その令嬢、生きてますけど
「初めまして、ティーナ様。貴方のような美しい方にお会いできて、とても光栄です」
初めは理想的な人だと思った。
顔もスタイルも抜群で、気品を感じさせる振る舞いもできる。
こんな人が田舎から出てきた私の婚約者になるだなんて、とても信じられなかった。
この縁談を呼んでくれた父に心から感謝したほどだ。
「リサク様、初めまして。どうぞ、よろしくお願いいたします」
緊張しながら挨拶をすると、彼は優しく微笑んでくれた。
挨拶が終わった後もずっと胸がドキドキして、その日は眠れなかった。
二人だけで会う日が増えると、私は幸せを感じることが多くなった。
彼は博識で、色んなことを知っている。
それを教えてくれるのだ。
ただ時々、言動に違和感を覚えることがあった。
夜会で私が赤いドレスを着た日の帰り、彼はぼそりと呟く。
「少し扇情的すぎるな。彼女だったら、そんなの着ないのだけどな……」
「お気に召しませんでしたか。次からはもっと違う色にしますね」
戸惑いつつも、その時は『彼女』を追及しなかった。
そこから会うたび、『彼女』が出てくることになる。
「ここの通り、紅葉が綺麗だろう?」
「ええ、素敵ですわね」
紅葉の木が整然と並ぶ通りを歩いていたときのことだ。
彼は明らかに不満そうに口先を尖らす。
「そこはさ……もっと大げさに喜んで欲しいんだ」
「……え?」
「彼女だったら、もっと弾けんばかりの笑顔を見せるよ」
さすがに二度、三度と出てくると私もそれに質問せざるを得ない。
「あのリサク様。時折出てくる彼女とは、どなたのことでしょうか」
「……ああ、そうだね。すまない、つい……」
雄弁な彼が珍しく言い淀む。
しばらく間を取っており、さすがに悪いと思って私が遠慮しようとすると、彼が口を開く。
「実は、以前に婚約していた女性なんだ。ただ彼女はもう、この世にはいなくて……」
一筋の涙が彼の頬を伝って、落ち葉の上に落ちた。
私は申し訳ない気持ちになる。
「し、失礼しました……。私、大事なことを知らず……」
「いや、いいんだ。君にこんなことを言うのはおかしいよな。でもどうしても、彼女との記憶が消えなくて」
彼は木に寄りかかり、頭をゆっくりと左右に振る。
その度に涙が降り落ちて、私は胸をギュッと掴まれたように切なくなった。
「いいえ! こちらこそ、すみませんでした。記憶を消すなんて無理ですものね。思い出した時は、気にせず仰ってくださいね」
「いいのかい!?」
「え? あ、はい……」
一瞬で笑顔になるから私も戸惑ってしまう。
最初はクールな人だと思っていたけれど、意外と感情的な方なのかもしれない。
ただ、心から愛していたのなら、そう簡単に死を乗り越えられないのはわかる。
恋人ではないが、私もおばあちゃんを亡くしたことがある。
本当に辛くて、何日も食事が喉を通らないほどだった。
一年、二年経っても、ふとしたときにおばあちゃんを思い出す。
だからできる限り、リサク様の心が楽になるサポートをしたいと思った。
☆
私の決意は揺らぎそうになっていた。
というのも、あれからリサク様はことあるごとに死んだ元婚約者のことを口にするのだ。
「ここは彼女ときた場所なんだ。彼女は僕のことを世界で一番愛しいと言ってくれたなぁ」
こういう過去の思い出を語るのだ。
今一緒にいるのは私なので、少し気を使ってほしいと感じることはある。
でも、これだけならまだよかった。
しばらくすると、それは更にエスカレートしていく。
「君さ、肌の見えるドレスを着るのはやめた方がいい。あれ系は良くない。この間も馬鹿な男が君のことをじっと見つめていたし」
私はそこまで派手なドレスを着ていない。
特に以前指摘されてからは、集まる女性の中でもかなり地味なものを選んでいた。
「ですが、女性はドレスを着ることも多いので」
「まあ常識に囚われる必要はないよ。肌を一切見せないのがいい。髪飾りも不要かな」
私を心配してくれているのか。
あるいは、束縛的なものかわからない。
ただ決まって最後には、彼はこう言う。
「彼女なら、絶対にそうしてくれていたよ」
会うたびに、私は『彼女』と比べられるようになった。
相手はとても完璧な人だったのだろうか。
それとも亡くなったことで完璧だった時の彼女が、いつも再生されているのだろうか?
とにかく私は苦しい思いをすることが増えた。
「いいかい? 他の貴族との会話では絶対に僕を立てるんだ。彼女はいつもこう言っていた『リサク様はいつも私を気遣ってくれて、大切にしてくれるんです』と。そのまま使ってもいいから」
「……はい」
夜会に参加する度、私はこれを言い続けた。
しかも話し相手が変わる度なので、私もさすがに疲れてしまう
でも感情を込めていないと後から怒るので、そこは必死になる。
実際、彼の評判はかなり良かった。
亡くなった元婚約者を一途に思い続ける誠実な人、という印象があったらしい。
そんな彼が新しい婚約者を見つけたのだ。
一歩前に踏みだそうとする姿に、周りは心を打たれていた。
壇上にあがって私を紹介するときも涙を流しながら、
「──彼女のことを思い出す日はあります。でもそれはもう過去のこと。僕と、このティーナは現在を生きています。だから二人で未来に向かって進んでいきたいと思います」
割れんばかりの拍手がして、彼はまるでヒーローの如く扱われていた。
私が横にいて気づいたのは、途中から涙が出なくなり、口端に薄い笑みが浮かんだこと。
なんというか、それは微笑みではなかった。
邪悪とまでは言わないけれど、策略が成功したみたいな笑い方だった。
帰りの馬車の中、彼は目を細めながら話す。
「何もかもが順調だ。もしかして僕って神に愛された男なのかな?」
「……かもしれません」
「いや、そこは『さすがですリサク様!』じゃないかな? 彼女だったらそう言うよ?」
私が下を向くと、彼はまあいいやとそっぽ向いた。
この人は、実は私が思い描いていた人とはまるで違う人なのではないだろうか?
☆
結婚式の話し合いを進めるため互いの両親で話し合いをすることになった。
場所はリサク様の邸宅で行われる。
話が一段落つき、休憩になると彼は私に色んなものを見せてくれる。
「これは王都で買った土人形なんだ。君は田舎の人だから、こんなの見たことないんじゃないかい?」
「はい、初めて見ました」
「だろうね。まあ彼女は都会的な洗練された人だったが、君も頑張れば近づけるさ。でもそのためには僕の言うことを聞くのが早い。僕が彼女を一番知っていたのだから」
「ですが」
「はい口ごたえ。彼女はそんなことしなかった。それじゃ永遠に僕の中の一番にはなれないよ」
反論したい気持ちはあったけれど、言葉は喉元で止めた。
田舎から出てきたばかりの令嬢がこんな良縁を結んでもらえるなんて幸運なのだから。
心の中で、何度も自分に言いかせた。
とはいえ、さすがに最近の言動は心にくるものがある。
「そうだ。いいものを見せようか? ついてきて」
彼は自室にいくと、奥から何かを取り出して渡してくる。
なんだろう……人物画?
一枚の紙に一人の女性──令嬢らしき人が描かれていた。
「それが亡くなった彼女なんだ。美しいだろう?」
「え?」
「え、ってなんだい? まさか美しくないとでも!?」
「いえ、そうではなくて…………」
私が動揺したのは、そんな理由ではない。
私は知っているのだ──その女性を!
「あの、この方のお名前を聞かせてもらっても?」
「オリエラだけど?」
「……あの。今日は体調が優れないので、これで失礼いたします」
私はスカートの裾を持ち上げ、走り出す。
「ちょっ!? 急すぎないか? 彼女はそんなことしなかったぞ」
彼の文句は完璧に無視して私は走った。
両親とお相手に断りを入れ、私は邸宅を飛び出した。
そのまま馬車を使って、生まれ育った故郷へと戻る。
何時間も揺られて、久々についたのは小さな町だ。
それこそ、知らない人の方が少ないんじゃないかってほど。
門番や知り合いの人に挨拶をしながらも私は友人の家へ急いだ。
彼女は自宅前の小さな畑で土をいじっていた。
私を見つけると目を丸くして驚いた後、すぐに駆け寄ってくる。
「久しぶりじゃない!? 驚いたわ」
「あの、一つ聞きたいことがあるのだけど──」
☆
その夜は大きな夜会ということもあって、リサク様は気合いが入っていた。
というのも主催者の公爵に、スピーチを許されていたからだ。
公爵が気に入った人数名を壇上にあげて、話を自由にさせるのだ。
当然、晴れ舞台ということもあってリサク様の両親も、私の両親も来ていた。
まずは、いつもように他の貴族のところを回って、私にいかに自分がすごいかを語らせる。
私も慣れたもので感情を入れずに、しかし表面的には感激しているように話すことができるようになっていた。
そしてパーティもお開きが近くなると、ついにリサク様のスピーチの番が回ってくる。
「こんばんは皆様。リサクと申します」
私は婚約者として彼の隣に立ち、一緒に頭を下げる。
彼は公爵のことを絶賛した後、自分語りに入る。
「僕には大切な婚約者がいました。でももう、彼女はいません……。最後の時まで、彼女はずっと僕の幸せだけを願い続けていました」
ポロポロと涙が溢れだす。彼は本当に器用だ。
いつでも自由に涙を操れる。
実際、彼を見てつられ泣きする貴族もチラホラいた。
「彼女の安らかな死に顔は、今でも思い出せます。本音では、今だって辛い……。それでも僕は生きていきます。彼女も天国で、それを望んでいるのだから!」
「その令嬢、生きてますけど」
時が止まった。
そう錯覚するほど会場が静まり返った。
誰もが、言葉を発した私に注目している。
リサクは首を傾げ、弱々しい声で聞く。
「いま、何て……??」
「ですから、その令嬢は生きておられます」
「……ティーナ? なに意味のわからないことを言うんだ?」
「証拠、お見せしますね」
私は扉の一つを開け、廊下で待っていてもらった友人のオリエラに中に入ってもらう。
彼女を知っている人は、その姿を見たときに驚愕する。
中には怯える人までいたほどだ。幽霊なのではないかと。
それもそのはず。
彼女は死んだという噂が流れて久しい。それが元気そうに姿を現したのだ。
死んだと思い込んでいたのはリサクも同じで、思わず彼女を抱きしめようとする。
目に珠の涙を浮かべて。
「あああぁっ、オリエラッ!」
「──触らないでもらえます?」
素早く手を伸ばし、自分に近づくなとオリエラが牽制した。
それから彼女はリサクと周囲の貴族に向かって、尖った声を出す。
「何故わたくし、死んだことになっておりますの?」
これには誰も答えられない。
オリエラは死んだどころか、死にかけてすらいない。
だいぶ前に私の育った田舎町に引っ越してきて、元気に過ごしていたのだ。
私はたまたま彼女と仲良くなり、それ以来友情関係を続けてきた。
「というかリサク様? さっきのスピーチはなんでしょう? あなたと婚約していたオリエラってわたくし以外にいらっしゃいます?」
「あ……あぅ……その件については……」
「わたくしは天国になど行っておりません。貴方と婚約破棄した後、一人になりたくて田舎に移住したのです」
これを聞いた人たちは口々に「婚約破棄……!?」と驚きまくっていた。
今まで聞いていた悲劇のラブストーリーとは似ても似つかない。
親指の爪をカリカリと噛み、リサク様は焦っている。
そこで私は一歩踏み出してオリエラにいくつか質問をする。
「私はリサク様といる時に、あなたの話をよく聞かされました。オリエラは彼のためなら何でもすると言ったとか?」
「絶対に言っていないわ」
「いつも彼の幸せを願っていた?」
「願っていたのは、早く別れること」
「一度も、彼に逆らわなかったとか?」
「最後は大喧嘩して、婚約破棄に至ったのよ」
彼女が答える度、リサク様は首をブンブン振って違うと否定していた。
だが人々がどちらを信じているかは明白だ。
そもそも死んだ、という話が大嘘だったのだから、今更何を言っても説得力がない。
凛として、オリエラは彼に宣言する。
「わたくしの変な噂を、これ以上流さないでくださいな! それでは、わたくしは愛する旦那様のところに戻りますので」
「な!? 結婚したのか!?」
リサク様が叫ぶと、オリエラは首肯する。
ちなみに、彼女とその夫を出会わせたのは私だ。
オリエラが趣味仲間を探していたので、私が同じ学校の卒業生を紹介した。
相性が良かったようで、やがて二人は恋に落ちた。
結婚式では、私が仲人としてスピーチまでしたほどだ。
オリエラは後は任せたと私にウインクして、会場を出ていった。
顔面蒼白でフラフラしているリサク様の隣で、私は一礼する。
「私事をお許しください。リサク様は何度も亡くなった婚約者様のお話を聞かせくださいました。死ぬ間際のお話。愛し合っていたお話。何より、自分の中での一番は彼女であるとも」
チラリと横を見たら、彼は涙と鼻水を流しながらやめてくれという顔をしている。
当然、私は自分の主張を続ける。
「それでも私は努力しました。元婚約者様は亡くなっているのだから、私はいずれこの世の一番になれるかもと。ですが、婚約者様は生きておりました。そこで──」
私は自分と相手の両親を交互に見る。
「リサク様の愛する方が生きておられた以上、私はただの邪魔者です。婚約は解消し、身を引かせていただきます」
「待てティーナ!」
「お気遣いなく。リサク様は思うようにしてくださいませ」
私は晴れやかな気持ちで笑いかけ、壇上を下りていく。
会場を出る際、後ろを振り返ると、天国にいく勢いで床に何度も頭を打ち付けているリサク様が視界に入った。
☆
あの夜会から一ヶ月がすぎた。
私の婚約破棄はあっさりと認められ、晴れて自由の身となった。
ああなった以上、あちらも駄々をこねたりもしなかった。
むしろ彼の両親はひどく恥じ入っており、私も謝罪されたほどだ。
彼の一家、特にリサク様はとんでもない悪評を流されており『詐欺師貴族』やら『お涙頂戴野郎』などと呼ばれているらしい。
当然、公の場には出られず、ずっと引きこもって奇声を発していると聞いた。
「ティーナ、こっちよ〜!」
公園の噴水前で、オリエラが手を振っている。
今日はこっちに遊びにきた彼女と約束をしていたのだ。
隣には優しそうな彼女の夫もいる。
加えて、知らない男性もいた。
「お待たせしてごめんね。あれ、二人で来るって話じゃ……?」
「騙し討ちしてごめんね。いい男いるから紹介しようと思って」
オリエラに視線を向けられた男性は、私に挨拶をしてきた。
誠実そうな人だった。
ただかなりカッコイイ感じなので、私は警戒して一つ質問する。
「亡くなった元婚約者とか、おりませんよね?」
「……? ええ、いませんよ」
「よかったです」
彼は首を傾げていた。
いきなりで変な質問だけれど、私は騙されやすい。
次は慎重にいかないとね。
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