15.サクナの誓い
町の通りは活気に満ち、賑やかな声がそこかしこから響いていた。
そんな中、タイガーとサクナは肩を並べて歩いていた。
タイガー「……ここ、魔界だな。」タイガーが足を止め、周囲を見回す。
サクナは眉をひそめた。「人間が魔界にいたら、危ないよなぁ。見つかったらどうするつもり?」
タイガーはにやりと笑ってみせる。「まぁ、でもさ。魔界に住んでる魔族たち、人間を実際に見たことなんてほとんどないだろ? だったらバレないんじゃねぇかな。」
サクナはため息をついたが、その目にはどこか不安が浮かんでいた。
一方その頃――。
静かな丘の上、風に揺れる草花の中に、ひとり佇む少年の姿があった。アイカはナギの墓の前で、ぼんやりと空を見つめていた。
何も語らず、何も動かず。ただ時間だけが流れていく。
ふと、少年の瞳が細められる。記憶の奥底に眠っていた何かが、脳裏に蘇ってきたのだ。
アイカ「未来の俺が、魔王に倒された。」
アイカ「……この世界には、過去に戻る方法があるんだ。」
ぽつりと呟いたその声には、確かな意思がこもっていた。
アイカは静かに立ち上がる。
その瞳に宿るのは、悲しみでも、絶望でもない。生きる力――未来を見据える者の光だった。
物語は、静かに動き始めていた。
タイガーは両手いっぱいに食材を抱えて戻ってきた。
タイガー「食材、買ってきたぞ! 今日は俺のおごりだ!」
陽気な声に、少し張り詰めた空気がほぐれる。
アイカが、ふいに二人に視線を向けた。
アイカ「タイガー、サクナ……過去に戻る方法を知っているか。」
サクナは首を横に振り、冷めた声で答える。
サクナ「そんなもの、あるわけないよ。……」
しかしタイガーは腕を組み、何かを思い出すように眉を寄せた。
タイガー「いや、魔界のどこかに“時間を遡る時計”があるって噂を聞いたことがあるな。」
アイカの目が揺れた。
アイカ「本当か?」
タイガー「噂だぞ、あくまでな。」タイガーは苦笑する。
アイカは拳を握った。
アイカ「未来の私が、この時間にいたんだ……。きっと存在するはずだ。」
そして小さく息を吸い、二人に向き直った。
アイカ「タイガー、サクナを人間界に戻した後に……探すの、手伝ってくれないか。」
サクナは言葉を失い、寂しげにアイカの名を呼ぶ。
サクナ「……アイカ……。」
タイガーは腕を組み、天を仰いだあと、にやりと笑った。
タイガー「そうだなぁ。魔王様のところに戻っても殺されるだけだしな。それにナギちゃんは俺にとっても友達だ。……了解! 付き合うぜ。」
アイカの表情が少し和らいだ。
アイカ「人間界に戻るには、どこへ行けばいい?」
タイガー「魔王城が一番人間界に近い。」
タイガー「そこからなら、人間の住むところに帰れる。」
アイカ「魔王城に向かおう!」アイカの声が強く響いた。
アイカ「それでいいよね、サクナ。」
サクナは胸を押さえ、俯いたまま呟いた。
アイカ「アイカ……一緒に人間界に帰ろう。」
そして顔を上げ、
サクナ「君は、頑張ったよ。過去に戻ってナギちゃんを助けても、君が報われるとは限らないんだよ。きっとその世界線のアイカとナギが幸せな家庭を持つ……そういう未来になるんだ。」「アイカは幸せになれない」
サクナは手を差し伸べる。
サクナ「私たちの国で……一緒に暮らそう!」
アイカはその手を見つめ、寂しそうに微笑んだ。
アイカ「……もう、決めたことなんだ。」
サクナはそれでも優しく笑い、首を横に振る。
サクナ「きっと“過去に戻る時計”は見つかる。そして過去に行ける。でも、君は一人じゃ魔王に勝てない。」
アイカ「……ああ。」アイカは頷く。
サクナは一歩踏み出し、さらに手を伸ばした。
サクナ「アイカ。“俺に付いて来い”って、そう言ってほしいんな。」
サクナの声は強く、しかし優しかった。
サクナ「今度こそ、ナギちゃんを助けて……一緒に魔王を倒そう!」
アイカはその手を強く握った。
アイカ「……ありがとう。」
風が二人の髪を揺らし、決意の影がその瞳に宿る。
旅は、再び動き始めた。