推理小説
「名探偵なんて存在しないわ」と彼女は言う。物語に登場する名探偵達は、その行く先々で殺人や誘拐事件等、様々な解決が困難な事件に出くわし、幾度も命の危機に晒されながらも、最終的には見事犯人を挙げて見せる。「・・・ってそんな訳あるかぁ~」っと彼女は言うのだ。もちろんあの世界的に有名な某英国紳士の名探偵や八墓村や犬神家の事件で知られるあのボサボサ頭の名探偵、そしてそのお孫さん等等のことは、全てが物語であり、フィクションであり、妄想であり、幻想である。あくまで彼ら名探偵は物語の主人公として、我々凡人達の知的好奇心を満たしてくれているのであって、それに対して「なんで名探偵は行く先々で必ず何らかの事件に出くわすのか?」とか「いつもいつも事件が密室殺人や全員にアリバイがあったりと難解なのか?」などというくだらない上げ足をとるような輩は、そもそもこういった推理小説を読むべきではないのだ。そんな輩は、名探偵が温泉旅行に出かけて何事もなく、翌日にはお土産を買って帰宅するという小説でも読んでいればいい。・・・ねえよ。
「名探偵が事件に出くわすのは物語の最低構成要素。事件が難解なのはその方が物語として面白いから。事件が起きて三ページで解決してしまったらつまらないじゃない」
それならいったい何が不満なのか?
「理由」
・・・現象には全てに理由が付きまとう。例えば私がこのノートパソコンを全力で殴りつけて、ノートパソコンが壊れて手に怪我を負ったとする。なぜノートパソコンが壊れたのか、私が全力で殴りつけたから。なぜ手に怪我をしたのか、パソコンを全力で殴りつけたから。ではなぜ今本当にノートパソコンを殴りつけなかったのか、ノートパソコンを殴りつける理由がなかったから。
「名探偵はなぜ事件を解決しようとするの?」
名探偵だから。じゃダメ?
「不十分だわ。そもそも殺人という行為はリスクの割にリターンが少ない、いいえ、リターンなど皆無である行為。そうでしょ?人を殺したって、残るのはその人が死んだという事実だけ。一方その代償は、人を殺すための多大な労力にその後受けるであろう厳しい社会的制裁。そして人を殺したという罪を自らが死ぬまで、いえ、死後も残した家族が背負っていかなくてはならなくなる。だからみんな殺さないのよ。それでも人を殺すような人は、はっきりいって異常者ね。常軌を逸している。頭がおかしいのよ。もはや人間ではないと言えるわ。人外よ」
なんだか話がずれていませんw?
「いいえ、ずれてないわ。つまりね、名探偵がそんな人外を相手にしてまで事件の解決に乗り出す理由が見つからないのよ。相手は異常者よ?人の道をはずしちゃってる相手よ?そんなのを相手にしてって・・・完全に命がけじゃない。下手すれば自分だって殺されかねないのよ?そうまでして事件を解決して名探偵が得られるのは何?たかだか知的好奇心のためだけに命をかける普通?そんなの異常者よ。納得いかないわ」
ふうん。それならば君ならばどうするんだい?200を超えるIQをもつ天才、桜花ちゃんなら。
「何もしないわ。何もしない。ホントになーんもしないわ」
そんなに繰り返さなくても・・・
「事件に巻き込まれる可能性、これは否定できないわ。だってこれも駄作ながら小説だものね」
駄作って・・・orzっていうかこれが小説だっていうことを、登場人物、っていうか主人公が知っていていいんですか!?そしてその前の僕の一行については完全にスルーなのね!?確かに取り方によっては僕の独りごとにもとれなくない文ではあるけれど、あえてハッキリと明言しておく、あの一行、僕はそんなに何もを繰り返すことないぞと君に意見したんだ!!
「・・・登場人物の一人ですらないあなたに意見する権利はないわ」
!?登場人物じゃなかったんですか!!自分!?
「あなたは完全に物語の外よ」
ちょっと待ってくださいよ!!自分にも少しくらい出番が回ってくる余地は・・・
「皆無よ。そもそもあなたの台詞には「」付いてないじゃない」
orz
「とにかく。私は自分が殺人事件に巻き込まれたからって、命をかけてまで事件を解決しようだなんて思わない。命をかけて事件を解決したところで得られるのは精々、関係者からの感謝の言葉と警察からの僅かばかりの謝礼ってところでしょ。私の命はそんなもので賭けられるほど安くないわ」
し、しかし我々人間には知的好奇心が・・・
彼女は意地悪そうに微笑んだ。そして彼女はこう続ける。
「名探偵は存在しないわ。クスクス。好奇心は猫を殺すから。クスクス」