ボス討伐 Sideセシリア 前
夕食を終え、時計を見てみればもう21時を回ろうかという時間になっていた。
今日も一日中狩りをして疲れたから早く寝たい。
そんなことを考えていると突然ある人物からプライベートコールの申請が来た。
《『ネームレス』があなたにプライベートコールの申請をしています。承諾しますか?(Y/N)》
こんな時間に一体何の用だろうか。
とはいえ考えられるのは明後日に予定されているボス狩りのことに以外にない。
私は宿屋のベッドに倒れこみながらも申請を承諾した。
「夜分遅くに申し訳ないね。至急相談したいことができたんだ」
「こんばんわ、一体何の用なの?」
「話を始める前にローズさんも誘うね」
ローズ……ローゼンクロイツのギルドマスターだ。彼女を誘うと言うことは十中八九ボス狩りの話だろう。
『ローズ』がプライベートコールに参加しました。
私はベッドから身体を起こして頭を働かせ始めた。
「こんばんは、アポイントメントもなしにいきなりレディーに申請のお誘いを送るなんてあなたにしては少し礼儀を失しているのではございませんか?ネームレス様」
「つまりそれほどの事態になっているっていう解釈でいいのよね」
「こんばんは、申し訳ないんだけどそのとおりなんだよね。二人とも狂刃の噂は知ってる?」
もちろん知っている。PK情報はヴァルキリーヘイムがデスゲームになって以来誰もが最優先に収集する情報だ。現在確認されているほとんどのPKの名前は既に頭へ入っている。
とはいえ、まだゲームが始まって1ヶ月と少し。ユーザーが良質な装備をしているわけでもない現状、PKをするメリットは少なく、PKを確認したという報告も多くはない。
そして彼女はそんな中、何を考えているのか分からないが自分がPKであることを否定するレスをしたことがない。
自分がどう思われているかなんて歯牙にも掛けてないその姿勢すら、不気味さを増長する一因となり、現在のPKの中で最も危険視されている。
「ええ、もちろん知っていますわ。危険人物の情報は常に確認していますもの。確か最新の情報だと桜組とかいう弱小ギルドを脅したという話がありましたわ」
「そうなの?」
それは知らなかった、今日更新された情報だろうか?
「ええ、どうやらそうらしいですわ。それにしてもそのギルドも馬鹿ですわよね。そんな特定されるような書き込みをするなんて殺してくれって言っているようなものですわ」
「匿名で分からないようにしたところで誰にも気づかれないまま消される……それが怖かったのかも……」
そうだ、この世界では死体すら残らない。誰かが死んだところで親しい人でもいなければ誰も気づかないし、誰にも生き返らせてもらえない。
「だから何とか周りに助けてもらおうとSOSを出したのかもしれないわね。それでその狂刃がどうしたっていうの?」
「実は……彼女のほうからボス狩りへの参加申請が来たんだ」
「何ですって!?」
「そう……なの」
ローズが驚いて声をあげるが、私は…何となくそうなんだろうなとは予感していた。
「それで……断ったの?」
「いや、僕は今回の話受けさせてもらおうと思っている」
「正気ですの!?」
ネームレスさんが考えもなくそんなことを言うはずがない。彼は自他共に認めるあの黎明のブレインなのだから。だから私は聞いた。
「まずは理由を聞かせて」
「実は今回で狂刃問題にケリを付けようと思ってるんだ」
「どういうこと?」
「彼女からのメールは至極丁寧なものだったよ。本当か嘘かは分からないけどレベルからスキル構成まで事細かに教えてくれた。ソードマンLV45だそうだよ」
「嘘……でしょう?」
「45って……彼女は確かソロだったはずよね……」
PTで毎日の様に効率的な狩りを行っている私でもシルバーナイトLV38だ。LV45なんてもしかすると全ユーザーの中で最高レベルではないだろうか。
しかもそれをソロで上げられるだけの胆力とプレイヤースキルを有しているとなると……。
「レベルなんてステータスを見せてもらえば確認できるから、そんなことで嘘を吐く意味はないと思うんだよね。それだけソロでパワープレイをしている人間だ。もし彼女がそのままレベルを上げ続け、我々との差がさらに開いてしまった場合、彼女が噂どおりのPKだったとしたら我々は少なくない被害を被ることだろう」
「…………つまり彼女をどうしたいの?」
「彼女が言うには自分とPKとは全く関係がないらしい。それがもし本当なら、これからの攻略に手を貸してもらいたいと考えている。だが本当にPKだったというならこの機会に舞台から退場していただきたい」
「つまり……彼女を殺すのね」
「この中に、自分とギルドメンバーの命と引き換えに彼女を助けたいって考えている人間はいないはずだと認識しているんだけど、違ったかな?」
「その認識で間違ってはいないわ……ねぇ、ローズ」
「……え?えぇ。そのとおりですわ」
ローズの反応が遅れた。何か考え事でもしていたのだろうか。
「何か気になることでも?」
「彼女は一体何の目的でボス狩りに参加したのかしらって考えてて」
「一番考えられるのはボスのドロップの強奪。次に考えられるのは我々のギルドメンバーの殺害。そして一番可能性が低いのが、オークションでのアイテム狙いかな。そしてもしPKだった場合最後の可能性が一番厄介だ。普通に競り落とされてしまっては彼女を裁くこともできないし彼女の強化に手を貸す形になってしまう。だからもし彼女がオークションに参戦してきた場合はあなたたちのどちらかが競争でそれを潰してはもらえないだろうか?」
「分かったわ」「分かりましたわ」
「あとは彼女が妙な動きをするようなことがあったとしても、遠距離アタッカーで集中攻撃すれば今のレベル差なら殺せると思うんだよね」
「もし協力者がいたとしたらどうするのかしら?」
「そうだな……、気配察知のスキルを持っている者に周囲を警戒させよう。そして、彼女が怪しい動きをしたときや敵対者が近づいてきたときのターゲット変更に関する指揮権は3人で持つ」
「なんで?」
「僕だけしか指揮官がいなかったら僕が死んだときは誰が対処するんだい?」
「「…………」」
「もちろん、そう簡単に死ぬつもりはないけどね。あとローズさんには護衛用のタンカーとサマナーとヒーラーを一人ずつ付けよう。最悪ローズさんが死ななければ、狂刃を殺して仲間をリザレクションで復活させつつ撤退を計ることもできる」
「でもそれでボスが狩れるの?ボス狩りはそんな生易しいものじゃないわよ?」
「それは問題ない。彼女が噂どおりの活躍をしてくれればそのままボスを倒せるだろうし、彼女が不穏な動きをすれば、彼女を殺して確実に撤退する。何もボクたちは今回でボスを討伐する必要はない」
「なるほど……ね」
「だからお二人にはギルドメンバーたちに、伝えておいて欲しい。今回ボスの討伐が指揮ひとつで狂刃の討伐にかえられるようにね」
私たちは揃って頷いた。
それから細かい打ち合わせをしてプライベートコールを終えると、再びベッドへと身を沈め、今回のターゲットのことを考えた。
掲示板で狂刃と騒がれているプレイヤー『忍』。
昔の仲間と同じ名前を持つ者。
もしかして彼女はあの忍なのだろうか?
いや、忍はそんな人間じゃなかった。馬鹿馬鹿しい。忍なんてのはよくある名前だ。そんなはずがない。
しかしいくら言葉で否定しようとも私は知ってしまっている。人間が変わっていくということを。
忍『も』変わってしまったのだろうか。
もしそうだとしたら私の所為かもしれない。私がヴァルキリーヘイムの世界に絶望して仲間たちを捨てたから。私が弱かったから。
だとすれば私の手で決着を付けるべきだろう。
自分の手で変えておきながら殺すことを考えるなんて、私はなんと浅ましい女なんだろう。
今の仲間たちのためにそれができる私は最低だな。
今日はもう寝よう……本当に…………疲れた。




