第12話 打ち上げ
え、何この威圧感?まさかスキルですか?それとも隠しクラスで『般若』があるとか……。
なんて馬鹿なことを考えていると姫が口を開いた。
「それで、さっきの茶番は一体何なのかしら?」
怒りを押し殺したかのような声に心が縮こまる。こ、こええぇぇぇぇ…。
「えっと、あの…ですね。俺相場とか全然知らなくて……」
「まぁまぁ姫。忍は昔からよく騙されては変なものを買ってきてたじゃないか」
さすが師匠、ナイスフォロー!……あれ?フォローだよね?
「はぁ…、まぁここで保護できただけでもよしとしましょう。ほら、申請送るわよ」
そう言って姫はシステムウィンドウを操作する。
《『セシリア』があなたをギルドに招待しています。加入しますか?(Y/N)》
もちろんです!イエス、マム!
《『忍』はギルド『イージスの盾』に加入しました》
「これでよしと。それじゃあ、あなたのことをギルドメンバーに紹介するから場所を移しましょう」
姫が再びシステムウィンドウを操作すると、メールが送られてきた。
開いて確認すると……、
タイトル 新規加入者
内容 イージスの盾に新しく馬鹿が加入しました。ボス討伐の打ち上げを兼ねて歓迎会をするのでラクトの町の酒場に即刻集合してください。
これは多分ギルドメールだ。ギルドメールとはギルドメンバー全員に一括で連絡できる便利な機能で、当時もよく集合をかけたりイベントを開催するときなんかによく使われてた。
それにしても……
「馬鹿って……」
「それくらい書いた方がいいのよ。今回討伐に参加したメンバーはある程度事情を把握できてるとは思うけど、第一印象が狂刃のままだったらあなたギルドでもぼっちになるわよ?」
これは姫なりに気遣ってくれているんだろう。うん、きっとそうだ。そうに違いない。
「まぁオークションのやらかしっぷりが広まれば、みんな優しく接してくれるわよ」
え、何その優しさ!?そんな優しさいらないんだけど!?
「さ、それじゃあ酒場に行って打ち上げよ!」
それから姫はボス討伐に参加していたイージスのギルドメンバーを連れて意気揚々と酒場へと繰り出して行った。
「あっと、言い忘れてた」
姫が唐突に足を止めて振り返る。
「へ?」
「その眼帯、似合ってるわよ」
それだけ言うと踵を返して再び酒場へ向かって歩き出した。
あれだけ棘の生えた鞭で叩いておきながらなんて甘い飴を投げてよこすのだろう。
くぅぅぅぅ~~~~~~~!これだから姫の傍にいるのはやめられない!
今度こそ頑張ろう!もう二度と解散なんかさせるもんか!
俺たちが酒場に到着してからそれほど時間が経ってないというのに、すぐに『イージスの盾』のギルドメンバーたちが集まってきた。多い。全部で20人以上は居そうだ。
「みんな集まったわね。それじゃあ紹介するわ。新しくイージスのギルドメンバーになった『忍』よ」
姫に前へと促され、緊張しながらも挨拶をする。
「ソ、ソードマンの忍デス。武器は両手剣デス。近接アタッカーデス。趣味はゲームデス」
「何でそんな片言なのよ……」
「い、いや、こんなに注目されるのって初めてだから……」
「はぁ……、しかも趣味はゲームってみんなそうだから。せめてヴァルキリーヘイム以外で好きなゲームを言うとかしなさいよね」
「えっと、このゲームを始める前まで『鮮血のコロッセウム』っていうVRMMOにハマってました」
それを聞いて一人の男が立ち上って声をあげた。
「お、お前!SHINOBUか?もしかして絶望の拷問人形SHINOBUなのか?」
「えっと……確かにSHINOBUって名前でしてたけど……」
絶望の拷問人形?そんなの聞いたこともないんだけど……。
「何?あなたそっちのゲームでも有名人だったの?」
「え、知らないんだけど……」
「お前……掲示板見てなかったのか?」
男が驚いている。掲示板見ないのはそんなに不思議なことなんだろうか?
「そういえば、自分が狂刃って呼ばれてたのも知らなかったし……」
「あ、いや、攻略板とかは見てるんだけど、雑談板みたいなのはあんまり見てない……かな」
「は?なんで?大事な情報源じゃない」
「……昔掲示板に書き込みしたことがあって、スレの住民に空気が読めない奴キタとかでめちゃくちゃ叩かれて必死に抵抗したんだけど、抵抗するほど中傷が飛んできてそれ以来トラウマに…………」
あれは今思い出しても苦い思い出だ…、だってあいつら一致団結して俺の存在意義を全否定するんだぜ?
「「「……………………」」」
何だか可哀想なものでも見るような目で見られてるんですけど…。
「はぁ…それでそのゲームでは何をしたの?」
姫が沈黙を破ると、男はそのときのことを話はじめた。
「あ、ああ。最初に名前が知れ渡り始めたのがこのゲームが始まる一年だったかな。装備も弱くてプレイヤースキルもないSHINOBUってキャラが闘技場に入り浸ってて、当たったら誰でも勝てるカモだって闘技場常連者の中では常識だったんだ。でも負けても負けても辞めないから、もしかして運営がプレイヤーのモチベーションを上げる為に作り出したキャラなんじゃないかって噂になりはじめて」
「あなたどれだけ弱かったのよ……」
「うぅ……」
「それが、一月、二月と時間が流れるごとに少しずつ勝率を伸ばしてきたんだ。みんな信じられない思いだったと思う。俺だってそうだ。だってみんなゲームがアップデートされるたびにどんどん装備を強化していっているのにそいつだけ全く変わらなかったんだぜ?」
ああ……それは俺が闘技場しかしてなかったからだな。対人戦メインのVRMMOだったのに、狩りしないとLVや装備が変わらないって意味不明な仕様だったんだ。
「それから半年後にはもう廃課金者とタメを張れるようになって、そこから先はまさに悪夢だった。想像してくれ。何ヶ月も前の時代遅れの装備の奴に少しずつ削り殺されるんだ。そこから付いた二つ名が絶望の拷問人形。もう掲示板でSHINOBUに勝ったって話が上がっても完全にデマ扱い。実際に戦ったことのある奴なら、あんな化け物に勝てる人間なんかいないってすぐに分かる。ついには運営が開発したAIが成長してとうとう人間を超えたなんて噂も囁かれるようになったくらいだ」
「それ、本当にあなたなの?」
「多分俺……なのかなぁ?闘技場しかしないから装備とかLVも上がらなかったし、それでも最後の方は負けることがなくなってきて……でも、そんな風に言われていたっていうのは全然知らなかった。ただ戦うのが楽しくて闘技場に通ってただけだったから」
「はぁ……とんだ戦闘中毒ね。つまりそのときの経験が今活来ているってわけなのね」
「えっと、私からもいいですか?」
今度は別の女の子が手を上げた。
「はい、どうぞ」
「忍さんってその……掲示板で噂になってる狂刃の忍さんですよね?どうしてそんな人がうちに?」
「みんな私が旧作のヴァルキリーヘイムをやってたことは知っているわよね?その時独りぼっちでゲームしてた忍を拾ってきたのが我らがサブマスター晶なの。それからずっと世話してやってたんだけど、そのときの縁ね。今回もまたぼっちでやってたから拾ってきたってわけ」
「それがどうしてこのタイミングなんてすか?」
「それはこの馬鹿がボス狩りの一般枠で応募してきたからよ。まぁそれがきっかけてあのときの忍だってわかったんだけどね。ちなみに掲示板でされてる黒い方の噂は全部嘘だから。すぐには信じられないかもしれないけど、こいつログインしてからこれまで人と関わったことすらなかったから」
その言葉を聞いてみんなが暖かい眼差しが俺に突き刺さる。
やめろ……そんな目で俺を…俺を見るんじゃない!。
「今日ボス狩りに参加したメンバーならこいつに関して色々と面白い話を知っているわ。いきなりやらかしてくれたからね。それじゃあ、難しい話はこれぐらいにして今夜は飲んで食べるわよ!」
「「「おおおおおお!!!!」」」
それから宴会が始まった。俺は酒の力を借りて色んな人と話ができた。ボスの話、オークションの話。俺の拙い話を聞いてくれてツッコミを入れてくれる人もいた。俺はリアルでもこういった場所に呼ばれたことがなかったからはしゃぎにはしゃぎまわった。
本当に姫の傍は暖かい。俺が求めて止まないものが全部ある気がする。
それから俺は旧作で一緒だった仲間たち、そして今作で新しく仲間になった人たちと酒を交わしながら今ここにいることを感謝した。
できることならこの夢が醒めませんように……。




