第5話 「……さて、鬼が出るか蛇が出るか」
私の眠気が募り、敗れ、一周して爽やかに目覚めたころ、ようやく講義は終了した。
連れはあれやこれやと質問しては頷いていたようだが、私の意識は七つの月の彼方に有った為、詳細は知らない。どうせ漣に聞けばいいやと言う甘えもある。
「それじゃあ、早速今から調べていただけますか? 僕の力とやらを」
漣がそう言って立ち上がると、フェルナンドもそれに続く。
「それでは、用意させましょう」
彼の目配せに答え、広間の扉が開く。何人かの司祭によって運ばれてきたのは、お約束の水晶球だった。
「このように、手をおかざしください。レン殿の力を示しましょう」
フェルナンドが手をかざすと、水晶球の中に白い炎がぼう、と燈った。
「綺麗……」
思わず呟いた。燭台の炎のみで照らされた室内に、その光は優しく、幻想的に揺らめいていた。
「私の力の大半は癒しと導きの力です。ゆえに、白い灯火の形をとっております」
なるほど、と二人して呟く。
「神の力に近ければ白く、精霊の力を宿すものはそれぞれの精霊の宿す色が、また身体の強いものは水晶そのものが金属のように光沢を帯びます」
説明を聞いているのかいないのか、レンがさっさと歩み寄る。もう少し勿体振った方がありがたみがある気がするのだが。
「……さて、鬼が出るか蛇が出るか」
こともなげにふわり、と水晶に手をかざした。胸騒ぎがした私は腕で目を覆う。そして恐らく神官たちが水晶を見つめた瞬間、強烈な閃光が辺りを浮き上がらせた。
銀色の光に目を焼かれた神官たちが悲鳴を上げる。
「な……これは……まさかこれほどの?」
目を背けているため声しか聞こえないが、フェルナンドも焦っているようだ。まあ、そうだろうな。このチート人間がこんなお約束イベントやったら、結果は見えている。
チート×チート=バグ。
「梨緒、また失礼なこと考えてない?」
「当人は意外と余裕なんだな」
むしろ面白がっている声だ。それにしても、目を隠しているのにどうしてわかるのだろう。
「大体こんなもんじゃあないかと思ってたしね。ところで、銀色って言うのは何なのかな?」
淡々と尋ねるレンに、フェルナンドが叫ぶように答える。
「銀色は、純粋な魔力です! 何物にも属さないゆえに、何物にもなりえる。理論上は存在するとされておりましたが……まさか、本当に」
彼の声はそこで掻き消えた。耳障りな音を立て、水晶が砕け散ったからだ。
「おお……」
感嘆とも驚愕とも付かない呻きが周囲から漏れた。
「おっと、壊してしまった。でも、僕のせいではないですからね。安全装置くらい付けておいた方がいいと思いますよ」
私を破片からかばうように立ちながら、漣。
「なんにせよ、これで僕が魔術師タイプなのは決定のようですね」
ニコニコと笑いながら言う漣と、畏敬の眼差しで見つめる神官たち。そして、あー、やっぱり蕩けそうな賞賛の目で見てるのが、ロクレア。
「凄いですっ! レン様……流石は勇者様ですっ」
興奮したのか、抱きつきそうな勢いで駆け寄ってくる。
「おっと、こっちは危ないから来ないほうがいい。怪我するよ」
それをやんわりと制し、勇者は神官たちに向き直った。
「次はこれを戦う力に変えないとね……」
そう言いながら、居並ぶ神官たちに視線をめぐらせる。
「君、僕に魔法を教えてくれませんか?」
視線の犠牲者は、やせ気味の神官。ようやく水晶崩壊のショックから立ち直ったフェルナンドが目を細める。
「ほう、よくケイロムが魔術師だとお分かりになりましたな」
質問には答えず、漣が先を促す。ケイロムと呼ばれた神官が一歩前に出て、跪いた。
「それでは、明日からレン様には魔法をお教えいたしましょう。ケイロム、よいな?」
もちろんですと答え、ケイロムが腰を折る。
「あ、いやいや。折角だから今さわりだけ教えてくれませんか。後は自習しときますから」
そういって顔の前で手を振る恋人の笑顔に、私は感じるものがあった。
「……何たくらんでる?」
小声で尋ねるが、彼は答える代わりにチラリ、とこちらを振り向いた。その満面の笑顔に、私はため息を付く。
「もちろんそれは結構ですが、魔法は一朝一夕で習得するものではございません。このケイロムも、生まれたときより素質を見いだされ、神殿一番の使い手になるまでに気の遠くなる修練を積んでおります。先は長いですし今夜はお休みになられては?」
フェルナンドがふぉふぉ、と笑いながら割り込んだ。この人もこういうところが凡人だな。悪人ではないんだろうが、本質が見えていない。
「ああ、わがままを言うつもりは無いんですけどね。どうすれば魔法が使えるのかと言う興味でして」
頭をかきながら、ケイロムの前につかつかと歩み寄る。生来の天才が運動靴で歩くたび、床の小さな破片が砕ける。
「それでは、簡単な光の魔法を…………」
立ち上がり一礼したケイロムが集中すると、彼の目の前に小さな光が生まれた。すぐに消えることも無く、彼の意思のままに空間を飛び回る。
「まずは光が灯せるようになれば、あとは炎も風も水も、その応用でございます。身体の中の魔力の流れを読み取り、自らの外へ押し出すように思い浮かべてください」
言いながら、、ケイロムは光を大きくしていく。ピンポン球から野球のボール大へ、そしてバレーボール程度まで大きくし、彼は光を消した。
「呪文なんかは要らないんですね」
私も思った。
「思いを強固にするため、言葉を媒介にする魔術師はおります。しかし、本来魔法を使うのに言葉は必要ありません」
なるほど。結構ファジーなんだな。
「見事なものですね。ご教授有り難うございます。それではお言葉に甘えて、今夜は休ませていただきたいのですが」
目を細め、漣が言う。何かを掴んだ顔だ。もう攻撃魔法の一つや二つぶっ放せる顔だ。
「宿舎の一室をご利用くだされ。梨緒殿も。不慣れな地でお疲れでしょう。後ほど夕食をお持ちいたします」
そうして通された部屋は、なるほど神官たちの宿舎らしく、個室ではあるものの殺風景で質素なつくりだった。漆喰で塗り固められた八畳程の空間に、簡素なベッドと机が据えられているのみである。まあ、天蓋付きのベッドなんぞ出てきてもとてもじゃないが眠れないが。
「むさくるしい所ではございますが、どうぞごゆっくりお休みくださいませ。何かあればロクレアにお申し付けいただければ結構です」
神官たちは綺麗に揃った礼をすると、撤収していった。
「ロクレアはどうするんだ?」
気になって尋ねると、少女はかすかに頬を染めて微笑んだ。
「お二人の隣の部屋をあてがわれております。もしよろしければ、この国のお話など、させていただきますが」
それはそれで聞いておいたほうがいいんだろうけど……。眠いなぁ、と漣を伺えば、彼も何故かこちらを見ていた。
「いや、連れが疲れているようなので遠慮するよ。その話は後日ゆっくり聞かせて」
話が脱線した上でなし崩し的に二人っきり的なシチュエーションを狙ってのことだろうが、巫女による篭絡ルートは残念ながらもうへし折れている。
ロクレアもお休み、という漣の言葉に大人しく従い、ロクレアが退出する。
「さて……これで始められる」
恋人が薄い笑いと共に腕をかざすと、世界が音を失った。