第17話 「ああいうの、好きだろ」
「まさか、戦闘中に新しい魔法術式を構築している!?」
ケイロムが今度は杖を取り落とした。うん、見てて飽きないリアクションの人だな。
「いつでもいけるよ」
にっこりと笑った恋人が私の刀に指を沿わせると、白い指先が撫でた箇所から光が溢れ、刀身を満たしていく。
「触り方がエロい」
反射的に茶化してみれば。
「梨緒にだけだよ」
耳元で囁かれた。
「それじゃ、はじめようか」
漣を巻き込まぬよう、背中合わせに立つ。ぴったりと合わさった布地越しに、彼の鼓動が伝わる。彼にも、私の呼吸が伝わっているはず。刀を正眼に構え、私は叫ぶ。
「伸びろ! 安綱ああああぁ!」
ばしゅん、と言う音と共に、柄元から光の奔流が噴出した。
光になった童子斬りの刀身は、おおよそ二十メートル程に届くだろうか。伸縮に反応できなかったキューブが、刺し貫かれて崩れ落ちた。不思議と重さは変わらない。ただ、何かを噴出しているような暴れる感覚が、私の両腕に伝わる。
「ケイロム、伏せろ!」
一応親切で叫び、刀身を引き上げた。
「喰い千切れ、安綱!」
舞踊のステップを踏むように、体重移動を円形に捌いた回転。漣があわせて動いてくれるのを感じながら。
身体を先に、刃はついてくるように。腰を落とし、降ろしきった切っ先を今度は逆に立ち上がりながら跳ね上げる。
「何と!?」
地面に伏せたケイロムの、くぐもった声が聞こえる。
薙ぎ払われたキューブたちが、一拍遅れて土に還った。
ついでに、張り出していた岩石がいくつか、まるでバターのように斜めに斬れ、滑り落ちた。
「お見事。しかし梨緒も派手好きだね」
生き残った立方体を、出力を絞っているのだろう細いレーザーで仕留めながら漣が言う。
「レーザー撃つやつに言われたくない」
私も、打ち漏らした敵の掃討にかかる。やはりリーチが長いというのは素晴らしい……少し地形が変わってしまったが。今後はこの間合いに慣れる訓練も必要かもしれない。
「お見事です! リオ様、レン様」
見ると、ようやく我に返ったのか、ケイロムが駆けつけてくる。
「待った。まだ早い!」
慌ててそれを遮ったのは漣。慌てて私も刃を握りなおす。
「多分まだ、終わってません」
最後のキューブが地に墜ちた。
「報告に間違いがなければ、魔物は『獣型』のはずです。この世界にはあんな獣が居るのですか?」
そう言えば、そんな話も聞いた気がする。すっかり忘れていた。
「しかし、敵はもう……」
ケイロムが黒い染みに視線を落として言う。
「いや、まだ余力を残してる。下がってて」
漣には何か、私たちに見えないものが見えているのだろう。薄い笑いのまま、私の腰を抱き寄せた。
「来るよ」
言うや否や、私を抱いたまま後ろへ飛んだ。その直後、ぐらりと世界が揺れる。
「地震?」
腰を落とし、転ばぬよう重心を安定させる。
「いや、『獣』のおでましだね」
私たちが先ほどまで立っていた場所を、真っ黒な顎が挟み込み、飲み込んだ。
「うげっ……」
思わず口を突いて出た間抜けな声。地面から湧き出し、伸び上がったのは真っ黒な狼だった。
「『複数体の獣型』じゃなく、『複数体のち獣型』の間違いだったみたいだね」
グルグルと耳障りな唸りを漏らす牙だらけの口からは、酸の雫が滴っている。
「二段変身とは、なかなか魅せるじゃない」
漣が杖の先を獣に向ける。
「ああいうの、好きだろ」
私も構えつつ、尋ねる。私の意志に応えるように、童子斬りが元の長さへと戻った。
「嫌いじゃないね。ドッグフードで餌付けできるかな?」」
軽口を叩く漣の杖が、複雑な文様で光りだした。
「梨緒、援護する」
そう言った彼の声が優しく私を包み込むと共に、獣の動きが急に緩慢になった。いや、違う。遅くなったのは私以外のこの世界。私の意識の速度が、尋常でなく加速していた。
まるで、死の危険に直面した際に現れる走馬灯、一瞬のまどろみの中で見る長い夢。
「魔法はすごいな」
改めて恋人の万能さを思い知りながら、私は獣に向かって駆け出す。体感する時間が遅くなっているためか、空気の抵抗が重い。まるで水中を歩いているようだ。これも一種の負荷トレーニングか。
呆れと楽しさが半々に、私の頬を歪ませる。
おそらく私は今、笑っている。