6.それぞれと過去を話そうよ!
魔王軍四天王メイメイを倒したアイカ達は、次の敵である魔王軍四天王ハラヤのいるピピン王国に馬車で向かっていた。
ピピン王国までは距離があるため、夜になって野宿することにした。
焚き火のぱちぱちという音が、静寂の夜を優しく彩っていた。
星が瞬く広大な草原の片隅で、アイカたちは旅の疲れを癒している。
炎の揺らめきが彼らの顔を照らし、静かな時間が流れている。
そんな中、誰からともなく口を開いたのはサクナだった。
サクナ「ねぇ、私たち、お互いのこと…何も知らないよね?」
膝を抱えながら、ちらりとアイカを見つめる。
その瞳には、ほんの少しの好奇心が混じっていた。
サクナ「質問して答える感じで…お互いの過去、話さない?」
声は少しだけ震えていた。緊張もあったのだろう。
しばらく考えた後、アイカは微笑みを浮かべてうなずいた。
アイカ「いいよ。」
サクナはその笑顔には、少しだけ安心感が滲んでいた。
サクナ「じゃあ――」
薪をくべる手を止め、少し声を落とす。
サクナ「アイカは、なんでこの世界に残ったの? 他の勇者たちは、みんな元の世界に帰ったでしょう?」
焚き火の火の粉が舞う中、アイカはしばらく黙って夜空を見上げていた。
アイカ「そうだなぁ……未来が、だいたい決まってたから、かな。」
声は低く、どこか遠い記憶をたどるようだった。
サクナ「決まってた?」
不思議そうに眉をひそめる。
アイカ「うん。学校に通って、いい大学を目指して、就職して……。まわりもみんな、同じような道を歩いててさ。先が見えてるっていうか、何も変わらない毎日が、なんだか辛くて。」
手のひらに落ちた木の葉をそっと火に投げ入れながら、目にはわずかな寂しさが宿る。
アイカ「だから、この未知の世界に残ったんだ。何が起こるかわからない――そんな未来のほうが、生きてるって感じがしたんだよ。」
言葉の端々に、生きる実感を求める切実さがにじんでいた。
サクナは目を丸くして黙ったまま、その言葉を噛みしめるように受け止めた。しばらくして、ふっと笑みがこぼれた。
サクナ「……なんだか、アイカって意外とロマンチストなんだね。」
ちょっとからかうような、優しい笑顔だった。
アイカ「黙れ。」
照れ隠しに短く返すが、アイカは照れていた。
火はまだ静かに燃えている。旅はまだ続くけれど、今夜だけは少しだけ、互いの距離が縮まったように感じられた。
アイカ「よし、こっちの番! サクナの一人称がときどき僕なの、なんで?」
冗談めかして問いかける。
サクナは一瞬目を見開いたあと、ふっと遠くを見るように笑った。
サクナ「……癖かなぁ。」
静かな声で答え、その表情はどこか遠くを彷徨っていた。
サクナ「母様はね、病弱だったの。僕を生んだあと、すぐに亡くなっちゃった。」
火の粉が夜空に舞い上がる。彼女の声は静かだが、どこか強さも感じさせた。
サクナ「やっと生まれた王家の血を引いた子どもが……女の子だった僕を、みんな少し残念そうに見た。期待は、男の子だったから。」
唇を軽く噛み締め、わずかに言葉を詰まらせる。
サクナ「だから……男の子になりたくてさ。小さい頃から“僕”って言ってたら、そのまま癖になっちゃったの。」
微笑みはほんの少し切なく、儚かった。
サクナ「さ、次は僕の番。ナギちゃんとの出会い、教えて?」
問いかける彼女の声には、暖かな興味が込められている。
アイカは静かにうなずき、ゆっくりと語り始めた。
アイカ「俺だけが、この世界に残って……いろいろあって、飢えて、死にそうだった。」
言葉の端に、当時の孤独と後悔が滲んでいた。
アイカ「この世界に残ったこと、正直……後悔してた。誰もいないし、寒いし、なにより――寂しかった。」
目を伏せ、胸の内をさらけ出す。
アイカ「そんな時に出会ったんだ。ナギに。俺が倒れてたら、パンをくれてさ。」
ふっと微笑みが戻る。
アイカ「自分もガリガリの体だったのに、だよ。…あれが、最初の温もりだった。」
語るその顔には、あたたかな感謝が満ちていた。
サクナは何も言わず、じっと頷いた。
サクナ「素敵な女の子だね。」
アイカ「よし、今度は俺の番だな! なんで女の子が王様になっちゃいけないんだ?」
冗談めかして聞き返す。
サクナは少し目を丸くして答えた。
サクナ「えっ? だって……伝統が……」
言葉に詰まる。
アイカは肩をすくめる。
アイカ「俺のいた世界じゃ、女の人が王の国、有名だったよ。」
笑顔を浮かべて。
サクナ「そうなの?」
驚きの声が混じる。
アイカ「そうそう! だから、なっちゃいなよ。王に!」
背中を押すように言った。
その言葉に、サクナは目を見開き、次の瞬間に満面の笑顔を見せた。
サクナ「……私の悩み、解決しちゃったね。ありがとう、アイカ。」
サクナは心からの感謝が溢れていた。