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ボス討伐 Sideセシリア 後

 ボス討伐の当日私は狂刃きょうじんを探した。

 本当に来るのだろうか?

 もし本当にあの『忍』だったら、私はどんな顔をするんだろう。

 そんな余計なことに意識を取られながら噴水の周りで狂刃きょうじんを探し歩いていると、すぐ後ろから声が聞こえてきた。


「ひ、ひめ?」


 私はピタリと足を止める。


 振り返るとそこにはダークエルフの女剣士が立っていた。


 見覚えはない。でもその姿は噂で聞いているから知っている。そしてその呼び名も……。

 私に対してそんな呼び名を使うのは、当時のギルドメンバーか今のギルドメンバーしかいない。


「しのぶ……忍なの?」


 間違いない。きっと彼だ。

 その証拠に向こうも酷く驚いている。

 その狼狽する姿が昔の忍と重なり合う。

 信じたい……そんな彼の姿をみると私の中にそんな感情が芽生えてきた。

 それでも私は仲間の命を預かる身。自分は感情だけで動くことは許されない立場なのだ。

 だからこそ私は彼を睨みつける。彼を『あいつ』の影に重ね合わせて。


「そう……信じたくなかったけどあなたが本当に『あの』忍だったのね。一体どういうつもりなの?あなたの噂は色々と聞いているわ。両手剣を持ったダークエルフの狂刃きょうじん。人気のないフィールドで罪もないプレイヤーをPK(プレイヤーキル)し、つい先日も低レベル帯のギルドを脅迫したそうね」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!それは俺じゃない!IDを確認してもらえばすぐに分かる!」


 彼は必死になってそれを否定した。そんな彼の姿を見ただけでつい信じてしまいたくなる。しかし私にはそれはできない。

 システムウィンドウを操作してID表示にチェックを入れ、彼のIDを確認する。しかしやはりそれは狂刃きょうじんのものだった。


「ID042930(シニクサレ)。やっぱりあなたじゃないの!」


 そう言って私は剣に手をかけた。

 冷静になって考えれば、街中で人にダメージを与えられるはずがないのに。


「酷い!何で!?俺PK(プレイヤーキル)どころか今までずっと一人だったし、このゲームで人と話すのだって姫が始めてなのに!」


 こんなところでそんなことを大声で叫んで恥ずかしくないんだろうか?そういえば彼はいつも全力だった。昔と変わっていないのなら、今は誤解を解くことしか頭の中にないのだろう。


「それにほら!俺の名前!赤くないでしょ!」

「ペナルティーを受けずにPKをする方法なんていくらでもあるわ!」


 モンスターを利用したPK、PK仲間を利用したPK。地形ダメージを利用したPK。挙げていけばきりがない。


「それについ一昨日おととい桜組っていうギルドを脅した件についてはどう言い訳するつもり!」

「桜組?……いやいや、脅してないから!ギルドに入れてもらおうとしただけだって!」

「あなたのような高レベルキャラクターが低レベル帯のギルドに入ろうだなんて一体どんな非道なことをたくらんでいたって言うの?」

「姫の中で俺はどんだけ悪人なんだよ!ほら!これを見てくれよ!どっからどう見ても紳士的だし、変なところなんてないだろ?」


 彼が表示したシステムウィンドウを覗きこむとメールの画面が開いている。一つ一つ読んでも特に不審な点は見当たらない。それどころか桜組のギルドマスターが一人で勘違いしているようにも読める。

それにしても……。


「ねぇ」

「な、何でしょう?」

「メールの履歴がネームレスさんとサクラさんしかないんだけど……」

「ええっと……、今までずっとソロしてたから…かな?」

「もしかして『また』ぼっちなの?」


 そう、彼は晶に拾われて来るまでずっとぼっちだった。それからも初対面の人には気後れするのか、ギルドメンバー以外と交流をはかろうとしたことがない。

 そのことで何度か相談を受けたこともある。

 彼は『あいつ』とは違うのかもしれない。

 一方的に裏切った私がそんな期待をしてしまう。

 しかし、私は自分の立場を忘れていない。表では平静を装いながらも裏ではナイフを突きつけた手を離してはいなかった。



 しかし、ボスとの戦闘が始まれば、そんな考えは簡単に吹き飛んでしまっていた。

 彼は他の討伐メンバーを置き去りにして、まだサブタンカーに接近すらしていないリザードマンガードを無傷で葬りさってしまったのだ。

 全く理解できない……強過ぎる!?

 私たちは彼の強さを見誤ってしまっていたのかもしれない。

 もしあのスピードと反射神経を持って私たちと相対するなら、混戦で掻き回しながらも私たちを全滅へと追い込むことができるのかもしれない……。それほどの飛びぬけている。

 しかし、彼の姿を見ればそんな考えは杞憂であることがすぐに分かった。


 彼はまるでゲームに勝ってははしゃぐ子供のように戦いを楽しんでいたのだ。

 そう、彼にとってこの戦いは生死を賭けた死闘デスゲームではなく、ヴァルキリーヘイムというゲームなのだ。

 そしてそのゲームを彼だけが全力で楽しんでいる。

 敵から大きなダメージを受ければ、私たちはどうしても頭の中を死がぎってしまう。

 だが、彼はボスから大ダメージを受けたというのにその顔には焦りや絶望感というものが全く浮かんでこない。いや、それどころか面白くなってきたと言わんばかりに挑戦的な眼差しをボスに向けている。


 そしてそれは次第に周囲へと伝染していく。

 気が付いたときには今までのボス狩りとは空気ががらりと変わっていた。

 みんながボスとの戦いを純粋にゲームとして楽しみ始めた瞬間だった。

 そこに死に対する絶望感は全くない。

 あるのは如何いかにしてこのボスを攻略していくかという想いだけ。

 みんな結局は根っからのゲーマーなのだ。この世界がデスゲームじゃなければ今みたいにボスとの戦いを楽しんでいたはずの人たち。

 そしてその中にはもちろん私も含まれている。

 この新しいヴァルキリーヘイムの世界に来て戦いが面白いと感じたのは初めての経験だった。

 私たちは今自分たちの命のために戦っているんじゃない。ゲームを好きだから戦っているんだ。

 彼は本当に変わっていなかった。その全力でゲームを楽しむ姿勢……私たちが忘れてしまったもの。


 どうやらこの世界に来て変わってしまったのは私の方だったらしい。

 もうすでに私たちの中で忍がPKだなどと考える者はいないだろう。

 自ら進んで忍の援護をする者まで出てくるくらいだ。

 やがて私たちは忍を先頭に大きなうねりとなってボスを飲み込んでいく。

 そうしてその楽しい時間はボスの消滅とともに終わりを告げていった。


 忍を見ると勝ち誇ったように嬉しそうな顔で笑っている。

 私はこんなに変わってしまったというのに……。

 彼の傍にいれば今みたいに元の私でいられるだろうか?

 それを望んでいる自分に何だか腹が立って来た。

 だからこれからするのはただの八つ当たり。


 私は満面の笑みで忍に近づいていく。

 もう忍を二度と離してしまわないように。

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