クリスは大丈夫か?無理してるんだったら、休憩入れるぞ」

「大丈夫なのであります。歩いたくらいでは疲れないのであります」

「そうか。疲れたらいつでも言ってくれ」

「分かったのであります」


 俺たちはそのまま奥へ奥へと進んで入った。

 すると木々に囲まれていた視界が突然開かれた。


「これは……」

「綺麗……」

「ふわぁ……」


 ひらけた視界の中、俺達の目に飛び込んできたのは幻想的な景色だった。

 透き通るように綺麗な水が張られた湖に、ところどころ雪が解けずに積もり、薄い霧がそれをベールのように覆っている。

 そう、泉なんてものじゃない。この大きさはちょっとした湖だ。


「すごいな。これを見れただけでここに来る価値はある」

「あはっ、お兄ちゃんにも景色を愛でるだけの情緒があったんだね」

「失礼な。これでも俺は美を愛でることができる紳士ジェントルマンですよ?」

「紳士の前に変態が付かなければ良いんですけどね」


 なんで俺そんな印象になってるんだ……。一体どこで選択肢を間違えたの?

 ちょっと人生をロードさせてもらえないだろうか……


「い、いやー、それにしてもこれはほんと凄いなこれ。お、あの奥に見えるのがひょっとしてユグドラシルの根じゃないか?」


 泉の反対側に巨大な大木のようなものが見える。その大木は天に向かってどこまでも伸びていてとても先を見通すことはできそうにない。

 恐らくあれがユグドラシルの根っこなんだろう。こんな巨大な根を這わせるなんて本体はどれだけでかいんだろう。


「……何か聞こえませんか?」

「え?」

「……ぇ……」


 本当だ。どこからともなく俺たち以外の声が聞こえる。


「……て……」

「委員長、索敵反応は?」

「そんな!?今までまるで反応がなかったのに突然現れました!左の方向です!」


 俺は剣を抜いて戦闘態勢に入った。


「……けて…さい…」

「何だ……あれは」

「え!ドラゴン!?」

「……たすけ……ださい……」


 そう。あれはどう見てもドラゴンだ。なぜか追われて助けを求めている方が。おい!

 何やら黒い影に追われて翼で飛び回っている。

 しかも小さい。見た目はどう見てもドラゴンだが、サイズは手のひらサイズ。色は黒色をしているからブラックドラゴンの幼生といったところだろうか?


「助けてください!」


 これ見よがしに俺たちの目の前で逃走劇を繰り広げるブラックドラゴン(小)。

 そして突然システムウィンドウが表示され、メッセージが流れた。


《ニーズヘッグが助けを求めています。助けますか?(Y/N)》


「これは…、突発型のクエストのようですね」

「どうするのです?」

「助けてください!」

「そりゃあもちろん」

「助けよう!」


 俺たちはイエスを押した。

 そこから戦闘に入るのかと思いきや、再びメッセージ流れる。


《ニーズヘッグを助ける場合、自分のキャラクターと同じ性能を有した高レベルAIと1対1の戦闘に入ります。本当に助けますか?(Y/N)》


「何だこれは?」

「助けてください!」

「どうやらこのクエストはPTで受諾するのは不可能みたいですね」

「格闘ゲームの同キャラ対戦みたいな感じだね。しかも高レベルAIってことはかなり難易度高そう」

「私には無理なのであります」

「とりあえず俺が受けてみて様子を見ようか?」

「危なくはないですか?せめてリザレクションの使えるローズさんに立ち合ってもらったほうが……」

「助けてください!」


 ちょっと五月蝿いぞブラックドラゴン(小)。

 心配しなくても助けてやるから。


「大丈夫だって。これでも戦闘には自信があるし、いざとなったらソニックドライブで逃げるから。というわけでポチっとな」

「あっ!ダメです!」

「え?」


 イエスと押すとブラックドラゴン(小)を追っていた黒い影が実体化を始めた。


「忍さんと同じ性能ということは恐らく勝つにしろ負けるにしろ一撃で決着がつきます。それに忘れたんですか!こんな森の中でソニックドライブなんて自殺行為です!」


 そういえばそうだった……。

 こんなに木がいっぱい生えてるところでソニックドライブなんて使ったら衝突して大ダメージを受けて下手をしたら死んでしまうぢゃないか。

 とはいえ、もうイエスを押してしまっている。


「が、頑張る!」


 そうだ。頑張るしかない。

 半透明の黒い壁どこからともなく現れ、俺と黒い影は密閉された空間に閉じ込められた。

 広さ30メートルほどの正方形型、どうやらここが戦いのリングらしい。

 ブラックドラゴン(小)は遠くはなれたリングの隅っこに移動している。

 影の形が次第にはっきりとしてくる。

 その形はまさしく俺のキャラクター。武器も防具もファッションアバターまで同じ。うん、こうやって見ると最高に格好いいな。

 俺と違う点は真っ黒く染まった暗い瞳と身体に纏った黒い霧だけ。

 ターゲットして名前を確認してみる。



 ユニークモンスター ドッペルゲンガーVer1.00



 あの人の姿を真似ることで有名なモンスターだ。それにしてもVer1.00って何だ?Ver1.01とかも存在するのか?

 ドッペルゲンガーはシルバーブレードを構えると『ダッシュ』を発動した。

 どうやらゆっくり考えごとをしている暇はないらしい。

 俺も寸分遅れずに『ダッシュ』を発動する。


「『インパクト!』」


 すれ違う寸前ドッペルゲンガーの斬撃に合わせて袈裟懸けに斬りつける。

 攻撃力は全くの互角。剣と剣がぶつかり合い、衝撃で剣が弾かれてしまう。


「ターンスラッシュ!はっ!せいっ!」


 そこで急停止した俺はターンステップからなぎ払いに繋げ、さらにそこから間髪入れずに斬りつけていく。


「せいっ!せいっ!たぁっ!おらおらおらおらおら!」


 しかし俺の渾身のコンボはことごとく打ち落とされていく。

 こちらも剣速を上げ、どんどん手数を増やしていくが、敵は完全にこちらの動きに対応している。


「嘘っ!忍さんの攻撃を凌ぐなんて!」

「『ガードインパクト』」

「くっ!」


 そして俺の最後の斬撃は敵の『ガードインパクト』を弾かれ、その衝撃でお互いの距離が空いた。

 現時点ではお互いに全くの無傷。

 仕切りなおしというわけだ。

 こいつ……今までで戦ってきたどのプレイヤーよりも強い!

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