第1話 きっかけ
VRMMOヴァルキリーヘイム。VRMMOの中でもよくあるファンタジー世界の戦争を売りにしたかなりメジャーなタイトルだ。
始めたきっかけはよく覚えていない。ただ俺は子供の頃からゲームが好きで、いつの頃からか現実で面識のない人たちと遊ぶことのできるネットゲームに酷く惹きつけられていた。
初めてネットゲームにログインしたとき、家庭用ゲームと比べてクオリティの低さに愕然としたものだ。そして他にやるゲームもなかったため、右も左も分からないまま「こんなものか」とただだらだらとLV上げをしていた。
もし当時、面白い家庭用ゲームのソフトが出ていたら、俺はすぐにやめていたことだろう。
それから俺は町中で親切な人に拾われることになる。全く別の年代、別の場所、別の生活を送っている人の話は新鮮で、面白くて、あっという間にネットゲームの魅力に引き込まれていった。
そしてその人は初心者の俺に対して親切にゲームのレクチャーまでしてくれ、当然の流れとして俺はその人のギルドへと入り、ネットゲームの世界へとどんどんのめりこんでいくこととなった。
そこは俺にとっては間違いなく天国だった。
現実に生き甲斐を見出せず、人との繋がりを持てないでいた俺をみんなはいつも求めてくれていた。毎日のように仲間と共にフィールドを駆け抜け、敵を倒し、イベントに参加し、戦争にも参加した。
ギルドマスターは女性だったが、正義感に溢れ、レベルの離れた俺のような初心者にも時間を割いてLv上げに付き合ってくれたりする本当に優しい人だった。
後から知った話だが、ギルド内に異性がいたりすると色々とゴタゴタすることが多く、最悪の場合にはゲーム内の粘着が始まったり、ギルド内恋愛の末破局したりなど、それらがギルド崩壊の原因へと繋がることも珍しいことではないらしい。
しかしギルドマスターの女性はギルド全員から慕われていて、俺の知る限り最後までそんなイザコザは一切見られなかった。
しかしネットゲームの世界で正義を貫こうとするならば大きな力が必要である。
当時ただギルドメンバーたちと遊んで楽しんでいただけの俺たちには残念ながらそれがなかった。
それを痛感したきっかけはPKだった。
ギルドマスターは、俺たちのギルドと同盟関係にあったギルドのメンバーが云われない理由を付けられ、目の前でPKされるのを目撃した。
それから俺たちとPKしてきたギルドとの戦いが始まった。相手はトップクラスの戦争ギルド。今にして思えば勝てるはずがなかった。
それでも俺は少しでもギルドの役に立ちたくて戦線へと出撃した。
その戦いはかなり一方的なものとなり、俺たちは何度も殺されては死亡ペナルティーを受けて経験値がどんどん失われいき、もはや何回レベルダウンしたかも分からなかった。
ギルドの中で最もレベルの高かったナイトマスターの人も、俺を拾ってくれたエレメンタルサマナーの人もあっけなく死んでいった。
それでも俺たちは正義の名の下戦い抜いた。
どうなって決着となったのかはよく知らない。だが戦いは確かに終わった。おそらくギルドマスターが何らかの形で敗北を告げたんだと思う。
それからギルドマスターはネットゲームの不条理さに絶望し、俺たちに自分の持っている全てを託してゲームから去っていった。
ギルドマスターがいなくなり、ギルドが解散することになるまで時間はかからなかった。
ギルドメンバーのほとんどがマスターの後を追うかのようにゲームをやめていったからだ。
それでも俺にはネットゲームしかなかった。
あのとき俺がもっと強かったら……そんな想いから俺はひたすら強さを求めてゲームするようになった。
しかし、ネットゲームというものはリアルマネーをかければかけるほど飛躍的に強くなっていく。親のすねかじりである俺がそんなにお金を自由にできるはずもなく、俺の装備は周りと比べても平凡そのものでしかなかった。
VRMMOが出始めたのはちょうどその頃だ。
次世代のMMORPGということで俺はすぐに飛びついた。
しかしそこでもリアルマネーの力は偉大で、一対一の対人戦を楽しめる闘技場では、課金によって強化され尽くされた装備で身を包んだ相手に、一方的に嬲り者にされるしかなかった。
装備の違いだけで負けていたのかと言うともちろんそれだけじゃない。俺は他のプレイヤーに比べてプレイヤースキル(プレイヤーとしての技術)も大きく劣っていることを実感していた。
俺は格闘経験者でもなければ剣道の有段者でもない。得意なものはゲームだけ。
VRMMOのプレイヤースキルは現実の身体能力や反射神経、それに経験に大きく影響を受けるらしい。だから現実で運動の苦手な俺がプレイヤースキルで勝てないのも当然のことだった。
しかしそんなとき見つけたのが一つの神動画だった。それは闘技場の対戦動画で、裸同然の貧相な装備の男が課金で強化され尽くした相手を素手で一方的にふるぼっこにするという内容だった。
装備差は歴然で、裸の男がいくら攻撃を入れても相手は怯みもしない。だというのにその裸の男はノーダメージで相手の攻撃を回避しつつもコンボを次々と決めていく。
それはまさしく神動画であった。
その動きはプロの格闘家といえるかといえば全くそんなことはなく、どちらかというと格闘ゲームに登場するキャラクターのような動きをしていたのだ。
目から鱗が落ちた瞬間だった。
VRMMOとはいえ、これはゲームなのである。
VRMMOで現実の戦い方を真似る必要なんてなかったんだ。ゲームのように自分の身体を操作できるようになればいいんだ。
それが分かってからというもの俺はLv上げもせず、ひたすら闘技場に通いつめた。
最初の一ヶ月は全戦全敗。他のプレイヤーからしたら完全にボーナスキャラだ。
毎日のように心が折られる。
次の一ヶ月では、相性がよく、あまり慣れていない相手に対してようやく勝ちを拾えるようになっていた。
その頃から、あらゆる格闘ゲーム、アクションゲーム、バトルもののアニメや漫画を見てさらに研究を積み重ねた。
少しでも勝ちを拾えるようになったおかげでどんどんモチベーションが上がっていく。
そして半年後にはついに勝率が半々になっていた。
ちょうどそのときだった。VRMMOで当時俺がプレイしていたヴァルキリーヘイムのリメイク版が開発されているという話を耳にしたのは。
俺が初めてやった思い出のネットゲーム。
この頃の俺はもう闘技場に夢中で、昔のギルドのことなんて引きずってはいなかった。
むしろネットゲームに長く漬かってしまっていた俺は、力のない者が何も得られないことに納得してしまっていた。狩場も、ドロップも、名誉も、ボスに挑む権利さえも。
それでも昔を懐かしむ気持ちがなくなったわけではない。
それに今の俺がヴァルキリーヘイムの世界でどれだけ通用するのかも知りたかった。
もちろん当時敵対していたギルドとまた戦えるようなことはないだろう。
それでも試してみたい。
だから俺はそれを耳にしたさらに半年後の今現在、ヴァルキリーヘイムのオープンベータへと申し込み、VR機にダウンロードしてゲームを起動した。
Login…….
ゲームが起動すると懐かしの音楽が流れ始める。
「オープニングの音楽は元のまま使っているんだ」
懐かしい気持ちがこみ上げてくる。
背景も当時の映像をVRで作りなおしたものだ。
目の前にシステムウィンドウが開き、ゲームスタートとキャラクタークリエイトの文字が浮かび上がって点滅を始めた。
キャラクタークリエイトの文字へと指を持っていきそっと触れる。
すると、眩い光の中、目の前に羽の生えた美しい女騎士が現れた。