第11話 「ところで、御者の方は雇ったのですか?」
周囲の理解が追いついたのは、もう半秒ほど経ってからだった。
「今度こそ勝負有り、ですな」
フェルナンドが感嘆のため息と共に呟いた。
「お見事。冴え渡ってるね、梨緒」
漣が手を叩きながらこちらに歩いてくる。
「当然」
童子斬りの刀身に刃こぼれがないことを確認し、鞘へ戻す。鉄剣を叩き斬ったというのに、歪み一つ無い。
「これは想像以上の業物だな。流石は漣だ」
とにかく気分が良くて、あふれ出してしまう笑顔で彼に礼を言う。
「……ん、それは、よかった」
しかし、珍しく素直に褒めれば、漣の反応はどうにもぎこちない。
「どうした?」
何か気に障ることでも言ったかと、私は不安になる。
「何でもないよ。よく切れるようで良かった。これで魔物退治も心配要らないね」
妙に早口で言ってフェルナンドの方へ振り返る漣。一瞬見えた耳が妙に赤かった。
……熱でもあるのだろうか。
剣の残骸を片手に呆然と立ち尽くすサノンを残し、私は神殿内へと戻る。
「すごいです! リオ様!」
ロクレアをはじめ、神官たちが私を囲み、賞賛してくれる。悪くない気分だ。
「どうかな? これくらいの力が有れば、魔物と戦えるだろうか」
肩に担いだ童子斬りの重みが頼もしい。これから頼んだぞ、相棒。
「サノン殿は青旗騎士団でも屈指の使い手ですからな。いやはや、驚きましたぞ」
フェルナンドが後ろから問いに答えてくれた。ああ、あれくらいで大丈夫なのか。
「それでも、ゆめゆめ油断召されぬよう」
言いながら、総主教が差し出したのは護符のようだった。
「これは?」
チェーンの先に赤い宝石をあしらったアミュレットが通されている。
「厄除けの護符です。お見受けする限りリオ殿が前線に出られる形なのでしょう。直接敵と切り結ぶ者は、万が一の備えをお持ちになるべきです」
なるほど。まあ、私が怪我するような事態があったら漣も無事じゃあないと思うけどね。もらえる物は有り難くもらっておこう。
「有り難う。それで、いつ出発しよう?」
護符はジャージのポケットにねじ込み、尋ねた。身体を動かしたせいか、少し前向きになれたようだ。もともと、考えたり判断するのはほとんど漣の仕事なのだ。私は思うがままに動くのが性に合っている。
「できればすぐにでも、と申し上げたいのですが……」
フェルナンドの答えに、いつの間にか隣に居た漣がニヤリと笑って頷く。
「それでは、今すぐ参りましょう。闖入者もあるようですし、ややこしくなる前の方がいい」
アレが最後のサノンとは思えない……というやつか。プライド高そうだったし、軍人は仲間を呼んだ、とかになる前にここを離れたほうが良いのかもしれない。夜逃げみたいであんまり気分良くないけど。
そんなこんなで、急ピッチに旅立つ準備が整えられていき、お昼ごはんを街で食べ、そのまま現場へと向かう運びになった。
ちなみに、サノンはボーっとしたままフラフラ帰っていった。「小僧」に負けたのがそんなにショックだったのか。それとも、私が叩き斬った剣がよっぽど高かったのか。何はともあれ、恨みっこ無しといきたいものだ。
「それでは、同行者は私だけでよろしいのですか?」
馬車に乗り込みながら、ケイロムが尋ねる。
「あんまりぞろぞろ連れて来ても、かえって目立つますしね。神官の人たちって皆が皆戦えるわけじゃないでしょ?」
たしかに。守らなきゃいけない人数が増えるだけなら必要ない。
「確かに、神官を志すような者は、基本的に争いを好みませんから。私は変り種というところですね」
ケイロムには何か背負うものがあったのだろうか。そんなことを考えているうちに、馬車はゆっくりと動き出した。
「結構揺れるんだな」
座布団のようなものは敷かれているが、自動車のようにはいかなさそうだ。
「この辺りはまだ道がいいほうなのですがね」
ケイロムがそう言うところをみると、この先もっと揺れるのだろうか。お尻が痛くて戦えない、という状況だけは遠慮したいものだが。
「まあ、様子を見て僕が何とかするよ」
そんな私の様子をみながら、漣が小声で言った。
「ところで、御者の方は雇ったのですか?」
神殿にお抱えの御者は居ないだろう。
「いえ、私の弟です。普段は農夫をしておりますが、今は休耕期ですので」
なるほど。はっきりと顔は見ていないが、なんとなく雰囲気が似ている気がする。
「それは何より」
漣が安心したように座りなおした。何を考えているのかはわからない。ただ、纏っていた空気が少しだけ緩んだように思う。
「しばらくはキャンプかな?」
馬車の後ろのほうに、アウトドア用品のようなものがいくつか載っていた。なんとなく形から使い方のわかるものもあるが、魔法のある世界ゆえか、よくわからない道具も多い。
「そうですね。身の回りのお世話は私が行いますが、街道とはいえ夜盗や野犬の注意は行ったほうが良いでしょう」
結局、交代で夜番をするということで決定した。もっとも、移動時にはやることがないため、慣れれば昼間に寝ることもできそうだ。
「そろそろ王都を出ます」
そうケイロムが言ったのは、うっすらと月たちが空に浮かび上がり始めたころだった。
「そろそろ人気がなくなってきましたね」
行商人は日のあるうちに次の宿場に着くように旅をするのだろう。昼間は頻繁にすれ違った馬車や人が、今はほとんどいなくなっていた。
「ええ。そろそろ野営地を決めましょう」
話しながら、馬車は速度を落とした。月は七つもあるのに、太陽は一つだ。方角などわからないため、私の中では日の沈む方向を西と決めた。
東の空が紫に沈んでいくころ、私たちは小高い丘の上で馬車を止めた。大きな樹に馬をくくり、大き目の石で馬車の輪留めを行う。
「さて、夕飯の準備の前に、お伝えしておかなければいけないことがあります」
漣の言葉に、御者-コールという名前らしい-とケイロムが姿勢を正した。
こういう風に漣が前置きをするときは、口を挟まないほうがいい。
涼しい風が四人の間で小さな渦を巻いた。