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3 「だって、私の若作りにも限界があるじゃない。」

 ドアのノックの音で目が覚めた。

 

「……遼クン……起きて……」ためらいがちな声。

 うわっ、まずい。あのまま寝てしまったようだ。

「はい! すぐいきます」

「……よかったぁ、通りで待ってるから、支度できたら来てね。急がなくて良いから」

 潜めた声でささやくように言った後、階段を降りていく音が遠ざかっていった。

 

 お袋に電話できなかったな。

 俺は慌てて着替えを始めた。

 

 

「ゆっくりでよかったのに」

 そう言ったのは昨日のオバサン……というか、いつもはこんな感じなんだろうな。朱色のベレー帽をあみだにかぶってさりげなくおしゃれだ。薄い緑のカーディガンが似合っている。茶色のスカートと靴もなかなか。自分に似合う格好がわかっている感じだ。

 顔は美人ではないけれど、愛嬌のある顔……といえばいいかな。丸顔で童顔だけど、それがかえって今日は30代くらいに見える。

 昨日は暗がりだったから老けて見えたのか?

 

「昨日は情けない格好だったもんね。これなら一緒に歩いてくれる?」

 駅前のマックで俺はハンバーガーにかぶりついていた。

 そういえば、俺は朝から鏡も見てないような……ちょっと申し訳ない気さえしてきた。

「……どこにいきたいんですか?」

「んー、あのね、まず確認ね。今日かかる費用は全部私が払う。誘ったのはこっちだし、年上だし、親戚だしね。それでいいよね?」

 

 このハンバーガーを買うときに揉めたのだ。

 電車賃などは出してもらっても良いが、俺だけが食べるマックまで払わせるのはおかしいだろう。

 しかし彼女には払いたい思惑があるようだ。

 なんだ、それは? 何を企んでいる?

 

 俺が黙っていると、彼女はもう一度念を押した。

「決まりね、遼クン。文句は聞かないからね」

 俺が諦めて軽く頷くと、彼女はふわっと笑いながら付け足した。

「今日が終わるまで種明かししないし。諦めて、ね」

 口に付いたケチャップを拭いながら、俺も苦笑いするしかなかった。

 

「それじゃ、腹ごしらえもできたし、つきあって欲しいところがあるんだけど」

 と、連れてこられたのは、なんと百貨店だった。

 百貨店なんて殆ど入ったことがない。母親のお供で何度か入ったような記憶があるだけだ。一人暮らししてからは足を踏み入れたことすらない。

 かるがものように後ろをついて歩いていたら、急にシャツを顔に押しつけられた。

「コレ、コレがいいと思う。御試着お願いします」

 って、誰に言ってんだ? 俺か? 俺が着るのか?

「あの上にベストがいいんですけど、似合うのあります?」

 試着室のドアの向こうから、店員と話している彼女の声が聞こえる。

 艦長、これはドッキリなんでしょうか?

 

 俺は結局、グレイのズボンと、チェックのシャツと、白いベスト、そして茶色の革靴まで買うことになった。もちろん彼女の支払いで。

 買ってもらう理由がないと、何度も何度も拒否をして押し問答を続ける俺に、彼女は涙ぐみながらこう言ったのだ。

「だって、私の若作りにも限界があるじゃない。そっちからも歩み寄ってくれなくちゃ、デートにならない!」

 

 

 そういうわけで、俺は愛用の古ぼけたトレーナーと、膝が出てくたくたになったジーンズ、しばらく洗ってない年季の入ったズック靴の入った紙袋を渡され、かなりげんなりしていた。

「高かったんじゃないのか?」

 店員を前にしての激しい押し問答の応酬の間に、何とか保っていた敬語も消えてしまった。

「ブランドものっていうわけじゃないし、安くて遼クンに似合いそうなもの、探すの得意なのよ」

 得意げに彼女が言う。

 ん?なんか引っかかったぞ。探すの得意?

 

 言い掛けた俺の言葉は、彼女に遮られてしまった。

「でもなんか足りないのよねー、と思ってたんだけど、コレよ、コレ。これかぶってみて」

 ニンマリしながら彼女が差し出したのは、なんとハンチング帽。

「こんなのかぶれっていうのか?!」

 俺は自慢じゃないが、野球帽しかかぶったことがない。なんの拷問だ、これは! こんな格好して歩いているところを誰かに見られたら……。

 

「遼クンはコレが似合うのよ。あたしに任せなさい。ホラホラ、鏡見て」

 やけにきっぱり言い切る彼女は何を考えているのだろうか?

 

 ……確かに似合っている。今までは目を反らせていたが、洋服もそれなりに似合っている。

「ふふーん、いいでしょう?コンセプトは英国紳士よ。ニッカボッカ、買っちゃう?」

 

 ……もう、どうにでもしてください……。

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