42.勇者は、なんでニヤニヤしてんの?
朝霧がうっすらと漂う中、馬のいななきと荷車のきしむ音が静かに響いていた。
まだ町が完全に目覚める前──アイカとサクナは、馬車乗り場に立っていた。
馬車乗り場の受付の男が話しかけてきた。
男「お客さん、どこまで行くんだ?」
アイカ「王国へ」
男は顎に手を当てて首を傾げる。
男「王国っつっても、たくさんあるが……どこ?」
アイカ「サクナの王国ってどこ?」
隣にいたサクナは、静かに小さくため息をついた。
サクナ「“ワクワク王国”よ」
アイカ「……」
アイカはしばらく無言のまま、顔をしかめた。
アイカ「……なんだよそれ、子どもがつけたみたいな名前じゃん」
サクナは目を細め、落ち着いた声で言い返す。
サクナ「その“子どもみたいな名前”の国で、私は幼い頃から育てられたのよ。ちゃんと敬意を持って」
アイカ「へいへい、怒るなって……あー、でも初耳だよなあ。“ワクワク”って」
男「お客さん、“ワクワク王国”」(笑)
男「お客さん、“ワクワク王国”ってあそこか……あそこは、今ちょっと荒れてるぜ」
サクナ「なぜ、2回言った。」
サクナは頬をふくらませた。
サクナはしばらくして、話し始めた。
サクナ「荒れている……詳しく聞かせてください」
男「つい先日、王女が亡くなったって話だ。で、後継者がはっきりしてなくて、貴族たちが争い始めてる」
アイカ「うわ、やっぱりそういう流れか」「おれ、嫌いなんだよ!!そういうドロドロしたの。」
男「今行くのは……正直、あんまりおすすめできないな。道中も含めて物騒だ」
サクナは男の目を静かに見つめ、丁寧に頭を下げた。
サクナ「ご忠告ありがとう。でも、私はどうしても戻らなければならない立場なの」
男「……そうかい。だったら6号の馬車に乗りな。王国方面はそれが朝一の便だ」
男「料金は二人で3万ゼニ」
アイカ「ほい、3万」
アイカはポケットから財布を取り出し、支払いを済ませた。
男「まいどあり!」
男は笑顔で返事した。
二人は揃って6号馬車のもとへと歩き出した。
太陽はちょうど地平線から顔を出したばかりで、淡い金色の光が旅の始まりを照らしていた。
アイカ「やれやれ……貴族どもの争い、めんどくさそうだな。椅子取りゲーム真っ最中ってやつか」
サクナ「その“椅子”は、本来私のものよ」
アイカ「……お、名言っぽいこと言ったな」
アイカはニヤニヤした。
サクナは微笑んだ。
サクナ「ふふ。冗談に聞こえるなら、それでもいいわ。けれど私は──帰るの。正統な王女として」
馬車の車輪がごとんと音を立て、朝の冷たい空気をかき分けてゆっくりと動き出した。




