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9 たぶん、12時でおしまい。

 なにも言えないでいる俺を尻目に、彼女は淡々と続けた。

 

「彼の誕生日が5月25日でね。でも彼は2週間の出張中。ま、よくあることよ。そんなことじゃへこたれません。

 ただ、夜中の日付が変わるときに、急にケーキが食べたくなってね。コンビニに買いに行ったのよ」

 こっちでも、コンビニ増えてきているみたいね。2011年には街に3つも4つもあるわよ。そういって彼女はクスリと笑った。

 

「信号のない商店街の道路でひき逃げされちゃった。ついてないわよね。300円ほどのケーキが食べたかったおかげで、死んじゃうなんて」

 正確にはまだ死んでないんだけどね、と彼女はペロリと舌を出した。

 

「それで?」

 俺は自分の声が、どこか遠くから聞こえているような気がした。

「それでね、気づいたら遼クンの下宿の前だったのよ」

 俺はすっかり黙ってしまった。

 そのかわり彼女が話し続ける。

 

「クレジットカードも、銀行のカードも使えてね。期限の切れたカードはダメだけど、期限がまだ来てないカードは使えるのかしらね」

 楽しそうに彼女が笑う。

「そんなわけで開店と同時に、百貨店でこの洋服を買っておめかししたの。あわてて買ったわりにはいいでしょ?」

 

「遼クンの洋服も買ったわよね。あ、使えるお金でその洋服買ったからね。朝になっても消えないと思う。大事にしてね」

 

「食べたかった焼き林檎も食べたし。実はもう閉店しちゃったのよ、あのお店。前の彼女と来たんでしょ、なんとなくわかるのよね、オンナの勘ってやつ。だから一度行って見たかったんだ」

 

「指輪も選んでもらったし。うれしかったなぁ。選んでもらった指輪をはめてもらうときなんて、真っ赤な顔してるんだもん。笑いをこらえるのに必死よ」

 練習しなさいよ、これからも必要になるかもよ、と笑いながら彼女が言う。

 

「何故ここに来たんだ? どうやって?」

 俺は声を振り絞った。

 

「さあ、わからない。

 彼がベッドに駆けつけてくれて、必死で呼んでくれるんだけど、どうにも意識が戻らなくてね。

 一日で良いから彼と一緒にいたい、彼に伝えたいことがあるの。そうやって何度も何度もお願いしたら、気がついたら、遼クンの下宿の前だったのよ。

 神様って本当にいて、最期の願いは叶えてくれるのかもしれないわね。信ずるものは救われる、よ。遼クン」

 

「これからどうなるんだ?」

 

「うーん、2011年に戻って死ぬんじゃないかなぁ。わかんないけど。

 それで、遼クンの記憶を消してくださいってお願いしておくから、きっと、遼クンの私に関する記憶は消えると思うわよ。たぶんね」

 

 買った洋服はどうなるのかなぁ。朝起きて、見たことないホテルの一室で、見たことない洋服着ていたら、ホラーよねぇ。

 のんきに彼女は呟いている。

 

 もうすぐ12時になるわね、と彼女が言う。

 たぶん12時でおしまい。

 だからね、

 

「最後にこれだけは言っておきたかったの。

 本当は入社して、初めてあったときから好きだったの。

 結婚してくれてありがとう。

 私が好きになっていくのと同じように、あなたも私を好きになってくれているのも解ってた。

 楽しいときをありがとう。

 言葉が足りなくてごめんなさい。

 大好きでした」

 

 

 そういって、彼女は消えてしまった。

 そしてそこから俺の記憶も途絶えた。

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