第19話 仲間
な、なんなんだこのスレは!下品すぎる!!
『タァッ!タァッ!タァッ!セイッ!(*´Д`)ハァハァ!ウッ!』って何だよ!(*´Д`)ハァハァ!ウッ!とか言ったことねぇし!
その上『名罵倒集 イージスの聖女に踏まれるスレ part1』だって?
イージスの聖女ってこれどう見ても姫のことだよな。
お前らの方がよっぽどPKじゃねぇか!ひ、姫に殺されたらどうしてくれるんだ!
…よし、後でこっそり覗こう。
「忍…」
振り返るとそこには死神が微笑んでいる。もちろん目は笑っていない。
あれ、俺死んだかな?でもこれって完全に不可抗力デスヨネ?
「姫、ここで怒ったらレスしてる人たちの思う壺ですよ」
さすが師匠!いつもながらナイスフォロー!あんたは俺の恩人だ!
「むぅ。忍、後で覚えてなさいよ」
そう言って姫が恨みがましそうに見てくる。だが、そんな仕草もちょっと可愛い。とはいえ…。
「あの、不可抗力なんで…」
「というわけで分かってわかってもらえましたか?そこにいる変態とはPTを組むどころか一緒にいるところさえ見られたくありません」
美月はまるで汚物でも見るような目で見てくる。いや、変態なのは俺じゃなくてあのスレの住人だと思うんですけど…。だが、その蔑むような目もいい。ヤバイ、俺も人のこと言えないな…。
「話は以上ですね。では私たちはこれから狩りに行くので失礼します」
「じゃあ、ぼくもこれで」
「ちょ、ちょっと」
二人はそのまま姫の呼びかけにも答えず出て行ってしまった。
「はぁ、仕方がないわね」
取り付く島もないとはまさにこのことだ。
「どうしようか?他を当たってみる?」
「うーん、そうだな。他に忍と組めそうなのは…」
姫たちが他に誰かいないか考えてくれているみたいだ。こんな俺なんかのために…うぅ、優しさが目に染みる。
でもこのまま姫と師匠におんぶにだっこでいいのだろうか?
姫たちに言われたままギルドメンバーとPTを組む。確かにそれも一つのきっかけだし、そこから徐々に仲良くなっていくのが悪いわけじゃない。
でもよく考えてみろ。それだと前と同じじゃないか?師匠に拾われてギルドのみんなにサポートしてもらっていたあの頃と。
俺は今度こそ姫の…ギルドの力になるんじゃなかったのか?
そうだ、俺は自分だけ居心地のいいぬるま湯に浸かるために姫のところへ戻ってきたんじゃない!
今度こそこの場所を、俺の居場所を自分の手で守り抜くためにここへ戻ってきたんだ!
「姫!師匠!俺、さっきの人たちを追いかけてくる!」
「え?」
「急にどうしたんだ?」
「人を紹介してくれたってだけでもう十分だ。姫たちが判断したのならきっとあの人たちが俺にとって最高のパーティーメンバーなんだろ?後は自分で頑張ってみるよ。それじゃあ!」
「ちょっと待って!場所は分かるの?」
それなら大丈夫だ。二人の気配はまだスキルで捕らえられている。
「まだ気配察知の範囲内だから走れば間に合うと思う!」
「そう、だったら言うことはないわ。頑張りなさい!」
「了解!行ってきます!」
その言葉だけで十分だ。よし、待ってろよ二人とも!
俺は『ダッシュ』を使って宿屋を飛び出てそのまま二人を追って街道を走り出した。
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「あの忍が自分からとはね…、昨日は変わっていないって言ったけど、男の子ってホントすぐに変わっちゃうのね」
「いや、変わってないさ。ただ、忍は変わらないなりに前へ進もうとしているだけだ」
「なに?男同士だからって分かり合っちゃってるってわけ?」
「いや、別にそんなんじゃない。というか忍が本当は男か女かも俺は知らない」
「え?あれだけ馬鹿でスケベで男口調なのに実は女って落ちなの?」
「いや、そうは言っていないが、俺はあいつからリアルの話を一度も聞いたことがない」
「そういえば私もないわ。相談は受けてたけどいつもゲーム内の相談だったし」
「まぁ、MMO内だからこそリアルの話を全く口にしないというのは別に珍しい話じゃない」
「確かに…、ゲーム内だからこそリアルの事情を持ち込みたくないって人は結構いるわよね」
「とは言え、忍がそういうタイプかと聞かれるとそうも思えない。もしかすると何か事情が……いや、詮索はやめよう」
「そうね。何か話したくなったらきっと向こうから言ってくれるわ。さて、私たちも忍に負けないように頑張りましょう!」
俺は二人を追いかけてひたすら街中を走っていた。
「待ってくれええええええええ!!!!」
遥か彼方に見えた二人を追いかけながら叫ぶ。
しかし二人は全く歩みを止める気配がない。
「待ってくれええええ!頼むから話を聞いてくれえええ!」
さすがに『ダッシュ』を使っているだけあってどんどん二人に近づいていくが、スタミナも徐々に減っていく。
それに対して二人は足を止めないどころか、歩みを速めて俺から逃げようとする。
な、なんでだ?話くらい聞いてくれたってよくないか?
しかし、二人は『ダッシュ』を持っていなかったためか、あっという間に二人へと追いついた。
「頼むから待ってくれ!あれは違うんだ!俺の所為じゃない!少しでいいから話を聞いてくれ!」
「くくくっ、あはははははっ!」
突然美羽の方が笑い出した。え?何で?
「残念だったね、お姉ちゃん。これで完全にボクたちも噂の的だね」
「最悪です…」
美月が苦虫でも噛んだような目で睨んでくる。
いや、あの、そんな目をされても…
「ここは街中です。ただでさえ目立ってるあなたが叫びながら私たちを追いかけたらどうなるかくらい想像つかないんですか?」
「あ…」
そうだ。完全に迂闊だった。街中で大声をあげて声をかけるのはやめましょうって「猿でも分かるコミュニケーションスキル会得法」にも書いてあったじゃないか!
「それでええっと…忍だっけ?そんな第一印象から第三印象まで最悪なお前がボクたちに何のようなの?」
うお!こいつちっちゃいくせにいきなり呼び捨てかよ。しかも言葉遣い悪いなおい。
まぁMMOだとゲーム内の見た目と実年齢が全く違うってのはよくあることだ。
これから頑張ってPTを組まないといけない相手だし、俺は紳士的にいこう。
「ええっと…これから狩りにいくなら一度でいいから試しに俺を入れてくれないかな…なんて」
「先ほども申し上げましたが、嫌ですね。それで…」
それだけ言って美月はすぐさま振り返ろうとする。
「ちょっと待って!何がダメなんだ?掲示板のことならあんなのみんな冗談で書いてるだけだろ?」
そうだ。ああいう書き込みは本気でしてるわけじゃなくて、みんな冗談みたいなことを言ってお祭りみたいに盛り上がっているだけの場合が多い。ただ、それをPK掲示板でするのはどうかと思うけど…。
あ、もしかするとそれだけ俺のPK疑惑が薄れたのか?
「確かにあんな低俗な書き込みには関わるのも嫌ですが…、一番の理由は今でも二人で十分楽しくやっているからです」
「そうそう。ボクたちはボクたちだけで楽しくやってるんだから、お兄ちゃんはいらないよってこと」
ええっと、それはつまり二人で楽しく遊んでるんだから邪魔するなってこと?
「二人は姉妹なのか?」
「そうだよ。こっちがお姉ちゃんで、ボクが弟」
「え!?お前男だったのか!」
信じられない…、どっからどう見ても女の子にしか見えないんだけど…。
「む、失礼なお兄ちゃんだなぁ。どっからどう見ても男キャラでしょ?」
「だから言ったでしょう?男キャラにするならもっと顔を男らしくすればよかったのに」
「むぅ~。だって面倒臭かったんだもん!それにほら、自分の顔に近い方がファンタジーの世界に来たんだって気になるでしょ?」
ということは、美羽はリアルだと女なのか?いや、もしかすると男の娘という線もあるな。
「まさか男の娘だったとは…」
よし、これは心友のジークに教えてあげよう。きっと涙を垂らして喜んでくれるはずだ。
「男の娘ってきもいっ!うわっ、鳥肌立ってきた」
「す、すまん!」
やっべぇ…つい思ったことを口にしてしまった。
「まぁ、そういうわけでお兄ちゃんがPTに入って微妙な空気になるのって嫌だから」
「そこを何とか!これでもテンションだけは高いから微妙な空気なんて作らない…こともないけど」
「そういう意味じゃないんだけど。お姉ちゃ…」
「美羽。余計なことを言わないで」
美月が美羽の発言を抑えとめようとするが、美羽はお構いなしと云わんばかりに言葉を続けた。
「いや、はっきり言っておいたほうがいいと思うよ。男の人って女の人に指示されるの嫌でしょ?特にお姉ちゃんはバッファーだし、ボクは見た目がこんな感じだからみんな守ってあげないとって思っちゃうんだと思う。でもその守ってるつもりの相手から戦闘中は指示されて、戦闘が終わったらダメだしされてってそんなことが続いてたら微妙な空気になるでしょ?」
「つまり要訳すると、美月が委員長タイプってことか?」
「……」
美月は相変わらず汚物でも見るような目で俺を見ている…。やはり見た目通り潔癖なのかもしれない。
「あはっ。面白い言い方するね。その通りの解釈でいいと思うよ」
「それなら大丈夫だ。これでも俺は前作で姫や他のギルドメンバー全員に指示されたり指導されたりしてきた歴史を持つ男だ。それに俺は一人で戦うのは得意だけど、前作以来PTってやったことがなかったから、戦術とか戦略とかってさっぱりで、むしろ指示してくれる方が助かるんだよな。あれ?もしかして俺たち相性最高なんじゃないか?」
「そうかもしれませんね。性格以外は」
「て、手厳しいな…」
手ごわい。もしかすると姫以上に手ごわいかも…。しかしそこで救いの手が伸ばされることとなる。
「んー、そこまで言うなら一度だけ試してみる?」
「美羽!」
「まぁまぁお姉ちゃん。ただし、チャンスは一度だけ。それでダメだと思ったらもう諦めてよね」
「おっしゃああ!!」
思わずガッツポーズが出た。
何はともあれこれでようやくスタートラインに立てたわけだ。あとは頑張って仲間として認めてもらおう。
「これからよろしく頼む。ソードマンの忍だ」
俺は握手を求めて二人に手を差し出した。
「ボクはシルバーナイトの美羽。武器は片手槍と弓のチェンジウェポン、よろしくね」
「はぁ…私は美月。ヒーラーとバッファーのハイブリッドです。『今回だけ』よろしくお願いします」
しかし差し出した右手は完全に空気のように扱われることとなった。世の中のなんと無情なことか…。




