50.勇者は、なんで退屈してんの?
城に戻ってからのサクナは、すっかり「王女」としての顔を取り戻していた。
誰に対しても威圧感を見せることはなく、むしろその物腰は驚くほど柔らかい。
民の前では、膝をつき目線を合わせて話し、年老いた者にはそっと手を添え、子供には優しい言葉で笑いかける。
そして、城の誰もが口を揃えて言うのだ。
「サクナ様は、まるで天使のような人だ」と。アイカにとっても、それは納得できることだった。
アイカはサクナ姫の専属料理人として、すごく優遇されていた。
アイカもサクナは充実していたが、それいえ問題があった。
サクナが働きすぎていること。
アイカが暇すぎることだった。
その日も、アイカは日課を終えて、ぽかぽかした庭でふて寝をしていた。
アイカ「……暇だ……」「ニートなのかなぁ」
アイカはボーとしている。
メイドから「今日はお昼、何になさいますか?」と尋ねられても、「何でもいい」としか答えない。
空は青く、風は涼しく、時間は無限にある。
なのに、退屈すぎて、心が持たない。
ついに我慢できず、アイカはサクナがいるだろ執務室に突撃した。
サクナは執務室にいた。
サクナは、いつものように大量の書類と向き合っていた。
だが、アイカの顔を見た瞬間、目を細めて優しく微笑んだ。
サクナ「ふふっ、いらっしゃい。今日はもうお昼、作ってくれたの?」
アイカ「いや、ちょっと用事っていうか……さ」
サクナ「うん、話してごらん?」
その声には、何も責める気配がない。
いつものように、ただただ包み込むような優しさだった。
アイカ「……なあ、どっか旅に出る予定とか、ないの?」
アイカ「暇でさぁ!!!」
サクナは少し目を瞬かせたあと、ペンを置いて、頬杖をついた。
サクナ「アイカ、退屈してたんだね」
アイカ「……うん。ちょっとだけ」
サクナは立ち上がり、窓際に歩いて、遠くの空を見上げた。
サクナ「ちょうどね、いくつかの国と外交を考えてたの。ドワーフの国、エルフの国、獣人の国……」
サクナ「魔族狩りの件でね。」
サクナはにっこりと微笑んだ。
サクナ「一緒に来てくれるよね?専属料理人アイカ殿!!」
アイカ「え、マジで?行く行く!!」
サクナ「ふふ。ありがとう。やっぱり、アイカがそばにいてくれると心強いな」
サクナは胸に手を押さえて。目を閉じた。
アイカ「……で、危険とかあるの?」
サクナ「たぶん、危険よりも退屈な宴会と、ちょっと硬い挨拶が多いかな」
アイカ「うわ、退屈の二乗じゃん」
サクナ「でもね、どんなに堅苦しくても、誰かの笑顔に繋がるなら、がんばれるよ」
その言葉に、アイカは思わず目を逸らした。
なんだかまぶしすぎたから。
サクナは席からたちあがり、アイカの横に来る。
サクナはアイカの肩にそっと手を置き、囁くように言った。
サクナ「退屈な時間も、アイカと一緒なら……私はうれしいよ」
アイカ「……っ!」
照れくささを誤魔化すように、サクナと距離をとった。
アイカ「じゃあ、荷造りしとく。……めんどくさいけど」
サクナ「ありがとう。じゃあ、ちゃんと私が予定を立てるね。任せて?」
そう言ってウインクするサクナの姿に、アイカは思わず吹き出してしまった。
アイカは貌を赤くした。
アイカ「……しょうがねえな。頼んだよ」
こうして、サクナとアイカは各国との外交の旅へと出ることになった。




