5幕 この世界を知る時間
長文が多くて読みにくいかも。
視界の靄が消え、俺は意識を取り戻す。
そこは大きな豪華な部屋。
どうやら戻って来れたようだ。
目の前には変わらずに女王様がいた。
「………どうしたのだ、勇者?」
「………」
右手は前に差し出したままだった。
そしてその右手に、意識を集中させる。
ほんのそれだけ。
今までやった事の無い、しかし何故かそうしたくなった行動。
だけど、
正解だった。
――――キィィンッ!
光に包まれて、それは現れた。
俺はそれを自然と掴んでいた。
銀色の、光沢が美しい歪みないフォルム。
短剣ほどの大きさの棒。
そう、それは…。
「…つまようじ?」
誰かが口にした。
…。うん、見た感じ、そんな風だな。
……。
………。
な、
「…何、コレ…」
俺は出てきたそれに唖然とする。
これが、魔の帝王の素質?
『特別』な俺の力?
…オイオイオイ。
違う、別に、普通に凄い事だ。
なんたって無機物が俺の手から出現したんだからな。もう俺は異能持ちだよ。
だけど、ちょっとは格好のついた力だと思ってた…。
まぁ先っちょ尖ってて武器にはなるとは思うが…。
「ゆ、勇者よ…」
愕然とした声。
それは女王様の口から漏れたものだった。
…やめてください。ええ、ボクはご期待に添える事が出来ませんでしたよ。
ですが、ホラ、見てください。ね? こんな物騒な物が出てきたんですヨ?
もうちょい褒めてくれても…。
うん、無理だな。
はぁ…、クソ、こんなんで何かをどうかできるのか…。
「そ、そんな顔をしないでくれ…。
そんな顔をされたら…」
「いえ、女王様。貴女の心遣いがあれば、俺は…」
「妾の今朝の洗顔が不十分であったかもしれないと鏡を見たくなるではないかーーーーーーーーーー!!!!」
ダダダダダダダダダダーーーーーーー!!!!
女王様は顔を両手で抑え俺をスルーしてレッドカーペットの上を奔走し出した。
ダダダダダダーーーー…タッタッタッ…タッタッ…。
………。
止まった。
テクテクテク…。
…数分かかり、歩いて再び王座の前まで戻ってきた。
あー、なんか後ろの方々の空気が微妙で大変な事に…。
「ゴホン。す、すまなかった…」
「楽しそうで何よりで」
「その返答に引っかかる物があるがそれは捨て置こうか。
それより、答えを聞いてよいか?」
一瞬何の事か分からなかった。
…あぁ、そうだったな。
手を取るか、取らないか。
……。
俺は右手に意識を再び集める。
すると、銀色のそれは光になって消えた。
決意は固まっている。
しかし答えは決まってない。
だから。
「時間を、くれないか?」
「…何のだ?」
「この世界を知る時間。
2ヶ月…いや、1ヶ月でいいんだ。
人々がどう生きて、どう戦ってるのか。
それを知った上で、答えを出したい」
それは逃げでもある。
だが、俺はまだこの件に関して部外者だ。
この世界で当事者になるには、やはりそれを理解するしかない。
俺は力強く女王様の顔を見る。
女王様は、少し考えて頷いた。
「…その通りだな。
勇者の好きにしてくれて構わない。
その代わりと言っては何だが、条件がある」
女王様は右手の指をパチンと鳴らした。
突如。
濃茶髪をポニーテールに結んだ少女が彼女の膝元に現れた。
「なッ…!?」
「御呼びでしょうか、ルミナル女王陛下」
右手を床に付き、忠誠を女王様に尽くす少女。
…どこから出たんだコイツ。
「勇者は…そういえば名前を伺ってなかったな」
「あ、俺、修司煉瑠っす。煉瑠の方が名前っす」
「それでは…ネルよ。
この者は妾の側近…あぁ、違う、下僕だ」
「!? 女王様、酷いですっ!?」
「いいから、自己紹介でもするのだ。さもなくば貴様は御役御免だぞ?」
「うぅ、扱いがぞんざいだよ…」
喚いていた少女を女王様が止める。
少女は立ち上がり振り返ると、少し頭を下げた。
「私の名前はアリーネと言います。
恐れながら、女王様の側近の一人を担う者です」
「あぁ、よろしくな」
「はい。
…で、女王様、何故私を呼んだのですか…?」
アリーネは首だけゆっくりと回し、女王様に質問した。
その答えとしてか、うふふと邪悪な笑みを浮かべた。
…何だ?
「貴様には、勇者ネルの一ヶ月の旅に同行して貰う。異論は認めん」
……。
一瞬まぁいいかと納得しかけたが。
コイツ、女だよな。
二人の思考回路が完全に一致する。
先に動いたのはアリーネだった。
「いやいやいやいやいや! 何を言ってるんです女王様!?
まだ年端もいってない私が男とぶらり二人旅ですと!?
既成事実でも作れと言うのですか!?」
「え、貴様、そういう下心があるのか?」
「あ、あああああああああああああるわけないでしょうがっ!?」
顔を真っ赤にし反論するアリーネ。
髪を乱し、そしてフラフラへにゃへにゃとその場に倒れこむ。
その様子を見守ると、女王様は一つ溜息。
そして俺に視線を移す。
「この様なヘンテコ娘ではあるが、同行を許してくれないか?」
「いいですけど…。
…目的は、監視ですか?」
俺は言葉をあえて選ばなかった。
それはそのまま、信用性の確認になるからだ。
だが、返ってきた言葉は呑気なものだった。
「それもある。いきなり失踪されても正直困るのでな。
理由は他にもある。
其方はいくら力を持っているとはいえ、未だ一般人だ。
そのような者を一人でフラフラぶらつかせ、魔族や賊に遭遇させてしまっては、困るのは双方だろう?
この阿呆は、弄りがいのある愉快な性格ではあるが、何しろ腕は立つ。
知識も豊富で、更に任務や勤務を放って友人と街に遊びに行くので面識も広い。
傍に置いておいて、其方にデメリットはなかろう?」
微笑み、首を小さく傾げる。
…どうやら、本心みたいだな。
俺は女王様の言葉を信じた。
「…そうですね。
じゃあ、この人借りていきますね」
「おお、宜しく頼むぞ。
夜這いにきたら、遠慮なく吹き飛ばして構わない」
「だから、しししししししませんってばぁぁぁああああ!」
アリーネの声が広い部屋に響き渡る。
そして現状からアウェイになりつつある後ろの方々。
…何でこいつら、まるで俺もボケたいと言わんばかりに体をわなわな震わせているのだろうか。
そうか、ここの奴らは、アホしかいないのか。納得納得…。
…不安になってきた。
そんな俺の心境には触れず、
「えー皆の者、すまない!
“勇者の儀式”は延期だ!
後日、つまり一ヵ月後である10月16日にこの場に集まって欲しい!
しかし、今日はせっかく集まって貰ったのだ!
城の各大広間にささやかながら宴の席を設けた!
是非楽しんでくれ!」
女王様の一声で、空気はドッと明るくなる。
闇に染まっていく異世界での初めての夕暮れは、それはそれは綺麗だった。
□■□■□■□■□■
パーティーなんて初めての経験だった。
人気の無い城の上階テラスで、俺はグラスを傾ける。
部屋を出て待っていたのは、キラン☆と目を光らせる城のメイドさん達だった。
衣裳部屋に監禁されメジャーとか色々高速でされウィンウィンチョキンチョキンバコンバコンと何かして立派なスーツに着替えさせられた。
お礼を言って、いざ広間に行ってみればあらビックリ。もの凄い人、人、人。
俺が入るとワァッと歓声が上がり、あっちこっちへ引っ張り回された。
で、疲れた俺は集団に隠れてこの2階のテラスの端に来ていた。
まだ宴を楽しんでいる者が大半のようで、テラスには人影一つない。
俺は月を見ていた。
満月にほとんど近かった。
聞けば昨日が満足だったそうだ。
という事は、俺が魔族に召喚された時と今回の召喚の時系列は正しいようだ。
世界が一緒なのかも少し不安だったが、それはどうやら合っていたらしい。
話を聞くと、魔族の拠点はアルバートという場所らしい。
俺はどこかの黒翼暴走姫の口にした地の名を、しっかり覚えていた。
「…にしても…」
ここの人達、みんな人が優しい。
偏見かもしれないが、貴族とかは勇者に媚を売るもんだと思ってた。
だけどこの城にいる貴族…だけじゃなく全ての人々からは、そういうのを微塵も感じなかった。
戦争で、皆が乱心なはずなのに…。
…いや、戦争をしているからこそ。
みんなで力を合わせる重要性を、理解しているのかもしれない。
一人感心していると、後ろから不意に声。
「あれぇー? ネルじゅぁあーん!
何でこんなところにいんのーーーー???」
…完全泥酔しているアリーネだった。
うわ、ここまで典型的によっぱらった人、初めて見たよ…。
…さっきの赤い絨毯を歩いている時に見たアレは、記憶から消した。
アリーネはワイン瓶片手に近付いてくる。
「何でここにいんのーーーーー???」
「ちょっと風に当たりたくてなー。お前は?」
「私ーーーーー???
私はねーほーーーーんのちょっと酔っちゃったから、気持ちいい空気を吸いたいのーーー」
「そのお前が何で瓶常備してんだよ」
「んんんーーー??? あははー気にしない気にしなーい!」
わははははーと笑うとアリーネはワイン瓶に口をつけてグビグビ。本末転倒だ。
気分を高揚させるアリーネを見て、ちょっと心配になる。
「飲み過ぎじゃねェ?」
「いいじゃーんっ! 私もう16だよぉっ!?
お酒飲める歳なんだから、いくらでも飲んでもいいじゃああああん」
うお、酒くさ…。まぁ、人の事は言えないか。
この世界の飲酒年齢は15らしい。
タバコ、成人も同様だそうだ。
「酒ってのはな、酒と分かり合えるようになると無理に余計な量飲まなくなるもんなんだよ。
俺の親父が言ってた」
「お酒なんて分かり合うもんじゃないもーん。愛するものだもーん。
ほらネルもどんどん飲んで飲んで!」
「飲んでるだろうが」
俺はワイン瓶を無理やり口に突っ込もうとするアリーネに飲みかけのグラスを見せ付ける。
しかし彼女はそれでは満足しなかったようで、ぷくぅと頬を膨らませた。
「そんなん飲んでる内に入んないんだよ!
男なら全裸で手を腰に当ててがばがば飲まなきゃ!」
「と言って俺のネクタイを解くな! 真正の変態かお前は!」
俺はチョップを滑らかな髪に落とす。
モロに喰らったアリーネは千鳥足でふらつき、テラスの手すりを掴む。
そして、顔を上げる。
溢れ出る歓喜の表情。
「――うわぁーーー!
この景色見たの、入隊した以来かなぁっ!」
「いや、そんな笑顔で同意を求められましても…」
「むむぅ…ノリ悪いなぁー…」
そうして再び景色に顔を向ける。
俺もその様子に、景色に目を奪われてみる。
街の光がキラキラしてて、宝石の海みたいだった。宝石の海なんて見た事無いけど。
視界の向こうには広大な平原があり、そしてその奥には小さな光が見えた。
…別の集落…いや、国か?
「帝国アルファルド」
アリーネが呟いた。
声の主は、豪く真面目な顔をしていた。
酔ってるのか、いや、酔いは醒めたのか…?
眉間に皺を寄せて考えていると、アリーネは続けた。
「それがあの光の名前。北の要塞帝国。
私の、故郷…」
ハハ…、と乾いた笑いが聞こえる。
…思うところは、俺にもいくらかあった。
でも聞くには忍びなくて。
俺は話を変えるように静寂を破った。
「なぁ、まだ聞いてなかったけど、“儀式”って何だ?」
「…勇者の契約」
アリーネは言う。
声に感じるものは無感情という温かくないものだった。
少女は、此方を見ない。
ただ、風景を見る。
「女王様の望みを貴方が実行するという誓いの儀式。
望みを受け入れれば、その為の“風”を手に入るの」
「“風”?」
「幸運、みたいなものだよ」
……。
なるほど、な。
俺は意図せずして“儀式”を先延ばしにしたのだ。
そして、女王の望みとは…。
「魔族の殲滅…」
「…嫌な世の中だよ、この世界は…。
戦っても戦わなくても、血は流れちゃうんだから…」
自嘲気味な声と笑い。
…まずったな。
空気を多少和らげたかったのに、これでは逆効果だ。
なのに。
こんな状況なのに、俺はもう一つの疑問を浮かべる。浮かべてしまう。
…出来れば、聞きたくないけど、
「もう一つ、いいか?」
「いいよ。何?」
アリーネと向き合う。
確認しなきゃ、いけない。
「俺は元の世界に帰れるのか?」
沈黙。
アリーネは何か言いたげに口を開閉させた後、しかし何も言えずに目を伏せた。
…分かってはいた。
さっき貴族の方々から聞いてしまったのだ。
今回、勇者こと俺の召喚に使用させられた『狩人の眼光の煌き』。
それは莫大な魔力の消費と引き換えに、異世界の『特別』な人間を一方通行で引き擦り込む魔法。
俺が魔族に送られて自分の世界に帰る際に意識を失ったのは、より強大な力に体を引っ張られた影響のようだ。
つまり、現段階では、という補足が必要ではあるが。
俺は、
帰れない。
そういう事だ。
…だが。
俺は苦笑し、俯くアリーネの頭にポフっと手を置く。
「いいんだ。そんな気にしてない。
こっちはこっちで楽しそうだし」
「…ごめん……」
「謝んなよ。お前は何も悪くないだろ?」
「………」
うん、確かにいざ戻れないとなると自宅が恋しくなる。
親や弟、学校のバカ共、あとどうでもいいが幼馴染なんかにも、すぐに会えないのだ。
だが、決して帰る方法が無いと確定はしていない。
黒翼族のあの召喚魔法ならば、4年に一度は世界を行き来できるのだ。
他にも方法があるかもしれない。
なら、今はそれを気にせず、俺はこの世界で自分がやりたいようにやるだけだ。
「俺は行くぞ。女王様が部屋用意してくれてるらしいし、今日は疲れたし…」
「そっか。
私は、もうちょっとここにいるよ」
「あぁ、じゃあな。おやすみ」
「…おやすみ」
俺は足を動かす。
少し気になって、後ろを振り返ってみた。
アリーネは、相変わらず遠い風景を眺めるだけだった。
少し大きすぎるベッドで、俺は倒れるように眠りについた。
そして深夜。
俺が寝ている間に。
城の兵士、及び国の中心である貴族の間ではちょっとしたパニックが起きていた。
それは、緊急警戒を強いるモノであり、しかし伏せなければならない情報。
昨夜、城の怪しい魔力探査にあたっていた兵が観測した、ソレ。
ソレはもう、既に朝の内には一部の人間は知っていたらしい。
女王様も耳にしていたそうだ。
だからこそ、俺は、この日、9月16日に召喚されたのかもしれない。
兵の話では、それはそれは凄い魔力だったらしい。
それはそうだ。
この城から、このアルベダ国から相当の距離がある場所でも感知してしまう程の、城のみを探査しているのにも関わらず感知してしまう程の、大きな魔力だったらしいからな。
東から捉えられた、強大な魔力。
その魔力の『闇』の性質から、魔術師達は口を揃えて言ったそうだ。
「魔王が召喚された」
さて、ようやく物語のスタート!と言いたいところですが。
次の一話を、ネルとアリーネの旅の準備とさせていただきます。
それからようやくスタートですかね。
感想とか書いてくれると発狂する程嬉しくなるので是非お願いします。