第9話 「送り出されるのは決定事項ですか」
美形さんのカリウスと別れ、戻った部屋はなんだか騒がしかった。
「どうした?」
ひょい、と覗き込むと、狭い部屋の中にロクレアと若い神官と他何名かがひしめいていた。
「あ、梨緒。お帰り」
暢気に迎えてくれた漣とは対照的に、他の面々の表情は硬い。
「ただいま。何があった?」
とりあえず、漣の横に滑り込んでロクレアに尋ねる。
「ティアノームに魔物が現れました」
彼女の青い眼が不安げにゆれている。
「距離は馬でほぼ五日。小さな集落がある程度の山岳地帯。今のところ被害は軽微だが、王都に討伐・救難依頼が来た。魔物の詳細は不明で、複数体の獣型」
多分、私がいないうちに色々と質問をしたのだろう。漣が情報をまとめてくれた。
「で、僕らの出番……なんだろうね。本来なら」
漣が腕を組み、目を細めた。
「ゲームでいうならチュートリアルを兼ねた初戦、か。神殿側としてはどうなんだ?」
出てくるのが雑魚とは限らないが、神官たちを見る限りでは、行くことを期待されているような感じだ。まあ、そうでなければ飯を出して寝床を提供する意味など無いだろう。
「召還から間も無くの実践という形になってしまいますが、幸い遠隔地への旅となりますので、私も同行し、道中戦い方をお伝えいたします」
ああ、ケイロム居たんだ。今ひとつ存在感が無いな。
「送り出されるのは決定事項ですか」
小さな呟きだったが、漣と向かい合うように立っていたロクレアには聞こえたようで、少女の背筋がびくりと震えた。
「……私も、ご一緒します。戦う力はありませんが、フォウンフォーヴ様の声をお伝えすることならできるかもしれません」
健気で可愛いんだが、言っている内容は足手まとい以外の何物でもない。そう言えば、神様というのは他世界から拉致した私たちには何も言うことはないのだろうか。大いに遺憾の意を表し、謝罪と賠償を求めたい気分なんだが。
「いや、ロクレアみたいな女の子を戦場に連れて行くことはできないよ。大丈夫。僕らで何とかするから、ここで待っていて」
私も女の子なんですけどねー、と喉元まで出かかったが、やめた。
漣の視線が、話しながらもこちらを向いている。律儀に色目を使わないという約束を守っているのだろうか。いや、違う。彼の眼が、『任せて』と告げている。
「でもっ」
なおも引き下がろうとするロクレア。
「君はこの神殿の巫女だろう。僕らよりも、神託が必要な人たちのために祈っていて欲しい。」
この世には何も言わせない笑顔、と言うものがある。たとえ彼の喋る内容がどれほど意にそぐわなくても、その神(前の世界の神様だろうが)に愛された笑顔の前では正しいような気がしてしまうのだ。ある意味魔法よりも恐ろしい。
「は、はい……」
ほらな。
「それじゃあ、旅支度の前にフェルナンド殿に挨拶に行きましょう」
とりあえずの話は決まったようだ。魔物討伐か。どんなのが出てくるんだろうか。イメージ通りであれば、狼みたいなのとか、ゴブリンみたいなのが出てきそうなところだが。生物斬るのは少し気が引けるな……。
「そう言えば、防具とか要らないのか?」
歩きながら漣に尋ねる。
「正直必要性を感じないね。不安なら隙を見て作ったっていいけど……ケイロム殿、魔法で防御を行うことはできますか?」
突然話を振られたケイロムが、慌てて横に並ぶ。
「可能です。魔力を身体に沿って纏わせ、衝撃や熱などに対応するよう属性を編み込めば。ただし、かなりの高等技術です」
属性を編みこむ、か。プログラミングみたいなものなのかな。だとすれば、それこそ漣の畑だ。理詰めで行える作業であれば、彼は誰にも負けないだろう。
「なるほど。編みこむというのは……」
二人が話し込む。こういう時、私は少し疎外感を感じる。昨日までの世界でも、頭のいい漣は進学クラスの生徒と話すことがあり、残念ながら脳筋の私はそれについていくことができない。私は漣のパートナーとして、彼と同じ話題を持つことができないでいる。もちろん、漣はそれに気付くとすぐに私を優先してくれるのだけれど。
「……それじゃあ、縦糸と横糸になぞらえると、先ほどきいた第三種呪形というのは布を突き刺す方向にもう一本の属性を付加してやる、ということなんですね?」
漣の質問に、ケイロムが素直に「そうです」と賞賛の視線を向けている。教えやすい生徒なんだろうな。
今日の漣は私の方に来てくれない。恐らく、『戦う力』を得ることに必死なのだろう。それでいい。ここで都合を後回しにして私の方に来る男なら、安心してついていくことなどできない。
それでも、手持ち無沙汰になった私は、後ろを歩くロクレアに話しかける。
「今日はフェルナンドさんは?」
ぼーっと歩いていたロクレアは一瞬きょとんとしたものの、慌てたように私の近くまで早歩きする。
「総主教様は執務中かと思います。朝から、面会の予定があったようですから」
なるほど。組織のトップが毎日私たちにかまっている暇は無いか。
「ご出立には立ち会われると思いますけど」
そう言うロクレアの表情が少し暗い。うちの恋人様も罪な男だね。こうやって色々なところに待つ人を作っていく。
「ごめんね、梨緒。退屈だったでしょ」
「うひゃっ」
突然話しかけられて、背中の変な筋肉が攣った。
「終わった? 私は気にしてない」
それだけ伝えてやると、漣は頷き、微笑む。
「ケイロムの同行も断っていいかもしれないな」
ぼそりと小声で呟いた漣に、私は思わず周囲が聞いていないかを確認した。
「まさか、もう?」
幸い、誰も先ほどの発言を耳にした者はいないようだった。まあ、聞かれたとしても何とでも言い訳はできるんだろうが。
「大体ね。裏技やコツみたいなものはまだ有るんだろうけど、僕の持っているものだけで力押しはできそうだよ」
屈託無く笑う彼氏に、もう呆れに近い賞賛を覚えた。
「そうか。流石は漣だな」
他にどう言えばいいのか。人に誇れるとよいのだろうが、生憎とまだ彼はその力を隠していく心積もりのようだ。