第13話 「貴方のために傷付くのなら、全然痛く無いんだ」
漣の使った魔法が功を奏したのか、意外とこの世界の治安がいいのかはわからないが、辺りに危険の芽は見えない。
「寝なくていいのか?」
夜半過ぎ、見張り当番が回ってきたため漣と交代したのだが、当の漣は私の横に座ったままで、結局二人してぼんやりと荒野を見つめている状態である。
「大丈夫。昼間寝るしね」
すっと、私の腰に彼の腕が回る。振りほどく理由もないので、私は彼に身体を預ける。
「魔物って、どんなモノなんだろうな」
昼間覚えた疑問を口にした。
「神官たちに聞いた話では、決まった特徴はなくて、本当に千差万別らしい。大きかったり小さかったり、強かったり弱かったり」
うん、何の参考にもならないな。
「まあ、混沌って言うくらいだからね。混ざり合って沌々としてるんだろう」
さっぱりわからない。
「なんにしても、それらが僕らにとって重要な存在であることは間違い無いと思うよ」
漣が少し真面目な顔になった。普段から微笑をたたえたポーカーフェイスのため、彼の表情を読むのは意外と難しい。目安は焦点が近いか遠いか……かな。向こうの世界のツレに話したら、余計にわかりにくいと言われたが。
僕が思うに、と前置きして漣の長話が始まる。
「フェルナンドの教えてくれた『世界観』が正しいとすれば、僕らはこの世界が混沌に呑まれることを防ぐために呼ばれた。神様が居るにしろ居ないにしろ、この世界の自己復元機能として存在する可能性が高い」
手近な草を一本引き抜き、漣が弄ぶ。指先でひっぱられた単子葉類の葉は、離されたとたんにぴん、と跳ね戻る。
「でも、本来であればその役割はこの世界の住人が担うべきだと思う。それに、その方が楽だと思うんだけど……」
そうだ。その方が私たちも助かる。
「あえて外から人を連れてくるということは、何かその理由あると考えるべきだ。この世界の住人よりも、僕らの方が都合がいい理由」
わかる? と覗き込まれても、さっぱりだ。
「この世界の神様が、ここの住民を戦わせたくない、というのは?」
過保護な神様なら捨て駒として他の世界から勇者を召還するのではないだろうか。
「いや、この世界の住人を大事にしてのことであれば、巫女を嫁がせる理由がわからない。結局こちらの人間を一人犠牲にしていることになる」
なるほど。呼ばれた勇者がどれだけ好みじゃなくても、篭絡しなければいけないのは辛い。
「そうすると、魔物と僕らには、何らかの関係性があると思う」
漣は弄んでいた草を固結びし、投げ出した。
「なんにせよ、見てみないと何とも言えないけど。もともとの世界に戻る方法を探すにしたって、まずは魔物を何とかしないと帰してもらえなさそうだしね」
そうだ。色々驚いて頭が回っていなかったが、帰る方法を探さなければいけない。家族も心配していることだろう。いや、うちの両親のことだから、漣と一緒に消えたのなら大丈夫とか言いそうではあるが。
「梨緒、早く帰りたい……よね」
私の頭を軽く撫で、漣が尋ねる。
「漣は?」
彼の家族も心配しているだろう。
「そうだな。こちらに来る辺りから結構ご都合主義がまかり通ってるから、戻るときは消えた時間へ……というパターンを希望かな」
なんともメタな発言をし、恋人様が笑った。
「あ、それいいな。でも、記憶と能力は残しておいて欲しいな。何かと便利そうだ」
恋人は魔法使い……なんかライトノベルのタイトルみたいだが。そんな話をしながら、時間がゆるゆると過ぎていった。
「梨緒、この先梨緒は敵と戦わなきゃいけない」
交代の時間が迫るころ、彼の真面目な声が耳元で響く。
「うん」
私は撫でられるがまま頷いた。
「試合とは違う。誰か、何かを傷つける戦いだ。あんな刀を与えておいて何だけど、その結果梨緒が傷つくところなんて、僕は見たくない。身体も、心も」
ぎゅ、と引き寄せられた。彼はさらに声を落として言う。
「このまま。ケイロムたちを置いて逃げてしまうという手も有る。魔法が使える今、逃げたり隠れたりということも可能……」
最後まで言わせず、漣の肩を掴んで抱き寄せた。膝の上に整った顔を乗せてやり、さらさらの髪の毛を梳いてやる。
「漣は、例えば私が戦っているときに、私が戦って欲しくない、って言ったら戦わずに見てるか?」
漣がはっと息を呑む音が間近で聞こえた。
「……無理だ。たとえ梨緒の頼みでも、君一人を戦わせるなんて……」
「私だって、同じ。漣一人に魔法を使わせて、私はのうのうと何もせずに逃げ続けるなんて、まっぴらごめんだ」
もともと、彼の方が多くのことで規格外に秀でているのだ。このまま甘えてしまえば、私は何もできなくなってしまう。ずっと、彼に庇護されて生きていくだけになる。
「漣は優しいな。でも、私も、漣が大事だ。だから……」
絹のように滑らかな額に口付ける。
「貴方のために傷付くのなら、全然痛く無いんだ」