6幕 行ってきます
旅立ち。あとちょっとした世界観の説明です。
「服買いたいんだけど」
「それじゃユニ○ロへ行こうか」
男物の上下何式かとコート、下着をご購入。
会計時、男物の下着を見てアリーネは頬を紅く染め、せかせかと店を出た。
「あ、洗面用具とか、生活必需品売ってる場所ある?」
「ド○キ行こう、ド○キ」
歯ブラシ、タオル数枚、それと幾つかの品と大きめのアウトドアバッグを持ち、店の扉を開ける。
ドアを開けようとして、アリーネと手が重なる。
少女はすぐに手を引いてやはりせかせかと店を出た。
「あ、そうだ。整髪料とか…」
「…ずーん……」
「あらー…」
…街中でアリーネが意気消沈しています。
神様、俺に女の子の慰め方を教えてください。
ホント何考えてるか、さっぱりです。
えー、事情は大方分かると思うが。
前日、つまり9月16日の夜、アリーネがした事。
セクハラ。
勇者への無礼。
間接キス未遂。
その他諸々の容疑でアリーネは女王様にこっ酷く怒られたのだ。
俺は気にするどころか何で怒ってるのか分からないくらいだったので、個人的には問題なかったのだが。
お分かりの通りアリーネはかなり異性を意識するタイプの様でございまして。
今朝、女王様に開放され、街に必要物資を調達してこいと言われた後もしょぼしょぼしてるワケである。
…でも、まぁ…。
「…? どーしたの?」
これでもかと言うくらい落ち込み、そして顔を合わせると顔を赤らめるアリーネは。
うん、可愛いな。
買い物袋を両手で持つポニーテールの少女に対して、俺はそんな事を思ったりするのだった。
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「ふいー…」
「もうお昼か…ご飯にしよっか?」
「ナイス提案&超絶希望」
お天道様も高さの上限を上げられなくなる時間。
俺達は小さな喫茶店で昼食を取る事にした。
屋外の席に陣取り、腰を下ろす。
適当に飲み物とサンドイッチを二人分注文した。
まだ俺が勇者だって事は内密らしく、店員さんも普通の対応を取る。
椅子に寄りかかり、ぐてー。
「疲れた…」
「そりゃ、こんだけ買えばね」
「…にしても」
周りを見渡す。
耳を澄ませば子供や商人の笑い声。
鼻を嗅げば香ばしい食料品の匂い。
目を向ければ明るい空と、明るい街並。
中世の雰囲気を醸し出す街は活気に満ちていた。
…すげーなここ。
戦時中だってのに、こんだけ人が明るい。
国を治める人があんなんってのもあるだろうけど、こんなに明るいのは俺の世界でも無いんじゃないかってくらいだ。
正直尊敬する。
堅苦しい顔で話し合ってる日本の政治家にも見せてやりたいぜ。
「? どしたの?」
「いや、目に付くもの全てが珍しくってさ。ちょっと見入ってた」
「…そんなに奇妙な物あるかなぁ?」
「あるさ。例えば…」
俺は喫茶店のカウンターの方を見る。
この店のマスターは、やかんのお湯を沸かす為のマッチかなんか探してるみたいだ。
しかしどうやら見つからなかったようで。
右手の人差し指をやかんの下、火種である焚き木に向けて、
その指先から炎を出した。
「魔法とか」
「ほへ? 珍しいの?」
「あぁ、俺の世界には無いからな」
「え!? 無いの!?」
アリーネがやたら目を丸くしている。何だよ。
「無い…っていうか、あるかもしれないが、大半の人はできないな」
「うーん。必要なのは方法よりも学ぶ事だから、しょうがないかも…」
「『学ぶ』?」
「うん」
運ばれてきたサンドイッチを口に運びながらアリーネに質問。
アリーネは右掌を広げ、そこの竜巻を生み出す。
アリーネはしたり顔で話し出す。
「算数って分かる?」
「馬鹿にしてる?」
「1+1もご理解してらっしゃる?」
「馬鹿にしてるっ!?」
「ごめんごめん。でも、分からない可能性だってあるでしょ?
この世界にだって貧困の国では言語さえマトモに学べない子だっているんだから」
言われて、自分が浅はかだった事に気付く。
そうだよな…俺の世界の常識が、この世界の常識とは限らないんだ。
うん、肝に銘じておこう…。
「ごめん…悪い事言った」
「気にしなくていいと思う。ネルは、何もかもが初めてなんだから」
「そっか…サンキュな。
で、算数がどうしたって?」
「魔法ってのは、算数学ぶのと同じで、学べば出来るの。
1+1=2って理論があるように、ここをこうすれば風が出せる、って理論がある。
私達はその理論を知ってるって事」
「あー、理解できるかも…」
つまりだ。
そもそも数字と言う概念が俺の世界にはまだ生み出されていなかったとしよう。
そうすると1+1=2なんて理論は無い。
だが、俺達の世界はそれを発見できた。
それは、この世界においての魔法という一つのコンテンツと同様、って感じだな。
「要は方法さえ分かりゃ誰にでも出来るのか」
「個人差もあれば、必要魔力も得意魔法の違いもあるけどね。
でもネルの解釈で合ってるよ」
「俺にも魔法使えんの?」
「教えてあげようか?」
「また今度頼む」
ふむふむ。
…となると、だ。
俺は爽快感MAXの炭酸飲料(商品名不明)を飲みつつ右手を出す。
…流石に街中だし、物は試しだ。
少々イメージを変えて、集中。
――ポン、と。
そこには箸サイズの銀棒が2本、出現していた。
「これは魔法じゃないんだよなぁ…」
「魔力も籠められてないし…言うなれば能力?」
「それが一番適切かもな」
「…っていうか、何ソレ? 鉄芯かなんか?」
「あー予想はしてるし、たぶん合ってる」
「ほー。それではお聞きしましょうかねー。コレは、何?」
…いや、心当たりがそれしか無い。
アイツはヒントくれなかったが、しかし何度も言ってたしな。
そう。
「『ハリ』」
たぶん、そうだろう。
「針? 裁縫とかの?」
「分からんぞ。案外注射の針かもしれん」
「へぇー注射も知ってるんだー。イマドキぃ~」
どうやらこの世界では注射も珍しい物らしい。
だいたい医術は魔法でなんとかできるので発展率は高くないっぽい。
余談だが、この国の科学技術ってのはそんなに目覚しいものじゃない。
冷蔵庫とか掃除機とかはだいたい魔法や魔道倶の応用だし。
特に、通信技術なんてあったもんじゃない。
テレビ、ラジオ、電話、ネット、etc…ありとあらゆるコミュニケート手段は直接の会話か手紙とかで代用。
…この国では、先に魔法の理論を知ってしまったから、こういう魔法に依存した生活が生まれてしまったのかもな。
電化製品に頼りっきりの俺が言うセリフではないが。
「でも、針ね…ちょっと納得かも」
「? 何でだ?」
あはは、と笑いながら席を立つアリーネを見上げる。
少しまだ恥ずかしそうに、だけど楽しげに少女は答えた。
「だって貴方は、人と人を縫い繋げるような……うん、『ハリ』みたいな人だもん」
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今朝、女王様のご立腹説教をアリーネが受けている傍らで。
俺は女王様の側近である執事のような爺さんとの会話で、知ってしまった。
『魔王が召喚された』事を。
『暗闇に堕ち満ちる天命』(だっけ?)って名前の召喚魔法による膨大な魔力。
それが観測され、その情報が一気に伝わったらしい。
女王様が既に鉗口命令を出したようで、一般人に広まる事態は回避したのだとか。
しかし、それはどうでもいい。
魔王、ね…。
ゴメン、俺だソレ…。
爺さんの話聞きながら、めっちゃパニックになってました。
冷や汗尋常じゃなかったわマジ。
何回ボロを出しそうになった事やら…。
でも、結局、
言わなかった。
自分が、魔王である事を。
言う事でどうなるかは俺には想像も出来なかった。
が、良くない方向に事が進むのは避けたかった。
その結果が、閉口。
言わぬが花って言葉があんだよ。
…でも。
世界は変わってしまった。
俺が存在してしまった事により、世界は大きく動いてしまった。
なーにが、『世界の未来を変えちゃいけない』だよ…。
俺はもう変えてしまった。
世界を。
事実が、俺を蝕む。
零れるのは溜息ばかり。
どうしようもなく、やるせない気分になる。 体も、心も、3tあるんじゃないかってくらい、重く感じた。
「ネル?」
「ん」
アリーネが心配そうに此方を見る。
街中を歩きながら、器用に人との荷物の衝突を回避している。
俺も両手の荷物をうまく動かして人と人との隙間を抜けていく。
人込みを抜けた辺りで、会話再開。
「どうかした?」
「いや、ボーッとしてただけ」
「そうなんだ、難しい顔してるからなんか悩んでんのかと」
ウッ、鋭いなコイツ…。
結構見てやがる…。
俺は沈んでいく陽に目を細めながら苦笑い。
「何も悩んじゃいねぇよ、心配すんな」
「……」
「おら、城帰ろうぜ。明日から旅始まるんだし」
「……ねぇ」
「ん、何だ?」
「ホントに悩んでない?」
真面目な声。
驚いて、歩みを止め思わず其方を見る。
琥珀色の瞳が、真摯に此方を見ている。
…その目を見ていると嘘を付くのもアホらしくなる。
「ごめん、今のナシ。
実はスッゲー悩んでる」
俺は頭を下げ、手を合わせて謝る。
アリーネはそれを快く受け流してくれた。
「ありがとね、答えてくれて」
はにかむ様な可愛らしい笑み。
そして再び歩き出す。
俺も彼女の少し後ろを歩く。
アリーネの後姿が目の前の夕日に映える情景は、国宝級の絵みたいな綺麗さを持っていた。
「…ネルが悩んでるって事、分かってよかった。
何を思い悩んでるかは今は聞かない。
だけど、ネルがどうしようもなくなって、誰かの力が必要だったなら。
頼ってね、私を」
アリーネが振り返る。
逆光で表情は隠れているが、おそらく笑ってる。
それだけで、心を圧迫していた何かが薄れていった。
「…ありがとな、アリーネ…」
こいつは、信用していい。
この世界で誰よりも、心を開いてくれた。
その心は、勇者じゃなくて、俺そのものに向けられていた。
嬉しかった。
死ぬほど嬉しかった。
だったら、俺も一つ絆を深めておくべきだ。
好意を示す言葉と言えば…、
「俺、お前の事好きだわ」
Like、だよね、やっぱり。
素晴らしい言葉だな。完結に相手への想いが伝わる。
うん、これで俺達の関係は他人から友達へ…。
「はわ、は、はわわわわわわわわーーーーーーーーー!!」
ん? どうしたんだアリーネよ。
そんな茹でダコの如く顔を真っ赤にして…。
「はわわわわわああああああああああああああああああ!!!!!」
「オイちょっと待てどこ行くんだよ!?
城はあっちだ逆方向だぞ!?」
「話しかけないでぇぇぇええええええええ!!!!!」
そのまま走り去るアリーネ。
……。
神様、やっぱり女の子の考えてる事はよく分かりません。
□■□■□■□■□■
翌日。9月18日である。
明朝、街の門には三つの影。
俺、アリーネ、そして女王様だ。
俺達の出発を直々に見に来てくれたらしい。
国が用意してくれた馬車の傍ら、俺達は会話する。
「一つ忠告をせねばならん」
「忠告?」
「あぁ…」
俺が聞き返すと、女王様は神妙な顔をした。
…アリーネはボーっと、空を見上げている。
昨日の事を引き摺っているらしく、さっきから顔を合わせてくれない。
そんな中、女王様は口を開く。
「既に存じてるかもしれぬが、実は…」
「『魔王』、の件ですか?」
「…耳にしておったか」
アンタの側近のジジイがベラベラ喋ってたよ。
勇者(笑)とはいえ、そんなに信用して情報を渡してよかったのかね。
「…気をつけてくれ。
最近…そう、ちょうど一昨日の午前から、魔族の動きが急なのだ。
もしお主に何かあれば…」
……。
ここに来て、胡散臭いなぁ…。
もしくは本当に心配してるかだが、何か興醒めだ。
俺は適当に笑みを浮かべ、女王様を安心させる。
「心配しないでください。
俺もなんかよく分からない力があるらしいですし、コイツもついて来てくれるし」
な? とアリーネにアイコンタクトを送る。
…目を背けられた…。
「…? 何かあったのか?」
「何も無いですっ」
「う、うむ…心なしか声の調子が強いな…」
さて。
ふざけてる時間ももったいない。
期間はそう長くないんだ。
少しでも多く、この世界を、この国を見て回らなきゃいけない。
「じゃあ、行きますよ、俺達」
「うむ、可能なら、楽しんでくれ。
醜いところも見せるかもしれないが、この世界も捨てたものでは無いと思うものもあるはずなのでな」
「ええ、目一杯、楽しみますよ」
俺は馬車に乗り込む。
乗り込むアリーネに手を伸ばす…が、無視して自力で登られてしまう。
しょぼーん…(´;ω;`)
く、ここで引き下がらずに、もう一踏ん張り!
「…おい、行くぞ?」
「…うん」
お、答えてくれた。良かった良かった。
荷物も既に積んであるので、準備万端。
馬の扱いは分からないから、手綱はアリーネが持ってる。
うん、じゃあ…。
「頼んだ」
「…りょーかい」
アリーネが手綱を引く。
カラカラと、車輪が回転する。
後ろを見る。
手を振る女王様に少し吹いて、そして振り返す。
ガチで心配してくれてたのかもな。ちょっと疑って悪い事をした。
心で謝りながら、前を見る。
広がるのは草原。
少し先に街が見える。
あれが国の南端の街らしい。
楽しい場所だといいな。
俺は世界を変えてしまった。
存在する事で、世界はその事実を大きく肯定している。
それがどうした?
世界なんて、変わるものだ。
どうやったって、移ろいでいくしかない。
ああ、そうさ。これは開き直りだ。
だけど、俺は断言できる。
前に座り馬を操る少女を見る。
日差しに茶髪が煌く。
こいつとの、絆。
俺の中で、それは生まれた。
関わる事で、繋がってしまった、変わってしまった関係。
だからこその、断言。
俺はこの絆を、この変化を、絶対に否定しない。
それは、世界も同じ。
もし悪い方向に向かってしまったら、いい方向に直せばいい。
自意識過剰かもしれないが、俺にはきっと、その力がある。
「なぁ、もっと明るい感じで行こうぜ? 歌ったりとかして」
「こんな何も無い場所で歌って誰かに聞かれたらどうするの!?」
「それは、こう、その場にいる人も巻き込んで…」
何気ない言葉が、静かな草原に響く。
カラカラカラカラと、
俺達の旅は、ゆっくり廻りだした。
やっと城下町(的な国の中心)を出ました。
これで一つのプロローグがようやく終わったという感じです。
個人的な感想としては、結構フラグ(伏線)ばら撒いたな…ちゃんと回収できるのかな…という不安が一番大きいです。
と同時に、この作品をどんな物に仕上げられるかが楽しみでもあります。
しょうもない駄文ではありますが、これからも精進を欠かさず頑張って書いていきたいです。どうか応援よろしくお願いします!
次回からは戦闘も交えつつの展開になりそうです(適当)。