第15話 「なんという破壊力だ……」
「物体練成まで……」
ケイロムが唸った。そういえば、魔法を理解した直後にはもう童子斬り作ってたよな。
「魔力がこの世界の物質の存在そのものに干渉するのは最初から感じ取っていましたし、既成概念を取っ払ってやれば万能の魔力と言うのは便利なものです」
漣が杖を構えると、埋め込まれた機械部分から蒸気が立ち昇った。
「漣、それ趣味だろ」
この男、わりとアナログなイメージの機械が好きなのだ。戦前の扇風機やら手回しの鉛筆削りとか。
「いいでしょ、この無骨さって言うか、ノスタルジックな感じ」
たしかにくすんだ真鍮色の機械杖は、いかにもスチームパンクといった感じだ。
「試し撃ちする暇がなかったから、ぶっつけ本番だけど」
五日前まで高校生だった魔術師は、自分の背丈ほどのごてついた杖を足元に突き、敵を睨んだ。
「術式集積回路起動……」
やってみたかったんだろうなー、と私が見つめる前で、蒸気を吐き出しながら杖が展開していく。
「おお……」
ケイロムが息を呑む。
「なんという魔力だ……レン様、これは……」
私には魔力は感じられないが、周辺の空気がピリピリと肌に悪そうな振動をしているのは感じる。
「こんなものか。ケイロム殿、住民の避難は済んでいるんでしたよね」
漣の声が、いつものゆったりしたものから真面目な声色に変わった。
「はい。周囲には人は居ないはずです」
神官魔術師はそう言いながら、袖で眼を覆った。眩しそうに眼を細めていることを考えると、この辺りには魔力の光が満ちているのだろう。
さっぱりわからないけど。
「梨緒、ちょっと暗くなるけど我慢してね」
そう言うが早いか、恋人様が指を鳴らす。
「うわっ」
視界を覆うように黒い何かが現れ、私は思わず童子斬りを取り落としそうになった。
「眼球をやっちゃうといけないからさ」
その言葉に目を凝らして見れば、漣も自分の眼前に魔法のサングラスを作り出しているようだ。
「放て、ブリューナク」
いつもより数音階低い漣の命令と共に、目の前が真っ白にスパークした。
後で聞いた話によると、魔力を光の元素に変え、鏡面化した内部機構と、杖の魔法回路で反射させ、圧縮。鏡面化を解くことで光線を放つ、とのことだった。
「原理はコロニーレーザーなんだけどね。魔法を使うと非常に簡単にできるもんだから感動しちゃった」
笑いながら杖を担ぐレンの視線の先で、魔物の中心が大きく丸く抉れていた。
「なんという破壊力だ……」
目を瞬きながら呟くケイロムの顔色が悪い。そりゃそうか。流石にレーザーは見たこと無いよな。私も現実では初めてだよ。
「単体への攻撃には向いてるけど、ああいうタイプにはちょっと……かな」
顎に手を当てた美少年の視線の先で、バラバラに吹き飛んだ黒い立方体がフラフラと収束を始めていた。
「一部だけを倒しても無理なようだ。やはり群れ、と考えるほうがいいのかな」
再び集まり始めた魔物。どこから湧いてきたのか、数が減ったようには感じられない。
次は私の番だろう。童子斬りを抜き、歩き出す。まだかなり距離はあるが、こちらがしたように、相手が飛び道具を持っていないという断言はできない。
「気をつけて。片をつけるだけなら梨緒が出るまでも無い」
心遣いはありがたいし、事実彼に任せておけば問題は無いのだろうが、私も魔物と剣を交えてみたかった。幸い、生っぽくないし。
「リオ様、能力がわからない以上、充分以上に注意してください」
後ろからの助言に頷きだけで答え、歩を進める。
「案外、高いな」
近づくにつれ、視線が上に向かってしまう。遠くから見ていたときよりも、伸び上がった敵の高さは脅威だ。
何はともあれ、手近な立方体めがけて斬り下ろす。敵ははまるで羊羹でも切るみたいにあっさりと両断された。
「うわっ」
両断された立方体が、ぐにゃりと崩れる。
慌てて飛びのいた私の元居た場所に、敵だったものが液体となって零れ落ちた。
地面に染みこんだ黒い液体から、嫌な臭いの煙が噴出す。
「これは……酸か?」
赤土の地面が、液体を中心に落ち窪むように沈んでいく。地面を腐食させるほどの強力な薬品なのかもしれない。
『万が一皮膚や眼についた場合はすぐに水で洗い流し……』という商品の注意書きが頭に浮かんだが、振り払う。
「相性が悪いな」
幸い斬られてから液体に変わるようで、童子斬りの刀身には異常は無い。しかし、どうしても接近して戦う必要がある私に、この手の敵は鬼門だ。
漣に任せようと振り返った私の口から、嫌なため息が漏れた。
「……囲まれてるじゃないか……」
迂闊だった。敵は周囲に沢山隠れていたようだ。
「これだけ居ると気持ち悪い」
何百という黒い塊が、私の周りに浮かんでいた。