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第10話 「応援とか心配は?」

「それで、どうやって戦う?」

 朝食の場にも、フェルナンドは現れなかった。

「そうだな……申し訳ないけど梨緒、暫く前衛をお願いできないかな。童子斬りは進呈するから」

 ニヤ、と口元が歪むのを押さえられない。後は、魔物があまりにも私の知らない形をしていてくれることを祈る。

「心得た」

 問題はいつ受け取るかだな。まあ、隠し持ってたと言い張ればいいか。最悪空から降ってきた、でいいだろう。

「妖刀を作ったつもりはないんだけどなぁ」

 苦笑し、漣がパンにかじりつく。

「ロクレア、旅の準備と言うのは神殿に任せてもいいのか?」

 高い椅子にちょこんと座った少女が眼をしばたかせる。

「ええと、どうなんでしょう」

 そう言う事情には疎いのかな。

「大丈夫です。馬車も神殿のものをご利用ください」

 代わりにケイロムが答えてくれた。

「格好は、慣れてるからこのまま行きたいんだけど、勇者装束とかって決まってる?」

 ジャージとカッターシャツの勇者ご一行って言うのはあんまり聞いたことが無いんだが。

「勇者装束? いえ、そういう服装はございませんが。武器防具に関しては、先代の装備が伝わっております」

 なるほど。

「汗臭そうだしパス。そちらに不都合が無いならこれでいく」

 人の胴衣を借りた経験はあるが、汗臭いし、精神的なものだろうけど何故か身体が痒くなるんだよな。

 特に神殿側から異論は無かったので、ジャージの剣士という新ジャンルの開拓に成功した。


 朝食が終わるタイミングを待っていたように、広間の扉が開いた。


「勇者というのはどれかな?」


 ずかずか、と音がしそうな勢いで入ってきたのは、筋肉固太りの中年男性。なにやらゴテゴテと装飾の付いた鎧を着用している。

「軍部の方ですね。サネク宰相の指示だと思います」

 ロクレアが少し睨むような表情で情報を教えてくれる。

「ああ、例の」

 なんとなく厄介な予感がして、私はため息を付く。

「いくら軍部の方でも、些か礼を欠いておりますな」

 困ったような表情で、後ろからフェルナンドが部屋に入ってくる。

「おはようございます、フェルナンド殿」

 漣が立ち上がり、一礼する。私も慌ててそれに習った。

「彼らがそうか? 随分と若いようだが」

 私たち二人を見て、鼻で笑った。

「そう言う貴方は随分とお年を召していらっしゃるようですね。そのような重い鉄の塊を背負って、関節は大丈夫ですか?」

 漣の微笑が迎撃モードのそれに変わった。

「小娘が。名は?」

 あ……。

「何様かな。人に名を尋ねる時はまず自分から名乗りたまえ、三下」

 一悶着が始まってしまった。気に食わない相手からの女発言には、彼は容赦を知らない。

「な……貴様! そこへ直れ!」

 面白いように、中年の顔が真赤に染まっていく。神殿よりも軍部の方が時代がかった物言いをするな、と私が感心していると、漣の瞳がさらに細まり、唇が絶対零度の棘を吐き出す。

「やれやれ、どうやら人語を解すると思ったのは私の勘違いだったようです。随分と人に似た獣がいるのですね、この世界には」

 ねえ? と笑顔で振られたケイロムも、ただ呆然と沈黙するしかない。

 その言葉に、思わず腰に手をやった中年。

「サノン殿、それを抜くのであれば、我々も対応を考えざるを得ませんぞ」

 総主教の静かな、しかし有無を言わせない声だった。

「く……。それが神殿の意思ととってもよろしいのですね?」

 一応フェルナンドには敬語を使うようだ。

「我々は、穏やかに対話をしたいと申し上げておるのですよ」

 いつもこんなやり取りをしていれば、ロクレアが彼らを嫌うのも無理は無い。

「国の大事に、こんな小娘と小僧を送り出して、民に何と釈明するのです」

 ギリ、と奥歯を噛む音がする。

「漣、いいか?」

 椅子を片付け、私はコキリと首を回した。

「ああ。いいよ……サノンさん、貴方は随分と横柄な方だが、それだけの実力はおありかな?」

 腕を組み、凄絶な笑顔を貼り付けた漣は、背丈の差に反して、サノンを見下しているように見える。

「侮辱はそれぐらいにしておけ。ここが神殿の外であれば、すぐにその腕を捻り切る所だ……」

 血走った瞳が向けられるのもかまわず、漣は私にチラリと視線を送った。

「では、お手合わせ願えるかな? この『小僧』と」

 神官一同が身を震わせた。

「リオ様、おやめください。彼は軍人ですよ」

 ロクレアが立ち上がろうとするが、漣がそれを制する。

「軍人に勝てない程度の勇者に、何ができる。フェルナンドさん、お騒がせ致しました。庭を借ります」

 一応断りを入れ、中庭へと歩く。誰も付いてこないのは、呆れているのか、驚いているのか。

「どうした軍人さん、怖気づいたか? この腕捻れるものなら捻ってみろ」

 神殿の影を抜け、陽光が私の身体に降り注ぐ。漣に視線を投げ、腕を真横に伸ばす。

「来い、安綱!」

 次の瞬間、雷のような音と共に、私の右手に童子斬の重さが伝わった。演出はこんなもんだろう。漣以外の皆が一様に驚いた顔をしている。

「良いだろう……手合わせを望んだのは彼ですぞ」

 フェルナンドに向けて言い捨て、サノンが庭へと歩み出る。


「無外傍伝剣術、小幡梨緒。参る」

 鯉口を切る音が広い庭に広がり、消えた。

「フン、聞いたこともない流派に珍妙な構えよ……王立軍青旗騎士団副長、サノンだ」

 空気を切る音が響き、西洋剣を構えるサノン。

「流石に居合いは知らないだろうなぁ」

 漣が涼しげな微笑で観戦している。

「応援とか心配は?」

 ロクレアの方が心配そうに見てくれているような気がする。

「危なそうなら『応援』するよ」

 ああ、怪我の心配は要らなさそうだな。とサノンに向き直れば、地響きでも起こしそうな勢いで突進してくるところだった。重そうな鎧だが、意外に動きは機敏だな。

 しかし、それでも遅い。力の乗った攻撃は、当たれば私の体など両断できるかもしれないが、いかんせん筋肉の動きや呼吸が先の動きを全て教えてくれる。

「油断しすぎだ」

 抜くまでも無い。振るわれた横凪の剣をスウェーバックでかわす。

「避けたつもりかぁ!」

 右に抜けていった剣が、翻って戻ってくる。ミシリ、と筋肉に負荷がかかる音が聞こえる。こんな戦い、何分も続けてたら筋肉痛で死にそうだ。

「身体は大切にな」

 今度は逆に一歩踏み出す。腕を大きく振るうサノンの剣術は、懐に入ればもう勝ったようなものである。本来は初撃で仕留めるか、馬の上から斬り下ろすのだろう。

「なっ」

 慌てて下がろうとするサノンの鳩尾に、柄をうずめる。筋繊維を押し切る嫌な感触が腕に伝わった。

「ぬぐっ……」

 咳き込みも吐きもせずに耐えたサノンは流石軍人と言うところか。

「勝負有ったな」


 少し相手を試したくなり、私は踵を返す。


 こちらを楽しげに見ていた漣の表情が、一瞬引き締まる。

 ロクレアが引きつったような悲鳴を上げる。

 そして、私の影にかぶさった大きな影。


「がっかりだ」


 腰を落とし、右足を軸に半回転。溜めきった身体のばねを、右肩を支点に開放する。


 背後から私を狙った剣に童子斬をぶつける。金属のぶつかる嫌な音を想像していたが、意外にも手ごたえはすっきりと軽かった。

「え……?」

 間抜けな声は私。サノンの剣は、唾から先が綺麗になくなっていた。

 半拍遅れ、斬り飛ばされた刃部分が地面に刺さる。自然、私の口元が緩んだ。

「……剣士の夢だよなあ。斬鉄剣」

 まあ、斬れるんじゃないかという想像はあったんだが。漣の特製だし。


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