第21話 バジリスクの巣
「バジリスクの巣って言ったよな」
「ええ」
「どう見ても普通のフィールドにしか見えないんだが…」
ここからだとまだ巣穴は見えない。草一本生えていない茶色い高原が辺り一面に広がっているだけだ。
「知らないんですか?この辺り一帯の巣穴を含む高原そのものがバジリスクの巣になっているんです。ちなみに巣穴は浅く広い巨大な防空壕のようになっていますが、複数匹のバジリスクが出現する危険地帯です」
「というか、あんな奴の攻撃なんて食らったら美羽なんて一発で吹っ飛んじゃうんじゃないか?」
「大丈夫だよ。そこはそれ、ゲームだからね。体力と防御力が高かったら自然とノックバック耐性も上がるんだ。あ、でも忍が攻撃受けると多分吹っ飛ぶと思うよ?」
「き、気をつけます」
「ここからだと3匹ほど見えていますね。リンクしないように一匹ずつ引きましょう」
リンクとはモンスターを攻撃することでその近くにいる同族モンスターの敵愾値を高め、同時に戦わなければ行けない状況を作ってしまうことだ。
場所によっては敵が出現するたびにリンクさせてしまい、延々と戦わされるようなところさえある。
しかし、それをうまく利用すれば効率的に敵と戦い続けることも可能だ。
「それでは、補助魔法をかけます。『エンチャントウェポン!』『アーマーブレス!』『エンチャントウェポン!』『アーマーブレス!』『アーマーブレス!』」
再び俺の装備に魔法がかけられる。さっきと違って炎の剣にはならない。単純に剣の攻撃力を上げる魔法なのだろう。
「それにしても補助魔法って一人一人に一つずつかけていかないといけないのか。大変だな」
「Lvが上がればPTメンバー全員にかける魔法を憶えることができると思います。ただ、その場合でも二人や三人にかけるなら一人ずつかけたほうがMP効率はいいはずです」
「なるほどな」
「ちなみにバジリスクは範囲攻撃を持っていますから、気を付けてください」
「おう!」
「それじゃあ、さっそく引くね。『ロングショット!』」
美羽が遠く離れたバジリスクに矢を射ると、バジリスクがのそりのそりと近づいてきた。
確かに移動速度は遅いみたいだな。
近づいてくるまでの間に美羽が矢を連射していく。さすがにあれだけでかいと攻撃が外れる気がしないだろうな。それにしてももう十射は射ているっていうのにバジリスクのHPはまだ十分の一も減っていない。一体どれだけタフいんだ…。
ってかやっぱりでかっ!近くまで来ると本当によく分かる。百人乗っても大丈夫!の物置どころじゃない。その倍近くあるぞ…。
「『チェンジウェポン!』『こっちだよ!』」
美羽が姫と同じように『挑発』を使って敵の狙いを自分へと向ける。
「忍さん、できるだけ後ろから攻撃してください。後ろからの攻撃はダメージ補正がかかります」
「了解!任せろ!」
俺は『ダッシュ』を発動させて一気に後ろへ回りこみ、そのまま斬りかかる。
「ダッッッシュッ!スラァァァァァッシュッ!」
斬撃エフェクトがバジリスクの尻尾を切り裂いて敵のHPが目に見えて減る。
よし!いける!
敵が美羽の方を向いている今のうちにコンボを繋いでいく。
「はぁっ!たぁっ!たぁっ!せいっ!」
繰り出した斬撃が左右に揺れる尻尾を精確に捉える。
「我流奥義!ギロチンアックス!!」
ギロチンアックスとは、身体の軸が斜めになるようにジャンプした状態から『ターンステップ』を使って空気を蹴って回転し、袈裟懸けに敵を切り裂く我流奥義の一つである。
「弐連!参連!死連斬!!!!」
さらにこの技はその勢いを殺さないまま再び飛び上がり、『ターンステップ』を使って、再びギロチンアックスを繰り返すことでその度に回転力を増していくことができる。そして四斬目に至る頃には、まさに死神の振るう斬撃にまで昇華される(※注 主人公の希望的観測です)という火力重視の技だ。
回転力が増すたびに斬撃エフェクトの迸りも激しくなっていく。武器の攻撃力と剣速によって斬撃エフェクトが変化していくのもこのゲームの特徴である。まったく、開発者とはいい酒が飲めそうだ。
敵のHPを見ると既に半分以下に突入している。さすがマイスターの剣、さすが補助魔法だ。
その瞬間敵の動きに僅かな違和感を感じた。どうやら、狙いが俺に移ったらしい。
背中を見せたまま尻尾によるなぎ払いが俺を襲ってくる。この攻撃範囲は『ターンステップ』では避けられそうにない。しゃがんで避けたとしても衝撃ダメージを受けるかもしれない。
俺は咄嗟にその判断を下し、スキルで対応することにした。
「『ガードインパクト!』」
俺の大剣とバジリスクの尻尾がぶつかり合い、バジリスク尻尾を弾き飛ばす。
どうやら俺の攻撃力の方が勝っていたようだ。これで僅かながらにもバジリスクにダメージが入っているはずだ。
「もう狙いが移ったの?!ほんと馬鹿力なんだから!ほら、『こっち向いて!』」
美羽が『挑発』を使って狙いを再び自分へと戻しながら槍でバジリスクを攻撃する。しかしそこへ美月の焦った声が響く。
「不味い!美羽!一旦下がってバジリスクをこっちへ連れてきて!忍も美羽と一緒にこっちまで下がって!」
「了解!」「分かったよ」
俺たちが美月のところまで下がると美月は美羽に向かって回復魔法を使った。
「『エクストラヒール!』」
美月の回復魔法により四分の三くらいまで減っていた美羽のHPが完全近くまで回復する。
その間もバジリスクはこちらに向かってのそのそと歩いてくる。
「もう少し下がるわよ。近くに敵が沸いたわ」
あ、本当だ。俺が戦っていたさらに後方にバジリスクが現れていた。
あのまま戦っていたらリンクさせてしまっていたかもしれない。
基本的にこのゲームでは沸いた直後の敵は索敵を行っていないため、急いで離れればリンクしてしまうことはないのだ。
そして新たに沸いたバジリスクと十分に距離を取って俺たちは再び攻撃を仕掛ける。
「せいっ!せいっ!せいっ!たぁっ!」
俺はバジリスクの尻尾を次々と切り裂いていく。
「お兄ちゃん!範囲攻撃来るよ!」
「分かった!」
バジリスクを見れば前足を大きく振り上げていた。
この動き…衝撃波による範囲攻撃か?!
バジリスクが前足を振り下ろすのに合わせて『ガードインパクト』を発動する。
「『ガードインパクト!』」
前足が大地を叩くことにより発生した衝撃波が俺の斬撃に切り裂かれていく。これは凄い。攻撃力が上がったってことは、俺にとっては防御力が上がったのと同じことじゃないか!
「すごい!二人ともノーダメージです!」
「よし!このまま一気に決める!」
俺は『ダッシュ』を使って大きく円を描くように助走を付け、敵に対して横へと駆け抜けながらスキルを発動する。
「一刀両断!『ラインスラッシュ!!!』」
『ラインスラッシュ』は敵集団を横一文字に切り裂く両手剣の剣技スキルだ。そのため威力はそれほど高くはない。しかしそれを巨大な敵に使うことで多段ヒットするという性質を兼ね備えている。
これは『ラインスラッシュ』に限ったものではなく、例えば範囲魔法を巨大な敵に使えば、その範囲魔法数ヒット分のダメージを敵に与えることが可能となっている。
もちろん一発一発に敵の防御力が適応されるため、異常なダメージを叩きだすようなことはできない。しかし普通の単発スキルに比べて威力がそれを上回る場合がある。
それは格下相手に使ったときだ。相手の防御力に比べてこちらの攻撃力が圧倒的に高い場合、多段ヒットすればかなりのダメージを見込むことができる。
しかし反対に相手の防御力が高い場合は、ほとんどダメージを与えることができない。
バジリスクを攻撃した感じからするとHPは高いが、防御力は普通だ。さらに俺とバジリスクとの間にはそれなりのLv差もある。
そのため、このスキルが活きてくると判断したのだ。
その結果俺の想像どおり、残り三分の一ほどあったバジリスクのHPは一気に消滅し、巨大な死亡エフェクトを撒き散らしていた。
「ふっ、またつまらぬものを斬ってしまった」
俺はスキルによる硬直を受けながらそう呟いた。完璧だ。決まった。
「「忍」」
二人が満面の笑みで声をかけてくる。あれ、もしかしてもう俺認められちゃった?
俺もさわやかな笑顔を二人に返す。
「「後ろ」」
「え?」
硬直の解けた俺は後ろを振り返った。
バジリスクがのそのそとこちらに迫ってくる。え、なんで?
「どこかのお馬鹿さんが『ダッシュ』でバジリスクの索敵範囲に入ったんだよ」
「わざわざ引いたのをまさか台無しにされるとは思いもよりませんでした」
二人は相変わらず笑顔のままだ。怖い。どうやら俺はまたやっちゃったみたいだ。
どうやって誤魔化そう…。
「よ、よし!敵から向かってきてくれるなんて好都合だ!やってやるぜ!!」
「独りでやって(やりなさい)」
「はい…」
そこから俺は本当に一人で戦わされました。
一応弓や補助魔法で援護してくれながら「がんばれ~」って応援はしてくれたんだけど…。
『ターンステップ』と『ガードインパクト』を駆使しながらバジリスクを追い詰めていく。
さすがに自分が常に狙い《タゲ》をもらっていると高火力我流奥義を使うことができず、コンボで繋いでいくしかない。せめて少しでもノックバックしてくれれば…。いくら火力が上がってもこれだけでかい敵をノックバックさせるのは無理が過ぎました。がくり。




