第20話 馬鹿力(ばかりょく)
それから俺たちは相談して先のリザードマンボスがいたザルツベルグの沼に向かうこととなった。
今はそこが二人の主要な狩場となっているらしい。
到着してみると周りにも俺たちと同じようにPTで狩りをしている人たちがちらほらと見受けられる。
「さて、とりあえず到着したけどどうするんだ?」
「基本は補助魔法をかけて美羽が弓で先制攻撃をして敵をこちらまで引っ張ります。そして近づいてきたら美羽が片手剣に持ち替えてヘイトを取りつつ全員で敵を攻撃します。とりあえずやってみましょう。『ファイアウェポン!』『アーマーブレス!』『ファイアウェポン!』『アーマーブレス!』『ファイアウェポン!』」
美月が魔法を唱えると俺の持つグレートソードの刀身を炎が包み込み、鎧がほのかに光を放ち始めた。恐らく剣に炎の属性を宿らせる魔法と防御力を上げる魔法だろう。
炎の剣とか格好よすぎるぜ。それにしても…。
「美月は自分に『アーマーブレス』をかけなくていいのか?」
ヒーラー、バッファーってことは防御力が低いと思うんだけど。
「はい、私が攻撃を受けるより、美羽に攻撃を集中させてヒールで回復した方が効率がいいですから」
「えっ!こんなちっちゃい子を盾にするのか?」
「ちっちゃい言うな!これでもドラゴンハーフだからお兄ちゃんよりはずっと硬いんだからね!ちなみにそんな考え方だとボクたちのPTメンバーとしては失格だよ?タンカーのボクを無理に守ろうとする奴が一番足手まといなんだからね」
「そ、そうか。つまり美羽のことを屈強な戦士だと思えばいいわけなんだな」
む、難しそうだ。
「そうそう。分かってるじゃない!」
「無駄話はこれくらいにしましょう。いつまでも話してると補助魔法が無駄になるわ」
「分かった。それじゃあ引くね」
そういって美羽が弓に矢をつがえた。その瞬間矢の先を炎が包み込む。恐らく『ファイアウェポン』の効果だろう。
慣れているのだろうか。美羽が弓を引く姿はとても様になっている。
「『ロングショット!』」
美羽が弓技スキルを発動すると矢が甲高い音を立ててリザードマンへと一直線に放たれる。
すごいな。ここからだと50mは開いているだろうに、確かに敵のHPゲージが減少したぞ。
そこから立て続けに3射放ち、敵が近くまで来た頃には既にHPゲージが三分の二にまで減らしている。
「『チェンジウェポン!』」
さらにそこから美羽がスキルを発動すると一瞬で装備が弓から片手槍と盾に摩り替わっていた。なるほど、この装備を一瞬で切り替えるのが『チェンジウェポン』っていうスキルなんだな。
よし、もう攻撃していいんだよな。
武器が変わって補助魔法までかかっている。一体どれだけ火力が出るんだろう?やばいわくわくが止まらなくなってきた!
俺は『ダッシュ』を一瞬発動させ一歩踏み出す。
『ダッシュ』の最大の特徴はスキルの発動して最初の一歩を踏み出したところででトップスピードに乗っていることだ。
そしてそのまま勢い任せ、味方を巻き込まないようにして袈裟懸けに叩き切る。
「新ダッシュスラッシュ!!!」
俺の十八番だ。剣がリザードマンの身体を切裂いたのを確認し、続いてノックバックしたであろうリザードマンに目掛けて逆袈裟斬りコンボで追撃した。
「はっ!…ってあれ?」
しかし攻撃がヒットした感触が手に伝わってこない。
目の前を赤い光の粉が舞い散っている。それは確かに敵の死亡エフェクトだった。
「「「え?」」」
振り返ると2人が唖然としながらこっちを見ている。
俺も唖然としている。
え、一撃?HP半分以上も残ってたのに?いや、いやいやいやいや!
とりあえず何て言ってこの空気を誤魔化さないと…。
「えーーーーっと、さ、さすがマイスターの作った武器だなぁ…なんて」
「ば、馬鹿力だ…」
美羽がぼそっと呟く。
やっべぇ…もしかしていきなり微妙な雰囲気作っちゃった?
「い、いくら補助魔法をかけたからってありえません!もしかして今のは高レベルの両手剣スキルか何かなんですか?」
「いや、あの、ダッシュスラッシュって言って、『ダッシュ』スキルを使って勢いをつけたただの攻撃なんですけど…」
「それこそありえませんよ!並みの人間がシステムアシストなしにスキルのような動きをするなんて!あなたはリアルで剣道の全国大会に出場したことあるとかそんな人ですか!」
「ええっと、ゲームの全国大会なら行ったことあったりなかったり…」
うん、一度だけ行ったことあったなぁ。懐かしい。ってそんな話じゃないよね。
「ゲームの全国大会って何の関係があるんですか!?私を馬鹿にしているんですか?!」
ごめんなさい。全然そんなつもりはないんだけど…。
「あはっ、このままここで狩り続けたら乱獲になっちゃうね」
「乱獲って?」
「そんなことも知らないの?強すぎる人が他の人に敵がまわっていかないほどその辺り一帯の敵を狩りまくることだよ。そんなことやってたら確実に晒されてこれからやり辛くなるだろうね。それができるのは自分のところで生産職の人を抱えてるような性質の悪い大手ギルドだけかな」
「そ、そうなのか…」
「とりあえず場所を変えましょう」
「どこに行くの?」
「バジリスクの巣です」
「え!?だってあそこはフルPT用の狩場だよ?ああ、なるほど」
バジリスクの巣は情報掲示板に書いてあったのを読んだから知っている。
確かあそこはLv25~29までを対象とした狩場だったはずだ。あそこに生息するモンスターであるバジリスクはやたらHPが高く、フルPTで狩ると結構経験値やらドロップやらが美味しいらしい。
「俺たち3人しかいないのに大丈夫なのか?」
「ええ、あそこは私たちからすればLv的には少し格下になります。だから美羽でも十分攻撃に耐えることが可能です。あとはあなたのそのマスターに『馬鹿力』とまで言われた火力でHPを削ってくれれば何とかなるはずです。無理に奥まで進むつもりはありませんから。それにバジリスクは移動速度が遅いですから簡単に撤退することもできます」
え、馬鹿力ネタいつまで引っ張られるの?
とは言えさすが委員長だ。まさに今の俺たちにぴったりの狩場じゃないか。
的確な判断だぜ。
「異論なし!さっそく行こうぜ!」
「あなたが(お兄ちゃんが)仕切るな」
「…はい」
それから俺たちはザルツベルグの沼を後にし、バジリスクの巣へと向かった。
正直俺は道をよく知らないから二人についていくだけだった。
その道中でずっと疑問に思っていたことを二人に聞いてみた。
「なぁ、俺のPK疑惑ってもう大分薄れてるのか?」
「そうですね。黎明がうまく情報操作しているようです。あそことイージスは同盟関係にありますから、自分たちまであなたの所為で疑いを持たれるのは避けたいのでしょう」
「そうなのか。そこまでのリスクを負ってまでボス狩りに参加させてくれるなんて、ネームレスさん本当にいい人過ぎだろ」
「「……・・」」
「ん?どうしたんだ二人とも」
「忍って本当に人がいいよね」
何で俺の話に?人がいいのはネームレスさんじゃないか?
「とりあえずあなたの疑惑は完全にではないけれど、半信半疑くらいまでは薄れているみたいです」
「それはよかった。そういえば、俺が言うのもなんだけど、二人はPK疑惑のある俺と一緒にいて怖くはないのか?」
「え?なんで?全然」
「美羽は基本的に直感というか、本能で人を見分けますからね」
「ちょっと、お姉ちゃん。人を野生児みたいに言わないでよ」
「大した違いはないでしょう?」
「酷いなぁ。ぶーぶー」
口を風船のように膨らませて姉に講義する。
ごめん…俺も野生児みたいだなって思っちゃったよ…。
「そういう美月はどうなんだ?」
「これでも私は一応社会人ですからね。ある程度人を見る目は持っているつもりです」
社会人すげぇな…。
「それにこう言っては何ですけど、私たちはデスゲームなんて信じていません」
「え?あれって嘘だったのか?」
「あはは、忍って何だか人から聞いたことは全部信じちゃってそうだよね」
「う…否定できないかも」
「本当のところは中にいる私たちは誰にも分かりません。でも考えてみてください。この平和な日本で一企業が何のためにそんなテロリストみたいなことをするんですか?そもそも死んでしまったプレイヤーデータを脳へフィードバックすると本人も死んでしまうってどんな原理ですか?安全な状態でログアウトするのは確かに安全のための処置ではありますが、それを怠っただけで身体へ著しい影響が出るような機械の販売を国が許しているとも思えません。それに少なくとも私は自分が死んだという認識を脳へ送られたとして身体が生命活動を停止してしまうようなことにはならないと思っています。私はそんなに弱い人間じゃありません」
「はぁ…、また始まったよ。お姉ちゃんの持論」
美羽がやれやれと嫌そうな顔をする。
うーん、そういえば俺はそういうことをあんまり深く考えたことなかったな。
「えっと、だったらどうして攻略ギルドなんかにいるんだ?」
「理由は簡単です。クリアしないと出られないからですよ」
「ということは、美月はゲームで死ぬのが怖くはないのか」
「はい、だからこそあなたに対して恐怖というフィルターを通して見ることはありません。もちろんあえて死のうとは思いませんけどね。それはみんな同じだと思います。神教や仏教を信じていなくても、お墓や神社に石を投げると罰が当たるような気がするでしょう?それと同じです」
た、確かに…。俺も無神教だけど何となくそんなイメージはあるな。
「美羽は?」
「ボク?ボクはお姉ちゃんみたいに難しく考えてるわけじゃないけど、正直実感沸かないかなぁ。だって、今まで色んなVRMMOでいっぱい死んでるんだよ?それが現実の死に繋がるって言われても実感沸かないよ。もしVR機の後ろで鉄砲を突きつけている画像でも見せられたら、怖くなるかもしれないけどね。あはっ」
「なるほどなぁ。みんな結構色々考えてるんだな」
「そういう忍はどうなのさ?」
「俺か?俺は死んだらまぁゲームマスターの言うように死ぬんだろうなって思ってたけど、戦ってる最中はすっかりそのことが頭から抜け落ちちゃうんだよな」
「あはっ、噂どおりの戦闘狂ってことだね」
「あとそういう考えを知った今でも、もしかしたら本当に死ぬかもって思ったら、みんなには死んで欲しくないって思っちゃうかな」
うん、みんな生きてクリアできるのが一番だ。
「そうですか。まぁ思うだけならタダですから、その考えに私たちまで巻き込まないようにしてください」
あ、相変わらず手厳しいことで…。
「さて、見えてきましたよ。あれがバジリスクです」
美月が指差す方を見ると確かにいる。でっかいトカゲが。
いや、あれはでかすぎじゃないか?
リザードマンボス『ベルーガ』よりさらに大きい。少なくとも俺が泊まっている宿屋の個室よりは大きいぞ!
開発者頑張りすぎだろ!




