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4幕 『特別』

 戦争。

 血肉と命の奪い合い。

 利己主義で、兵の犠牲をなんとも思わないお上の醜悪な殺戮。

 感情無視の大量殺害。

 それが、戦争。


 それは教科書やテレビで、俺の狭い視野で見ていた価値観。

 女王様の話を聞いてて、実際は違う事を知った。

 いや、実際に俺の世界の戦争は下々の気持ちを論外にしていたのかもしれない。

 だけど少なくともこの世界は、そうじゃなかった。

 みんなが、辛いんだ。

 いい方向へ向かいたくて。

 その代償としての自分の心も他人の心も蔑ろに出来なくて。

 雁字搦めになって、動けなくなって。

 自分達で自身の体に血の涙を流してた。




 女王様の話はどこぞの森で聞いた話と似たり寄ったりだった。

 戦争の終止符を打つ為に、10年に一度だけ訪れる彗星を利用する召喚魔法で俺を召喚した。

 俺は勇者で、もの凄い力を持ってる。

 だが、決定的に違う内容が一つ。

 滅亡の対象は、魔族。

 ルミナル・ホレイト女王陛下が力なく笑う。


「これ以上、愛する者を喪う悲泣を兵に与えたくない…。

 その為に。全てを丸く治める為に、どうすればいいか考えた。

 和解、降伏、交渉…しかし、魔族に殺された人間は数知れず。

 遺族の仇への厭悪という刃は鞘に納まらない。仇を討つまで、振るわれ続ける。

 それは、魔族も同様であろう。負の連鎖だ」


 心から哀しそうに、目の前の女王は現状を語る。

 俺は口を一文字に閉じて、聞いていた。

 ……この世界の奴等はさ。

 失う悲しみも、奪う喪失感も知ってて、それでも戦ってるんだよな…。

 少なくとも、互いの生命の長達はさ。


「刃は、血で飢えている。無論、持ち手の意思に反してだ。

 ならば、少しでも終わらせるしかない。

 だからこそ。

 『特別』な力を持つ勇者よ。

 どうか我らに慈悲な想いを向けてくれ。

 その為なら我々は如何なる望みでも甘んじて受けよう」


 女王様が、片膝を折り頭を下げる。

 それに反応して、ドミノ倒しのようにバァッと赤い絨毯を囲む正装集団も片膝をついた。

 俺は少し戸惑うが、だけどそれ以上に気になる事もあってか、平静を維持する。


「…聞いて欲しい」

「なんなりと」


 …ずっと気になってた、事。

 俺の、『特別』。

 俺は自分の言葉が丁寧から大きく逸れていくのにも関わらず、だた自分の弱さを吐く。


「…『特別』って言うけど…俺は何も持ってない、ただの齢17のガキだ。

 そんな俺に、何を望むってんだよ…。

 どう『特別』なのか、説明してくれよ…」

「…言葉を」

「え?」


 不意の呟きに変な声が漏れる。

 女王様は顔を上げて、提案…いや、確信を口にしだす。


「其方は、『特別』が故に聞いたのではないか?

 何処でもない、其方の胸の内、つまり、心で」


 ……。

 脳裏に浮かぶのは真っ黒な空間。

 そこで耳にしたのは声。

 俺を知っている人物の、声。


「…どうすりゃいいんだ?」

「音に。声にしてみてくれ。

 其方の呼び声に何らかの応答がある筈」


 女王様は、立ち上がっていた。

 少し斜め上から、俺を見下ろす。

 それは侮蔑でなく、慈しみだった。

 その瞳に、視線に支えられ、俺は右手を前に出す。

 ぎゅっと握り締めた拳を、誓いのように。

 喉を、震わせる。


「――――ハリ」


 瞬間。

 世界が光に消えて。

 視界が白に霞む。





 □■□■□■□■□■ 





 気付けば、そこは小さな丘だった。

 何も無い、ただ地面で草が風に靡く丘。

 空は夕暮れなのか、地平線に見える日を中心に朱に染まっていた。

 丘の頂上には一本の緑樹。

 大きくもなければ小さくもないその樹の影で、一人の少女がちょこんと女の子座りしていた。

 白いワンピースに、紺色のカーディガン。

 色素の薄い白髪は風に揺れてキラキラしている。

 清潔を彷彿させる少女は、立ち上がり、そしてはにかむように笑った。


「…お前が…」

「初めまして、じゃないんだなー。残念。

 さっきハリの声聞こえたよね?」

「ああ」


 俺は少女の下へ歩いて、返事を返す。

 そういや、俺、まだ十数時間前にこの世界に来たんだったな。

 少し時間が経つのが遅いような気がする。

 俺は右掌を見る。

 この手には、俺には、何があるんだろうか。


「…お前がどんな存在だとか、どんな事情でここにいるかとか、俺がどうやってここに来たとか。

 聞きたい事は山ほどあるけど。

 でも、まず確かめたい事がある」

「何?」

「俺の力って、何だ?

 カルナは魔の帝王の素質だって言った。

 女王様は『特別』な力だって言った。

 …何なんだよ。

 俺の力って…。

 ワケわかんない期待が、俺を囲むんだよ…。

 俺は、どう『特別』なんだ?」


 不安だった。

 他人からの身に余る願望が、俺を縛っているようだった。

 どうするのがいいか分からなかった。

 正確な答えが、欲しかった。

 その答えが魔の帝王だろうが勇者だろうが化け物だろうが一般人以下でも。

 明確な『俺』を知りたかった。


 少女は口を開いた。

 答えを、知っている。


「ネルがどんな風に『特別』な存在かでしょ?

 そんなの簡単だよ。




 ハリの“恋人”だよっ!」




 …。

 ……。

 ………。!?


「何ぃ!? 俺リア充だったの!?」

「うん。精神下でね」

「精神下!?」

「だってここはネルの精神世界をハリが居心地のいい様に書き換えた場所だもん」

「お前人様の心に何してんだよ!? そして精神下でリア充ってただの妄想癖野郎じゃねぇか!」

「そんな事言っても…事実だし…」

「クッ! 嬉しいような悲しいような!?」


 orz…。

 文字通りの姿勢をとり、落ち込む。

 手に触れる芝生がサラサラしてて気持ちよかった。

 …もう、ワケわかんない。


「もっと真面目に答えようか?」

「…はい。是非」


 出鼻を挫かれっ放しは、癪だ。

 すっきりするまで、俺はきっとこのままだし。

 ハリがご機嫌そうに説明を始める。


「…『特別』は『普通』に見える…」

「え?」


 俺の理解力が足りないのか、彼女の言葉が足りないのか。

 どちらにせよ、聞き返すために顔を上げたのは確かだ。


「…他人は、誰だって『特別』に見えるんだよ。

 自分に持ってない物を持ってるから、『特別』。

 その人のほかの人とも違うから、『特別』。

 自分より足が速い~とか、勉強ができる~とか。

 自分から見て、どこかが能力として抜き出てるってだけの話」

「――隣の芝は青く見えるって事か?」

「だいたいあってる、かな。

 ネルは自分より足が速かったり勉強ができる人を羨ましく思う?」

「まぁ、それなりに」

「ネルやハリが持ってるのは、それの最上級って事。

 でも、出来ない事だってある。

 みんながそれぞれ違うものを持ってて、そして足りないの」

「…俺は『特別』だけど『普通』って事なのか?

 答えになってねぇよ。

 俺がどんな『特別』なのかの答えになってない」

「なってるよ」

「……?」




「『普通』。それが、ネルの『特別』だよ?




 そして、みんなの『特別』」


 ……。

 哲学かよ…。

 もうだめ。頭痛い…。

 ハリは頭を抱える俺を見て、困ったように微笑んだ。

 すっかりテンションを落とした俺の頭上にて、再び、声。


「じゃあ、仮にネルが、世界を人間からだろうが魔族からだろうが宇宙人からだろうが小惑星からだろうが守らなきゃいけない勇者だったとして」


 …なんか今『からだろうが』がゲシュダルト崩壊しそうになったんだけど。


「で、そう言われてネルは満足できる?

 本当に、それが自分の心の支えとして欲しい?」

「………。

 違う、気がする」


 そう、だ。

 それも、最終的には俺が『特別』な理由にはなってない。

 そもそも、『特別』って何だろうか。

 もはや『特別』までもがゲシュダルト崩壊してやがる…。


「みんな、自分がどんな『特別』か、分かんなくて、人のいい所ばっかを見ようとしてる。

 それは時に尊敬とも呼ぶし、嫉妬とも呼ぶ。

 人の『特別』が羨ましいの。

 その中で、ネルはいろんな人の認められる力を持ってるだけ。どんな物なのか分からないのに、ね」


 …。

 でも。


「それでも、俺を勇者なり魔王なりに呼称するヤツらは俺を『特別』って呼ぶんだ。

 正体不明の力を持ち上げられて、それで俺が『特別』なんてムシが良すぎる。

 そんなんじゃ、俺じゃなくて、必死こいて血流してるあいつらが可哀そうだ…」

「……。そっか」


 ハリは、始終笑顔を絶やさなかった。

 こんな小っちゃいのに、お母さんのような、母性に満ちた笑顔だった。

 …弱虫だ。

 自分が幼くて嫌になる。

 頭を、再び下げる。

 丘に風が吹いた。

 伸びた黒髪が目にかかって小さな痛みを与える。

 …風が、冷たい。


「ねぇ、明確な力があったとして、ネルは、この世界で苦しんでいる人々を見て、どうしてあげたい?」


 ……。

 数時間前、俺はカルナに言った。

 この世界の事は、この世界の人達が決めるべきだと。

 自分が戦争に関与したくはないと。

 その気持ちは紛れもない俺の本心、願いだ。

 今も、変わらない。

 でも。

 もし、俺に約束された力があるというのなら。

 何かができるというのなら。


「…世界を救う、なんて大それた事は言わねぇけど…」


 言葉を想いへ上乗せる。

 風が止んだ。




「困ってるヤツを助けてやりてぇな…」




 その時だった。

 フッ、と体が軽くなる。

 そして、体を覆うような薄い膜が俺を包んで輝き出した。


「何……!」

「ごめんね。ちょっとネルの事をまた知りたくて、変な質問しちゃった。

 本当に、ごめんね」

「え、どういう…?」

「ハリはね、ネルの力の『鍵』を持ってるの。

 開けるのも封じるのも、ハリ次第だった。

 …実は、この力はこの世界をひっくり返すような力だから、不安で、あまり渡したくなかったんだけど。

 でも、大丈夫だね。

 ここまで人を思いやれるネルなら、きっと大丈夫」


 そう言って、ハリは右手で俺の右手を握る。

 ぽわぁと温かい何かが、俺に流れ込む。

 数秒。そのままでいた。

 どこかでずっとそのままでいたいと思う自分もいた。

 …少女が、手を離す。

 同時に、再び視界が白い光に満ちていく。


「…今回はこれで終わり。また会おうね」

「お、おい! 待てよ、ここは俺の精神世界なんだろ!?

 またすぐに会えるんだよな?」

「ううん、ハリ、少し寝なきゃだから、もうちょっとしないと会えないし、入れないと思うよ」


 寝る?

 何を言ってるんだ。

 疑問を抱いている内に、どんどん視界は霞んでいく。

 俺は無我夢中で手を伸ばす。

 少女はその手を取らなかった。


「…さっきの話だけど、もし、さっきの答えで納得出来ないんなら。

 ネルのその手にある力が、

 本来持っていたネルの力が、」


 ハリは、目を細めて笑った。

 そして世界は白に包まれる。

 感じたのは、耳の鼓膜に伝わる声だけだった。



「ネルの『特別』の理由」

 感想とか書いてくれると発狂する程嬉しくなるので是非お願いします。

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