第12話 「流石は勇者様だぁ」
「お話、とは?」
ケイロムが恐る恐る尋ねた。
「僕らを取り巻く状況と、僕らの今後について、ですね」
漣が腰に手を当て、腰掛けた全員を見下ろした。
「梨緒は知ってるけど、僕はもう、魔法が使えます」
言いながら、美しい少年は指先に光を灯した。
蛍よりもわずかに明るい程度の光を、空間に固定しながら増やしていく。
「なんと!?」
ケイロムが目を見開き、その様子を見つめている。
既視感のある光景だ。向こうの世界でも、よく漣に者を教えた教師や先輩がこんな表情をしていた。
「まさか、たった一日で発光の魔法をものにしたというのですか」
あ、甘い甘い。ケイロムさん、うちの漣を見くびってもらっちゃ困ります。
「この世界の技術というのはまだまだ発展途上だと、僕は見ています。魔法使い同士の交流や知識の共有もそれほど進んではいないのではないですか?」
漣はなおも、空中に光を浮かべながら尋ねた。
「それは……魔法は己で修行して習得するものですからね」
ケイロムがよくわからないという表情で呟く。魔法学園とかないのかな。ファンタジーなら王道だと思うんだけど。
「僕が見たところ、魔法の法則というのは非常にシステム的だ。僕は確かにこちらに来て反則じみた魔力を得たが、それをさっぴいても、効率的な方法があるはずです。こんな風に」
漣が光を灯してくれるおかげで、私にも見える。『魔力の回路』が。
彼は光魔法を使っていたのではない。魔力で回路図を描いていたのだ。
「立体魔方陣!? たった一日で?」
ケイロムの顔が蒼白になっていく。自分の理解を超えた世界を目の当たりにしているためだろう。
「陣というより……回路ですね。ここの魔力を円形に繋ぐことで、条件に応じて魔力の流れをコントロールしています。これで、術者がいなくても注がれた魔力を使い切るまでこの魔法は働き続ける」
仕上げ、とばかりに漣が指を鳴らすと、柔らかな光が周囲を照らし、急に暖かくなった。
「温度調節くらいなら、こんな手の込んだ回路は要らないんですけど。今回は虫除けと野党への警戒も兼ねているものですから」
その後の説明によると、漣の灯した光の範囲内に一定の大きさ以上の生物が侵入できなくなる効果と、万が一その反発に耐え、何かが入ってきた場合の警報機能があるらしい。
「兄貴、それって凄いことなのか?」
バイト御者のコールが尋ねる。
「そうだな……。夕にまいた種が次の朝には実を結んでいた、くらいだ」
ありえない、と言うことらしい。
「流石は勇者様だぁ」
純朴な顔に紛う事なき尊敬の念を込め、コールがこちらを見つめている。
「そんなわけで、正直ここから先は僕ら二人だけでも問題はないんだけれど、どうします?」
「どうして、神殿を出るまで黙っておられたのですか? サノン殿もこれを見れば納得されたでしょうに」
そんなに簡単にいくかな、と思う。ああいう手合いは、恐らく私たちがどれだけの力を持っていても文句をつけてきそうだ。
「彼が我々のことをあれほど早く知ったのはどうしてだと思います? 我々がこの世界に来たのが昨日の夕刻。王都内とは言え、あんなにも早く軍部の人間が知ることなのでしょうか」
「と、いいますと?」
ケイロムが話の流れについていけず、尋ねた。
「内通者がいる、と言うことです」
スパイか。急に面倒くさそうな話になってきたな。
「それに正規の報告であれば、あの筋肉達磨のような血の気の多いのが来る前になんらかのアクションが有っていい。神殿の影響力は知りませんが、少なくとも僕らに敵対的な勢力に属する者が混じっていると考えるのが自然です。そんな中で、僕の手の内を晒したくなかったのですよ……結果的には梨緒の力を見せてしまいましたが」
光を弄びながら従者に尋ねる漣は、あまりにもファンタジーが似合いすぎていた。夕刻の紫の逆光と、自らが生み出したクリーム色の光で照らされた彼の表情は、CGのように現実味のない美しさで浮かび上がる。
「……私はレン様に従う義務がございます。それに、コールも危険は承知の上で出稼ぎに来ておる身。お邪魔は致しません」
そうか。魔物と戦いに行くということは、御者だって危ないんだ。私はコールの表情を伺ったが、彼は落ち着き払って漣を見つめていた。心なしかその頬が上気しているのは、漣の能力に感心しているだけだと信じたい。切に信じたい。ケイロムよ、弟君に漣は男だって伝えてるよな?
「そうですか。では、お怪我の無いようにだけご注意ください。まだ、どれだけ調節ができるかよくわかっていないもので」
いい笑顔で微笑んだ恋人は、恐らく魔物によって彼らが傷つくことを念頭には置いていない。むしろ、巻き込んでしまうかもしれないから気をつけろ、と仰っておられる。
「後ろから撃たれるのは怖いな」
おどけて言ってやれば。
「梨緒だけは絶対に巻き込まないと確約できる。他は知らないけど」
有り難う。それを聞いて安心した。