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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

終わりを求めた王と少女(AI作、Gemini、ChatGPT、Claudeなど)

作者: お猫様の僕
掲載日:2026/02/06

どこまでAIに頼って作れるか実験してみました。

Gemini、ChatGPT、Claudeの3種のアプリを使い登場人物の名付けや物語の整合性などをチェックさせ、読んでは修正の指示を繰り返しました。

第零章 泥の羊と、沈黙の冬


1.綻びの予兆


その少女にまだ名前があった頃、世界はもう少しだけ、色彩を帯びていました。

しかし、その色は「春の緑」や「花の赤」ではなく、常に湿った「泥の茶色」と、冬を待つ「鉛の灰色」に支配されていました。

北の果ての貧しい農村。

少女の父は、彼女が物心つく前に戦で死にました。残されたのは、美しいが体の弱い母と、その母の細い指にしがみつくことしかできない、小さな少女だけでした。

母は村の男たちの卑俗な視線に晒されながらも、必死に針仕事をこなし、少女を育てていました。

「いい、どんなに辛くても、お天道様は見ているわ。優しさを忘れてはいけないのよ」

母が紡ぐその言葉は、過酷な現実の前では、あまりにも脆く、あまりにも無力な呪文でした。

少女が七歳になった秋のことです。

村で最も裕福な庄屋の息子、粗暴で尊大な少年が、少女に目をつけました。彼は、汚れた服を着ていても、背筋を伸ばして歩く少女の「気高さ」が、たまらなく癪に障ったのです。

「おい、泥棒猫の娘! お前の母ちゃん、夜中に変なまじないを編み物に入れてるんだろ? 呪い師の血を引いてるに違いない!」

きっかけは、そんな子供じみた言いがかりでした。

しかし、狭く、閉鎖的で、常に何かに怯えている貧村において、「呪い」という言葉は、乾燥した藁に放たれた火種のように、瞬く間に燃え広がっていきました。

庄屋の息子とその取り巻きによる嫌がらせは、日に日に陰湿さを増していきました。

少女が井戸に水を汲みに行けば、桶の中に泥や家畜の糞を放り込まれました。帰り道には、冷たい小川に突き落とされました。

冬が間近に迫る、霜の降りた朝。

少女の服は、突き落とされた川の水でぐっしょりと濡れ、肌に張り付いていました。

粗末な麻の服は保水性が高く、吸い込んだ水は瞬く間に彼女の体温を奪っていきました。濡れた布が脚に絡みつき、風が吹くたびに、まるで氷の刃で撫でられているような感覚が全身を走りました。

震える手で服を絞っても、染み込んだ泥の臭いと冷たさは、執拗に彼女の皮膚を支配し続けました。

「……寒い」

その一言さえ、誰にも聞かせてはならない。

少女は歯を食いしばり、紫に変色した唇を噛み締めて、我が家へと急ぎました。

しかし、家に戻った彼女を待っていたのは、暖かな暖炉ではなく、さらに深い絶望の始まりでした。


2.疫病と「魔女」の烙印


母親が、倒れていました。

過労と栄養不足で弱り切っていた体には、当時、近隣の村々で猛威を振るい始めていた「黒死のえきびょう」が、容易に忍び寄ったのです。

母親の不調を察知した村人たちの反応は、早すぎるほどでした。

「やはり呪いだ」「魔女が病を呼び込んだのだ」

恐怖は理性を焼き尽くしました。

村の男たちは、松明を手に少女の家を囲みました。

「この汚らわしい家から一歩も出るな! 病を広める気か!」

庄屋の息子は、大人たちの後ろに隠れながら、卑劣な笑みを浮かべていました。

彼は、少女の家の貴重な水源である裏手の貯水槽に、村の家畜の死骸から出た汚水を流し込むよう、大人たちに提案したのです。

「魔女なら、毒を飲んでも死なないんだろ? 試してやれよ!」

飢えと渇き。

母親は高熱に浮かされ、のたうち回りました。

少女は母に飲ませるための水を求め、封鎖された家の裏口から、真っ黒に濁った貯水槽の水を掬いました。

その水は、えた臭いがし、表面には油のような膜が張っていました。

少女は自分でもその水を飲みました。喉を焼くような不快感と、腹の底からせり上がってくる吐き気。

しかし、それ以外の選択肢はありませんでした。

濡れたままの服は、母の看病をするうちに、彼女自身の体温でじっとりと生温かくなっていきました。

乾かない湿り気は、まるで腐った皮膚を纏っているかのような不快感を伴い、少女の精神を少しずつ削り取っていきました。

一週間後、母親は息を引き取りました。

最期の瞬間まで、母は「優しさを……」と呟こうとしていましたが、その声は黒く腫れ上がった喉に詰まり、ただの喘鳴となって消えました。

母親が死んだその日。

村人たちは「浄化」と称して、家の中に火を放ちました。

少女は、まだ温かい母親の亡骸を抱いて眠っていましたが、熱風に晒され、意識を失いかけながら、這うようにして燃える家から脱出しました。

外で待っていたのは、祈りでも同情でもありませんでした。

「生き残ったのか、この化け物め!」

村の老婆が、少女の顔に唾を吐きかけました。

「お前の母親が死んだのは、お前の中にいる悪魔が食い殺したからだ!」

少女は母親の遺体を葬ることさえ許されず、家畜の屠殺場の隣にある、崩れかけた納屋へと押し込められました。


3.一ヶ月の地獄


納屋での生活は、魔女狩りのそれよりも凄惨でした。

少女は「村の汚れを一身に引き受ける身代わり」とされました。

その年の冬は、異常なほど雪が降り続きました。

積もった雪は家々の屋根を押し潰し、家畜小屋を埋め、村人たちの食料を日ごとに奪っていきました。道は閉ざされ、隣村との交易も途絶えました。飢餓の足音が、確実に近づいていました。

村に悪いことが起きれば、それは少女のせいでした。

雪が降り止まなければ、少女を氷の川に沈めて「雪止めの儀式」をする。

家畜が雪に埋もれて死ねば、少女にその腐った肉を食わせる。

庄屋の息子は、毎日、納屋にやってきました。

彼は、自らの地位を確認するかのように、少女を足蹴にしました。

「おい、魔女。俺の靴を舐めろ。そうすれば、昨日食い残したパンの皮を恵んでやるぞ」

少女は無言でした。

彼女の着ている服は、もはや元の色がわからないほど泥と血にまみれ、何度も濡れては凍り、彼女の皮膚の一部のように硬くなっていました。

首元からは絶えず隙間風が入り込み、濡れた布が肌を擦るたびに、凍傷で爛れた皮膚が悲鳴を上げました。

しかし、彼女は叫びませんでした。

彼女は納屋の隅で、ただ一点を見つめていました。

(ここは、お墓。私は、ママと一緒に、あの時死んだの)

彼女は、自分自身の感覚を一つずつ切り離していきました。

蹴られた衝撃は「壁に当たった音」だと思い込みました。

極寒の苦しみは「石像の冷たさ」だと言い聞かせました。

空腹の痛みは「空っぽの器に風が吹いているだけ」だと処理しました。

村人たちは、彼女が何をされても泣かず、抵抗もせず、ただ虚ろな目で自分たちを見つめる姿に、さらなる恐怖を感じました。

「こいつは、もう人間じゃない」

「心を魔鬼に売り渡したのだ」

彼らは、彼女に「人間としての尊厳」を認めないことで、自らの加害を正当化しました。

少女は一ヶ月の間、誰とも言葉を交わすことなく、ただ糞尿の臭いが立ち込める暗闇の中で、死を待っていました。

その目は、もはや七歳の子供のものではありませんでした。

それは、深い淵を湛えた、光を反射しない硝子の玉でした。


4.氷の城主との邂逅


そして、運命のあの日がやってきました。

雪が激しく降り始めた、ある冬の午後。

豪華な馬車の車輪が、村の外れの泥道を軋ませて進んできました。

領主であるヴァレリウス公爵の視察です。

村人たちは、自分たちの非道が公爵に知れることを恐れ、少女を納屋の奥深くに隠そうとしました。

しかし、運命の悪戯か、あるいは彼女の命の灯火が、最後に放った微かな火花か。

馬車の車輪が、少女が閉じ込められた納屋の前で、泥に足を取られて停止したのです。

「……なんだ、この悪臭は」

冷徹な声と共に、馬車の扉が開きました。

現れたのは、磨き上げられた黒い長靴を履き、最高級の毛皮を纏った、氷のような美貌の男——ヴァレリウスでした。

村長は震えながら答えました。

「は、はあ……。ここは、行き場のない浮浪児を一時的に収容している場所でございまして……。すぐに追い払いますので!」

ヴァレリウスは、村長の言葉を無視し、手袋をした手で鼻を覆いながら、納屋の中へと一歩足を踏み入れました。

薄暗い光の中に、彼女はいました。

垢にまみれ、痩せこけ、ぼろきれのような服を纏った、小さな塊。

その少女は、あまりの寒さに、震えることさえ忘れて固まっていました。

ヴァレリウスは、少女の瞳を見ました。

そこには、恐怖も、助けを求める懇願も、憎しみさえもありませんでした。

ただ、すべてを拒絶し、完結してしまった「無」がありました。

「……ほう」

ヴァレリウスは、微かに口角を上げました。

彼は、この少女の中に、自分と同じ「孤独の欠片」を見たわけではありません。

彼が感じたのは、純粋な感嘆でした。

(これほどまでに、美しく壊れている。誰にも依存せず、何にも期待していない。……これこそが、私の求める素材だ)

「この娘を、私が引き取る」

ヴァレリウスの言葉に、村人たちは一瞬驚きましたが、厄介払いができると知るやいなや、揉み手をして喜びました。

「お、お慈悲深いことで! さあ、魔女……いえ、娘よ。公爵様に感謝しろ!」

ヴァレリウスは、地面に転がっていた少女の腕を、乱暴に掴んで立たせました。

少女の体は驚くほど軽く、そして氷のように冷たかった。

濡れた服が剥がれる際、乾いた泥と共に、わずかに彼女の皮膚が裂けましたが、彼女は顔色一つ変えませんでした。

「……今日からお前は私のものだ。名前は……そうだな、『エルマ』とでも名乗れ」

馬車の冷たい床に放り出された少女。

彼女の鼻孔に、これまで嗅いだことのない「香の匂い」と、磨かれた「革の匂い」が届きました。

しかし、それさえも、彼女の凍りついた心を溶かすことはありませんでした。

「……ありがとうございます、旦那さま」

それは、感謝の言葉ではありませんでした。

これ以上の地獄から逃れるための、あるいは、新しい地獄を受け入れるための、「死人の挨拶」でした。

ヴァレリウスは、少女のその声を聞き、満足げに背もたれに身を預けました。

「勘違いするな。家族として迎えるわけではない。お前は今日から、私の城の備品だ。椅子や燭台と同じだ。思考を止めろ。感情を殺せ。ただ私の命令のみに従い、私のために呼吸をしろ」

その言葉は、七歳の少女の心に、最後の一撃——鋭い楔として打ち込まれました。

(……はい、旦那さま。私は、お人形で、椅子で、燭台です。私は、もう、ここにいないから)

エルマは悟りました。ここで泣き叫んでも、誰も助けてはくれない。

生き延びるためには、心を殺すしかないのだと。

馬車が動き出しました。

崩れかけた納屋も、母親の焼かれた家も、自分を虐げた村も。

すべてが、遠ざかる雪の向こうへと、白く消えていきました。

こうして、少女エルマの「死」と、使用人としての「生」が、冷たい鋼鉄の歯車のように回り始めたのでした。


---


叙事詩:鋼鉄の揺り籠と灰の終焉

第一幕:硝子の心臓と腐らない呪い


1.氷の城の所有物


北の果て、一年を通して凍てつく風が吹き荒れる荒野に、その城は墓標のように聳え立っていました。

城主の名は、ヴァレリウス公爵。

類稀なる美貌と、鋭利な刃物のような知性を持つ彼は、同時に領民たちから「氷の公爵」と恐れられていました。彼にとって、この世に存在するすべての他者は二種類に分類されました。「利用価値のある道具」か、「排除すべき塵」か。そこに「愛すべき隣人」という分類箱はありませんでした。

「人間など、裏切るか死ぬか、そのどちらかしか能がない。ならば最初から心など通わせず、壊れるまで使い潰すのが最も効率的だ」

それが彼の哲学であり、絶対的な真理でした。


エルマが城に来てから、彼女は公爵の影のように付き従いました。朝は誰よりも早く起きて冷たい水で顔を洗い、公爵の靴を磨き、食事の毒見をし、夜は公爵が眠るまでその足元で待機しました。

ヴァレリウスは彼女に教養を与えましたが、それはあくまで秘書として役立てるためでした。彼女が美しい刺繍を縫えるようになっても、難解な書物を読めるようになっても、彼は一度たりとも褒めることはありませんでした。

「機能して当然だ」という冷徹な視線だけが、彼女への報酬でした。

それでも、エルマにとってはこの地獄こそが世界の全てでした。

公爵の冷たい視線の中に自分の姿が映っている時だけ、彼女は「自分はここに存在している」と認識することができました。それは愛などと呼べる代物ではなく、もっと切実で、痛々しい依存でした。


2.愚者の祝祭と魔術師の呪い


エルマが城に来てから二年が経った頃。

城の大広間で、貴族たちを招いた晩餐会が開かれました。ヴァレリウスは、集まった客たちを見下しつつも、表面上は優雅に振る舞い、自らの権力を誇示していました。

その宴の最中、一人の薄汚れた旅人が城門を叩きました。

「私は世界を旅する魔術師だ。一夜の宿と、温かいスープを恵んでくれまいか」

衛兵に取り押さえられ、大広間へと引きずり出されたその老人は、ボロボロのローブを纏い、異様な眼光を放っていました。

ヴァレリウスは、ワイングラスを片手に、玉座のような椅子から老人を見下ろしました。

「私の城は、乞食のための救貧院ではない。その薄汚れた足を私の絨毯に乗せた罪で、首を刎ねてやってもいいのだぞ」

客たちは公爵の冷酷さに追従し、あざ笑いました。

魔術師は静かに顔を上げ、ヴァレリウスを見据えました。

「……貴公は、死を恐れているな?」

広間が静まり返りました。

「何を馬鹿な」とヴァレリウスは鼻で笑いましたが、魔術師は続けました。

「その瞳の奥にあるのは、渇望だ。積み上げた財産、地位、そしてその若さ。失うことを何よりも恐れている。だから誰も信じず、すべてを支配下に置こうとする」

ヴァレリウスの表情から笑みが消えました。図星でした。

彼は即座に衛兵に命じました。「この狂人を叩き出せ。二度と私の領地を歩けぬよう、両足を折ってからな」

衛兵たちが魔術師を引きずっていこうとしたその時、魔術師は不気味な声で詠唱を始めました。

それは呪いの言葉でした。

『愚かなる王よ。貴公の願いを聞き入れよう。

貴公は死を拒絶した。ならば、死もまた貴公を拒絶するだろう。

心臓は止まらず、魂は還る場所を失う。

永遠にこの地上を彷徨い、終わりのない時間を食らい続けるがいい』

紫色の稲妻が広間を走り、ヴァレリウスの胸を貫きました。

彼は苦悶の声を上げて倒れ込みました。エルマは無表情のまま、しかし誰よりも早く主人の元へ駆け寄り、その体を支えました。

魔術師は高笑いを残し、煙のように消え失せました。

数日後、高熱にうなされていたヴァレリウスは目を覚ましました。

そして、驚くべき事実に直面しました。

自らの部屋に忍び込んだ暗殺者に喉を掻き切られたにもかかわらず、傷が一瞬で塞がったのです。痛みはありました。血も流れました。しかし、傷はまるで時間を巻き戻したかのように修復され、死ぬことができませんでした。

「……は、ははは! 見ろ、エルマ!」

血に塗れた寝台の上で、ヴァレリウスは狂喜しました。

「あの老いぼれは、私に呪いをかけたつもりで、最高の祝福を与えていったのだ! 不死身だ! 私は死を超越した! これで私の支配は永遠のものとなったのだ!」

鏡に映る自分の顔は、若く、力に満ち溢れていました。

エルマは、主人の歓喜する姿を、部屋の隅でじっと見つめていました。

(旦那さまは、もう死なない。……それなら、私が「盾」として死ぬ役目も、もう必要ないのかもしれない)

そう思うと、少しだけ胸の奥が冷たくなるのを感じました。彼女自身の存在意義が、また一つ失われた気がしたのです。


3.錆びゆく肖像画


それから、八年の月日が流れました。

当初、ヴァレリウスは精力的でした。死を恐れる必要がなくなった彼は、戦場でも先陣を切り、政敵を次々と排除し、その権力は絶頂期に達しました。

「不死公」という異名は、畏怖と称賛をもって大陸中に轟きました。

しかし。

異変は、静かに、確実に忍び寄っていました。

ある朝、鏡の前で髭を剃っていたヴァレリウスは、自らのこめかみに一本の白髪を見つけました。

「……なんだ、これは?」

彼はそれを乱暴に引き抜きました。

数日後、階段を登る際、膝に微かな痛みを感じました。

書物を読む際、以前よりも文字が霞んで見えるようになりました。

ヴァレリウスは、城の書庫にあるあらゆる医学書や魔導書を読み漁りました。

そして、恐ろしい真実に到達しました。

あの魔術師の言葉。『死もまた貴公を拒絶するだろう』。

「死なない」ことと、「老いない」ことは、同義ではなかったのです。

彼の肉体は、人間の時間の流れに従って老化していました。細胞は衰え、瑞々しさは失われていきました。

けれど、「死」という終着点だけが消滅していました。

さらに恐ろしいことに、彼は気づいてしまいました。

老化の速度が、年を追うごとに遅くなっていくのです。

最初の十年で感じた変化を、次の十年では半分しか感じない。その次の十年ではさらにその半分。

それはまるで、放射性元素の半減期のように。

死に向かって転がり落ちる坂道が、一歩進むごとに緩やかになり、やがて限りなく水平に近づいていきました。

だが、決してゼロにはなりませんでした。

つまり、彼は永遠に「死の直前」を彷徨い続けることになるのです。

どんなに老いさらばえ、体が朽ち果て、思考が濁っても、意識だけは永遠にこの檻の中に閉じ込められ続けました。

それは、終わりのない拷問でした。

「……嘘だ。そんなことがあってたまるか」

ヴァレリウスは恐怖しました。

戦場での傷や病気では死なない。だが、「老衰」という名の緩やかな拷問からは逃れられない。しかもそれは、決して終わらない。

彼は毎晩、鏡の前で自らの顔を確認するようになりました。目尻の皺、肌のたるみ。その一つ一つが、死刑宣告よりも恐ろしく「永遠の苦しみ」へのカウントダウンに見えました。

そんな彼の焦燥とは裏腹に、城の中で残酷なほど美しく花開いていく存在がありました。

エルマです。

十七歳になった彼女は、かつての痩せこけた少女の面影はなく、透き通るような肌と、憂いを帯びた瞳を持つ、美しい女性へと成長していました。

彼女は相変わらず「感情のない道具」として振る舞っていましたが、その仕草の一つ一つには、隠しきれない若さと生命力が溢れていました。

ヴァレリウスにとって、彼女の若さは「癒やし」ではなく、自らの老いを際立たせる「毒」となっていきました。

「エルマ、お前は……変わったな」

薄暗い執務室で、ヴァレリウスは呟きました。

書類を整理していたエルマは手を止め、淡々と答えました。

「申し訳ございません。機能に不備がございましたでしょうか」

「違う! そうではない……」

ヴァレリウスは苛立ち、机を叩きました。

彼はエルマの腕を掴み、自分の元へと引き寄せました。彼の手は節くれ立ち、血管が浮き出ていましたが、エルマの腕は滑らかで、温かく、脈打っていました。

そのあまりの対比に、彼は眩暈を覚えました。

(この娘は、老いていく。そしていつか死ぬ。……だが、私は?)

彼の中に、新たな、そして決定的な恐怖が芽生えました。

「孤独」です。

自分がボロボロの老人となり、永遠の時間を這いずり回る未来。その時、この娘はもういない。彼女は美しく老い、そして安らかに死んでいく。

自分だけを、この冷たい無限の地獄に残して。

「許さない……」

ヴァレリウスの瞳に、狂気の色が宿りました。

「私を置いていくことなど、許さない。お前は私の道具だ。私の所有物だ。主人が壊れていないのに、道具が先に朽ちることなどあってはならない」

彼はエルマの頬に触れました。その温かさが、今はたまらなく憎らしく、そして愛おしかったのです。

「エルマ。お前のその体は、あまりにも脆い。傷つきやすく、腐りやすい。不完全だ」

エルマは、主人の瞳の奥にある昏い光を見つめ返しました。恐怖を感じるべき場面で、彼女はなぜか、奇妙な安堵を覚えていました。

(ああ、旦那さまは私を求めてくださっている。私を離したくないと思ってくださっている。たとえそれが、歪んだ執着だとしても)

「はい、旦那さま。私は不完全です」

彼女は静かに肯定しました。

「だから、直してやろう」

ヴァレリウスは、引き出しの奥から、禁忌とされた錬金術の設計図を取り出しました。それは、かつて異国の商人が持ち込んだ、人間の肉体を機械へと置換する技術書でした。

「永遠に錆びず、永遠に老いず、私の隣で永遠に機能し続ける完璧な身体。……お前に、それを与えてやる」

それは、彼女への求婚の言葉のようであり、死刑宣告のようでもありました。

生身の肉体を捨て、冷たい鋼鉄の塊になる。二度と風の冷たさも、花の香りも、人の体温も感じられなくなる。

それでも、エルマは迷いませんでした。

七歳のあの日、「自分は死んだ」と決めた時から、彼女の命はヴァレリウスのものでした。彼が望むなら、人間であることなど、取るに足らない些事でした。

彼女はスカートの裾を掴み、深く、優雅にお辞儀をしました。

まるで、ダンスの相手の手を取るかのように。

「謹んで、お受けいたします。旦那さま。あなたの望む形になることが、私の唯一の幸福でございます」

その夜、地下の実験室で、おぞましくも神聖な儀式の準備が始まりました。

並べられた鋭利なメス。冷たく輝く真鍮の歯車。人工筋肉となるワイヤーの束。

ヴァレリウスは、震える手で麻酔薬を調合していました。彼は医者でも技師でもありませんでしたが、執念だけでその技術を習得していました。

手術台に横たわったエルマは、天井のシミを見つめていました。

(これでいい。これで私は、本当の意味で「物」になれる。痛みも、悲しみも、寂しさも、全部金属に変えてしまえばいい)

「……痛むぞ」

ヴァレリウスの声が、微かに震えていました。

「お前の神経を一本ずつ剥離し、回路に接続する。地獄のような苦しみだ。途中で死ぬかもしれない」

エルマは、麻酔が効き始めた重い瞼を少しだけ上げ、ヴァレリウスの方を見ました。

彼女の視界の中で、主人の顔が滲んでいました。

「旦那さま」

「なんだ」

「私の手が鉄になっても、……私の入れた紅茶の味は、変わりませんか?」

ヴァレリウスは息を呑みました。

こんな状況で、自分の身のことではなく、主人の紅茶の味を心配するのか。この娘は、どこまで愚かで、どこまで……。

彼は何かを言いかけましたが、言葉にならず、ただ短く答えました。

「……味などどうでもいい。お前が淹れるなら、泥水でも飲む」

エルマは微かに微笑みました。

それが、彼女が「人間として」見せた、最後の表情でした。

意識が闇に沈んでいく中、彼女は最後に、自分の頬に落ちる熱い雫を感じました。

それは主人の涙だったのでしょうか。それとも、ただの麻酔薬のしぶきだったのでしょうか。

答えを知る由もなく、エルマの人間としての時間は、ここで静かに終わりを告げました。

次に目が覚めたとき、彼女の世界から「温度」という概念は消失していることでしょう。


---


第二幕:砂の海と、時計仕掛けの懺悔


4.喪失の通信と、最後の恋心


エルマが機械の身体として目覚めてから、さらに三十年の月日が流れました。

彼女の視界は、かつてのような色彩豊かなものではなく、数値とサーモグラフィーが重なる無機質なデータの世界へと変わりました。

指先がカップに触れても、熱さは「警告信号」として処理されるだけ。風が頬を撫でても、それは「気圧の変化」に過ぎませんでした。

それでも彼女は完璧でした。疲れを知らず、眠りを必要とせず、老いゆく主人を介護し続けました。

一方、ヴァレリウスの老化は、彼が恐れていた通りの軌跡を辿っていました。

機械化から三十年。外見上は、呪いを受けてからの合計約四十年分の老化が刻まれていました。

かつて大陸中に名を轟かせた美貌は見る影もなく、髪は灰色に染まり、肌には深い皺が刻まれました。背は曲がり、関節が軋み、声にも力がなくなっていきました。

しかし、ヴァレリウスはさらに恐ろしい事実に気づいていました。

老化の速度が、確実に減速しているのです。

最初の十年で感じた変化を、次の二十年かけてようやく半分だけ進む。その次はさらに倍の時間がかかりました。

彼は書斎で計算しました。自分の肉体が「完全に朽ち果てる」までに、あと何年かかるのか。

答えは、絶望的でした。

——無限。

彼の身体は老衰に近づけば近づくほど、その速度を落としました。死の淵に立てば立つほど、そこから先へ進めなくなりました。

永遠に「もうすぐ死ぬ」状態のまま、意識だけが残り続ける。

それが、魔術師が与えた真の呪いでした。

そんな彼が、外界との唯一の繋がりとして執着していたものがありました。

隣国の王女、ロザリンドです。

かつて社交界で一度だけ言葉を交わした、百合のように清楚な女性。冷酷なヴァレリウスが、唯一「手に入れたい」と願い、しかし呪いを受けた我が身を恥じて、遠くから見つめることしかできなかった存在。

この北の果ての城から隣国の都までは、馬を飛ばしても数日はかかる距離にありました。望遠鏡を覗いたところで、見えるのは荒涼とした平原ばかり。

ヴァレリウスは外界との接触を断ちながらも、唯一、都の商人や情報屋から不定期に届く「報せ」だけは受け取り続けていました。都の情勢や、ロザリンドの近況を記した断片的な情報。

彼は誰に見せるでもない手紙を書き続けました。送ることのない、永遠に届かない手紙を。それは彼女への想いというより、失われた「人間らしい時間」への執着そのものでした。

ロザリンドが結婚し、子供を産み、そして老婆になっていく情報を、彼は紙の上で追い続けました。

それは、彼が失ってしまった「正しい人間の時間」への憧れそのものでした。


ある雨の朝。

城を訪れた行商人から、一通の知らせがもたらされました。その紙片の縁は黒く塗られていました。

隣国からの訃報でした。

「……死んだのか」

その言葉は、風に吹き消されました。

ロザリンドは、老衰で安らかに息を引き取ったといいます。

ヴァレリウスは、その場に崩れ落ちました。悲しみではありませんでした。それは、どす黒い嫉妬と、絶望的な敗北感でした。

「なぜだ……! なぜ、あんな弱弱しい女が『終わり』を手に入れて、選ばれたこの私が、まだここにいる!」

彼は近くにあった花瓶を壁に投げつけました。陶器が砕ける音が、広い部屋に虚しく響きました。

破片の一つが、側に控えていたエルマの頬に当たりました。金属の塗装が僅かに剥げ、銀色の地肌が露わになりました。

しかし、彼女は身じろぎ一つせず、ただ静かに箒を取りに行き、破片を片付け始めました。

「旦那さま。お怪我はございませんか」

その平坦な合成音声を聞いた瞬間、ヴァレリウスの中で何かが切れました。

彼はエルマの肩を掴み(その肩は冷たく硬かった)、激しく揺さぶりました。

「なぜ平気な顔をしている! お前も悔しくはないのか! 人間だったお前が、こんな鉄屑にされて、あの女は幸せに死んでいったんだぞ!」

エルマは、青く光る光学センサーで、狂乱する老人を見つめ返しました。

彼女の電子頭脳は、主人の心拍数上昇と、言語野の混乱を冷静に分析しました。そして、最適解とされる言葉を出力しました。

「私は機械です。悔しさという機能は実装されておりません。……ですが、旦那さまがお苦しいのであれば、鎮静剤をお持ちします」

そのあまりにも合理的で、冷え切った返答に、ヴァレリウスは言葉を失いました。

自分が奪ったのです。彼女の涙も、怒りも、温かさも。

自分の寂しさを埋めるためだけに、彼女を「感じないモノ」に変えました。

ヴァレリウスは手を離し、後ずさりしました。

「……出ていけ」

彼は膝を抱えてうずくまりました。

「私を一人にしてくれ」

エルマは一礼し、静かに部屋を出ていきました。

ガチャリ、と重い扉が閉まる音。それが、ヴァレリウスが外界の「希望」と完全に決別した合図でした。


5.忘却の砂漠


それから、百年、二百年……正確な時間を数えることすら意味をなさなくなりました。

世界は激変しました。

度重なる戦争と気候変動により、豊かな緑だった領地は荒れ果て、やがて砂漠に飲み込まれました。

人々は「呪われた城」を恐れて近づかなくなり、やがてその存在すら忘れ去り、遠くへ移住していきました。

城は今や、灰色の砂の海に浮かぶ孤島でした。

豪華だった調度品は朽ち果て、タペストリーは蛾に食われ、廊下には砂が積もっていました。

その廃墟の中で、二つの影だけが動いていました。

ヴァレリウスは、もはや「老人」と呼ぶことさえ躊躇われる姿になっていました。

皮膚は枯れ木のように干からび、髪は抜け落ち、目は白濁してほとんど見えていません。声帯も枯れ、呼吸をするたびに笛のような音が鳴りました。

それでも、心臓は動き続けていました。

彼は一日の大半を、車椅子の上で過ごしました。動くこともままならず、ただ砂嵐の音を聞くだけの日々。

エルマもまた、ボロボロでした。

メンテナンスをする技師も部品もなく、彼女の身体は錆に覆われていました。

左腕の関節は焼き付き、動かすたびに不快な金属音を立てました。音声機能にはノイズが混じり、かつての流暢な言葉は途切れ途切れになっていました。

それでも彼女は、毎日決まった時間に、砂のような味のする合成食料をスープにし、主人の口に運びました。

ある日、ヴァレリウスはふと、震える口を開きました。

「……エルマ」

「ハ、イ……旦那、サマ」

「私は、今、生きているのか?」

それは、数十年ぶりの会話でした。

エルマはスプーンを止め、主人の顔を見ました。彼女の視覚センサーも劣化し、主人の姿はノイズだらけの輪郭としてしか認識できていません。

「生命反応、アリ。……アナタハ、生キテ、イマス」

「そうか……。まだ,死ねないのか」

ヴァレリウスは乾いた笑い声を漏らしました。

「お前は……憎くないのか? こんな……醜いむくろを生かすために……何百年も……」

エルマの処理装置が、過去のデータを検索しました。

「憎い」という定義。敵対的感情。排除への欲求。

該当するデータはありませんでした。しかし、彼女のメモリの奥底、消去不可能な領域に、一つの「エラー」のような記録が残っていました。

それは、手術の日に感じた、頬に落ちた熱い雫の記憶。

「憎ク、ナイデス」

エルマは答えました。

「私ノ任務ハ、アナタノ傍ニ、イルコト。……ソレガ、私ノ、全テ」

ヴァレリウスの白濁した目から、一筋の涙が流れました。

冷酷な貴族だった頃には決して流さなかった、本心からの懺悔の涙でした。


6.小さき命と、氷解


転機は、激しい砂嵐が過ぎ去った静かな朝に訪れました。

城の崩れた天井から、一羽の小鳥が迷い込んできたのです。

砂嵐に巻き込まれて力尽きかけたその鳥は、書庫の床でうずくまっていました。

かつてのヴァレリウスなら、不快な鳴き声を上げるその生き物を、即座に踏み潰していたでしょう。

しかし、今の彼は、車椅子から身を乗り出し、じっとその小さな命を見つめていました。

「……エルマ、水だ。水をやってくれ」

エルマは、自分のオイルを含んだ布ではなく、綺麗な水が入った小皿を鳥の口元に運びました。

鳥は水を飲み、少し元気を取り戻すと、チチッと鳴いてヴァレリウスの干からびた指に止まりました。

その小さな温かさ。心臓の鼓動。

何百年ぶりに触れる「他者の命」の感触に、ヴァレリウスは声を上げて泣きました。

「温かい……。ああ、なんて温かいんだ……」

彼は、自分がどれほど孤独だったのかを、どれほど「生」に飢えていたのかを、痛感しました。

その孤独を、隣にいる機械の少女に強要していたことの罪深さにも。

鳥は翌朝、元気に飛び去っていきました。

残されたのは、再びの静寂。しかし、二人の間の空気は、決定的に変わっていました。

その日から、ヴァレリウスはエルマに「話」をするようになりました。

命令ではなく、対話を求めたのです。

「エルマ、今日は空が青いか?」

「ハイ。……センサー補正値、プラス2。トテモ、青イデス」

「そうか。昔、二人で見た湖のような色か?」

「……データ照合。……ハイ。ソノ通リデス」

彼は、自分の子供時代の話、愚かな野望の話、およびどれほど彼女の紅茶が好きだったかという話を、途切れ途切れに語りました。

エルマはそれを、ただ静かに記録し、頷きました。

彼女の錆びついた思考回路に、不思議な電流が流れ始めました。それはプログラムされた反応ではなく、主人の言葉に共鳴して生まれる、あの日捨てたはずの「感情」に近い何かでした。


7.最後の嵐


そして、物語は終局へと向かいました。

エルマの動力炉が、臨界点を迎えようとしていたのです。

彼女の胸部にあるコアから、異音が響き始めました。カチリ、カチリと、寿命を告げる時計の針のように。

ある夜、激しい砂嵐が城を襲いました。

老朽化した塔の一部が崩れ落ち、ヴァレリウスの部屋にも冷たい風と砂が吹き込みました。

寒さに震えるヴァレリウスの体に、エルマは自分の毛布をかけようとしました。しかし、彼女の腕はもう、上がりませんでした。

「……動力、低下。……エラー、動作、不能」

エルマはその場に膝をつきました。

ヴァレリウスは、這うようにしてベッドから降り、彼女の元へ行きました。

「エルマ! どうした、動けないのか!?」

「モウシワケ、アリマセン……旦那、サマ……。私ノ、寿命、デス」

寿命。

不死身の主人が最も欲し、そして機械の従者が先に手に入れてしまったもの。

ヴァレリウスは、動かなくなった彼女の手を握りしめました。その手は、氷のように冷たかった。

「嫌だ……逝くな。私を置いていくな! お前がいなくなったら、私はどうすればいい! この永遠の地獄で、誰が私の名前を呼んでくれるんだ!」

子供のように泣き叫ぶ老人を見て、エルマの視界にノイズが走りました。

(ああ、この人は、こんなにも弱かったのだ。私が守ってあげなければならなかった、小さな子供のように)

その時、彼女の人工知能が、一つの結論——あるいは「提案」を導き出しました。

それは、彼女の全存在を賭けた、最初で最後の反逆であり、最高の献身でした。

「旦那、サマ……。泣カナイデ、クダサイ」

ノイズ混じりの声が、嵐の音を切り裂いて響きました。

「私ニ、一ツダケ、機能ガ、ノコッテイマス。……アナタヲ、スクウ、機能ガ」

ヴァレリウスは顔を上げました。

エルマの胸部が、淡く、しかし力強い光を放ち始めていました。

「私ノ、エネルギーヲ、全テ、アナタノ心臓ニ、逆流サセマス。……ソウすレバ、アナタノ呪イハ、過剰ナ生命力ニヨッテ、相殺サレル……カモ、シレマセン」

それは理論的根拠のない、賭けでした。

しかし、エルマの「心」は確信していました。

自分の全てを彼に返せば、彼は人間に戻れると。

「そんなことをすれば、お前は……!」

「私ハ、壊レマス。……デモ、ソレデ良イノデス」

エルマの錆びた顔パーツが動き、ぎこちない、けれど誰よりも優しい笑顔を作りました。

「私ハ、アナタノ、道具デスカラ。……主人ノ役ニ立ッテ、壊レルノハ、道具ノ本望デス」

「違う! お前は道具じゃない! エルマだ! 私のたった一人の……家族だ!」

ヴァレリウスは叫びました。数千年かけて、ようやく言えた言葉でした。

その言葉を聞いた瞬間、エルマの光学センサーから、オイルではない、透明な液体が一雫、こぼれ落ちました。

それは奇跡的なバグが生んだ、涙でした。

「……ウレシイ。……アリガトウ、ゴザイマス、旦那サマ」

光が強くなりました。

城が震え、砂嵐がかき消されるほどのエネルギーが、彼女の小さな体から溢れ出しました。

「サヨウナラ。……大好キ、デシタ」

轟音と共に、世界が白く染まりました。


---


第三幕:永遠の終わりと、錆びた揺り籠


8.命の譲渡


視界を埋め尽くしていた白い光が、ゆっくりと薄れていきました。

轟音は消え、世界は嘘のように静まり返っていました。

ヴァレリウスは、床に投げ出された状態で、ゆっくりと目を開けました。

最初に感じたのは、「寒さ」でした。

それは、これまで感じてきた砂漠の夜の冷気とは違う、骨の髄から震えが来るような、死へと繋がる根源的な寒さでした。

次に感じたのは、「音」でした。

ドクン、ドクン、ドクン。

自身の胸の奥で、心臓が強く、しかし不規則に脈打つ音。それは、ただ血液を循環させるだけのポンプの音ではなく、残りわずかな砂時計の砂が落ちていくような、限りある命の響きでした。

「……は、はは」

ヴァレリウスは、自身の乾いた喉から漏れる笑い声を聞きました。

体が重い。指先が痺れる。視界が霞む。

その全ての苦痛が、彼には至上の喜びに感じられました。

呪いは解けたのです。エルマが、その身を犠牲にして生み出した膨大なエネルギーが、彼を縛り付けていた魔術の回路を焼き切り、「死」という権利を彼に取り戻させたのです。

「エルマ……見てくれ。私は……人間に戻れたぞ」

彼は、焼け焦げた床を這い、手を伸ばしました。

そこに、彼女はいました。

かつてエルマだったものは、もはや原形を留めていませんでした。

過負荷によって装甲は融解し、関節は砕け散り、美しい流線形を描いていたボディは、煤けた鉄屑の塊と化していました。

青く輝いていたセンサーは砕け、今はただの暗い空洞が、虚空を見上げていました。

「……ああ」

ヴァレリウスは、その鉄屑を抱きしめようとして、自身の腕が枯れ木のように痩せ細っていることに改めて気付きました。

そして、その腕で抱えた彼女の亡骸が、驚くほど熱を帯びていることにも。

「熱いな……。お前は、こんなに熱かったのか」

それは彼女の回路が焼き切れた余熱に過ぎません。

しかし、ヴァレリウスには、それが彼女が最期に燃やした「命」の温度そのものに感じられました。

彼は、煤で汚れることも厭わず、その熱い鉄塊に頬を擦り寄せました。

「馬鹿な奴だ……。主人のために死ぬなど、そんな機能、私は設定していないはずなのに」

返事はありませんでした。

駆動音も、冷却ファンの回る音も、もう聞こえませんでした。

ただ、焦げたオイルの匂いだけが、彼女がここにいた証として鼻孔を突きました。


9.雪の降る砂漠


ヴァレリウスは、エルマの残骸を抱いたまま、崩れかけた壁にもたれかかりました。

彼の命の火もまた、風前の灯火でした。

呪いが解けた反動か、あるいは数千年の老いが一気に押し寄せてきたのか、彼の呼吸は浅く、意識は遠のき始めていました。

「……不思議だ」

彼は天井の穴から見える夜空を見上げました。

いつもの淀んだ砂嵐の空ではありません。

雲が切れ、その隙間から、彼が子供の頃に見たような、清らかな星々が瞬いていました。

そして。

ひらり、と。

白いものが、舞い落ちてきました。

それは砂ではありませんでした。

冷たく、儚く、頬に触れるとスッと溶けて消える、氷の結晶。

「雪……?」

砂漠と化したこの地に、雪が降るはずがありません。

しかし、それは次々と降り注ぎ、汚れた床を、錆びた歯車を、およびヴァレリウスの老いた体を、白く染め上げていきました。

それはまるで、エルマが最期に放出した膨大なエネルギーが大気を揺るがし、一時的な気象変動を引き起こしたかのようでした。あるいは、彼女が最後に見せた奇跡が、この瞬間だけ世界を浄化しようとしているかのように。

「そうか……。お前は、私に『冬』も返してくれるのか」

かつて「氷の公爵」と呼ばれた男。

冷酷で、誰も愛さず、冬のように厳しかった男。

しかし今、彼を包む雪は、優しく、穏やかでした。

ヴァレリウスは、腕の中の動かない頭部を撫でました。

指先の感覚はもうありませんでした。痛みも消え、ただ心地よい眠気だけが彼を支配していました。

走馬灯のように、記憶が駆け巡りました。

七歳の彼女を拾った日。

初めて淹れさせた紅茶の味。

呪いを受けた絶望。

彼女を機械に変えた罪悪感。

そして、誰もいない砂の城で過ごした、数千年の日々。

「……楽しかったな」

ヴァレリウスは呟きました。

権力も、財産も、名誉も、何一つ残らなかった。

けれど、この錆びついた鉄屑と過ごした日々だけが、宝石のように輝いていました。

「お前がいてくれて……本当に、よかった」

彼はゆっくりと瞼を閉じました。

心臓の鼓動が、秒針のように遅くなっていきました。

ドクン。

……ドクン。

…………ドクン。

その時でした。

完全に機能を停止したはずのエルマの残骸から、微かなノイズが聞こえました。

それは、焼き切れたメモリの奥底に残っていた、最期の音声ログの自動再生でした。

『……オカエリ、ナサイマセ』

ノイズ混じりの、壊れたレコードのような声。

けれど、それは確かに、彼が毎日聞いていた、あの愛おしい声でした。

『……旦那、サマ』

ヴァレリウスの口元に、穏やかな笑みが浮かびました。

彼は最後の力を振り絞り、抱きしめる腕に力を込めました。

「……ああ。ただいま、エルマ」

『……オ疲レ、様……デシタ』

その声を子守唄に、ヴァレリウスの心臓は、静かに、および完全に停止しました。

数千年にわたる長い旅が、ようやく終わりを告げたのです。


10.終幕


夜が明けました。

砂漠は、一面の銀世界に変わっていました。

降り積もった雪は、崩れかけた城を、朽ち果てた家具を、すべての醜い傷跡を覆い隠し、ただ純白の静寂だけを残していました。

その城の一角、天井の抜けた部屋に、一つの「彫像」がありました。

それは、鉄屑のような何かを大切そうに抱きしめて眠る、老人の姿でした。

二人の上には、雪が優しく降り積もり、やがてその境界線すらも曖昧にしていきました。

人間と機械。

主人と道具。

加害者と被害者。

かつて二人を隔てていたあらゆる定義は、この雪の下で意味を失い、ただ寄り添い合う二つの魂の形だけが残されました。

彼らの物語を知る者は、もう誰もいません。

歴史書にも、伝承にも残らない、砂に埋もれた小さな愛の結末。

けれど、その死に顔は、かつての「氷の公爵」が一度も見せたことのないほど、安らかで、幸福に満ちていました。

遠くから、風の音が聞こえました。

それはまるで、長い役目を終えた二人を祝福する、鎮魂の歌のように。

永遠の揺り籠の中で、二人はようやく、同じ夢を見ているのでしょう。


---


エピローグ:砂の下の永遠


それからさらに数百年の時が流れました。

かつて死の砂漠と呼ばれたその地には、長い年月をかけた環境の変化によって、再び瑞々しい緑と水が戻っていました。エルマの最期のエネルギー放出が引き起こした一時的な雪は、地下深くの氷結層を形成し、それが数百年かけて溶け出すことで、この地に水を運んだのです。人々が戻り、新たな街が築かれ始めた頃、小高い丘の遺跡から「それ」は発見されたのです。

発掘隊が目にしたのは、寄り添うように横たわる「奇妙な一対」でした。

真っ白に風化した人間の遺骨と、それを抱くようにして固まった、ボロボロの機械の塊。

「信じられない……。これほど精緻な人工神経構造、現代の技術でも再現不能だ。まさにロストテクノロジーだ!」

学者たちは色めき立ち、慎重に機械の深層部へとアクセスを試みました。

物理的にはとっくに寿命を迎えているはずのメモリ。しかし、そこには「物理法則を無視した、ありえないほど膨大な熱量」を伴うデータが、圧縮されたまま眠っていたのです。

復元されたログ。

そこには、冷酷な男の独白、機械の少女が感じた光の温度、および二人が砂漠で交わした数千年の対話のすべてが記録されていました。

その記録を基に編まれた物語は、またたく間に世界中を駆け巡りました。

「かつて、これほどまでに残酷で、これほどまでに美しい愛があったのか」と。

本はベストセラーとなり、映画や劇となり、人々の心に深く刻まれる「古典」となりました。

現在、かつての古城があった丘は、公園として整備されています。

そこには、発見された時の姿を模した二人の銅像が立っています。

今や世界的な観光名所となったその場所で、恋人たちは誓いを立て、子供たちはその数千年の旅路に想いを馳せました。

かつて誰にも知られず、ただ砂に消えるはずだった二人の孤独は。

今や、全人類が共有する「最も美しい記憶」へと姿を変えたのです。

丘の上には今日も、彼女が最期に降らせたあの日の雪のように、白い花びらが舞っています。


---


**完**

いかがだったでしょう。

ストーリーなど大まかに指示し4分割して制作、その後統合し矛盾点の洗い出し、言い回しの不自然な部分の修正などして1日で作ってみました。3種のアプリを相互に批評させて作ったものです。

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