手の平の上で踊る公爵令嬢 ー私の鎖に巻かれて、操られて、一生、微笑んでいておくれ。ー
イレーシア・マシャド公爵令嬢は悲しんでいた。
涙が溢れて止まらない。
どうして、なんで?わたくしが選ばれなかったの?
イレーシアは銀の髪に青い瞳のきつい顔立ちの令嬢だ。
ドルト王太子殿下の婚約者候補として、幼い頃から自分を磨いてきた。
勉学からマナーからありとあらゆる分野で完璧でなければならない。
寝る間も惜しんで勉強してきたのだ。
それは、ドルト王太子殿下と結婚するため。
幼い頃から父に言われてきた。
「お前は必ず、このルイド王国の頂点の王妃になるのだ。それが我が名門マシャド公爵家に生まれたお前の務め」
と言われ続けてきた。だから、15歳になるまでに真剣に努力し勉強してきた。
貴族なら誰でも行く王立学園で初めてドルト王太子殿下に会った。
あまりの美しさに見とれてしまった。
金の髪に青い瞳。まるで絵本から抜け出てきた王子様のようで。
自己紹介の時に、思わず緊張してしまって。
「わたくしが、イレーシア・マシャド。マシャド公爵家の娘で貴方の婚約者候補ですわ」
「君がイレーシア。私がドルト王太子だ。よろしく頼むよ」
でも、彼の隣には対抗派閥のフランソワ・ジルク公爵令嬢がべったりとくっついていた。
フワフワの金の髪に清楚な雰囲気のフランソワ。
ドルト王太子と親し気に話をしている。
フランソワも婚約者候補だったわね。
もう、あんなに親しくして。わたくしは今日、会ったばかりなのよ。
それなのに貴方は。
フランソワはにっこり笑って、
「先程、ドルト王太子殿下にご挨拶を申し上げていた所です。わたくしがフランソワですわ。よろしくお願い致します」
悔しいっ。悔しいつ。悔しいっ。
悔しかった。一歩出遅れたみたいで。
ドルト王太子も、フランソワが気に入っているみたいで、
その日から、フランソワとよく行動する姿を見かけるようになった。
負けてはいられないわ。
「わたくしも婚約者候補の一人です。王太子殿下と共に行動をしたいですわ」
思わず、二人がいるところに割り込んでしまった。
フランソワはにっこり笑って、
「わたくしは構いませんわ。勝負は堂々とですわね」
「ええ、堂々とですわ。王太子殿下にわたくしの良い所を解って頂かなくては」
ドルト王太子は、イレーシアに向かって、
「私は構わない。二人が私の婚約者候補なのだから、私もフランソワやイレーシアの事を知りたい」
イレーシアの胸はときめいた。
いえいえ、ときめいては駄目よ。でも、なんて素敵な方。
三人でお昼を食べながら話をする。
フランソワとドルト王太子は趣味の話で盛り上がっていた。
フランソワはにこやかに、
「わたくし、乗馬を嗜みますの。馬が好きで、それが高じて乗るようになったのですわ」
「馬が好きなのか。私も馬が好きだ。専用の飼育小屋を持っている位だからな」
「まぁ今度見たいですわ。それから、一緒に遠乗りなんていかがです?」
「私の馬小屋に案内しよう。馬が20頭ほどいてな。王宮の庭に馬小屋がある。遠乗りもいいな。あまり遠くへは行けないが」
二人が馬の話で盛り上がっているのが気に食わない。
イレーシアは馬には乗らない。
あまり動物は好きではなかった。
ドルト王太子に向かって、
「他の話をしましょうよ。王太子殿下。今度、夜会が開かれるそうですわね。わたくしをエスコートして下さいませ」
「まだ婚約者候補だからな。イレーシアと、フランソワ、どちらもエスコートすることは出来ないが、ダンスをすることは出来る。是非、二人とダンスを踊りたいものだ」
フランソワが、
「殿下の好きな色は紫でしたわね。わたくし、紫のドレスを仕立てている最中ですの。今度の夜会でお見せ致しますわね」
悔しかった。明らかにフランソワに負けている。相手のドレスの色を知ってしまったら、さすがに同じ色のドレスは着られない。この王国の社交界でマナー違反になるからだ。
夜会の当日、ドルト王太子はエスコートはしてくれなかったが、ダンスをと誘われた。
それもフランソワが先だ。
紫の美しいドレスを着て、金の髪をアップにしてきたフランソワ。
わたくしだって、わたくしの好きな青のドレスを着て、銀の髪をアップにしてきたと言うのに、フランソワを先にダンスに誘うだなんて。
わたくしのどこが魅力がないと言うの???
そんな中、一人の男爵令嬢マリーア・キャドルが学園に編入してきた。
身体が弱くて、入学が遅れてきたということ。
そのマリーアが、ドルト王太子に接近してきたのだ。
明らかにドルト王太子の様子がおかしくなっていった。
「マリーアが愛しくてたまらない。私はマリーアと過ごす」
だなんていって、マリーアと中庭で仲良く話をしたり、酷い時はキスをしたりしているのだ。
それも堂々と。
イレーシアは怒りまくった。同じく婚約者候補のフランソワに愚痴をこぼしてしまった。
「あんな男爵家の令嬢にドルト王太子殿下はうつつを抜かすなんて。あの女が王太子妃になれるはずはないわ。わたくしが王太子妃にならなくてはならない。あの女は資質も何もないわ」
フランソワはにこやかに、
「だったら、排除すればいいじゃない?あの女はわたくしの派閥の家の令嬢だわ。こちらで始末をします。それでよろしくて?」
フランソワが怖い事をあっさりと言ったのでイレーシアは驚いた。
「わたくしはまだ人を殺めた事はないわ」
「あら、貴方、甘いわね。邪魔者は消す。それは公爵家の令嬢として当然の事だわ」
「だったら、貴方、わたくしも消すの?わたくしも殺すの?だって、貴方にとってわたくしは邪魔者でしょう?」
「そうね。互いに派閥のトップの家の公爵家の娘。どうしてもこのルイド王国の王妃にならなければならないのですもの。邪魔者ね。殺さないと本来ならば」
「本来ならば?」
「ええ、でも、貴方の事を見ていると、自分の鏡のようで。わたくし達は幼い頃から、懸命に学んできたわ。寝る間も惜しんで。先行き、王妃になる為に。その時の苦しみも辛さも大変さも全て‥‥‥父や母から感じる重圧も、貴方となら解り合える。わたくしね。貴方と友情を感じているの。ねぇ。どちらが選ばれても恨みっこなしよ。いい?わたくし達は永遠に友達でいましょう」
驚いた。フランソワに対してはライバル心しかなかった。
それなのに、彼女は、自分の鏡だと言って、抱えてきた苦しみも解ってくれたのだ。
思わずフランソワの手を取って、
「有難う。フランソワ。わたくし、ずっと貴方の事を憎んでいたわ。貴方は違ったのね」
「イレーシア、わたくしは一度たりとも、貴方の事を悪く思ったことはないわ。これからもよろしくね」
三日後、マリーア・キャドルは、馬車の事故にあって、あっけなく亡くなった。
マリーアは首飾りをしていて、調べたら魅了の魔法をドルト王太子にかけていた事が解った。
それを調べたのはフランソワの実家のジルク公爵家である。
自分の派閥のキャドル男爵家の娘が魅了を使ったのだ。
王家に謝罪をし、貴重な家宝の宝石を王家に贈った。
王家はジルク公爵家を許した。
マリーアの実家、キャドル男爵家は取り潰されて貴族界から姿を消した。
ドルト王太子が謝って来た。
「私は魅了にかかっていたようだ」
イレーシアは、ドルト王太子に、
「ご無事でよかったですわ」
フランソワも微笑んで、
「わたくしは王太子殿下を信じておりました。魅了だなんて。我が派閥の男爵家の令嬢が。本当に申し訳なく思っております」
ドルト王太子は首を振って、
「君の家が、魅了を使っていたと突き止めてくれたのだろう。私は愚かだった。魅了にかかってしまうなんて。それを突き止めてくれなければ、廃嫡されていた所だった。有難う。フランソワ」
イレーシアはイラついた。
イラついたけれどもフランソワを憎む気にはなれない。
友達でいましょうと言ってくれたフランソワ。
憎めない。そう思えた。
そして、卒業パーティで、ドルト王太子はフランソワを婚約者に指名した。
「私はフランソワ・ジルク公爵令嬢を婚約者に決定する」
フランソワは紫色のドレスを着て、カーテシーをし、
「王家の為に精神誠意尽くしますわ」
イレーシアはショックを受けた。
王立学園での成績は学年トップで卒業した。
マナーも教師に褒められる位に優秀だ。
何もかも、フランソワと比べると完璧に思えた。
フランソワの成績は学年5位。
どうしてなんで?わたくしの方が上ではないの???
家に帰ってベッドで泣いた。
わたくしのどこがいけなかったというの。
最初からフランソワに負けていたわ。
彼女は、ドルト王太子と親しくしていた。
ドルト王太子もわたくしより楽しくフランソワと話していたわ。
わたくしは頑張って来たのに。わたくしは何でどうして???
ドルト王太子殿下が好き。最初見た時から好きだったの。
何でわたくしが選ばれなかったの???
父であるマシャド公爵から怒られた。
「お前の努力が足りなかったせいだ。みっともない。最高の教育を施したはずだ」
母からも扇を手に、睨みつけられた。
「そうよ。貴方にいくらお金をかけたと思っているの」
弟マークにも、
「姉上、いつまでも公爵家に居座らないで下さいね。早く結婚相手を探して出て行って貰わないと」
今更、いい相手が残っているはずないじゃない。
わたくしは、どこかの家の後妻になるなんて嫌よ。
そんなある日、フランソワが兄であるジルク公爵家の長男リュウドを連れて訪ねてきた。
美しいフランソワに似て、金髪美男だ。
「マシャド公爵、お久しぶりです。ジルク公爵家の嫡男リュウドと申します」
「長女フランソワです」
マシャド公爵は、眉を寄せて、
「笑いに来たのか?我が娘イレーシアが選ばれなかった事を」
公爵夫人も扇を手に、
「そうよ。本当に悔しくて仕方ないわ」
リュウドは、マシャド公爵に、
「イレーシア嬢を私の婚約者にしてほしい」
イレーシアが客間に呼ばれた。
父であるマシャド公爵は、
「対抗派閥のトップがうちのイレーシアを貰いたいなどと、どの口が言っているんだ?」
「私はもうすぐ公爵になります。父の具合がかんばしくなく、爵位を早めに継ぐ事になりました。私はずっとイレーシア嬢を狙っておりました」
イレーシアは怒りまくった。
「わたくしが王太子殿下に選ばれないと知っていたようね」
「うちの妹、フランソワが選ばれるだろうと思っていたよ。イレーシア」
「どうしてよ。わたくしの方が優秀なはずだわ」
「情報戦に負けている。フランソワを勝たせる為に、私は妹が王立学園に入学する前から策を練っていた。ドルト王太子殿下の趣味の乗馬をフランソワにやらせた。ドルト王太子殿下の好きな物を徹底的に調べた。どうしたらドルト王太子の心を掴むことが出来るかフランソワと共に策を練った」
フランソワは微笑んで、
「兄の策によりわたくしは動いていたのですわ。王太子殿下とて人の子。まずは心を落とすにはそれなりの策を練って近づかないと」
リュウドはちらりとイレーシアを見つめて、
「君は自分の事ばかりだったね。だから、フランソワが勝つと思っていたよ。王家だって節穴じゃない。王妃に必要なのは、情報を得て的確に動く事だ。まぁ、キャドル男爵家の事は想定外だったが」
「でも、お兄様。きちっと始末致しましたわ」
「ああ、それも王妃に必要な事だな」
リュウドはイレーシアに、真赤な薔薇の花束を渡して、
「君がフリーになると解っていた。だから私の妻になって欲しい」
「わ、わたくしは負けた女ですわ。対抗派閥の、それも家でも邪魔者にされて」
「でも勉学やマナーは優秀だ。しっかりした夫がいれば、輝くだろう?我がジルク公爵家には君のような女性が必要だ。婚約してくれるね?私が公爵になったら結婚式を挙げて、ジルク公爵夫人になって欲しい」
フランソワが手を差し出して、抱き締めてくれた。
「貴方と友人になりたいと思ったのは本当よ。貴方がわたくしのお義姉様になって下さるのなら、心強いわ」
ずっとずっと憎んでいた。でも、憎めないと思っていたフランソワ。
わたくしはこの二人の策に敗れた愚かな女だったのね。
でも…‥
フランソワを抱き締めた。
そして、リュウドの顔を見つめた。
父マシャド公爵は、
「対抗派閥といえども、この婚約を経て、両家が繋がるのは利あるのみだ。いいだろう。娘との婚約を許可しよう」
リュウドは頭を下げて、
「有難うございます」
そして、イレーシアの手の甲にキスを落とした。
「イレーシア。よろしく頼むよ」
イレーシアの心はときめいた。
リュウドに色々と自分に欠けていた事を教えて貰った。
「君が好きなものはなんだ?君が喜ぶ事をしてやりたい」
「わたくしに興味を持って下さいますの?」
「愛しているからね」
ああ、そう言えば、わたくしはドルト王太子殿下の事を好きだった。馬が好きだって知っていたけれども、フランソワのように、深く興味を持って共に楽しむ事を考えもしなかったわ。
だから、リュウドに言ってみた。
「わたくしも貴方が好きな事を知りたいわ。楽しみを共有したいと思いますの。そうしたら貴方の事をもっと知ることが出来るわ」
リュウドは嬉しそうに笑った。
その笑顔が素敵だと思った。
でも、まだまだ自分には足りないものがある。
この兄妹に色々と教わらないと。
でも、きっとわたくしはもっと高みに登っていける。
リュウドの顔を見つめた。
「わたくし、ジルク公爵家の為に頑張りますわ。共に高みに登って参りましょう」
イレーシアの心は希望に溢れていた。
二月後、二人は結婚し、リュウドはジルク公爵となった。
イレーシアは嫁入し、一年後には双子の女の子に、二年後には男の子に恵まれ、リュウドと仲良く幸せに暮らした。
娘達にいつも言っている言葉がある。
「愛する人を見つけたら、彼の事に興味を持ちなさい。彼の趣味に合わせて、より心を近づけなさい。そうしたらきっと、彼の方も答えてくれるわ」
ずっとずっと好きだった。
気高く美しく優秀なイレーシア。
初めて見かけた時から、好きで好きで手に入れたいと思っていた。
だから徹底的に調べた。
イレーシアの事を。
イレーシア・マシャド公爵令嬢。
勉学やマナーは優秀だ。
名門マシャド公爵家の令嬢として、ドルト王太子の婚約者候補に挙がっている女だ。
そう、でも、両親が良くないな。だから、イレーシア自体も愚かな女だ。
王家が求めているのは「完璧さ」だけではなく「相手への興味・理解・情報収集力・そしてある程度の冷徹さ」だ
イレーシアは相手への興味も理解も情報収取力も冷徹さも持っていない女だ。
妹のフランソワも婚約者候補にあがっている。
病がちの父は早く爵位を私に継いで欲しいと願っている。
爵位を継ぐのなら、完璧な妻が必要だ。欠けている部分は私が補えばいい。
一目惚れしたイレーシア。愚かだが、完璧なイレーシア。
だから、策を練った。
王太子の事を徹底的に調べた。フランソワに王太子の趣味に寄り添うように乗馬を教えた。
馬に興味を持つように徹底的に叩き込んだ。
そしてもう一芝居、男爵家の娘マリーアをたぶらかした。
「君は魅力的だ。この首飾りをあげよう。君に似合っている。王太子殿下の事が好きなんだろう?この首飾りをして見せたら、きっと。王太子殿下も振り向いてくれるよ」
マリーアはピンクの髪をした可愛らしい令嬢だ。
「でも、フランソワ様が婚約者候補なのでしょう。それってまずいんじゃ」
「フランソワは内心嫌がっているんだ。婚約者候補自体をね。王太子殿下だって、君みたいな可愛い子の方が好みみたいだよ。だから、これはチャンスではないか?」
そう言って、マリーアをたぶらかして王太子殿下に接近させた。
元々、始末するつもりだった。
魅了の魔法を使っていたと暴いたのは我がジルク公爵家。
ドルト王太子に恩を売る為にも。捨て駒は必要なくなったら始末しなければ。
上手く行った。
ドルト王太子は魅了だったと解ったお陰で、我がジルク公爵家に恩を感じているはずだ。
フランソワも上手くドルト王太子殿下の婚約者に決定した。
後は、イレーシアをたぶらかして、私の婚約者にするまでだ。
愚かなイレーシア。でもとても美しくて努力家なイレーシア。
愛しているよ。
だから、私の鎖に巻かれて、操られて、一生、微笑んでいておくれ。




