手紙を辿る
ハイファン要素4恋愛要素6くらいだと個人的に思っているので異世界恋愛ジャンルにお邪魔してます(´・ω・`)
拝啓も前略も敬具も草々も余計な装飾を全て取っ払った先に残されたのは、言ってしまえば恨み言のようなものだったのかもしれない。
既に戦いは終わりを迎え、とっくに帰って来ても良いはずなのに。
それでもいつまでも戦地に残るという選択をした男への、妻からの文句。
言ってしまえばそれだった。
早く帰ってこい、という、意味を集約してしまえばそれだけの手紙だ。
ただそれだけならば、男は放置した。
けれどその手紙には不穏な言葉もちらほらとあったために、放置できなくなってしまった。
早く帰ってこい、と言いながらも、女は居場所を移したらしくかつての家にはいないらしい。
謎解きめいた言葉の羅列。それを読み解けば、男がいる戦地から少しばかり離れた街にまずは行け、と言わんばかりの内容だった。
そうやって男をこの場から遠ざけて、最終的に自分の元へ来るように仕向けたいのだろう。
居場所をしらせて一直線に帰ってこい、なんて言ったところで男は素直に聞きはしないだろうという、そんな信頼と失望めいたものが手紙からも窺えた。夫である男の事をよく理解しているようだった。
純白の軽鎧、鍛え上げられた体躯、金髪碧眼の整った容貌。
男の外見を表す言葉は、それくらいのものだ。
けれどもそれで充分だったのだろう。
手紙に指定されていた街へたどり着いてみれば、そこで刺客に襲われた。
奥様の悲しみを思い知るがいい。
要約するとそんな事を言っていた気がする。
命までは奪おうと思っていなかったので、男も応戦する際きちんと手を抜いた。
そうでなければ殺してしまうから。
話し合う、という選択肢ももしかしたら残されていたのかもしれないが、夫人の手紙を手に次のヒントを探していた男の姿を見るなり襲い掛かってきたので。
きっと何を言っても聞き入れられなかっただろう。
だからこそ倒した。
そうしてずたぼろになった刺客は、
「くっ……やるな……!」
なんて言いながらも、次の手紙を差し出す。
封を切り中を確認してみれば、やはりそこにも恨み言めいた文が綴られている。
女は病に侵されていた。
先が長くはないと知っていた。
だからこそ、一刻も早く夫に戻ってきてほしかったのだろう。
だというのに男が戻らないという選択をした事に、憤慨しているのだ。
悲しんでもいる。
そんな気持ちが切々と綴られていた。
男に襲い掛かってきた刺客と呼べるべき者は、そんな彼女の事をよく知っているらしかった。
成程、であれば確かに彼女に肩入れするのも理解はできる。
たとえ夫であろうとも知った事かと、一発とにかくぶん殴らせろ、という気持ちになってしまうのもわからないでもなかった。
だからといって男が殴られてやるつもりはこれっぽっちもないのだが。
ともあれ、次の目的地が示されていたので男は素直にそこへ向かった。
そしてそこでも刺客は待ち構えていた。
向こうも殺せとまでは頼まれていないのだろう。
あくまでも女の怒りと悲しみを思い知らせるためだけに、まぁ精々ちょっと痛い目を見ろと。
そういうつもりらしかった。
だからこそ男も最大限の手加減をした上で倒したのである。
そして再び渡される手紙。
女の、男への気持ちが綴られた文章と次なる目的地が示されている。
その手紙に従って、次の目的地を目指し。
そこで待ち構えている新たな刺客と戦う。
刺客は女の知り合いであったり、あえて依頼をしたであろう腕利きの者であったり。
実に様々ではあったけれど。
男は順調に手加減をして勝ち上がってきた。
最初は手加減の仕方も苦労をしたけれど、回を重ねるごとに慣れつつあった。おかげで最後の方はスムーズに手加減をして相手を打ち倒すという事もやってのける事ができた。
確実に、着実に女が待つであろう場所へと近づいてきている。
辿ったのは無理のない旅路であった。
女がいるであろう場所も、この頃には察する事ができた。
最初からわかっていれば一直線で突き進んだであろうけれど、しかしそうはならなかった。
女の手紙はそのような強行軍を良しとはしないと言わんばかりに、安全な旅路を考慮していた。
それがなければ、男はもっと早くに女の元へたどり着いていたかもしれない。
けれど女はそれを望んではいなかった。
一刻だって早く会いたいだろうに、けれど無理をしてまで戻ってこい、とはならなかった。
戻ってきてほしかったのに、男が戻ってくる気配がないからこそ焦れた結果こんな回りくどい方法をとったのだろう。
手紙には女が病に侵されていた事だって書かれていた。
先が長くないと判断したからこそ、せめて死ぬ前に一目会いたい……そんな気持ちがあったのだろう。
だが夫が赴任している場所は最前線でもあった場所だ。おいそれと持ち場を離れられるはずもない。
だからただ帰ってこい、なんて言葉だけで戻ってこないというのを女も理解していたのだろう。
故に死ぬ前にだとか、このままの関係を続けるくらいならいっそ離縁を、だとか。
女に使える手段・理由を用いて男をどうにか戻そうとしていた。
最初の手紙はそんな感じだったが、女がいるであろう場所へ近づくにつれて、そんな理由でもってして引き戻そうとしている事に罪悪を抱いているようでもあった。
戦いは終わりを迎えたとはいえ、後始末というものは存在している。
男がそのために残る選択をしたのだろうとは、女だって悟っていたのだろう。
今更のように罪悪を抱くようになったのは、それだけではないようだが……
けれど男はもう、女が待つ地にたどり着こうとしていた。
女は結婚したものの、しかし夫婦としての関係を築く事はほとんどなかった。
簡略化された式を挙げはしたものの、男はすぐさま戦場へ出立する事となっていたからだ。
名ばかりの夫婦。
それもあって余計にこの関係をどうにかすべきだと思っていたのだろう。
最後の手紙にはそうした葛藤も含まれていたように思う。
男はそれを理解した上で、女が待つ屋敷の前に立った。
最初の手紙からここに辿り着くまで、一年が経とうとしていた。
「――フロレンティア・ドラヴィス夫人に取次ぎをお願いしたい」
屋敷の前に立っていた警護を担う者へ、ドラヴィス家の家紋が刻まれた封筒片手に男がそう言えば男が手にした封筒と男の顔を何往復か凝視されたものの、それでもすぐさま取次ぎがされた。
警護を担っていた者は恐らく新入りだろう。
そんな風に男が思いながら屋敷の前で待っていれば、次にやって来たのは執事だった。
こちらは男の顔を把握していたのか一瞬だけ目を瞠りはしたものの、何かを悟ったように屋敷の中に案内してきた。
応接室で待っていれば、僅かに慌てたような足音が聞こえてきた。
といっても、ドタバタと見苦しい音ではない。音はとても軽やかだった。
「ようやく戻りましたのね! レヴィン様……じゃない!?
い、一体どちら様ですの!?」
表情、声、態度。そのどれもに様々な感情が混ざっていたのを男は見た。
彼女がフロレンティア夫人か……
そんな風に思いながらも掛けていたソファから立ち上がる。
「初めまして夫人。
私はローウェン。肩書を名乗るのであれば……少し前まで勇者をやっていました」
そう告げた事で。
きっと彼女も察してしまったのだろう。
少しばかり顔を青ざめさせて、
「あぁ……」
と溜息のような嘆きを漏らしたのである。
――フロレンティア・ドラヴィスは結婚前はエニリア子爵家の次女であった。
跡継ぎである長男は大事に育てられ、良い縁談を結ぶ事ができた長女も大切に育てられていた。
しかし次女であるフロレンティアは幼い頃より身体が弱く、そのせいで家族からは若干疎まれていた。
最初の頃は心配もされていたけれど、医者にかかっても良くなる兆しが見えないまま薬代だけが嵩むとなれば、両親が役に立たない娘の存在を疎むのは時間の問題であったし、両親に倣って兄と姉もまたフロレンティアとの関わりを減らした。
両親から疎まれ、更に家のためにもならないであろう妹。
可哀そうだとは思っても自分では何もできないし……それに、自分たちにはやる事が他にもある。
そんな風に思って兄も姉もほとんど関わろうとはしなかった。
身体が弱いと言っても外に出る事がなかったわけではない。
兄や姉と比べれば少ないが友人だっていたし、人より体力がないために誰かと比べるとできる事は少なくはあったが、それでもある程度の事はできていたのだ。
けれども身体が弱いという事実は、跡取りを産んでほしい家からすればフロレンティアを嫁に迎え入れる事に対して躊躇する。出産に耐えられるかどうかもわからないし、それ以前に産める身体であるかどうかもわからないのだ。
医者に調べてもらって産めると言われても身体の弱さで出産時に母子ともに死亡、なんて事になるかもしれない。
そういった懸念はどうしたって存在していたし、故にフロレンティアを嫁に出そうとしてもどの家もそれとなく断っていた。
そんなフロレンティアを娶りたい、と言ったのがレヴィン・ドラヴィスである。
王都から離れた領地は然程大きくもなく、それでいてほぼ田舎としか言いようがない土地を持つ伯爵となったばかりの男。
嫁に出すにも引き取り手がなかったため、フロレンティアの両親はその話に飛びついた。
下手にもったいぶって価値を釣り上げようとしたところで、じゃあいいです、とあっさり言われでもしたら結局フロレンティアの貰い手はなくなるのだ。
それならば、さっさと話をつけて引き取ってもらった方がマシだった。
何せフロレンティアの家、エニリア子爵家はそこまで裕福というわけでもなかったのだから。
裕福でなかった原因にフロレンティアの医療費があるわけだが、だからこそフロレンティアはその結婚の話に異を唱える事などできなかったのである。
幼い頃に医者に診せる事も薬を与える事も諦めていたのなら、今頃フロレンティアは生きてはいなかったはずだ。
なんだかんだ面倒を見てもらった以上、フロレンティアは文句など言えなかった。
ただ、フロレンティアがレヴィンと直接会ったのは結婚式当日である。
フロレンティア本人に結婚の話が出たのは、その時点でもう決定事項として両親が定めた時だったし、式までは本当にあっという間だった。
てっきり年の離れた……それこそ自分の父親と同じくらいの年の男だと思っていたら、年上は年上でも精々兄と変わらないくらいの年齢差であった、というのに気付いたのは式の終わり、ヴェールを持ち上げて新郎と誓いのキスをする時であった。
金髪碧眼の、まるで童話の中に出てくるような勇猛な戦士のような人だった。
式が終わった後、初夜もないまま夫となった男は戦場へと向かってしまった。
境界と呼ばれる場所から、異形の魔物たちが現れ各地を荒らしまわるような事になってしまっていたからだ。
各地で起きたそれらを放置していけばいずれはどこもかしこも魔物だらけになってしまう。
境界を守る魔物は強く、簡単には倒せないとフロレンティアも耳に挟んでいる。
そして、そんな魔物を倒すために神の加護を得た者がいるとも。
それが――今フロレンティアの目の前にいるローウェンだ。
勇者がいるからといっても、彼にだけ任せておくわけにはいかない。
その間にも境界から出現する魔物を抑えたりしなければならないのだ。
それに境界は広がりつつあったのもあり、人手はいくらあったって足りなかった。魔物たちを倒し、そうして徐々に境界の規模を狭めて最終的に閉じる。
それら全てを勇者一人に任せていては、被害は広がる一方だし犠牲者も留まるところを知らない。
勇者という希望を最後まで――境界を閉じるまで生きながらえさせなければ、折角狭めた境界がまた広がってしまう。そうなっては最終的に世界が終わりを迎えるかもしれないのだ。
だからこそ、多くの国から境界とその魔物たちに抗う者たちは集まった。
レヴィンもその中の一人だ。
そうして戦い続けた結果、無事に境界は塞がれた。
人類は勝利を掴み取った。
戦いは終わったが、境界近くの都市は相当な被害を被ったとフロレンティアも聞いている。
戦いが終わったからそこで何もかもが終わったわけではない。それも、フロレンティアはわかっている。
けれど、レヴィンは戻ってくると思っていたのだ。
だというのに留まる事を選んだと聞いて。
結婚はした。
妻とはなった。
だがそれは、名ばかりのものでお飾りと言われてしまえば否定もできない。
それでもレヴィンに仕える者たちはフロレンティアを丁重に扱った。
きちんと妻として、夫人として扱われている。
だが――
だからといってそれを良しとはフロレンティアにはできなかったのだ。
もし境界の魔物との戦いでレヴィンが命を落としていたら。
その時自分は未亡人だ。
フロレンティアの生家であるエニリア子爵家が彼女に戻ってこい、と言うかはわからないが、もし未亡人となった後、フロレンティアに利用価値を見出したのならば戻されるかもしれない。
未亡人とはいえ白い結婚でもある状態だ。そういうものが好きな相手がいたのであれば、それなりに売れる事だろう。とは、フロレンティアもイヤな想像ではあるが考えなかったわけじゃない。
未亡人にはならなかったが、このまま夫が戻ってこなければ……今はまだいい。結婚してすぐに戦いに出てしまった夫によって、妻であるフロレンティアは待ち続ける事が強制的に決まったも同然だったから。使用人たちとてその状態で侮るような事はしなかった。事情を理解しているから。
だが、戦いが終わってなお、夫が戻ってこないままなのであれば。
いずれ自分は本当にお飾りの妻として、周囲の人からそういった扱いを受けてしまうのではないか、とも考えてしまった。
フロレンティアにとっては自分の事ばかりではあるが、それとてレヴィンの為人がわからないのだ。使用人から聞いた話だけで理解した気になるわけにもいかないし、直接自分で知らなければならない事だってあるだろう。
夫が戦いに出ている間に何通か手紙のやり取りもしたけれど、夫の手紙は素っ気ないものばかりで。
戦いで忙しく返事もままならないのだと思って、そこからは手紙を送るのもできなくなってしまった。
あまりしつこく手紙を送って、相手に迷惑だと思われたら……と考えると怖かったのだ。
生家はフロレンティアに戻ってきてほしいわけではない。
利用価値があればまだしも、現状そういったものもないのだから出戻られても迷惑だと言われる可能性の方が高い。そんな状態でレヴィンからも疎まれて離縁を申し渡されたらと思うと、フロレンティアは夫となった人から嫌われないように振る舞うしかなかったのだ。
そうは言っても、その気持ちだってずっと続くものではない。
元々身体の弱いフロレンティアはきっとこのままではいずれ病床に臥すだろうと思っていたし、離縁を申し付けるより自分が死ぬのを待たれているのではないか……と考えるとそれも恐ろしかった。
もし自分が本当にレヴィンが好きな相手と結ばれるための踏み台であったのだとしたら?
レヴィンに想い合う相手がいて、しかし身分などで結ばれる事が許されなかった、なんて事があったのだとしたら。
悪い想像は気が付けばどんどんフロレンティアの頭の中を占めていって、ますます追い詰められる感じがした。
使用人たちは優しい。
けれど、だから安心していいわけではないのだ。
レヴィンの考えがわからない。
そのせいで悪い想像は次から次に溢れてくる。
いっそハッキリと言ってほしかった。
だから。
戻らないと聞いて、フロレンティアは自分の身体の弱さを盾にするかのように、戻ってこなければいっそ醜聞になるような死に方をしてやると――勢いに任せて脅したのだ。
境界をどうにかしなければならない、というのはわかっている。
けれど、それでも戦いが終わったのなら戻ってきてほしかった。
どうして自分と結婚しようと思ったのか。
夫婦としてやっていくつもりがあるのか。
それともただ利用しようと思っただけなのか。
それがハッキリすれば、フロレンティアとて少しは前に進めると思ったので。
もしフロレンティアの事を利用するつもりであったのだとしたら、ドラヴィス家の屋敷に堂々と居座るのもフロレンティアにとっては居心地が悪い。
だから、わざわざドラヴィス家が所有している別荘に居を移した。
我侭を言ったという自覚はある。そしてその我侭を使用人たちは異を唱えるでもなく叶えてしまった。
それに、こちらの方が境界があった場所からドラヴィス家より少しだけ近かったというのもある。
一度じっくりと話がしたかったのだ。フロレンティアは。
道中、次の目的地を示した手紙を渡す相手には、自分の想いをつい零してしまったりもした。
皆基本的に金で雇った者である。それなりに腕の立つ相手を選んだのは、境界が塞がれたとはいえ完全に安心できるかわからなかったからだ。一部知り合いにも頼みはしたが、それだって実力者であるからこそだった。
フロレンティアはただ夫ときちんと向き合いたかっただけなので、その気持ちを伝えて、それから……
「ずっと放置されていたのは、少し困りました。できる事なら一発叩くくらいは許されるでしょうか」
そう、つい心境を吐露したに過ぎない。
フロレンティアの語りは絶妙に上手かったのか、その話を聞いた相手は皆、なんて夫だ妻を放置し続けるなんて! と奥様の代わりに一発ぶん殴っておきますね! となってしまったのだった。
フロレンティアの見た目が庇護欲をそそるようなものだったのも、原因の一つだったのかもしれない。
もっと一目見てわかるくらい嫌な女であるのなら、そりゃ旦那さんも逃げたくなるわなぁ……と内心で思われたかもしれないが、フロレンティアは親に売られるように嫁がされた挙句、夫とマトモに話をした事さえないのだ。
恋もまだした事がない、とまで言った若く美しい娘が、せめて夫と一度向き合いたいと訴えただけ。
雇われた者の中にはフロレンティアと年の近い娘を持つ者もいた。
自分の娘がこんな風に夫に放置され続けたら……なんて想像してしまった者もいたようで、ますますレヴィンへのヘイトが高まってしまったとも言える。
まぁ要するに、あんないい娘の何が不満なんだよ! という気持ちの表れでもあった。
結果としてレヴィンが戻ってきたのであれば良かった。
だがしかしやって来たのはレヴィンなどではない、ローウェンである。
金髪碧眼の鍛え上げられた体躯の男、という共通点のせいで、レヴィンを知らない相手が見事に間違えてしまったのだ。
せめて外見の特徴が違っていれば代理人か何かだと思って話を聞く態勢に入ってくれたかもしれないが、困った事に外見的な特徴が一致してしまったせいでこいつがあの……!! となってしまったが故の悲劇。
ローウェンも人違いをされているなとはすぐに理解したものの、頭に血が上った状態であろう相手に何を言ったところで聞く耳を持ってくれないと思っていたし、倒した後は手紙を渡してきちんと仕事は果たしたので、まぁいいかと放置した。
倒した後で実は人違いだなんて言ったところでどうしようもないと思った結果だった。
「まさか一年もかけてこんな茶番に付き合わされるとは思いませんでしたが」
ただまぁ、最初に最終的な目的地を教えてくれれば一直線にそちらに向かったのだが、そうできなかったのもあってここに来るだけで相当な時間がかかってしまったローウェンからすれば、茶番の一言に尽きる。
フロレンティアに同情できなくもないけれど、ローウェンはローウェンで夫婦の関係に巻き込まれただけであるからして。
茶番、と言われた事に対してフロレンティアは思わず表情を変えかけたが、しかし確かにローウェンからすればその通りだとも理解してしまったようなので。結局それについて何も言えなかった。
ローウェンからすれば茶番でしかなくとも、フロレンティアからすれば自分なりに夫に無茶をさせないようにこちらに誘導するための、精一杯の方法だったのだ。フロレンティアからすれば、そんな自分の思惑をぶち壊してくれた張本人、というのが言い分になるけれど。
あえてこうしてわざわざやって来たローウェンにそれを言うのは違うと判断した結果であった。
「それで、夫は……」
彼がここに戻ってこなかった。
可能性としては二つ。
一つ、フロレンティアの事などどうでもよかったから代理で人を遣わした。だがその相手が勇者を名乗った事で、どうでもよい相手に対してのものではない。
もう一つ、既に夫は亡くなっている。
それを直接的に伝える事を避けるために、戻らないという旨を向こうの代理人が手紙で寄こしたのだと。
フロレンティアはこちらであると思っている。
だからこそ、レヴィンではなくローウェンが来たという事実に嘆く形となったのだ。
「あいつはさぁ、馬鹿なんだよ」
死んだのですか、と問おうとしたフロレンティアの言葉を遮るように、ローウェンがそんな風に言うものだから。
フロレンティアは言葉を吐き出すタイミングを完全に逃してしまった。
「以前一度だけ見かけた女に惚れて、その女が家でロクな扱いを受けてないって知って。
それから必死になって自分の家の財産を増やして、嫁に迎える準備なんかして。
でも本人の承諾なんてなかったし、接点だってほとんどない言わば見知らぬ男からの求婚だ。
裏があるって思われるに違いないって勝手に怯えて、境界の戦いに逃げるように参加して。
まぁ? 境界はほっときゃいずれ惚れた女も危険に晒されるかもしれないから、って名目もあったのかもしれないけどな。
で、時々届いてた手紙にも、何書きゃいいかわかんねぇっつって泣きついて。
いいから素直に思ってる事書けつったのにな。
結局考えすぎて何も書けないまま、気付けば妻にした女からの手紙も届かなくなっちまって。
愛想尽かされたかも、って泣きつくくらいなら、素直に本心曝け出せばいいのにな。
気持ち悪いと思われるかもしれないとか、そんな事気にしてめそめそするくらいならさっさと腹割って話し合えば良かったんだ。
境界の戦いも終わって、後始末だけが残ったんなら、もうあいつは帰ったって良かったのにさ。
妻に拒絶されたら……なんて勝手に恐怖に駆られて戻らない、なんて逃げ出して。
結果届いた妻からの手紙に慌てふためいて。
本当に、あいつは馬鹿な男だよ」
「え、あの……」
突然夫を貶すような事を言い出すものだからつい口を挟むタイミングも完璧に逃したまま聞くだけの状態になってしまっていたけれど。
だがこの男の言葉に嘘がないのなら、夫は境界の戦いで命を落としたわけではなさそうだ。
むしろ、戦いが終わった後、戻らないとこちらに手紙を出したのは紛う事なく夫である。
では、その後に何か、事故にでも巻き込まれてしまったのだろうか……?
なんて思うよりも先に、フロレンティアの頭の中ではいくつもの混乱が巻き起こっていた。
一度だけ見かけた、というローウェンの言葉が本当だとしてもフロレンティアにはそんな記憶はない。
つまり、出会って言葉を交わしたわけでもなく、本当にただ見かけただけでこちらが認識していなかったという事実の証明にもなってしまったわけで。
身体の弱いフロレンティアを嫁に迎えてくれる家ならもうどこでもいい、と思っていた両親からは、自分の結婚相手の事などほとんど聞かされないままだった。
ドラヴィス領は確かにそこまで賑わっていたか、と聞かれると王都と比べれば全くではあったが、しかし思い返せばフロレンティアの生活に困るような事はなかった。
彼女自身が贅沢を望んだわけでもなかった、というのもあるが、それでも日々の暮らしは常に使用人たちが気にかけてくれて、不自由を感じた事なんてなかったのだ。
手紙の返信がなくなったのも、てっきり自分とやりとりをするのが煩わしいからだと思ってしまった。
だって本当に、フロレンティアにとってレヴィンという人がどんな人なのかわからなかったのだ。
使用人に聞けば答えてくれただろう。
だが、使用人たちは昔からドラヴィス家に仕えていた者たちだ。悪く言う事はない。
なのに自分に対する扱いを思えば、まるで自分に何か問題があるように思ってしまうわけで。
わからないからこそフロレンティアは恐れたし、わからないからこそわからないなりに想像するしかできなかった。いくら使用人から慰めの言葉を貰ったところで、夫とマトモなやり取りをしていない以上、夫の本心ではもしかしてフロレンティアは疎まれているのではないか……? という疑問は決して消える事がなかったのだから。
だから最後に自分の命を盾にするように脅すような文面で、手紙を出したのだ。
祈るような気持ちで。
「本当に、あの人はどうなってしまったの……?」
そんな脅迫状ともとれるような手紙に慌てふためいたというところで言葉を止められてしまっては、フロレンティアとて最悪の想像をしてしまいそうだった。
折角戦いを生き残っても、もしかして慌てふためいて急いで戻ろうとか、それでも戻るつもりがないとか、そんな相反する感情によって足がどっちつかずな状態にでもなって、そのままバランスを崩して転んで頭からいってしまったのではないか……?
そのせいで、もしかしたら……
フロレンティアのそんな想像が真実だとしたら、夫を殺したのは自分だ。
そう考えた途端、彼女の顔色は一瞬で青く染まってしまった。
「そんな……そんな事って……
知らなかった、知らなかったの私。だって一言だって何も、言ってくれなかった。
いえ、私だって知ろうともしなかったのだけれど。
でも、だって怖かった。私と結婚したのは別の理由があって、そのために利用するためだ、なんて言われたらって思ったら。
もし離縁なんて言われても、家に戻ったところで邪魔者扱いされるだろうし、そうなれば行き場がないもの……
だから怖くて、踏み込めなかった。
でも、こんな事になるのなら、怖くてももっときちんとあの人と向き合うべきだった。
手紙の返事がこなくても、何度だって手紙を出すべきだったのに……っ!」
両手で顔を覆ってわっと泣き出すフロレンティアに、ローウェンは静かに言った。
「あいつは最初から最後まで貴方を想っていましたよ」
その言葉にますますフロレンティアの泣く勢いが増す。それはいっそ、慟哭と言える程に。
「あぁ、それであいつがどうしたか、でしたね。
妻が病気に侵されていたって知って、咄嗟に偉大な勇者に泣きついてきたんですよ。
そしてこう言ったんだ。
妻が侵されている病を、自分に移してくれってな」
「えっ……!?」
「身体の弱い妻なら病に耐えられなくても、自分ならきっと耐えて治す事もできるだろうからと。
無茶言うなって言ったんだけどな。ほら、勇者として神とか精霊から色んな力を授けられてたものだからさ。
境界の戦いが終わった後はそんなに色んな力が使えるわけでもなくなるっていうのにあいつが無茶言って泣きついてくるものだから、こっちとしても仕方なく……
そのついでに自分の生命力の一部を妻に、なんて言い出すものだから。
なのであいつは今、動けない状態なんですよ。文字通り病床に臥しています」
「あの、生きて……?」
「? えぇ、今まで風邪一つ引いた事の無い奴なんで貴方の抱えていた病状まるっと引き受けた結果思った以上にキツイらしくてベッドから動けなくなってますが、生きてますよ。
なんか大袈裟に喚く元気はあるんで、そのうち治るかと」
ローウェンの言葉に、泣いてあふれ出ていたはずの涙がピタリと止まった。
むしろ勇者様と夫の関係はなんなんだろう……?
そう思って疑問を口にすれば、腐れ縁の幼馴染です、と返ってきた。
「あいつとは面識あっても貴方とは会った事もないので上手くいくか微妙だったんですけどね。
そこら辺は精霊とかが色々頑張ってくれたみたいで」
お加減は?
問われて、フロレンティアは確かに最近調子が良い、と改めて自覚していた。
自分の命を盾にした手紙。
その次の目的地を定め、次の手紙を……とやっていたが、確かに思い返せば途中からどんどんフロレンティアの体調は良くなっていたのだ。
ただそれをすぐに自覚はできなかった。
あの時は怒りや恨みといったものもあったので、そのせいで身体の辛さを感じなくなっているものだとばかり思っていたのだ。
「ちなみに現地の医者の言葉によると、貴方の病気は不治の病というわけでもないので、健康な奴が罹ったなら別に死なないし治りますね」
「そう、なんですか……」
「あいつは体力が無駄にあるから、慣れない病気に大袈裟になってるけどまぁそのうち治ります。生命力の一部も貴方に譲渡したせいで、治るまでの時間がちょっと長引くとは思うけど」
だから、とローウェンは続けた。
「今はまだ帰ってこれないかもしれないけれど。
もう少しだけ、待ってやっててくれませんか?」
ローウェンの言葉に、止まったはずの涙が再び溢れていた。
先程までは悲しみで涙していたが、それとは別の涙が止まらない。
「はいっ……いえ、いいえ。
このまま待っているだけなんてできません。
もっと素直になっていればよかったと後悔したばかりですもの。
私が直接出向きますわ」
はい、と頷いたと思った矢先に否定するような言い方をしたので、ローウェンは内心でぎょっとしたのだ。
あっ、あいつ愛想尽かされたかも……と。
だがしかし直後の言葉にそうではないと知って。
「……魔物の脅威がなくなったとはいえ、それでも道中物騒な事はいくらでもありますよ。
それでもその覚悟にお変わりは?」
「ないわ。後悔して同じ場所に留まり続けるより、動く事が大事だって今しがた実感したばかりだもの。
それがどれだけ我侭だと言われても」
黙っていたらこのまますぐに旅支度をして飛び出しかねない勢いである。
だからこそローウェンはやれやれ……とばかりに肩を竦めた。
「それではレディ? 護衛に私などはいかがでしょう?
境界の戦いが終わり、加護は大分減ってしまいましたがお役には立てると思いますよ。
……まぁ、本音を言うとビックリしたアイツの面を拝んで爆笑したい」
ソファから立ち上がり、優雅に見える動きでもって一礼しつつそう言えば、フロレンティアは先程茶番と言われた事を思い出していた。
そうだ、確かに茶番ではないか。
何も知らない当事者だけが勝手にうじうじしていたのだから。
それに付き合わされる形になった彼を、更にこれ以上付き合わせるわけには……と本当に一瞬だけ躊躇してしまったが、本音と言われた部分で思い直す。
「えぇ、是非、お願いいたします。
最高の報酬を用意してみせますわ」
どこか悪い笑みを浮かべ手を差し伸べたローウェンに、淑女らしかぬ満面の笑みを浮かべフロレンティアはその手を取ったのであった。
そんな二人のやり取りを密かに眺めていた執事はと言うと――
微笑ましいと言わんばかりの笑みを浮かべてはいたが、しかし今後主人に訪れるであろう出来事を想像して。
そっと十字を切っていた。
後に、無事快方したレヴィンは腐れ縁の幼馴染と、一目惚れした最愛の妻に日常も情緒も振り回されることとなるのだが……
そんな未来が待ち受けているなど、当然今のレヴィンには知る由もないのである。
次回短編予告
婚約者のところには、どうやら病弱な妹がいるらしい。
そんな妹からある日手紙が届けられた。
次回 押す前から引いてどうする
あの男との婚約はやめておいた方がよろしくてよ。




