1.勇者アイカ
謎の声が静かに響いた。
「よくぞ、魔王を倒した。君たちには二つの選択肢がある。」
「この世界に残り、与えられた力のまま生きるか──元の世界へ帰り、元通りの生活を送るかだ。」
沈黙の中、少女の声が震えた。
少女A「お母さん…お父さんに会いたい。」
少女B「お願い、元の世界に帰して。」
男の子Aは遠くを見て、小さく首を振る。
男の子A「寂しいけど、俺は帰るよ。」
名残惜しそうに呟くその声は、決意と後悔が入り混じっていた。
一人だけ、真っ直ぐに前を見据えた男の子がいた。
アイカ「俺は、この世界に残る。」
そう言い切った彼の表情は揺らがない。
これは、異世界で魔王を討ち果たした勇者たちの、その後の物語だ。
*
賭博場の外。警備員に肩を押され、路地へ放り出された少年が膝をついていた。
名前はアイカ。16歳、身長168cm。彼は必死に通りすがりの女性にすがる。
アイカ「お金が必要なんです。」
女性は驚きながらも、困窮した姿を見て席を勧めた。
アイカ「詳しく聞かせて。」
近くの喫茶店のテーブルで、アイカは震える声で事情を話す。
アイカ「大切な人が、明日競売にかけられるんです。買い戻したくて……それで、賭博場で増やそうとしたんです。一度勝ってしまって、やめられなくなって──全部失ってしまった。」
金髪碧眼の長身で中性的な美貌の女性は、静かに名前を名乗った。
サクナ「サクナ。君の名前は?」
アイカ「アイカです。」
サクナは目を細め、真剣に尋ねる。
サクナ「なんでその人が売られるの?」
アイカは俯いて、言葉を絞り出した。
アイカ「誘拐されたんです。必死で探して、やっと見つけた。明日、競売になるって聞いて……お願い、もう一回だけ。勝たせてください。」
サクナはため息を一つつき、手を差し出した。
サクナ「落ち着いて。お金なんかいらない。奪われた人を取り返せばいいだけよ。」
*
奴隷市場の入口付近。サクナは静かに剣を抜いた。
サクナ「アイカ、僕についてきて。目的の子を見つけたら教えて。」
アイカは黙って頷く。二人は建物の中へ潜り込み、サクナは次々と警備を制していく。刃が光るたび、通路の空気が震える。アイカは無言でその背を追い、内心で呟く──この人、強すぎる、と。
扉を切り破り、部屋の向こうに薄暗い影。アイカの目に目的の少女が映る。
「アイカ……」
少女の声は掠れていた。
アイカは飛び込むように走り寄り、手を伸ばしたその時、銃声。
男がピストルを構えていた。
引き金が弾かれる。
弾丸は一瞬で、アイカを直撃した。──だが不思議なことに、
弾は弾かれたように跳ね返る。男は呆然とし、サクナもその場で息を呑んだ。
アイカは一歩踏み出すと、固い鉄格子を素手でひねり曲げ、中の少女を抱きしめた。
守る姿は震えているが、揺らがない。
サクナは静かに前へ出ると、剣を振るい一人、また一人と男を沈める。
倒れるたび、場内の緊張がほどけていく。
倒れた男を見下ろし、サクナはアイカを見据えて、淡々と告げた。
サクナ「やっと見つけた──勇者様。」
その声に呼応するように、背後から敵が再び押し寄せる。
だがサクナは退かない。刃は確かに、無駄なく敵を切り裂いていった。
子供たちの泣き声が響く。誰かが助けを求める。
アイカは少女を抱え、ためらいながらも立ち去ろうとする。
アイカ「サクナ、逃げよう!」と叫ぶが、サクナは首を振る。
アイカ「この子だけじゃない。みんなを助けよう。」
アイカは困惑する。助けても、養う当てはない。が、サクナは一歩前に出て、真っ直ぐ彼を見る。
サクナ「私はこの国の第一王女。この子たちはしかるべき場所へ導き、親のもとへ帰してあげる。」
言葉は短く、しかし重い。アイカは驚きと安堵が混じった表情でそれを受け止める。
アイカ「驚いたな」
サクナはゆっくりと、しかし確信を込めて宣言した。
サクナ「アイカ、それは君だよ。君は──勇者だね。」
サクナ「その銃の弾丸をもはじく屈強な体。」
そして視線をさらに前へと伸ばし、声を張る。
サクナ「復活した魔王を、僕と一緒に倒そう!」