ほら吹き地蔵 第十五夜 地獄に白骨の仏
【1】
山奥をそぞろ歩きしていたら、深い竪穴の底に墜ちた。
この近くの山頂に、太平洋戦争の際に築かれた高射砲陣地の遺構があると聞いた。
その防空壕かもしれない。
体表を多少すり剥いたが骨に異常は無いようだ。
打撲痛が消えるまで、結局、数日を要した。
我が身の不運を悲しいとも悔しいとも思わなかった。
不条理だとも思わなかった。
この穴に墜ちる前から、私はとっくに絶望していたからだ。
私はこの山に死にに来たのである。
自殺の動機なんて99パーセントは利己的なものに決まってる。
遭難は私を自殺の罪から解放してくれた。(一応、自殺に負い目を感じてはいたのである。)
餓死は縊死よりも、はるかに苦痛に満ちたものであったとしても。
水はあった。
目の前でチョロチョロと清水が湧き、横穴の闇の奥に吸い込まれていた。
食べられそうな物は無い。
この身に蓄えた贅肉が全てだ。
このブクブク太った醜い体が今では私の命の綱、唯一の栄養貯蔵庫になろうとは思わなかった。
冬のさ中なのに寒けは無い。
深い穴の底だからだろう。
穴蔵に貯蔵されたサツマイモみたいだ。
暖かい土の布団の中で、サツマイモは糖度を増して熟成する。
それが冬眠中のサツマイモが見る夢だ。
私は熟成すべき物を全て奪われて絶望した。
見る夢と言えば10年前に辞めた会社の事ばかりだ。
サラリーマン生活なんて、もうどうでもいい事なのに、私には他に見るべき夢が無い。
30年間、一生懸命働いて、私は会社の価値観でしか物を考えられない人間。会社しか知らない世間知らずになってしまったのだ。
孤独ではなかった。
美しい先客がいたのだ。
ウエディングドレスに身を包んだ白骨死体が。
こんな穴の底だからカラスも舞い降りては来まいが地ネズミにはかじられるだろう。
蝿もたかるだろう。
ネズミやウジに食い散らかされた人骨は、やがて地に還るはずだが、目の前の白骨は、まるで理科室の骨格標本みたいに人の姿をとどめていた。
どうしてこんなに保存状態の良いドクロと巡り逢えたのか不思議だった。
さすがにドレスの布地は劣化していたが色落ちはしていなかった。
まるで天女の衣がフワリとかけられているように見えた。
もちろんこの天衣には縫い目があったが。
読む本はあった。私の頭の中に。
だが、段々テキストがボヤけて来た。
頭の中の「自分用」編集テキストには、自分に都合の良い事ばかりが書いてある。
自己肯定ばかりの本には、すぐ飽きる。
著者と読者が同一人物ではネタは丸バレだ。
読書は「私が知らない人」、「私には想像もつかない事を考える人」との対話なんだと改めて思う。
【2】
結局、私の手元に残ったのは、お祈りだけだった。
長くて複雑なヤツは、もう気力も体力も続かない。
「仏さま万歳、仏さま万歳、仏さまバンザーイ」だけの事をバカみたいに繰り返すお経もあるのだ。
今の私には、これしか無かった。
「仏さまに見離されたら、もう他には行く場所が無い」と思い詰めた。
そう。私は「まだ死にたくない」と思い始めていたのである。
「友だち」に聞いてみた。「オレ、一体どうしたらいいんだ」と。
今度は手厳しい答えが返って来た。
「死ぬのは勝手だが、死んだらこうなるのだぞ。運が良くても白骨だぞ」と。
私はホロホロと涙をこぼした。
これほど親身になって私を叱り飛ばしてくれた人は久しぶりだったからだ。
そう言う人たちに耳を傾けなかったから、そう言う人たちを遠ざけてしまったから、私は何もかもを失う破目になったんだ。
【3】
明け方に誰かが来た。
「見る夢が無いなら、み仏が見た夢を見ればよかろう。」
そう告げられた。
それから一日、じっと座っていた。
反省でも「自己との対話」でもない。そういう物は最初から放棄した。
ただ「自分であろう」とした。「捨てられる物は、みな捨てよ。この沈みかけた舟から」とだけ、ボンヤリと頭に置いていた。
「何か一つの考えに囚われるまい」と思っていた。
「流れる雲のように流れてしまえ」と思っていた。
まだ「無念夢想」じゃなかったのである。
やがて疲れて寝入った。
【4】
私は六道を輪廻する夢を見た。
死んでは生まれ、死んでは生まれを繰り返す人間の六つのステージ。
いずれ劣らぬ苦痛に満ちた世界だ。
ただ、私の夢見た六道は、既にどこかで見たような、おなじみの風景ばかりだった。
私は自分で見て自分で理解した限りでしか世界を把握していないからだろう。
私の目は私が見たくない物にフタをする。
私の心は私が理解できない事をテーブルの下に払い落とす。
地獄と言い極楽と言っても、自分の身の丈相応の夢しか見れないのである。
以下はそんな私の「身勝手な遊園地」みたいな六道輪廻だ。
最初は孤独地獄に落ちた。
だが、ここは私が知る最悪の地獄ではない。
愛着が憎悪に変わる瞬間は、孤独よりもはるかに恐ろしかった。
餓鬼道は怖くも何ともなかった。
私が社会に出て30年、営々とやって来た事と全く同じなのだから。
金が金を生むためには、真っ赤に燃えた資本主義の車輪を回し続けなければならない。
車輪が肥え太って大きくなればなるほど利益率も利子率も低下するから、私は口をつければ火と化す水を、いつまでも汲み続けるしかなかったのだ。
畜生道と言うのは、どうもピンと来なかった。
イヌがやる事は人間だってやる。
サル山は特別な場所ではない。あれは人間の縮図だ。
その限りでは、生きとし生けるものは、みな平等だ。
天道と言うのは本当にひどい世界だ。
一度は与えた「良きもの」を、後になって取り上げるのだから。
最初から無いなら「自分には縁無きもの」と割り切れる。
一度は「自分のもの」にした蜜壺を取り上げられるのは、自分の身を裂かれるよりもツラいのだ。
人道は「おなじみの世界」だ。
そして人道には「何でもある」。六道の全てがある。
ここでは愛憎のために人を殺す人がおり、人の金が欲しくて人を殺す人がおり、ただ人を殺すのが楽しくて人を殺す人もいる。
これを人道主義とは、誠に気の利いたシャレではないか。
そして最後の修羅道だが、ここは何とも中途ハンパな世界だった。
片足を人道に、もう片足を地獄に突っ込んでいたのだ。
だから、すぐ分かった。
私はここにいたのだ。
なるほど、一瞬たりとも気が休まらなかったはずである。
いつでも騙したり騙されたり、やられたり、やり返したりを繰り返していたはずである。
戦うのがイヤなら止めればいいだけの話なのに、何で私は勝者も敗者もない戦いから逃げなかったのか?
そうするのが好きだったからである。
信用できない人間と一緒にいる方がリラックスできるからである。
負ければ全てを失う世界が好きだったのである。
爽やかな風に頬をキスされたような気がして、私は晴れ晴れとした気持ちで夢から覚めた。
誰かといっしょに六道巡りしたような気もするのだが、覚醒と同時にその顔も存在も失念してしまった。
もう絶望する理由が無かった。
【5】
問題を一つ解決したら、また次の問題がやって来た。
分け入っても分け入っても、どす黒い谷の底だった。
私はやるべきか。
それとも、やるべきじゃないのか。
ここでジッとしていれば、いずれ餓死する。
分かり切った話だが、何かを決める事からは逃げられる。
横穴を這って行けば助かる可能性はある。
だが、可能性は飽くまで可能性だ。
餓死より苦しい死が待っている可能性だってある。
「どうしたらいいんだ。教えてくれよぉ」と、私は初めて彼女の体に触れた。
手を握ったら、かつては血もあり肉もあり、ピンク色の肌に覆われていただろう彼女の右手は、一瞬にして粉塵となって飛び散ってしまった。
形があると思っていたものが、一瞬にして形が無くなってしまった。
だが、彼女の姿かたちが私の最後の薬になっていた事は間違いない。
彼女は決して無じゃない。いや、そう思いたい。さもなきゃ、一度目よりもひどい、この二度目の絶望に耐えられそうもない。
いつもの事だが、この竪穴の底にも、ほんの数十秒だけ陽が射す。
彼女の右手だった塵ホコリが、ほんの数十秒だけ光の中に舞い踊った。
キラキラと輝いた。
そしてすぐ元の薄暗がりにもどった。
「この光は、み仏の悟りの光だ」と私は思った。
俗人の私に、一度は希望を捨てた私に、自分と一緒に人間全てを殺そうとした私に、悟りが開ける道理なんてあろうはずが無い。
だが、あの太陽に手が届く可能性がゼロではないのと同じ程度には、私が悟りを得られる可能性もゼロではない。
私は右手を失った彼女にサヨナラを言った。
「全てを失くした私に、右手をくれてありがとう。
これ以上は指一本触れないで、私はここを去るよ。
絶望と一緒にこの竪穴の底に墜ちて来る人間が、またいないとも限らないから。」
【6】
横穴の真の闇の中で、私は時間の感覚を失った。
そもそも何かを考える能力、感じる能力をほぼ失っていた。
それでも私は両肘と両膝で、腹這いがやっとの横穴を匍匐前進し続けた。
今度は自分で決めた事だから恐れは無かった。
力尽きたら死ぬだけの話だから、絶望しているヒマは無かった。
やがて横穴の出口に着いた。
防空壕には良くある事だが、出口の下から5分の4以上は土砂で塞がれていて、上の方から、ほんの少しだけ光が射していた。
這い出す事はできなかった。
土をどかす体力も残っていなかった。
防空壕の外から車の激しい往来の音がしたが、人の話し声は聞こえない。
もしかしたら自動車専用道路に面しているのかもしれないが、車が来る所なら人も必ず来る。
今度は「助けてくれ」と声を出し続けるのが私の戦いになった。
三日後、バイパスの草刈りに来た保安要員に私は救助された。
救急病院には二週間、留め置かれた。
飢餓状態に適応した体を元に戻すには、それくらいかかったのだ。
極限状態で受けた心的外傷にも、医者は疑いの目を向けていたが、「ご心配には及びません」と、にこやかに私は答えた。この笑顔もまた、み仏がくれたものだ。
「驚きましたね。あなたの心は鉄でできているんですか」と、医者は真顔で言った。
鉄でなんかできてない。私の心は豆腐のように弱い。
白骨の女神さまがくれた借り物の勇気、借り物の鉄の鎧で覆っているだけだ。
今、私が持っているもので、み仏からの借り物でない物など一つもない。一番、値の張るレンタル物件は命だ。
「これからは人のために生きろ。自分の事は後回しにするんだ。」
これが「鉄の鎧」を貸し出す条件だった。
その後は役所の世話になって、私は何とか生きている。
やがて職にもありついた。
少しばかりだが貯金も始めた。
最初の給料が出たら、近所の寺に経本をもらいに行った。(タダでもらうのはイヤだったのだ。)
一度は捨てた経本が、ブーメランみたいに手元に戻って来た。
これは捨てちゃならない物だったのだ。
奇蹟は起こった。




