第16話 「やらせるわけ無いよね」
「速度は大したこと無いが、厄介だな」
私を囲むように浮かぶ黒い群体は、徐々にその囲いを縮めてきているようだった。
「梨緒!」
何かの呪文を使おうとする漣に、片手で待ったをかける。
「大丈夫。もう少し任せて」
やれるところまでやってみよう。
「レン様、よろしいのですか?」
慌てているケイロムの声が届くが、それに頷く漣を確かめ、私は敵に集中する。
無数の黒い塊が、順番に私へと向かってくる。恐らく狙っているのは特攻による自爆攻撃。迫り来る敵を打ち落としても、例の液体を浴びてしまう。
「とすれば……」
近づいてきた立方体を円を描くステップで交わし、すり抜けざまに一閃。
次のキューブも、紙一重まで引き付け、遠ざかる後ろの面へと刃を走らせる。
びしゃ、という音に振り向くと、地面に黒い染みが増えていた。
「このタイミングなら大丈夫」
再び刀を構えた私に反応し、立方体たちが今度は一斉に飛び掛ってくる。
「リオ様!」
叫んで、ケイロムが魔法の準備にかかる。
「待った。まだいい」
それを制したのは傍らのもう一人の勇者。
「しかし」
術を中断して振り向いた青年を、漣はチラリと見据えて答える。
「彼女が待てと言ったんだ。それに、あの程度なら梨緒は問題ない」
有り難う。この前も言ったけど、守られるばかりは嫌なんだ。
右斜めから一体、後方から散らばって三体。それぞれの着弾時間を考え、身をひねる。お互いにぶつかった立方体は酸に変わることもなく、跳ね返って別の方向へと兆弾する。
「面倒な仕様だけど、まだ見える」
道場で人を相手にするのとはまた違うけれど、一対多の戦いも学んでいる。敵の目標が私一人である今、捌くことは難しくない
右、後ろ、上、右、左後ろ。
まるでゲーム感覚だ。チップは己の命だけれど。
「移動ばかりで体が鈍ってるから、いい運動だ」
勘を取り戻すための練習台にさせてもらおう。
足場は極力動かない。この世界では売っていないだろうスニーカーの靴底を、駄目にしないためだ。
来る敵をいなし、捌く。相手の数が多いときは、自分から攻めてはいけない。ひたすら避けては倒すを繰り返す。
私の足元を残し、周囲の赤土が真っ黒に染まっていく。一定以上に足場が埋まった段階で、別の空間へと跳躍する。もちろん、通り抜けざまに斬りつけることも忘れない。
次の『新鮮な足場』を確保しては、同様に向かってくる敵を両断する。単純な繰り返し。敵の攻撃は速くもなく、遅くもなく。
ただ単調な、作業のような戦いだった。
「それにしても……キリが無い」
黒い輪を二桁も作ってはキューブと踊る私の息が上がり始める。私に何の加護があるのかはわからないが、持久力はこちらに来る前とそれほど変わらないようだ。
「危ない!」
ケイロムの焦った声に反射的に上を見れば、たくさんのキューブが私の頭上へと飛び込んで来ていた。
敵が狙っているのは、私の頭上数メートル。一点をめがけ、スピードを上げて。
「なるほど……集団自爆か」
お互いに衝撃をぶつけ合い、黒い雨にでもなって私に降り注ぐ算段だろう。私は降り注ぐ液体が目に入らぬよう、顔を覆った。
案の定、鈍い音がして頭上で何かが破裂した気配がある。私は痛みに備え、奥歯をかみ締める。
そして、私をいつもの香が包み込んだ。
「やらせるわけ無いよね」
ふわり、と抱きしめられた体が、自然と鼓動を落ち着けた。
「ナイスタイミング」
顔を上げると、漣が私に覆いかぶさるように術を展開していた。
「防御呪文まで……あれがフォウンフォーブ様に選ばれた勇者の力だというのか……」
ケイロムの口調が投げやりにすら聞こえる。
美しい魔術師が操る魔力は、光のケープとなって黒い雨から私たちを守っていた。
「似合いすぎだこのやろう」
汗臭いときに限ってこの男は私に引っ付いてくる。危ない趣味でもあるのだろうか。
「そんな色っぽい顔で見られると、戦闘中だってことを忘れちゃうね」
うん。変態に違いない。
「とりあえず、選手交代、する?」
いたずらっ子の顔で提案する漣に、私はそっと耳打ちする。折角魔法があるのなら、やって見たい戦法が有る。
「梨緒もノッて来たね。オーケー、魔法使いレン様にお任せあれ」
先ほどまでの戦いからの反省と、無数に浮かぶ敵の特性から導き出した、私好みの新戦術だ。