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いつわりの恋  作者: ひろ
3/3

真実



メンバーと合流した僕は、酒を浴びるほど飲んだ。

そうして気がついた時には、僕と樹しかいなかった。

「・・・あ、れ?皆は?」

静かに酒を煽っている樹に、回らない舌で尋ねる。

眉間に皺を寄せながら、しかし樹は優しく答えてくれた。

「もう、とっくに帰ったよ」

時計を確認すると、もうすぐ其処に朝が来ていた。驚きながら彼を見る。

「・・・気が済んだか?」

樹の問いに、意味が解らないながらも頷いた。

それを見届けた樹は静かに立ち上がり僕を立たせると店を後にする。

バーの外はうっすらと雪が積もっていて、足を取られてしまう僕に、樹は溜息を吐きながら支えてくれた。

体を預けてしまうと妙に温かく、居心地が好い。ふわふわした感覚を楽しみながら歩いた。

どの位あるいただろうか、気が付くと樹のマンションの前に着いていた。

「あれ~?いっちゃん家だ」

僕の言葉に樹は苦笑を浮かべる。

「醒めるまで、家で休んでいけ」

僕は素直に頷いていた。

彼の家に来るのは初めてだったのだ。好奇心もあったのだと思う。

部屋に入るとそこは白に統一された空間だった。

慣れないその場所に僕は落ち着いて座って居る事が出来ない。

壁に埋め込まれたオーディオをいじってみたりし時間を潰した。

樹がカップを手に戻って来ても、座る気にはなれなかった。

「どうしたの?奏。挙動不審なんだけど?」

笑いの含んだ言葉に戸惑う。僕は意を決し、ソファーに腰を下ろした。

「いや、初めての場所だから、なんだか落ち着かなくて・・・」

その言葉に樹は苦笑を浮かべながら、紅茶の入ったカップを差し出した。

僕は素直に受け取り紅茶に口を付ける。そうして、ふと気になった。

もう何年もメンバーとして公私共に過ごす事が多かったけれど、他のメンバーを含め一度も樹の家に招かれた事がない。家族と住んでいたころは別として疑問に思った。

そうしてその疑問を口にする。

「ねぇ、一つ聞いていい?」

前置きに樹は頷く。

「もう何年も一緒に居るけど、一度も家に招かれた事ないよね?」

僕の言葉に樹は動きを止めた。そうして僕を見つめる。

「・・・そうだね、それがどうかしたの?」

やんわりとだが拒絶を感じた。だけど、その時の僕はそれには気づかなかったのだ。

だから、次の言葉を投げかけていた。

「何か、理由でもあるの?」

樹の顔が真顔に変わる。ジっと見詰められ、居心地の悪い物を感じた。

「そんなに知りたい?」

樹の言葉に怖いものを感じながらも、好奇心には勝てずに頷く。

「・・・そうだな、理由は2つある。1つめは、仕事とプライベートは分けたい主義なんだ」

そう言い、小さく笑う樹に違和感を覚えた。

「・・・2つめは?」

恐る恐る、聞いてみる。何故だかそっちの方が真実に思えたのだ。

「2つめ?・・・これも俺自身の問題だけど、まぁ、好きな人以外、恋人以外には家の敷居を跨がせたくないんだよ」

そう言い、徐に立ち上がった樹に僕は視線を合わせた。

「そう、なんだ。じゃあ今日僕が来たのは・・・ミス?」

妙な胸騒ぎに蓋をし、茶化すように告げた僕を樹が鼻で笑う。そうしてゆっくりと近づき僕の両肩に手を置いた。

「そう、思う?」

ぐっと肩に置かれた手に力が入るのが解る。驚いて上半身に力を込めたがあっさりとソファーの上に押し倒されていた。

「ちょ、い、つき?」

驚きのあまり声が上ずる。

「・・・奏が悪いんだよ?俺の気も知らないで涼しい顔してそんな事言うから」

にっこりと笑い、しかしそれが合図だった。

すっと樹の顔が近づき口付けされる。

驚きのあまり、彼を突き飛ばそうとしたけれどビクともしない。

これはどういう事だ?と自問自答しながら彼の下から逃れようとするけれど、やっぱり上手くいかず、逆に段々と追い詰められて行く。

樹の手が妖しく動き、それが意味する事を理解した時には既に衣服を剥がされた後だった。

「い、やだ!樹、やめて!!」

僕の叫び声に、しかし樹は動く事をやめなかった。

徐々に進められる行為にあせりは感じたものの、不思議と嫌ではなく飲み込まれて行く。

そうして、本当に拒めなかったのは、最中に何度も樹が呟いた言葉のせいだった。

熱い吐息の中で何度も何度も呟かれた言葉。まるで呪縛のようだった―――――――。

『・・・愛してる、奏・・・』



強引に抱いた後、奏の体を清めながら後悔が俺を襲う。

「何やってんだ、俺・・・―――――――」

意識を手放していた奏を抱きしめながら呟き、こみ上げて来る涙を弄んでいた。

失恋をし、自棄酒をくらっていた奏が愛しくて、優しく接しようと思った。

確かにあんな、絶対に奏が辛くなるであろう壮行会を開いたのは、彼を自分の物にしたい、という下心があったのは確かで。

でも緋呂と戻って来た奏の顔を見た瞬間に、そんなのどうでも良いと思った。

だから、今までメンバーの1人も招いた事のない家に、酔っ払っている彼を招いたのだ。

決して傷つける為ではなくて、翌日からの日々を少しでも和らげる事が出来ればと思ったのだ。

だけれど、彼の言葉に理性が消えるような感覚がした。

チャンスじゃないのか?と心の中の、もう1人の自分が囁いたのだ。

そうして、抱くことによって、緋呂への失恋よりも衝撃的な何かを彼に植え付けようと、したのかもしれない。

我に返った時には既に後戻りできない状態になっていた。

喘ぐ奏に止める事が出来なくて、結局抱いてしまった。

腕の中の奏が身じろぐ。

はっとして、急いで涙を拭った。

「・・・い、つき?」

焦点の合わない瞳で俺を捕らえると、奏は困った様に笑う。

「な、んで?・・・だいたの?」

涙を堪えながらの言葉に、後悔が再び襲った。

「違うよ、責めているんじゃ・・ないよ」

そう言う奏の瞳には涙が浮んでいて・・・。

俺は言っている意味が解らなくて、その涙を拭った。

「・・・僕は馬鹿だから、ちゃんとした言葉にしてくれないと意味がわからないよ。それとも意味なんてないの・・・?」

奏が何を指しているのか理解して、戸惑う。

「・・・いっちゃん?」

奏が答えを待っている。

本当に、いいのか?

俺の気持ちを言葉にして、伝えていいのか?

自問自答の末、俺は想いのたけを愛しい、大切な人に伝えた―――――――――。




「奏?・・・聞いてるのか?」

樹の声が僕を過去から呼び戻す。ゆっくりと視線を上げると、やっぱり苦しそうな顔の樹が居た。

「俺は、卑怯な男だよ。・・・失恋したお前を自分の物にしようとしたんだ」

静かな樹の言葉が僕に浸透する。

あの日、確かに僕は失恋し、自棄酒を飲む位には落ち込んでいた。

そうして奏の家に行き、・・・。

でも、あの時の僕は奏に抱かれながら、緋呂を思い出しただろうか?

熱に飲まれながら、必死にしがみ付いたのは・・・僕?

彼の想いにつけ入り、寂しさを紛らわした。

卑怯だったのは・・・自分だった。

「ごめんな、奏。・・・もう、自由になっていいぞ」

樹の声が木魂する。

小さく笑い、樹が僕から離れていくのが解った。

――――――え?何処に行くの?いっちゃん

声にならない想いが頭を擡げる。

――――――僕を、置いて行くの?いつき・・・

遠ざかる背中に投げかける。

――――――・・・すきなのに?!

その単語が合図だった―――――――。



離れなければいけないと思った。手放さなければいけない。

無理やり始めた関係だから、壊れるのも簡単で。

奏の瞳には俺は映っていないのだ。

いつも何処か遠くを眺めているその瞳に、少しでも映れる隙間があったなら、頑張れたかもしれない。

2年という歳月が変えてくれると思っていたのが間違いで・・・

結局俺は耐えられなかったのだ。

縋る奏が俺を見てはいない、という現実に。

可哀そうな奏は、又傷つくのだろうか。

今度は誰が癒すのだろうか。

その瞳に映るのは・・・?

「樹!!」

声と共に何かが勢い良くぶつかる。そうして何かが俺の体に巻きついた。

それが奏の腕だとわかり――――――

「僕から逃げるのか?!そんなの許さない!!」

奏の叫び声がした。



必死に駆け出し、彼を呼び止める。

逃がさない為に僕は抱きついていた。

「か、なで?」

困惑した樹の声が頭上からふってくる。

言わなければいけない、伝えなければならない事があった。

2年間もの長い間、僕の逃避行に付き合わせた謝罪と、この想いの丈を――――。

「逃げるの?・・・樹は、僕を1人にして平気なの?!あの日、僕を抱きながら『愛してる』って言ったのは嘘・・・!?」

「!?・・嘘なわけあるか!!」

僕の叫びに樹は驚いた様に叫ぶ。そうして僕の事を抱きしめた。

その瞬間僕の心は満たされる。安堵の溜息が零れた。

「確かに僕は緋呂ちゃんの事、好きだったよ。でも、その想いを忘れさせてくれたのは樹だった・・・。長い間、僕の逃避行に付き合せてごめんね、そしてありがとう」

やっと、伝えられた、謝罪の言葉。それから、もう一つ・・・。

抱き締められながら、僕は樹に腕を回す。

そうして、想いの丈を伝える為口を開いた。

「・・・僕も、樹の事、愛しています」

僕に巻きついていた腕が、更に強く心地良かった―――――――――――。




妙に寒いな、と思い、目を開ける。

カーテンを開けると、空から大粒の雪が舞い降りていた。

情事の後というのもあり、気だるさを覚えながらそっと隣を見ると、小さな寝息を立て樹が眠っている。

奏の頬が自然に緩んだ。

身じろぐ樹に顔を近づけ、起きないようにと細心の注意を払い口付ける。

それだけでも、心の中が温かくなり奏は幸せを噛み締めた。

「樹・・・いっちゃん、何時までも側にいてね?・・・愛しています・・・」



静かに寝息を立て眠っている奏を見詰める。

離別を覚悟していたから、なんだか可笑しな気がした。

窓の外を見ると大粒の雪が舞い降りて来る。

ふと、緋呂の顔が浮んだけれど、もう脅威を感じる事はなかった。

初めての、奏からの愛の言葉に樹は幸せを噛み締めていた。

「2度と逃げない。俺がずっと側にいて守ってやる」

密かな決意を言葉にし、隣に眠る奏に口付る。

そうして愛の言葉を囁いた。

「愛してる、奏・・・」




                      END

いかがでしたでしょうか。


拙い文でしたが、少しでもお気に召して頂ければ幸いです。


次回も是非ご覧頂ければ、と思います・・・

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