第3話 ファイター
周りには俺と同じように今ログインしたばかりの人たちが大勢いた。
「ふーん、相変わらずこのゲームにはチュートリアルがないんだな」
そういえばチュートリアルがないのは、情報が少なければ少ないほど情報掲示板や攻略掲示板が活性化するから、そのためだってみんな言ってた気がする。
確かに当時は掲示板に何でも載ってたからなぁ。
神殿から外に出るとNPCの周りに大勢の人が群がっていた。
「そりゃそうか。モニタ画面でクリックしたら話が進むNPCと違って一人一人対応しないといけないわけだから当然ああなるわけだな」
さすがにあの中へと入っていくのはちょっと勘弁したい。時間をずらしてからまた町に戻ってくるか。
そうと決まればさっそくLV上げだ。
と、その前にまず自分のステータスを確認してみよう。
俺はシステムウィンドウを開いて自分のステータスに目を走らせた。
名前 忍
種族 ダークエルフ
性別 女
職業 無職Lv1
HP 36/36
SP 36/36
MP 43/43
筋力 23
体力 6
器用 11
敏捷 14
魔力 13
精神 12
魅力 5
スキル 剣Lv1
装備
両手 ツーハンドソード [攻撃力8耐久度30/30必要筋力12]
頭 なし
シャツ なし
体 皮の服 [防御力2耐久度24/24]
腕 なし
足 皮の靴 [防御力1耐久度24/24]
マントなし
リング なし
リング なし
イヤリング なし
ネックレス なし
所持金 100G
所持アイテム
なし
「すごい勢いで何も持ってないな。とりあえずスキル屋にでも行ってみるか」
町中を歩いているとスキルショップの看板が出ているのがすぐに目に止まった。アルファベットでSkillって書いてある。まんまだ。
その中へも大勢の人が出入りしていたが、俺もそれに続いて入っていく。
扉を潜った瞬間周りにいた大勢のプレイヤーたちが掻き消え、自分ひとりになる。いや、目の前にスキルショップの店員がいるから自分と店員の二人になった。
VRMMOではよく使われる手法で、こういった多人数が利用するような店などでは一人一人にインスタントエリアが形成(PTを組んで入れば同じインスタントエリアに行くことができる)され、ゆっくりと買い物をすることができるようになっている。
「いらっしゃいませ。何をお求めですか?」
「とりあえず一覧を見せてくれ」
「現在販売可能なスキル一覧はこちらになっております」
スキル一覧に目を通していく。
俺は今までどのネットゲームでも生産スキルや生産職には見向きもせずに、ひたすら強さだけを求めて戦闘スキル、戦闘職を選択してきた。
だから今回もまず生産系のスキルは除外。プレイヤーキャラクターにはスキルスロットが全部で六つ開いてあるから後五つ選べばいいだけだ。基本的な初期スキルは10Gで売っているようなので、余裕で買いそろえる事ができる。
いくつかの上位スキルはいきなり買うことができるけど、あまりにも値段が高過ぎた。期スキルを成長させていけばいつか上位スキルになるっていうのに、一個500k(500,000G)とか誰が買うんだって話だ。
他にもエクストラスキルっていうスキルレベルが上がらないスキルが100k(100,000G)から売りに出されている。エクストラスキルの中にはステータスや魔法防御、命中率、回避率、詠唱速度が上げたりするものもあったはずだが、とりあえず今は買えないから無視しよう。
まず近接職として『ダッシュ』は外せない。近づけなければ意味がないからだ。
それと俺の場合盾が持てないから『武器防御』と足が空いているから『キック』。
後は初期の回避スキルである『ローリング』と、ソロメインでやることになりそうだから『回復魔法』が便利かな。それに最初から持っている『剣』を合わせて合計六個。これでぴったりだ。
俺は、『ダッシュ』『武器防御』『キック』『ローリング』『回復魔法』のスキルスクロールを選択していく。
「じゃあ、これをください」
「かしこまりました。全部で50Gになります」
俺は自分のアイテムウィンドウを出し、50Gを具現化させて店主へと渡した。
「ありがとうございます。こちらが今購入されたスキルスクロールになります」
店主からスクロールを受け取ると俺はすぐにそれを読みあげていく。すると閃光エフェクトが身体を包み込むと同時に習得ログがシステムウィンドウに流れていった。
《忍は『キック』のスキルを習得した》
《忍は『回復魔法』のスキルを習得した》
《忍は『武器防御』のスキルを習得した》
《忍は『ローリング』のスキルを習得した》
《忍は『ダッシュ』のスキルを習得した》
これでよしっと。
なぜネットゲームに繋がりを求める俺がソロメインでやっているかというと、一言で言うと自分に合ったギルドに巡り会えないからである。最初のギルドが解散してからというものの、俺は様々なゲームでいくつかのギルドを渡り歩いたが、結局その輪の中へと入っていくことができなかった。ネットゲームでまで人との繋がりを持てないなんてまったく酷い皮肉だ。もしかして俺ってコミュ障って奴なのか?
そんな馬鹿な。ははっ。
まぁそれは置いとくとして、『回復魔法』のスキルを取ったとしてもすぐに回復魔法を使えるようになるわけではない。実際に魔法が使えるようになるためにはそれぞれの魔法を覚えるための魔法スクロールを入手する必要がある。とはいえ初期の魔法スクロールはお店に安値で売っているだろうし、買わなくてもその辺りの雑魚が落とす可能性があるからあまり気にする必要はない。この手のゲームで初期の魔法習得アイテムを最初の方の雑魚がポロポロと落とすなんて言うのはよくある話だ。
次に向かうべきは職業斡旋所かな。そう、俺はいつまでも無職を甘んじているわけにはいかないっ!現実の話じゃないよ?もう一度言うけど決して現実の話じゃないからね?
町中を探し回り職業斡旋所へと辿り着くと、いかついおっさんが出迎えてくれた。
「何の用だ?」
「何の用?転職以外の目的出ここへ来る奴なんているのか?それとも自分の存在意義すら分からないのか?シュッ!シュッ!」
ファイティングポーズと取ってシャドーパンチを繰り出しながら、挑発してみると…。
「…………」
目で殺された。
「マジすいません。ごめんなさい。ちょっと調子に乗ってみたかっただけなんです。出来心なんです。お願いですから職業を斡旋してください」
即座に土下座で対応する。自慢じゃないがこれでも土下座のスキルレベルはトップクラスを自負している。
本気で自慢にならないな……。
「最初からそう言え」
本当にすごいな。最近のゲームは……AIがハンパネェ。
そう、こうやってNPCのAI性能を見るのはそのゲームの出来を見るのにとても参考になる。
MOBがハリボテのようなゲームだと、同じことしか言わなかったりするからな。
というわけで決して俺がDQNだからこんな行動を取ったわけじゃない。そこのところは是非とも分かっていてもらいたい。
「それで何になりたいんだ?」
「この両手剣を使う職がいいんだけど、ファイターかな?」
前と同じなら確かファイターでよかったはずだ。
「そうだな。接近戦闘職ならまずはファイターになる必要がある。この紹介状を持ってディクスって奴のところへ行け。町の東にいるはずだ」
俺は店主のおっさんから紹介状を受け取った。
言われたとおり町の東の方へ歩いていくと、ファイター養成所という看板が目に入った。そしてその中に入ると兵士風のNPCが俺を待っていた。
「あんたがディクスか?」
「ああ、そうだが。ダークエルフのお嬢さんが何の用だい?」
「お前もか……」
ここに来ているんだからファイターになりに来たに決まっているだろう……。
「ファイターになる以外……あ、いや、ファイターになりにきました」
AIの性能はさっきのやり取りでもう十分にわかった。無駄なやり取りで時間を潰している場合じゃない。
そんなことより早く戦いたいぞ。ウズウズ。
「そうか。ファイターになるためにはここで訓練を積んでもらう必要がある」
「じゃあ、受けます。早く始めてくれ。すぐに始めてくれ」
「いいだろう。ではついてこい」
言われたとおりディクスの後を付いていくと訓練場へと出た。そこら中に案山子が転がっている。
「ここで案山子と戦ってもらう。案山子の攻撃でダメージを受けることはないが、案山子からの被弾が少なければ景品が出るぞ」
「へ~、そんなの前はなかったな。面白そうだ!よし、いつでも始めてくれ!」
「それでは訓練を開始する!」
ディクスの声に合わせて転がっている案山子が起き上がってくる。まずは一体。
俺はまず他のVRMMOでいつものしている通り、自分のキャラクターと意識を切り離す。それがこの一年で俺が会得した技だ。いや、もう極意といっても過言じゃない。ふふっ。
VRゲームは、コントローラーで操作するゲームとは違い、キャラクターの手を現実の自分の手と同じように動かし、キャラクターの身体をまるで現実の自分の身体と同じような感覚で動かすことができるように開発されたものだ。
しかし、それではどうしてもリアルの身体能力や経験に左右されてしまう。
VRゲームのキャラクターはそのゲームの世界に適したステータスが与えられているため、もし現実で存在していたとしたら、完全に超人の域に達している。
しかしその超人キャラクターを常人の感覚で操ろうとするならば、当然100%の力を出し切ることはできない。それを俺が操るとなったらなおさらだ。
だからこそこの方法を編み出した。よく現実世界では100%の力を出し続ければ筋肉がズタズタになるなんて話を聞いたりしたものだけど、仮想世界にはそんな設定はない。
だから俺は自分の身体を動かすようにキャラクターを動かすんじゃなくて、キャラクターとの同調率を可能な限り下げることで、キャラクターをゲームのキャラクターとして操作する。
それによって本来現実の自分ではとてもできないようなアクロバティックな動きが可能になるというわけだ。
どうやってやっているかというと正直自分でもよく分かっていない。とにかく自分の身体として意識しないようにして、第三者的視点で操作するように意識し続ける。そんな感じである。
よく分からないが自分で脳から発生している電気信号をコントロールしているのかもしれない。ってそんなわけがないか。そんなことができたらノーベル賞ものだ。
ただ、自由自在に動かせるかっていうとそうでもない。アクロバティックな動きをするためには一連のルーティーンを頭の中で組み立てる必要がある。ようするにシステムアシストのかからない技スキルを自分で組み立てているものだ。
普通の技スキルとどう違うかと言うと、スキル補正によりダメージや速度が上昇することがない代わりに、技後硬直も再使用時間もSP消費もないし、動きを途中で中断することもできるし、普通のスキルを間に挟むこともできる。もちろん技後硬直のあるスキルを使った場合にその硬直を消すようなことはできないため、そこはうまく考える必要がある。
しかし自分でルーティーンを組み上げることよって、このゲーム内のスキルだけじゃなく、他のゲームのスキルや『ぼくのかんがえたさいきょうのわざ』なんてのも使うことができるようになる。
それを今のところ自分の中で50種類程度組立て、組み合わせることができているから、自由度に不満はない。
ただ、完全に想定外の動きをしないといけないときには、自分の身体として操作しなければいけなくなるため、動きが一気に鈍くなってしまう。
説明が長くなってしまったが、戦闘開始だ!
「いっくぜええええ!たぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
案山子が起き上がってきたところへ『ダッシュ』を使って一気に接近し、そのまま勢いに乗って袈裟懸けに斬りつける。
「せいっ!せいっ!はっ!せいっ!」
後ろへ敵がノックバック(攻撃による押し出し)したところへすぐに追い討ちコンボをかけて滅多斬りにしていく。
薙ぎ払い!切り払い!か・ら・の・回し蹴り!袈裟懸け!薙ぎ払い!
俺の連続攻撃を受けて案山子はすぐに動かなくなる。
次は二体の案山子が起き上がってきた。それを倒したら三体。そして四体。最後には五体の案山子が起き上がってこちらへと向かってきた。ダッシュ斬りとキックによるノックバック、それにローリング回避を駆使して案山子の攻撃を避けつつ次々と打ち砕いていく。そして5体の案山子を倒し終えたところで訓練は終了した。